第十六話 新たな一歩
「な、なんと! …………それで、それがなんだと言うんです?」
イーリスは両手を上げて、体で驚きを表現したまま疑問を投げ掛けた。
「う、うん。まあ、なんと言うか。そうだな、この気持ちを言葉にするのは難しいが…………懐かしい、そう思ってな。ノスタルジーとでも言うのか? まあ、そんな感じだ」
「ほうほう、ノスタルジーですか。意味としては理解出来るのですが、あたしはまだ、その気持ちを知らないのです」
「……そのうち、お前にも分かるようになるさ」
セリスは微笑し、イーリスの頭をそっと撫でた。
「では、セリスさんは、その杖を自分の物にする、ということなのです?」
「……これは父上の物と全く同一と言って良い。父上は一族の中では責任ある立場だが、私は禁忌を侵し父上の顔に泥を塗った。そんな私がこれを使うのは、少し虫が良すぎる話だろう……」
暗に使う意思はないと示すセリスに、イーリスは少し不思議な顔をした。
「イーリスなら使うのです」
セリスは純粋に言い放つイーリスに、微笑んで頷いた。
「そうか」
「マスターでもそうすると思うのです」
セリスは顎に指を当て、今度は少し真剣な表情をした。
「……そうだろうか?」
「はい! 絶対そうですよ! あのマスターなら使えるものは何でも使うですよ! だいたい、あたしのことも使い倒す気マンマンですよ、ありゃー。そもそも、マスターは、あたしに優しくねーですよ! もうちょっとこう―――」
どうやら、イーリスの地雷を踏んでしまったようだ。次から次へと愚痴が飛び出してくる。
「って聞いてるのです? セリスさん?」
「……ふっ」
「ありゃ?」
セリスは思わず吹き出してしまった。色とりどりの表情を見せるこの少女を見ていると、なんだか急に、自分の悩みが馬鹿らしいと思えてきたのだ。
「お前は、本当に虹のような少女だな」
「へっ? そうでしょうか? まあ、なにか困ったことがあれば、あたしにお任せなのですよ!」
「ありがとう。少し自分を見つめ直し、答えを出すとしよう」
心の靄が少し晴れ、降り続けていた雨が弱まったような、そんな心持だった。
雨の後は虹がかかる。
きっとそうだ。セリスは、そう思うことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
大人とは何であろうか。何をもって大人なのだろうか。
身体が大きくなったらであろうか、成人年齢を迎えたらであろうか、他人から認められたらであろうか。
勿論、考え方は人それぞれで、答えは幾つもあるだろう。それに、例えばだが、五十を越えた男が、自分はまだ子供だ、と言い張るのは無理があるというものだ。
だが、それでもあえて、和也はきっと、どこにも答えは無いと思っている。
何故なら、大人と子供の境界線は曖昧で、その時々で意味を変えるからだ。
三十を迎えていながら、お前はいい加減大人になれよ、と他人から誹られる者も居れば、君はもう立派な大人だ、と言われる少し賢しい高校生だっているかもしれない。
結局はその時々で、都合の良いように形を変える物である、と和也は理解している。
だけど、一つだけ確かなことがある。
それは、一人では決して大人には成れない言うことだ。
当たり前だが、人はこの世に生まれ落ちたその日から、この社会と何らかの形で関わることになる。
例え両親がいないのだとしても、今この瞬間を生きているということは、何者かと関わり、生きている、ということである。
人は社会的な生き物だ。人と関り、相互に影響を与え、社会を形成する。
だが、逆に言えば、その社会的文脈の輪から外れた者に待つのは、死しかないということでもある。
俺はその輪から外れかけた。その輪から外れ、何もかも捨てて終わらせようとも思った。
それでも良いと思ったのだ。
だが、そんな俺を救ってくれたのもまた、社会の一部であった。
両親、旧友、恩師、社会を形成する一部が、俺の一部となり、俺を生かす。
そのことに気づいた時、俺はまた、連綿と続く人の営みの輪に戻れたのだ。
俺は運が良かっただけであろう。
