第二十一話 月輪
獣人達の居住区のとある広場で、和也とライサンは対峙していた。
草の一本も生えていない砂と土の大地。仕合には打ってつけの場所だ。
広場の周りには、見物客が集まっている。
人である和也と、獣人のライサンが仕合をすることを、何処かから聞きつけて来たようだ。
見物客は、皆一様に熱に浮かされたように興奮していた。
獣人達にとって、こういったイベントは数少ない娯楽だ。
盛り上がるのは仕方がないとしても、完全にアウェーなのが和也には気になった。
和也への声援が皆無であるのは分かるが、和也への罵詈雑言が予想以上に多い。
それは、この国の人と獣人の関係を表しているかのように。
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広場が見渡せる丘の上で、優斗とエイナは仕合を観戦していた。
しばらく気まずい空気が流れていたが、優斗が口を開いた。
「それで、エイナはどっちが勝つと思う?」
「…………」
反応がなかった。エイナに問い掛けた優斗の言葉は空を漂う。
「…………僕達が嫌いかい?」
「…………そうよ」
ようやく返ってきた言葉は、マイナスな感情を肯定するものだったが、言葉が返ってきただけ良いか、と優斗はプラス思考に考えた。
「君達と人の確執について、今更僕から何も言うことはないけど、人を一括りに考えなくて良いんじゃないかな。僕と和也のことは何も知らないだろう?」
エイナがそれを聞いて、優斗を鋭い目で睨む。
「ちなみに、あんたのことは人がどうとか以前に嫌いよ。ヘラヘラした奴は好かないわ」
エイナはぷいっ、とそっぽ向いた。取り付く島もないとはこのことだろう。
優斗は嘆息し、仕合が始まろうとしている広場に目線をやる。
しかたない、仕合に集中するとしよう。
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和也が手に握るのは、先程名付けたアストール―――ではなく、貸し出された摸擬刀。
当然、真剣でやる訳にはいかないことは理解する。
だが、対峙するライサンが無手であることだけは納得できない。
「ほんとに素手で良いのか? ライサン」
確かライサンは、獣人族に伝わる武術を体得していると聞いた。籠手と臑当を武器に戦うスタイルだった筈だ。
「そちらが模擬刀であるならば、問題はない! さあ、どこからでも掛かってこい!」
「分かった」
直後、和也の体が消えた。脚に溜めた魔力を爆発させ、跳ねたのだ。
数舜の後、ライサンの背後に音もなく出現し、模擬刀で斬りつける。
ライサンはそれに反応した。しゃがみ込んで斬撃を躱す。
そして、しゃがみ込んだ体勢から左拳による突きを繰り出した。
大気が爆ぜる程の強烈な突きに、和也は咄嗟に模擬刀の刀身を合わせた。
和也の身に衝撃が走る。突きの衝撃を逃がせず、体が後方に吹き飛ぶ。
後方の石と泥の壁を突き破る。衝撃の勢いが落ち、ようやく和也の体が止まった。
「―――くっ、ちくしょう、強いな……」
和也はライサンとの数手の攻防で認識を改めた。ライサンの鍛え上げられた技は、武の極致と言える。
更に、その反応速度と身体能力は和也を上回っていた。
獣人は魔力操作が不得意である。だが、それは戦闘が不向きだということではないのだ。
獣人の身体能力は人を上回る。ライサン程の強者ともなれば、魔力操作の適正等、些末なことなのだ。
舐めていたのは俺の方だったか。
和也は粉々になった石と泥の壁に埋もれながら、両手で頬を叩いた。
よしっ、と声を出し、気合注入を完了。
気が付けば、ギャラリーの歓声が大きくなっていた。場はすでに温まっている。
和也は体に纏わりついた土を手で払いながら、ライサンと再び対峙する。
「待ってくれてありがとう」
「かまわんよ」
