第二十五話 過ぎゆく日常
アーティファクト? 存在をこの世界から半歩踏み出す? どういう意味だろう?
和也がそう思っていると、優斗がそれを代弁してくれた。
「あの! この世界から半歩踏みすって、どういう意味ですか? というか、アーティファクトとは?」
「うむ。アーティファクトとは、古代人の異物とも、神からの贈り物とも言われる秘宝のことじゃ。その出自、原理は全くの不明。じゃが、それは確かに存在し、奇跡を起こす。そして儂が持っているのは、その秘宝の一つ。存在をこの世界から半歩踏み出すとは、この世界の万物からの干渉を受けないという意味だ。この秘宝が効力を発揮している間は、他人からは見えない、触れない、感じることができない。あらゆる魔術を使っても、探知されることがない。なにせ、存在の位相がこの世界と半歩ズレているのだから」
なるほど……。表面的に姿を消すのではなく、存在自体を消す……か。
確かにそれならば、王宮の警備兵や魔術的な結界なんかも問題なく突破できるという訳だな。
とんでもないアイテムだ。
「おぉ、ベナンテス様。そのような物が……」
「うむ。実を言うと王一人を何とかするだけであればな、これを使えば実行できたのだ。じゃが、儂はそれを良しとしなかった。儂の信条と、お主らの犠牲を天秤に掛けた。儂を恨むか? セブナ」
「……思うところがないと言えば嘘になります。ですが、貴方は私達と共に戦ってくださった。私はそれを忘れません。それに、僭越ながら貴方様も苦しかったのではと、胸中お察しします」
セブナはそう言って、胸に手を当て頭を下げた。
ベナンテスはセブナに頷き、ありがとう、と礼を言う。
「王の捕縛計画。この秘宝を使用することを前提に、話を進めようではないか」
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「くわー、身体が固まっちゃったね」
優斗が伸びをしながら、口を開いた。
長い会議の末、なんとか計画を練り上げることが出来た。
幻燈の羅針というチートアイテムがありながら、それに慢心することなく皆、活発に意見した。
結果的に、それなりに練りあがったものになったと思う。
皆、真剣であったのは、それだけこの作戦に懸けているということだ。
気合入れないとな、と和也は自身に活を入れた。
会議が終わり、外に出た時にはすっかり日が暮れ、風が冷気を運ぶ。
茶褐色の歪な長方形の家が並ぶ道を通り過ぎ、いそいそと家路を急ぐ和也達。
突然、東の方角で爆発音が鳴った。
耳朶を打つその音は脳に響き、身体に危険信号が伝わる。
「なっ、なんだ!? …………って、あれ?」
和也は辺りを窺った。
和也と優斗とセリスは屈みこんで危機に備えているが、それ以外の獣人の面々は、どこ吹く風とばかりに気にした風でもなく突っ立っている。
ライサンが和也達の様子を見て、事情を説明した。
「あれは、王政権に不満を持つ過激派の仕業だな」
セリスがそれを聞いて、ライサンの方に向き直る。
「過激派……では、あれは王政権関係者への攻撃か」
「はい、そうです。あれは閃響石。爆発時に爆音を伴って、強く発光するのでそう呼ばれています。その爆発音の割に殺傷能力は低く、安価で手に入りやすい」
ライサン曰く、小型で持ち運びが容易で、微弱な魔力を流し込むことで爆発を誘発するので、獣人達にも扱うことが出来るとのことだ。
なるほど。資金が豊富ではない、テロリスト達にとっての主要武器か。和也はそう理解した。
しかし、驚いたな。今まで会った人達が穏やかな人達ばかりだから忘れていた。
今、この国は内戦間近の不安定な状態にある。
きっと、こういったテロは日常なのだろう。その証拠にライサン達現地人は、特に驚いた風でもない。
なんと悲しいことか。このようなことが日常の風景と化す。そんなこと、あってたまるか。
和也はいつにもなく、熱くなっていた。それは、この国の人達と関り、ここに生きる者達の生き方を知ったからだろう。
和也の中では、すでに他人事ではなくなっていた。
そしてまた、東の空が明滅する。続けて二発、三発と。
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「カズヤ、ユウト、お前達は本当に筋がいいな!」
「え、そう? ありがとう!」
厄介になっているアルバトロン家で夕食を取った後、俺と優斗は少し離れた小さな空き地で、ライサンから格闘の稽古を受けていた。殺し合いスレスレの仕合ではなく、正真正銘の稽古だ。
筋が良いと褒めてくれたのはライサンで、それを真正面から受け止めた優斗が喜ぶという構図。
筋が良いと言うが、本当にそうだろうか? どちらかと言えば、ライサンの教え方がうまいのだと和也は思う。
感覚派なところがあるライサンだが、こと格闘に於いては教え方が抜群に上手い。
感覚と理屈のちょうど良い按配をついてくる。ライサンの教えは、すっと頭に入ってくるのだ。
和也はちらりと隣を見た。エイナが優斗と組み手をしている。
意外や意外、エイナも稽古に付き合ってくれていた。ライサンに「エイナも稽古に付き合え」と誘われ、不機嫌な顔をしていたが、何だかんだでしっかりと付き合ってくれている。
戦うことが大好きな、アルバトロン家のなせる業だろうか。
いや、多分、根の部分の良さがなせる業だろう。エイナは明らかに俺達を避けている。だけど、分かっている。
それは、人という種族に対して戸惑っているだけだろう。
神の力の行使者などといわれても人は人、心がまだついてこれないのだ。
なんとなく分かる。他人のことを憎むのが苦手な、心優しい女性なのだと。
今は表出している部分に棘があるだけ。棘は自身を守る鎧でもある。
どんなに罵声を吐かれようが、その棘の鎧が軽くなるまで気長に待つさ。と和也は思った。