不幸にもその輪から外れ、戻ってこれない者は大勢いるだろう。
だからこそ、もう見失ってはいけないのだ。
戻れなかった者達の為に報いなければいけない。
俺を戻してくれた人達に、意志を示さなければならない。
和也は一人、そっと決意を新たに、一歩踏み出したのだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※
下界への遠征当日、宮殿のエントランスを抜けて幅の広い階段を下った先、草原の広場に和也達、四人は集まっていた。
最後まで自分も連れて行け、と駄々をこねていたイーリスは、まだ少し不貞腐れている。
「イーリス、すまない。どんな危険があるか分からないんだ。分かってくれるな?」
「わかってます、わかってますよーだ」
イーリスは視線を落とし、口を尖らせながら返事をする。
そんなイーリスを見て和也は微笑を浮かべ、イーリスの頭に軽く手を乗せた。
「そう拗ねてくれるな。お前のことが大切だから言ってるんだよ」
「うっ、……ずるいです。そんな口説き文句みたいな……」
イーリスは視線を下に落としたまま、少し頬が赤くなる。
「なんかさ、和也ったらこの数日で、イーリスちゃんの扱いに磨きがかかってない?」
「まったくだ」
後ろで優斗とセリスが小声で会話しているのが聞こえた。聞こえてるぞ、失礼な。
俺はただ、本心を伝えただけだ。
「さあ、そろそろ行こう。イーリス、留守を頼んだ」
セリスはそう言って、地面に埋まっている石板に目をやった。
「しかし、これがトランスポートだったとはね。今までオブジェだと思ってたよ」
優斗がそう言って、セリス同様、石板に目を向ける。
四角形のその石板は地面に埋め込まれていた。縦横ニメートル程度の大きさで、表面には三重のサークルが描かれており、中央部には特大の魔石が埋め込まれている。
これはトランスポートだ。下界の各地にもこれと同様の物があり、石板を介して瞬間移動が可能なのだと言う。
この機能は今まで停止していたようだが、イーリスが機能を目覚めさせてくれた。
移動先の石板が破損していた場合は転送できないようだが、幸いなことに目的地の石板は無事のようだ。
その目的地とはソルランド王国。人と獣人が共生する豊かな国だ。
ソルランド王国に在住する、とある人物との伝手がセリスにはあるらしい。
下界最初の地としては、まさにうってつけだった。
和也は、優斗とセリスの方に目を向けた。
セリスはその美貌も相まって、いつもの白を基調とした神官服では目立ちすぎる。俺がそう指摘したせいなのかは分からなかったが、今は地味な灰色のローブを纏っている。
その手には、白く輝く杖が握られており、青く暗い魔石が日光に照らされ輝いている。
あれは確か、シータの間にあった物だろうか? あの時は、はぐらかしていたが、何か心境の変化があったのだろう。
和也は心の中でそう思ったが、そのことに言及することはしなかった。
優斗は動きやすい旅装を着込み、その上にフード付きの外套を纏っている。
和也も結局は、優斗と同じ格好を選択した。重装備を選択することも考えたが、その重さで身体の動きが頭のイメージと若干ズレることが、どうしても気になったのだ。
「イーリス! それじゃあ送ってくれ! それから、定時連絡は欠かさないからな」
「はいです!」
イーリスが右手を上にあげて元気良く返事をする。その返事と共に石板が輝き始めた。
この転送装置は、イーリスの意志により起動させることが出来る。
そして、俺とイーリスは俺達の間のみで可能なテレパシーで、定時連絡を取ることを決めた。
和也は優斗とセリスの顔を交互に見る。思いのほか、二人とも不安は感じていないようだ。
和也は思う。共に死地を乗り越えた戦友だ。こいつらとなら不安はない。
少なくとも自分はそう思っている。こいつらはどうだろうか?
和也がそれを確認する前に、三人は光に包まれて、その場から居なくなった。
これで第一章は終了となります。
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