ライサンが長い脚で大きく踏み出した。和也との間合いを詰める。
和也は模擬刀の間合いに侵入したライサンを斬りつけた。
だが、模擬刀は空を斬る。
ライサンが突然消えた。和也はライサンの動きを目で追えなかった。
ふと地面に、動く影が見えた。
「上か!?」
和也が上を見上げる。
ライサンの踵落としが和也に迫る。
和也はそれを紙一重で躱した。数舜後、大地が揺れる。
ライサンの必殺の踵落としが、大地を揺らしたのだ。ライサンの踵が大地にめり込み、大地がひび割れる。
「くそっ、殺す気か!」
ライサンの影を視認した後、体の反応が少しでも遅れていたら、直撃していただろう。
和也はライサンから距離を取り、深呼吸して呼吸を整えた。
ここまでの攻防を思い返す。ライサンの技と武は自分より数段上のステージにある。
だからこそ学ぶべきことは多い。和也は頭の中で思い返す。
ライサンの足運び、体の捌き方、力の入れ方、目線、呼吸を。
今度はこちらからだ。
和也が地を駆けた。再びライサンの背後を取る。
ライサンは和也の動きを読んでいた。ライサンは背後に身を捻り、回し蹴りを繰り出す。
和也が背後に現れるタイミングと、ほぼ同時に放たれる回し蹴り。和也にこれを躱す術はない。
だが、ライサンのその目論見は外れた。蹴りが空を切る。
「なに!?」
和也が消えた。
ライサンは、この仕合で初めて動揺した。
和也が再び背後に現れる気配を察知したが、今度は大きく距離を取る。
着地と同時に目の前に和也が現れる。
「―――速い!?」
模擬刀がライサンの左首の付け根を狙う。これは左拳でガードする他ない。
ライサンは左拳でガードの構えを取るが、模擬刀が消え去った。
和也が剣の軌道を途中で止め、逆方向に三百六十度身を捻り、模擬刀の軌道を変えたのだ。
次に模擬刀が現れたのは右の脇腹。これには流石のライサンも反応が間に合わない。
模擬刀と言えど、和也の膂力で振るわれれば、それは凶悪な凶器と化す。
ガード出来なければ、ダメージは絶大。
ライサンは神速とも言える反応速度で咄嗟に後ろに退いたが、躱しきれなかった。
模擬刀が右脇腹にヒットし、ライサンの体が吹き飛ぶ。
奇しくも和也と同じように、壁を突き破って体が止まる。
ライサンは土と泥に埋もれたまま空を見上げ、少し息を吐く。右の脇腹が痛むが、まだ戦える。
驚いた。いや、これは本当に驚いた。カズヤ、お前―――、戦いの中で成長しているのか。
ライサンの顔に笑みがこぼれた。強者とまみえるは獣人族戦士の誇り。
世界にはまだ、これ程の強者がいるのだな。
ライサンは立ち上がり、仕合開始時と同じように和也と対峙した。
「カズヤ、すまなかった」
「なにがだ?」
「俺は君を見誤ていた。ただ強いだけの素人だと。だから―――、すまない」
ライサンは一呼吸し、また口を開いた。
「ここからは、戦士として相手をさせてもらおう」
ライサンが構えを取り、名乗りを上げた。
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強い風が吹き荒れ、砂が舞い、優斗が鬱陶しそうに顔をしかめる。
風が弱まった後、優斗は感想を口にした。
「いやー、すごいな。ライサンってあんなに強かったんだ。和也をあそこまで追いつめるとは」
「いや、違うわ。逆よ」
「逆?」
「兄さんは、ああ見えて当代狼人最強の戦士よ。そんな兄さんと戦えている、あのカズヤって人が異常なのよ」
「最強? それは……すごいな」
「そして、伝統的に、優れた戦士には渾名が与えられる。兄さんに付いた渾名は、月輪。ここからよ、兄さんの本領が発揮されるのは」
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「月輪 ライサン・アルバトロン! ―――参る!」




