第十四話 混沌の大地
イーリスを除く和也達三人は、食堂で寛いでいた。
うまいな。和也は、陶器のカップに口をつけながら、しみじみ思う。
この世界には当然ながら、緑茶や紅茶などは存在しない。
その代わり、ハルモニアと呼ばれる植物の葉を加工した茶葉が存在するのだという。
ハルモニアは世界各地で自生しているようで、天空の大地も例外ではなかった。
その葉を加工し、茶葉を作った優斗がハルモニア茶を出してくれた。
香りが強く、甘みがある。この茶には心のバランスを整える作用があるのだとか。
午後のティータイムを楽しみながら、和也達はイーリスの吉報を待つ。
イーリスには悪い気がしたが、あれから一時間は経過している。
俺がイーリスなら、じっと我慢して待っていられるよりは良いだろう。と、少し言い訳。
「そういえばさ、セリス、下の世界のことを教えてよ」
優斗がセリスにそう尋ねた。
そういえば、今までこの世界のことをあまり聞いてなかったな。
もし下の世界に夢幻の魔晶石があるのだとすれば、聞いておかないとな。
「かまわんが、私とて五十年以上は俗世間と関わっていなかったのだ。古い記憶で良ければ話そう」
セリスはそう前置きしてから話し出した。
「昔、叔父上に連れられて下界を回ったことがある。まあ、こういっては何だが、なかなかに混沌としているよ、下界は。まずは大陸の西側に位置するソルランド王国。ここはソルランド王家が治める国で、世界でも有数の魔石の原産地だな。主に人族と獣人族が生活しており、かつて両者の間に大きな戦争があったと聞くが、今は融和政策が取られ、それなりにうまくいっているようだな」
和也と優斗は真剣に耳を傾ける。
その様子を見てセリスは続ける。
「そして大陸中央部のリベネンタイン帝国。覇権主義で強大な軍事力を誇っている国だ。大国だが敵が多い国でもある。同じく大陸中央部のアンセムニア連邦との小競り合いが続いている」
セリスはそこで言葉を区切るが、和也と優斗は口を挟むことはしなかった。
セリスは陶器のカップに口をつけたあと、またしゃべりだした。
「北部大陸のヴィクシャルン帝国。この国も軍事大国だが謎の多い国だな。皇帝ミハイリオス三世は南下政策を画策しているという噂だが、真偽の程は分からん。あとは、東の果てに群島国家があると聞く。詳しくは知らないが確か、他国と関りを避けている森人族の国と唯一、国交がある国家だったか」
和也と優斗はセリスの説明を真剣に聞いた。情報は時として金より価値がある。
自分の生存の有無に多少なりとも左右されるのであれば尚更である。
「ありがとう、セリス。それにしても……この世界も一筋縄ではいかないようだね」
優斗が礼を言った。その後に続き和也も礼を言う。
確かに優斗の言う通りだ。この世界も一筋縄ではいかない。
日本に住んでいるだけではあまり実感が湧かないが、元の世界でも大なり小なり争いは起こっており、また、その火種が燻っている。
結局はこちらもあちらも同じ、か……。この世界は優しい幻想郷などではないようだ。
「パッパッラパーン! 検索が終わりましたです! マスター! 褒めてくださいです!」
高い声が頭に響く。和也は優斗とセリスの顔を見るが、二人は何の反応も示していない。
これ……聞こえるの俺だけか?
和也は小さく嘆息し、二人にイーリスが仕事を終えたことを告げた。
※ ※ ※ ※ ※ ※
イーリスが満面の笑みで仁王立ちしていた。
「イーリス、ご苦労様。それで結果は?」
「えー、それだけですか? マスター」
和也は頭を掻きながら少し困ったように答えた。
「それだけって言われてもな……どうすりゃいい?」
「和也、こういう時はね、とにかく褒めてあげれば良いんじゃないかな。ありがとうねイーリスちゃん」
優斗がそう言って、イーリスの頭をなでる。イーリスも満更ではなさそうだ。
うっ、そういうの苦手だな……。
イーリスは優斗に撫でられた後、期待を込めた目で和也を見る。
和也は溜息をつき、イーリスの頭を撫でる。わしゃわしゃ、わしゃわしゃと。
「う、なんか思ってたのと違うです!」
「和也ったら、照れ臭いのかな~」
優斗が茶々を入れてくる。やりずらい。
和也は膝を曲げて、小柄なイーリスと目線を合わせた。
「イーリス、ありがとう」
ストレートに感謝を告げることにした。
「……マスター、ずるいのです。そんな真っすぐに見つめられたら……」
イーリスが顔を赤くしながら、あたふたしている。
ん? 何をそんなに慌ててるんだか……。
「ゴッホン! ……イーリス、私からも礼を言う。さあ、そろそろ聞かせてくれないか?」
セリスが場の空気を締め直し、話の先を促した。
「そ、そうでした! えーまずは結論から言うです。夢幻の魔晶石の在りかは分からなかったのです!」
イーリスは和也達の反応が渋いことを見て、慌てて補足する。
「あ! で、でも、手掛かりはあったのです!」
それを聞いてセリスが話の先を促した。イーリスはそれに答える。
「はい! 地上のある場所で、龍脈の乱れを確認したのです!」
龍脈。確か、魔力の流れが濃い場所をそう言うのだったか。
セリスが質問した。
「龍脈の乱れか。それで、それが手掛かりとする根拠は?」
「はい! この乱れは、おそらく人為的なものだと推測するです。何らかの大きな術式が仕組まれていると思われるのです。これ程の術式は、何年も掛けて編み出されたもの。ここからは集合的意識で集められたデータを元に、導き出したあたしの推測ですが……善からぬ企みの気配があるのです」
「善からぬことを企む者達がいる、ということは分かったよ。それが夢幻の魔晶石とどう繋がる?」
話が見えてきた、と和也は思いつつイーリスに先を促した。
「はい! この術式は魔力の収集を目的とするものと推測するのです! しかもこれ程の規模の術式となると、並みの魔石で収まる規模ではないのです!」
「なるほど……それに該当する魔石は一つしかないということか」
「はい! ご察しの通り、夢幻の魔晶石です! 術式を仕組んだ輩が、夢幻の魔晶石を保有している可能性はあると思われるのです!」
和也の問いにイーリスは答え、最後に「にゃはは」と笑った。どうやら説明は以上のようだ。
「ならば……決まりだな。行こうではないか、混沌の大地へ」
どうやら、セリスの意志は固そうだ。
どの道、他に手掛かりはない……か。
混沌の大地、セリスはそう言った。せっかくの異世界だが、観光旅行とはいかないようだ。
現実も異世界も同じだ。人の思惑が入り乱れる混沌の大地へと思いを馳せ、少し気が重くなった。




