第十八話 動き出す悪意
「優斗、そっちを頼む」
「OK」
再生を終えた影は、新たに現れた二人を脅威とみなし、敵意を和也と優斗に向ける。
影の一体は和也へ、もう一体は優斗へと。
影は同時に動いた。同じタイミング、同じ動作で、和也と優斗へ飛び掛かかる。
影が鉤爪を振り上げる。
だが、鉤爪が肉を裂く前に、二人の体が消えた。
次の瞬間、銀の軌跡が影の体に走った。
二体の影の首が刎ねられ、頭部が宙を舞い、地に落ちた。
地に落ちた影の頭部は霧散し、即座に体に帰還。
「うっ、こいつって不死身系?」
「分からない。取りえず時間を稼ぐぞ」
和也はちらりと、周囲を窺った。
禿頭の男が、倒れている人物へ治癒を行使している。
その禿頭の男の必死の相貌から察するに、予断を許さない状況であることが読み取れた。
せめて、撤退の準備が整うまでは時間を稼がないとな。
和也はそう決意した。
しかし、そんな決意をする必要もないほど、そこからは一方的な戦いだった。
影が如何に鉤爪を振りかざそうと、和也と優斗にはかすりもしない。
影は和也と優斗の速度に対応できていないのだ。
影は知覚できない速度で斬られ続けた。
斬られては、再生。斬られては、再生。その繰り返し。
何十回と斬り裂かれ、首を刎ねられた。
いい加減しつこいな……。
和也は辟易しながら、再び影の首を刎ねた。
そして、隙だらけの影の体を斬る。下半身から分離した上半身をさらに斬る。
そこから更に斬りつけ、影の体を細切れにする。
すると、細切れになった影は再形成することなく、霧状の影と化した。
霧状のまま、空を漂い移動を開始。
和也から距離を取り、その位置で体の再形成が始まる。
和也は影の体の再形成を防ぐ為、追撃を始める。
あれ?
和也の踏み出した足が止まった。
影は体を再形成しようと試みるが、再形成の途中で霧散。
そして、そのまま空に消え失せたのだ。
なるほど、そういことか。
「優斗! こいつは不死身じゃない! ある程度ダメージを与えれば消滅する!」
「えっ、まじ?」
優斗は影の攻撃を躱しながら、和也の方を見る。
ノールックで攻撃を躱し、剣で影の腕を切断した。
そこからは和也も加わり、和也と優斗の嵐のような斬撃が影の体を襲う。
影は再生も追いつかぬほど細切れにされ、やがて消え失せた。
ベナンテスは驚いていた。二人の青年の強さに。
だが、二人の青年が影に勝利し、一先ずの危機が去って尚、ベナンテスの眉間の皺が緩むことはない。
ロソンの状態がまずい。
血だまりの中に倒れるロソンは、非常に危険な状態にあった。
傷は内臓まで達しており、治癒で命を繋ぎ止めるのがやっとの状態である。
ロソンの体力が持たなければ、傷が癒える前に命を落としてしまうだろう。
和也はベナンテスに近付いてから言う。
「俺がやってみます」
「君が?」
その瞬間、ロソンの体が淡い碧の輝きに包まれた。
苦悶の表情を浮かべていたロソンの表情が緩み、乱れていた呼吸も次第に安定する。
目の前で起きた奇跡に、ベナンテス驚きを隠せない。
「これは奇跡…………いや、神の力か!」
ベナンテスが和也の顔を凝視する。
その時、女の声が聞こえた。透き通る綺麗な声だ。
「その通りです」
女はフードを深く被り、暗がりから現れた。
ベナンテスは女を訝し気に見るが、内心どこか懐かしさを感じていた。
女はベナンテスの目の前で立ち止まり、被っていたフードを取って顔を晒す。
「お久しぶりです。……叔父上」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ソルランド王国。現国王アドラ・アズル・ソルランドによって統治された、豊かな国である。
国土の三分の一を砂漠で占めるこの砂の国では、モディス教という宗教が広く信仰されている。
この国の言葉で、奇跡の担い手を意味するその宗教の教義は、魔術と言う奇跡の力を信仰することにあった。
獣人は遺伝的に魔術の適性が低く、魔術を行使できる者はごく稀である。
奇跡の力を信仰するアドラ国王は、魔術の適性が低い獣人に奇跡の冒涜者の烙印を押した。
国王は奇跡の加護を持たない獣人と、人との生活区域を切り離し、あまつさえ、獣人に強制労働を強いたのだ。
豊かさの陰で、獣人という犠牲の上に繁栄する国、それがソルランド王国である。
獣人達による反発は必至であり、各地で獣人達による小規模な反乱が勃発。
獣人達の怒りが大きなうねりとなり、大規模な内戦が起きる機運が高まっていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
石造りの家が立ち並ぶ居住区画。家の作りこそ簡素だが、道路はしっかりと舗装されており、道の脇には街路樹が並び立つその区画は、きっちりと整理された印象を見る者に抱かせる。
時折、居住区を駆け抜ける強い風は、この国特有の乾燥した空気と幾ばくかの砂を巻き上げ、通りを行く者の顔をしかめさせていた。
その居住区の一角にある一軒家に男はいた。
この国ではありふれた一軒家であり、室内も同様にありふれた家具が並んでいる。
木製の椅子に座るその男は、湯気を上げる陶器のカップから口を離し、言葉を発した。
「あら?」
褐色の肌に分厚い筋肉を持つその男は、大きく胸元が開いた白いシャツを着用しており、隙間から盛り上がった胸筋を覗かせている。
髪の毛は短く剃られており、その鋭い眼光も相まって、他を容易に威圧出来るだろう。
年の頃は、若すぎることもなく年老いてもいない。おそらく三十代中盤頃であろうか。
「どうしました? パルテノ」
褐色肌の男の言葉に反応したのは、向かい側に座る少女であった。
凛とした佇まいのその少女は、どこか大人びた印象で有ったが、若干の幼さが残る顔には確かに少女であることが示されている。
長く艶のある黒髪と、スラリと伸びた四肢。少女が纏う丈の長い黒いコートは、見事に着用者と調和が取れている。
その少女は、切れ長の目で向かいに座る男を見据える。
パルテノと呼ばれた褐色肌の男は、向かいに座る少女に答えた。
「ちょっと困ったことになったわ、リーラ。私の影の悪魔ちゃん達がやられたわ。しかも特別製を二体も」
「……それは、まずいのでは?」
表情を崩さず言い放つリーラに、パルテノは右手で空をはたく動作をして言葉を返す。
「だからそう言ってるじゃないの。……でも、まあ、今更盤面が引っ繰り返ったりはしないでしょうけど……」
そのパルテノの言葉を、リーラが引き継いだ。
「その者達、調べる必要がありますね」
そして、リーラが放った言葉は虚空へと消える。
何故なら、それはすでに二人の間では決定事項。是非を問う必要はない。
この時、何の変哲もない一軒家の室内で、二つの悪意が新たに動き出したのである。




