第十九話 アルバトロン家にて
「……まったく、お前には驚かされる」
そう言って呆気に取られているのは、ベナンテスである。
ベナンテスは禿頭を触りながら、来訪者である三人を見据えた。
人型の影の脅威を退けた和也達は、獣人族の代表の一人である、セブナの家に身を寄せることになった。
皆で集まるには少しだけ手狭であったが、秘匿すべき事を話すには、まさに絶好と言えよう。
和也達はセリスの叔父であるという、ベナンテスに全てを話した。
セリスが禁を破り、天空の宮殿に赴いたこと。そして罠に嵌り眠りについたこと。
その眠りを解いたのは、異世界からの来訪者である和也と優斗であること。
夢幻の魔晶石の手がかりを探しに、下界に降り立ったこと。
セリスの法術でベナンテスを探し出し、ギリギリのタイミングで人型の影を祓うことが出来たこと。
「セリスティナ……お前は昔から、頑固であったからな。一度決めたコトは梃でも動かん。……しかし、神意を授けたことは、心底驚いたぞ。よく無事であったな」
「叔父上、お恥ずかしい限りです……。して、よく無事であった、とはどういった意味でしょう?」
ベナンテスは目を見開き、禿頭をペチンと叩いた。
「まさかお前、知らんかったのか? …………神意を宿すには、器に適性がなければならん。何故なら、適性がない者が神意を授かれば、器が耐えきれず死滅するからだ。そして神意の授け手と受け手には、ある種の契約関係が成立する。もし、受け手が死滅すれば、その結果は契約の回路を通り、授け手にも反映される。―――つまり、授け手と受け手は一蓮托生。受け手の選定は、特別慎重に行うべきことなのだ」
明かされる衝撃の事実。和也はセリスの顔をそっと覗き見る。青い顔で引きつっていた。
あ、これ絶対知らなかったやつだ。俺の異世界生活は、何も始まらずに終わってた可能性があったのかよ。
「しかも二人に授けたとな…………ハッハッハッハ! こりゃあもう、笑い話じゃ!」
いや、笑い事じゃねえよ、おっさん。
和也は心の中で愚痴る。
「そ、それより叔父上、私達の事はこれぐらいにして、そちらの状況を教えて頂けますか?」
セリスは自分の軽率さを誤魔化すように、話題を変えた。
「うむ。先ほども少し紹介したが、改めて。こやつはセブナ・アルバトロン。狼人にして、獣人族の代表の一人。儂が興したアガペウス教会の信徒でもある」
和也はそれを聞いて思った。
このおっさん、「儂が興した」って言ったな。つまり教会の開祖ってことか。
結構とんでもない人物なんじゃないだろうか……。
和也はベナンテスへの認識を改めた。その容姿は威厳があり風格漂っていたが、どこか気の良いおっちゃんのような馴染みやすさがある。
だが、只の気の良いおっちゃんではないことは間違いないだろう。
「改めまして、セリスティナ様。そして神の力の行使者たる、カズヤとユウト。私のことはセブナとお呼びください。奥に控えるは息子のライサン、そして娘のエイナです」
皆の目がライサンとエイナに集まる。奥の部屋で黙って聞いていた二人は、視線が集まるとそれぞれ挨拶をした。
「よろしく頼む!」
「どうも……」
ライサンは灰色の髪を短く整えた、屈強な体躯を持つ男だ。
……でかいな。
和也は長身のライサンを見上げ、目測で百九十センチ程度だと予想した。
白を基調とした襟の無いシャツを着ており、そのシャツの首元から裾に掛けて、赤黒白で模様が描かれている。
大きな菱形の中に、小さい菱形がいくつも描かれている模様を見て、どこかの民族衣装のようだと和也は思った。
和也のライサンへの第一印象は、好青年という印象だ。
そしてエイナはライサンと対照的だった。ライサンと同じ灰色の髪を、ポニーテールでまとめているその女は、一言で言うと美人だが、勝気な性格が顔に出ており、少し取っ付きにくい印象がある。
服装はライサンが着ている物と同じ模様が入った、ゆったりとしたシャツに、シルクのような艶やかな薄く赤い上着を羽織っている。
歳は自分より少し下だろうと和也は予想。
最初に獣人と聞いた時は、もっと獣のような姿を思い浮かべていたが、人との生物的差異は耳ぐらいであろうか。
それ以外は人と変わらないな、と和也は思った。
それからセブナはこの国の置かれてる状況を簡潔に説明してくれた。
アドラ・アズル・ソルランドが王位を継承してから十年、この十年で国王は暴挙としか言えない政策を打ち立てた。
モディス教。この国で広く信仰されるこの宗教は、あまねく人々は魔力の受け手であり、申し子であると定義されており、故に、例外なく人々は祝福され、尊ばれるべきだと言う教えだったそうだ。
だったと言う過去形である理由は、アドラ国王がそれを曲解し、魔術適正と魔力操作適性が共に低い獣人は、祝福されざる存在だと広く伝播したからだ。
その横暴な論に異を唱える者は獣人だけでなく、人からも多数存在したが、国王の権力を振るい、その悉くを粛正。
それに飽き足らず、獣人を隔離地区に追いやり、あげく、危険な魔石採掘の労働を課した。
獣人の憎しみは増し、現王政権に対する小規模な反乱が各地で勃発。
獣人と人による、大きな内戦の機運が高まっているのだと言う。
内戦を止める為、ベナンテスと、ベナンテスを中心としたアガペウス教会の信徒達は奔走に明け暮れ、そしてついに、悪の源泉である国王の正体を暴いたと言う訳である。
和也はこの話を聞いて目眩がする思いだった。元の世界の日本とは、あまりにも縁遠い話だったからだ。
いや、それは目を背けていただけか。表向き平和な日本でも火種は燻っていた。
それに、世界に目を向ければ、争いが起こっている場所は沢山あった筈だ。
「神の使いと、それに連なる神行者達よ、どうかお願い致す。私達と共に戦ってほしい! 闇の化身、アドラ国王を討つまでは! さすれば、その暁にはこのセブナ、全身全霊を懸けて、貴殿らの目的に手を貸しまする」
「儂からもお願いする」
セブナの隣を見れば、ベナンテスも同様に胸に手を当てて、頭を下げている。
「僕は協力に賛成だな」
真っ先に声を上げたのは優斗だ。和也は、悩むことなく賛成の意志を示す優斗を見て、優斗らしいなと思った。
どんなにリスクがあっても、困った人を放っておけない優しすぎる性格。
それは本来、是とされるものである筈だが、この混沌とした状況下にあっては、一歩間違えれば只の自殺願望者の暴挙と化す恐れをはらんでいた。
「ていうか、そもそも僕達がここに来る切っ掛けとなった、龍脈の乱れさ、絶対、国王と関係あるよ。国王はこの国で何か悪いことを起こそうとしている。国王に近づくことは、大きな手掛かりになる……と僕は思うけどな」
全くもって正論だと和也は思った。そして、それ以外に手掛かりがないのも事実か。
「俺も賛成です。国王に企みを吐かせるべきでしょう」
和也はそう発言したのち、優斗と目を合わせ、互いに頷きあう。
そして最後にセリスが答えた。
「私の心は初めから決まっております。これを見過ごすと言うのなら、神の使い失格でしょう」
話は纏まった。
そして、砂の国で波乱が巻き起ころうとしていたのである。




