第二話 異世界からのマレビト
気が付くと、また見知らぬ場所にいた。
といっても、同じ建物であることは白い風景から明らかだ。
だが、そんなことは些末なことだ。何故なら、目の前の存在から目が離せなかったから。
長い白銀の髪の女がいた。まるで美という結晶を集めて作り上げた存在。見た目は人間に近いが、けっして人間とは違う、一線を画す存在。
「あなた達は何者です?」
驚いた。まさか日本語をしゃべるとは思わなかったからだ。
そんなことは意に介さず、女の質問に優斗は間髪入れず答えた。
「僕たちは怪しい者ではありません! 気が付くとこの建物にいたんです! 何が何だかさっぱりで、危うく死にかけるし……」
素直に優斗のことをすごいと思った。俺は目の前の存在を前に、声が出なかったからだ。
「気が付いたらここに? にわかに信じられませんが……」
女は少し思案すると、また口を開いた。
「良いでしょう。もしかすると千載一遇の好機かもしれません。―――ここは天空の宮ウラノス、私はその主、セリスと申します」
「天空? いったいそれは―――」
「まって」
優斗が質問しようとするが、それを遮った。いい加減確認しなければならない。うすうす感づいていたことだ。
「最初にお聞きしたい。ここは日本ではない、いや、この世界は地球ですらないのでしょう? この世界の名は……何というんですか?」
「えっ」
その質問に優斗が目を丸くする。
女神も優斗同様に驚いた表情を顔に浮かべる。
そして女神は言った。
「……これは驚きました。その通りです。この世界は、チキュウ、などという名ではありません。この世界は全能なる神の恩寵を受けし神の揺り籠、ファズマ・リアゴスタです」
「はあああっ!?」
優斗が動揺を隠しきれず、叫び声を上げた。
いったいどうしてこんなことになった。
ここは異世界? そんなことは望んでいない。
であれば、帰らなければならない。
俺はあの世界で、やらなければならないことがある。帰らなければならない。
※ ※ ※ ※ ※ ※
異世界転移。
そのセリスなる存在は言った。曰く、世界の法を飛び越えた、この世界では異質の存在、マレビトであると。
「それで何故、僕たちはこの世界に飛ばされたのでしょう? セリス様」
優斗が尋ねた。相変わらず物怖じしない優斗に、和也は頼もしさを覚えた。
「それは私にも分かりません。何らかの神のご意思が働いているのかもしれませんね」
小さな子供に語り掛けるように、穏やかに語る彼女は、まさしく女神だった。
「ですが、これは私にとっては好機なのです。お二人にご助力賜りたいことがあるのです」
「いいですよ!」
おいっ。
ノータイムで答える優斗に内心つっこむ。いくら美人の頼みとは言え、あまりに考えなしだろう。
勝手に話が進むことを危惧した和也は、セリスに言った。
「とりあえず話を聞かせてください。俺達には、セリス様以外にアテがありませんから」
「では、まず私の状況をお話ししますね。ここウラノスは私たち神の使いにより守護されてきました。―――しかし、今から約五十年前、襲撃を受けたのです。敵の力は圧倒的でした。私たちは必死に抵抗しましたが為すすべなく……」
五十年。その数字に引っ掛かりを覚える。
目の前の女はどう見ても二十代。見た目と数字が合っていない。
と思ったが、相手はそもそも人間じゃない。女神、天使、あるいは、それに連なる何か。
ならば、俺の常識は通用しない。そんなことを考えながら返事をする。
「…………なるほど。御説明ありがとうございます。それで今の状況が好機とは?」
「はい、その襲撃で私は隠されたこの部屋に閉じこもり、自身を封じていたのです。私の同胞が助けに来ることを信じて」
「その封印を俺たちが解いてしまった……と、いうことでしょうか?」
最初の部屋で球体に触れたことを思い出す。
「そのようですが本来、部外者に解ける物ではないのです。あり得ないことが起きた。ですが、良かったのかもしれません。どうやらこの宮に敵は存在していないようなのです。全域に意識を向けましたが、存在するのは我々と―――ガーディアンのみ」
「ガーディアン?」
だまって聞いていた優斗がそう尋ねる。
「はい、あなた方を襲った白銀の騎士人形。魂なき傀儡です」
魂なき、傀儡―――。
「あれは侵入者を排除するよう設定されていますので、あなた方を侵入者と見なし、襲ってきたのでしょう」
一目見た時から、血の通わない無機質な印象を受けたが、まさか本当に人間ではなかったとは。
「……それで、その騎士人形はあなたにも害をなすと?」
話が見えてきた。嫌な予感がするが話を進める。
「そのようです……。あれは敵の手に落ち、制御を書き換えられています。そして、その制御を再度書き換えるには、タウの間に行く必要があります」
「それで、三人でそこに行くと?」
思っていることとは別の言葉が口から出てしまった。おそらく答えは……。
「……いえ、あれは恐るべき兵器。私は荒事には不向きです。三人で固まっていては、即座に殺されてしまうでしょう。ですからお願いです―――あなた方には囮になって頂きたいのです」
予想していた答えだが、まさか女神から、その言葉を聞くことになろうとは。
「わかりました! 任せてください!」
優斗の答えに正気を疑った。本当に状況が分かっているのか? 下手したら死ぬ。
いや、高確率で死ぬだろう。
「いや、ちょっと待ってくれ! 自殺するようなものじゃないか!」
そう抗議するが、優斗は笑みを浮かべた。
「まあ、普通ならね。何か策があるんですよね、セリス様?」
そう言って迷いのない瞳で女神を見つめている。人を疑うことのない曇りなき瞳だ。
女神に魅了されているためなのか、もともとの性格なのか、浅い付き合いでは判断がつかないが、どこか異質な物を感じた。
「はい、勿論無策では無謀です。私もこの機にすべてを賭けます。私の魔力の大半をあなた方に譲渡します。それと―――神の意志、神意をあなた方に授けます」
その単語にすげー、とかなんとか言って優斗は目を輝かせている。
「魔力とは、全ての生命の源。神意とは、自らの意思で神の力を具現化する力。あなた方を神の力を行使する者、神行者に任命します―――」