第一話 女神の呼び声
「ここはどこだ?」
目を覚ますと、真っ白な世界に放り込まれていた。
四方八方窓のない、真っ白な壁に囲まれた部屋だ。
「やあ、気が付いたかい?」
声の方に目を向けると、若い男が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
頭を派手な金髪に染めたその男は、目を見開いて俺を見ている。
いかにもクラスの人気者、といった風貌のこの男に、早くも苦手意識を覚えた。
俺は男に返事をする。
「……はい。ええっと……すみません、それで、ここはどこであなたは誰ですか?」
俺の問いに、男はわざとらしい程の困り顔を浮かべて、苦笑交じりに答えた。
「あちゃー。やっぱ君もか。いや、僕もさっき気が付いたとこでね。ここがどこなのか見当もつかない」
まじか……。
男の答えに内心焦るが、それを表情に出さぬよう努め、冷静に言う。
「そうですか……とりあえず自己紹介しますね。夢ヶ峰 和也。年齢は……23です」
「おっ、まじ!? 同い年じゃん! 僕は望 優斗。よろしく! それで和也、とりあえずどうする?」
いきなり呼び捨てかよ。と思ったが、そのことに言及せず話を進める。
「とりあえず、携帯は……圏外か……くそっ、ほんとどこなんだここ?」
内心の怒りを抑えきれず、罵声を吐いてしまった。
何故こんな理不尽な目に合わなければならない。
「まあまあ。まずは、この部屋を調べてみようか」
「そうだな……というかあれは何だろう?」
真っ白な部屋に、ただ一つだけ異様な存在感を放つ物質が、部屋の真ん中に鎮座していた。
「うん。なんか如何にもって感じで怪しいけど」
具体性のない感想だったが、まったく同意見だった。
部屋の中央に鎮座するそれは、直径1m程度の球体だ。
どういった原理なのか分からないが、台座から浮いて静止している。
表面は淡く光を放ち、見るものを魅了する魔力を持っていそうだ。
近づいても特に反応はない。
「なんだこれ、単なるオブジェかな?」
優斗が心底不思議そうにしながら、おもむろに球体に触れた。
「魔晶石封印解除――――続いて、解除者の転送を開始します」
機械的な声が鳴り響く。声はこの球体から発せられている。
「ありゃ、もしかしてまずい?」
優斗が気まずそうにこちらを見てくる。
「わからない。ただ、これは―――」
自分たちの足元に、青白く発行した魔法陣が浮かび上がる。底知れぬ不安が襲ってきた。
この場を離れた方が良いかもしれない。そう言葉にする前に発光が最高点に達し、二人は光に飲み込まれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
気が付くと、先が見えない程の長い廊下に立っていた。
窓が無く真っ白な壁に囲まれていることから、さっきと同じ建物にいることは予想できる。
「まじびびった~。和也、平気?」
「ああ、特に体に異常はない。君も?」
「うん、大丈夫、問題なし! あっ、僕のせいでごめんね」
あの球体に触ったことを詫びているのだろうが、あの状況ならしかたない。
そうフォローしようとした時、目の端に異様な物をとらえた。
それは白銀の全身鎧を装備した人間だった。
兜で顔は見えず、腰に剣を携えている。
現実離れした存在だったが、この空間にはむしろ馴染んでいた。
優斗は持ち前の明るさで、その人物に大きな声で呼びかけた。
「あ、あの! すみません! 僕たち迷子で気が付いたらこの建物にいて、とにかく怪しいものじゃありません! 助けてください!」
その鎧の人物は何の反応も示さなかった。――――否、腰の剣を抜き、敵対行動を示してきたのだ。
「まずいな、逃げた方がよさそうだ」
直感での発言だったが確信していた。このままでは確実に殺される。
「和也! 走ろう!」
優斗が叫ぶと同時に二人は走り出した。
これほど全力で走ったのは、いつぶりだろうか。
体力の衰えを感じる年齢ではないが、走るという行為自体から遠ざかっていたことを実感する。
十代のころならもっと速く走れたはずだ。
そんなことを考えながら、ふと後ろを振り向いた。
自分の目を疑った。距離は十分開いていたはずだ。
それに、あんなに重そうな鎧を着ているのだ、追いつかれるはずがない。
そう高をくくっていたが、現実はそうではなかった。
翼だ。その鎧の人物は巨大な翼を生やし、滑空しながらこちらに迫っていた。
信じられない。あのスピードならあと数秒で追いつかれる。
「反則でしょ! それは!」
優斗が怨嗟の声を上げた。
その優斗の後頭部に剣が迫る。
「させるかっ!」
間一髪。優斗を押し倒したことで、剣は空を切った。
だが、優斗は体勢を崩し、再び剣で頭を両断されようとしていた。
「くっ、やば」
優斗が呻き声を上げた。
助けなければ優斗が死ぬ。だがどうやって助ける。足が震える。優斗の次は俺だ。
その恐怖が更に足をすくませる。
その時、頭に声が響いた。
「転送」
その声は、今まで聞いたこともないような澄んだ声だった。
天使や女神が居るのだとしたら、きっとこんな声なんだろうな。
和也はそう思った。