第二十七話 エンカウンター
その日の朝、和也は騒がしい音と人の声に叩き起こされた。
ここはアルバトロン家の一室。和也と優斗に寝室として、あてがわれた部屋。
外がとても騒がしい。耳を澄ますと、何やら人の怒声。
優斗はすでに起きており、カーテンの隙間から外をそっと覗き込んでいた。
優斗は和也が起きたことに気付き、和也に声を掛ける。
「起きたかい、和也」
「ああ、一体何事だ?」
「うん。武装した獣人に取り囲まれている」
それを聞いて、和也も外を覗き見る。
優斗の言う通り、外には大勢の武装した獣人がこの家を取り囲んでおり、物々しい雰囲気だ。
よく聞けば、余計なことをするな! とか、神行者とか言うのを出せ! とか騒いでいる。
なるほど。この家を取り囲んでいるのは、過激派に属する獣人達。どこかから、俺達の情報を仕入れたのだろう。
王政権に対する反乱の障害になられては敵わんと、俺達を排除する狙いか。
その時、バタバタと階段を上がる音が聞こえて来た。
その人物は、俺達の部屋の前で止まり、勢いよくドアを開く。
この家の主、セブナが息を切らし部屋に入ってきた。
「お前達! まずいことになった! 早く逃げなさい!」
逃げると言ってもどこに? そう訊こうとしたら、セブナの後ろから現れたライサンが声を上げた。
「父さん、地下への逃げ道の確保ができた。カズヤ、ユウト、早く地下へ!」
和也と優斗は頷き、黙ってライサンの後に付いていくことにした。
地下へと続く、重厚な石の扉が開かれており、セリスがすでに待機していた。
「セリス様、カズヤ、ユウト。父さんがなるべく時間を稼いでくれている。出来るだけ、遠くに逃げてくれ」
ライサンがそう言って、石の扉を閉めると同時に、松明を渡してくれた。
「ライサン、感謝する。お前が居れば大事にはならないだろうが、気をつけるのだぞ」
「ライサンありがとう。それと、無理はするな」
「ありがとう。セブナさんとエイナにも、感謝を伝えといてくれるかい?」
セリス、和也、優斗が順に口を開いて礼を言った。
ライサンは和也達の言葉に頷いて、石の扉を最後まで閉めた。
松明で足元を照らしながら、地下の通路を駆ける。
とにかく真っ直ぐに走り続けると、前方に明かりが見えて来た。
それは松明の灯ではなく、壁に設置された魔石灯の灯だ。
魔石灯のもとまで近づくと、その先は行き止まりになっていた。
優斗が声を上げた。
「えっ、行き止まり?」
「大丈夫だ。セブナから聞いている」
セリスが優斗を制した後、魔石灯に触れた。
すると、前方の石壁が音を立てて、ゆっくりと開いた。
「おお!」
「さあ、行こう」
地下の通路を抜けると、人気のない住宅街に出た。石と泥で作り上げられた、歪な長方形の住居が並ぶ。
優斗が辺りを窺いながら、口を開いた。
「ここ、どこだろう?」
それは質問というよりは独り言に近かったが、和也がそれに答えた。
「分からないが、しばらくは追ってこれないだろう。少し休んでいくか?」
思えば、寝起きの状態から全力疾走だ。体力に余裕はあるが、少し心を落ち着けたかった。
セリスと優斗は、その意見に賛同。三人は、その場に腰を落とし体を休めた。
地下への扉を見つめながら優斗が呟く。
「ライサン達、大丈夫だろうか」
「今は信じるしかないだろう。それに、例え荒事になったとしても、アルバトロン家なら大丈夫だ」
セリスが答え、優斗は「そうだね」と返事をした。
なんだろう。優斗が心なしか、元気がないように見える。今の状況的に元気がある方がおかしいのだが、和也は少し違和感を感じた。
「いたぞ! 奴らだ!」
その時、近くを通りがかった、見知らぬ男が怒声を上げた。
その男の声に反応し、沢山の足音を伴って、武装した獣人が集まってくる。
嘘だろ!? かなり距離を取った筈だ。別動隊か!
和也達三人は驚きこそしたが、行動は早かった。即座に腰を上げ全力で駆ける。
家々の連なる路地を全力疾走。風を切る音が耳に伝わる。
和也と優斗の走る速度も去ることながら、セリスもそれに負けないスピードであった。
セリスは魔力で編みこまれた翼を顕現させ、超低空で滑空する。
セリス曰く、この魔力の翼は、魔力消費が大きいので、常時顕現させることは出来ないそうだ。
それに、翼を使って天空を舞うことは、更に魔力消費が大きい。便利な反面、制約も色々とあるらしい。
このスピードなら引き離せる。和也がそう確信した時、目の前に信じられないものを見た。
前方からも武装した獣人達が押し寄せて来たのだ。
前後で挟み撃ちにされることを避けるには、左右に散るしかない。
「カズヤ、ユウト、致し方がない! 固まっているより、ばらけた方が良い! 頃合いを見て、石板近くに集合しよう!」
「OK」
「分かった」
セリスの提案に、和也と優斗は乗った。
「二人とも武運を祈る!」
セリスのその言葉を契機とし、和也達はバラバラの方向に走り出した。
「ハァ……ハァ……ここまで来れば、大丈夫だろう……」
和也はとにかく全力疾走で路地を駆け抜けた。背後で聞こえる怒声が途切れても、速度を落とすことなく走った。
その甲斐あって、完全に追っ手を引き離すことが出来た筈だ。
「あ、あの!」
背後で声が聞こえた。和也は条件反射で身構える。
振り返ると、四十代ぐらいの獣人の女がそこにいた。
過激派……では、なさそうだな。どう見ても。
和也は、武力とは無縁そうな、その女を見て警戒態勢を解いた。
その女は、和也が警戒を解いたことを確認した後、口を開いた。
「あ、貴方は神行者様ですよね? お願いです! 助けてください!」
神行者。その自覚はあまり湧いていないが、自分と優斗がそう呼ばれていることは承知している。
「お、落ち着いて! どうしたんですか?」
「息子が! 私の息子を助けて欲しいのです! 私と共に来てください!」
女が慌てている理由を和也は理解した。自分の子供の窮地に、冷静でいられる者はいないだろう。
「わ、分かりました! 案内してください」
詳しいことを聞くより、まずは見た方が早いだろう。和也はそう判断した。
怪我であれば助けられる。この世界の理屈を無視できる程の、奇跡の力が和也にはある。
和也は女と走り出した。砂を踏みしめながら、入り組んだ路地を抜ける。
もうこの辺りは、人の気配が全くない。そのことが少し気になったが、構わず女の後を付けた。
女が「あちらです」と言って、左角を曲がった。
和也もそれに続き、左角を曲がる。
「あれ?」
驚くことに、和也が左角を曲がると、女が消えていたのだ。
和也は慌てて周囲を見回す。
「どこに行った!?」
その時、砂を踏みしめる足音が聞こえた。
「はいはいはい、ねずみちゃん一匹はっけ~ん」
和也がその声の方に目向けると、奇妙な二人組がいた。
一人は体格の良い、褐色肌の坊主頭の男。もう一人は、手足の長い、黒衣の少女。
和也は、不審な二人に問いかけた。
「あんた達は?」
褐色肌の男が厭らしく笑い、その問いに答える。
「そうね、一応名乗っておきましょうか。アタシはパルテノ、こっちはリーラ。ヨ・ロ・シ・ク・ネ」




