第二十六話 色付きゆく感情
「よし! 少し休憩にしよう」
稽古はまだ続いている。
まだまだ余力がありそうなライサンだったが、俺と優斗を気遣って休憩を取ってくれた。
ライサンから水が入った革袋を差し出されたので、ありがたく頂く。
そのライサンが地面に腰を下ろし、何やら考え込んでいた。
「ん? どうしたんだ? ライサン」
「ん、いや、……俺達の友好を更に深めるには、どうしたら良いかと思ってな」
「え? 友好? それなりに深まってると思ったけど……」
「ああ、そうだな。だが、何か物足りん気がしてな。まだ気心が知れた親友、という訳ではないだろう?」
まあ、それはそうだろう。俺達がライサン達と出会って、まだ一月と経っていない。
昔馴染の親友、という訳にはいかないだろう。
「やはり恋バナだな」
「は?」
ライサンから意外すぎる言葉が出た。戦闘バカのライサンから、恋バナと言う単語が飛び出てくるとは。
「恋バナだ。腹を割って恋バナを語れば、親友になれる筈だ」
こいつは何を言っているんだ。エイナに視線を移すと、「また始まった」と呆れ顔。
「ははっ、恋バナか。イイね。じゃあ、まず、言い出しっぺのライサンから話してよ」
優斗が心底面白そうな顔をして、ライサンに賛同した。
「ああ、いいぞ! 実は半年前まで恋仲だった女性がいたのだが、あんたって闘いのことばかりねっ、と言われてしまってな! フラれたのだ! 気が強いが、優しい女性だった。真っ赤な毛並みが美しい女性で―――」
「ラ、ライサン! ごめん、もういいや」
「ん? もういいのか?」
自分がフラれた話を、嬉々として話すライサンを優斗が止めた。
助かった。あのまま聞いてたら心が抉られるところだ。辛い話を楽しそうに話されるのは、結構きつい。
当のライサンは気にした風でもない。何で聞き手の俺達の方がダメージを負ってるんだ。
ライサンが何か思い出した風な表情をして、和也を見た。
「そうだ、カズヤ。お前はセリス様と恋仲なのか?」
「ブハッ!」
口に含んでいた水を吹き出してしまった。貴重な水だぞ。どうしてくれる。
「なっ、なんだよいきなり! セリスとは、そんなんじゃないって」
「む、そうなのか? 良い雰囲気に見えたので、勘違いした。すまん!」
「ライサン、ストレートに聞きすぎだよ」
「兄さん、デリカシーって言葉知ってる?」
「なっ、なんだよ! 恋バナしようって話ではないのか!?」
優斗とエイナに窘められ、ライサンが抗議の声を上げた。
「むう、しかし良いじゃないか、浮いた話の一つや二つないと、人生はつまらんぞ。エイナ! いい加減そういう話はないのか! 稽古するのもいいが、そればかりでは駄目だそ! ワハハッ」
うわー、これ滅茶苦茶ウザいやつだ。しかも、年頃の女性にその聞き方は完全にアウトだろ。
「うっ、うるさい! 兄さんの馬鹿!」
エイナはライサンに怒鳴った後、フンッ、と言って体を捻り、この場から立ち去ってしまった。
言わんこっちゃない。
「何を怒ってるんだ、あいつは」
「ええ……」
ライサンの発言に、流石の優斗もドン引きだ。
「まったく、あいつは。今、一人になるのは危険だ。俺が追いかけても拒絶されるだろうから、カズヤ、ユウト、すまんが頼む」
その通りだ。俺達は影に襲撃されたベナンテス、セブナと関りが強い。一応、影の襲撃には警戒している。
「じゃあ、僕が行ってくるね!」
優斗はそう言って、この場を後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「エイナ! 一人じゃ危ないって!」
「……」
「エイナ!」
「ああ、もう、うるさい!」
エイナが追いかけて来た優斗に振り向いて、怒鳴り声を上げた。
「おけー、おけー。感覚を空けて歩くからさ、さあ帰ろう」
「……」
エイナは、前を向いて歩き出した。
しばらく沈黙が続く。二人の足音が静かな夜に響く。
静かな夜の風が、余計に身体の芯を冷やした。
永遠と錯覚するような静寂に、エイナがとうとう、耐えきれず口を開いた。
「ねえ」
「ん?」
「一つ訊いていい?」
「いいよ」
「あんたって、命を捨ててまで私達を助けたいって思ってないでしょ? それなのに何で、まだ手を貸してくれるの?」
それを聞いて、優斗は目を見開き、抗議の声を上げた。
「なっ、何を言ってるんだよ! 僕は本気で、君達を助けようと思ってるよ! それに―――」
「分かってる!」
優斗の言葉を遮ったあと、エイナは話を続ける。
「別に責めている訳じゃないわ。私があんたの立場だったら、とっくに逃げ出してる。むしろ良くやってくれてると思ってるわ。それに―――、本気でやってない、って訳でもないのよね。本気でやっているのに、心の底から望んでる訳ではない。そこが、変……。あのカズヤって男と、セリス様からは、そういうのが感じられないのだけど……」
優斗はエイナの指摘に、言葉を返すことが出来なかった。
心の底から望んでる訳ではない?
そんな筈はない。自分とて、すでにこの国の一部と化した。獣人達の苦しむ姿は、これ以上見たくない。
それは、偽らざる思いだ。
だが、今一度、真剣に自分自身に問うた時、果たして同じ答えを得るだろうか?
なにせ自分は感情が希薄な人間だ。見た目を取り繕うのは得意である。元の世界では、表面を取り繕って生きて来た。
自分でも器用だという自覚がある。それは一定の功を奏し、友達と呼べる者達ならたくさんいる。
しかし、考えてみる。本当に心の底から、友と呼べる者は居なかったのではないだろうか。
自分が困っている時、リスクを負って迄、助けてくれる友がどれだけいただろうか。
上っ面で生きて来た。だからこそ、今一度自分に問う。
自分の心の奥の奥の底では、獣人など、どうでも良いと思っているのではないか。
表面だけ取り繕い、他者を騙し、自分すら騙し、真実から目を背けているのではないか。
否定できない自分がいる。
頭で思っていることと、心の思いがズレるというのは、特殊な出自を辿る優斗が故であろう。
この世界に来て、セリスに感情を弄られたことを切っ掛けに、優斗の中で閉じていた感情の弁が開いた。
今まで無だった感情の世界に、色が付き始めたのである。
だが、その色が付き始めてまだ日は浅い。いかに器用な優斗とて、まだ扱いきれずにいたのだ。
恐らく、エイナはエイナ自身の才と獣人の類まれなる勘の良さで、それに気づいたのであろう。
優斗自身も気付かなかったことを。
エイナは黙り込む優斗を、ちらりと窺う。
「悪かったわね。余計なことを言ったわ。…………感謝してるのは本当だから」
「いや、全然。大丈夫さ」
優斗は笑顔でそう返したが、それ以上紡ぐ言葉を浮かばす、また黙り込む。
そしてこれ以降、家に着くまで、二人の間で交わされる会話はなかった。




