第二十三話 夜風と共に
西風停で酒宴は続いてる。
「お兄さん、飲んでる?」
「やだ、結構カッコイイ!」
「ねえ、今度どこか案内してあげようか?」
「あ、私も案内する-!」
なんだなんだ。急に獣人の若い女性達に取り囲まれてしまった。
好感を抱いてくれるのは嬉しいが、やはり今日の仕合で目立ちすぎたか。
こういうのは苦手だ……。
ん?
通路の向こう側の、長机の席に座っていたセリスと目が合った。
目が合った瞬間、セリスはプイッと目を背ける。なんだ? 何か怒っている?
和也はこれ幸いとばかりに、お姉さま方に、「ちょっと、すみません。他の方へ挨拶に」と断りを入れ、自席から離脱。
駆け足でセリスが座る長机に移動。ちょうど、セリスの横の席が空いていので着席した。
「なんだ? 他の方へ挨拶に、ではなかったのか」
と、セリスは少し険がある言い方をした。
「だから、こうやって挨拶に来たじゃないか」
嘘ではない、別にいいだろう。それに、セリスと話したいと思ったから来たのだ。とは勿論、言えなかった。
セリスは「詭弁を言うな」と言って小さく嘆息した。
「カズヤ、この国をどう思う?」
「どうって、良い国だよ……って言うのは少し軽率な言葉だな。でも、問題を抱えながらも、強く生きる人々は逞しくて、眩しい……って思うかな」
「フッ、私も同意見だよ。そしてその感想は、私がお前とユウトに感じているものと同じでもある」
「えっ、俺と優斗にも?」
「ああ、だってそうだろう。お前とユウトは国どころか、世界を越えてきたのだ。慣れぬこともあるだろう。戸惑うことも多いだろう。そのような状況にありながら、進み続けている。改めて尊敬いたそう。私の契約者よ」
驚いたな……。セリスがこんな風に、正面から褒めてくるとは思わなかった。
セリスは自分に厳しいが人にも厳しい。自分をしっかりと持っていて、いつも冷静で、強くて、格好良い。
そして……。
和也はセリスを見つめた。
セリスも和也を見つめ返す。その薄い唇が開いた。
「カ、カズ―――」
「セリス、かなり酔ってるな?」
「は?」
「だって、可笑しいじゃないか。セリスがそんなこと言う訳ないさ。そういえば顔も赤い―――」
「酔ってない!」
セリスが両腕を机に叩きつけ、グラスが盛大に揺れた。
なっ、なんだよ急に。そんな怒らなくったって……。
と、和也がセリスを諫めようとしたが、セリスは立ち上がり、酒場から出て行ってしまった。
「なーんでそうなるかなー、和也」
優斗か。見ていたんなら、セリスを止めてくれよ。
「俺が聞きたいよ」
「ハッ~、和也、ここは追いかけるべきだね。絶対に」
「む、むう。まあ優斗が言うなら」
和也は立ち上がり、セリスを追いかけることにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
この国の夜はそれなりに冷える。昼間は日が照り付け、ジリジリと肌を焼くが、夜は薄着で出歩けば、寒さに震えてしまう。
セリスはそんな冷える夜に、月を見ていた。今宵は満月だ。
屋上で一人、月を見上げていたセリスに和也が声を掛ける。
「セリス……、セリス、すまない」
「何を謝っているのか自分で理解していなければ、謝罪にはならないぞ」
「うっ」
「……ハハッ。冗談だよ。怒ってなどないさ。お前は律儀な奴だな」
良かった。そこまで怒ってないようだ。律儀と言うが、それは優斗のフォローのお陰だ。
そのことは黙っておくことにしよう。
「セリス、さっきは褒めてくれてありがとう。その……俺も、セリスのことは尊敬している。本当だ」
「そうなのか?」
「うん、出会いは最悪だったけど、セリスが居なければ、きっと野垂れ死んでたよ。セリスは俺達がここまで導いたと言うけど、それは逆だよ。セリスの強い意志に、俺達は導かれている。これからも俺達を導く灯であってくれ」
「フッ、ずいぶん臭いことを言うじゃないか、私の契約者様は」
月を背に笑うセリスの白銀の髪が、月夜に照らされ輝いていた。
いつにも増して、セリスは神秘的な美しさを放っている。
それは、まさに幻想的な絵画の一枚のように。
「綺麗だ……」
「えっ?」
しまった。つい口から言葉が出てしまった。
「あっ、い、いや、月が―――、ね」
「そ、そうだな。今宵は満月が美しい」
月が綺麗ですね。と言ったのは誰だったであろうか。そんな意味で言った訳ではないのに、余計に意識してしまうではないか。
和也は、もう一度チラッとセリスを覗き見る。
「………………」
その美しさに和也は観念した。
「ああ、もう! 綺麗だよ! セリスは! とても! これでいいか! 文句ないだろ!」
「なっ、なっ、何を言うカズヤ! からかっているのか!?」
「本気だ馬鹿! こんなこと恥ずかしくて冗談で言う訳ないだろ!」
「なっ!」
ここで、二人の会話は途切れた。だが、二人の意志はしっかりと繋がれている。
お互いの目を合わせる。和也がゆっくりとセリスに近づいた。その目線は外さない。
そして、お互いが触れ合える距離まで近づく。
動悸が激しい。こんなにも冷えるのに顔が熱い。
そして、二人の距離は更に近づき―――
「マ・ス・タ・ア―――! 約束の定時連絡の時間は過ぎてるのです! あたしを置いて、何やってるですか!」
和也の頭に、イーリスの高い声が鳴り響く。
しまった。時間を過ぎていたか。
「イーリス、すまない! 俺が悪かった! 許してくれ!」
和也は心の底から謝った。イーリスは一人で待ってくれているのだ。本当に悪いことをした。
「セリス、すまい! イーリスとの定時連絡がある!」
「あ、ああ!? そうか、そうだな! しっかり頼むぞ」
和也はセリスに頷いたあと、この場を足早に去っていった。
和也が去った後、再び月を見上げる。
今宵はこんなにも寒いのに、まだ身体が熱い。もう少し夜風にあたっていよう。
身体の中心で燻るこの炎は、夜風と共に、消えてくれるだろうか。




