第十三話 集合的意識
食堂には、すでにセリスと優斗がいた。
二十人は優に座れるだろう長方形の机の上には、食事が並べられている。
和也達は日替わりで食事当番をすることに決めており、今日は優斗が当番の日であった。
優斗が当番の日は正直ありがたい。
優斗は元の世界で料理はあまりやってこなかったらしいが、そこは何でも器用にこなす優斗だ。
こちらの世界の限られた食材でも、うまく調理することが出来る。
机の上には切り分けられた果実にスープ、木の実を粉にして作った、パンに近い食感の食べ物が並んでいた。
これは……すごいな。和也は素直に感心した。
「うひゃー! 美味しそうです!」
「いらっしゃい!」
料理を見てはしゃぐイーリスに、優斗は笑顔で答えた。
俺達はイタダキマスをして食事にありついた。
セリスには食事の前に食材に感謝するという習慣はなかったが、俺達の話を聞いて、それは素晴らしいな、などと言って積極的に取り入れている。
イーリスも空気を読んで俺達のマネをして食事にありついた。
「うまい、うまいよ優斗」
「流石だユウト」
「いやー、うまいです~。受肉して初めての食事がこれとは最高です!」
三者三葉に言葉を発する。
優斗は満面の笑みを浮かべるイーリスをまじまじと見た。
「受肉か、それにしても本当に人間にしか見えないね。イーリスちゃん」
「はい! それはそうです。この体は人間と殆ど同じ機能を有してるですよ」
何故、俺を見る。俺がイーリスを形作った訳ではないことは昨日、本人が認めたはずだ。
何となく嫌な方向に話が流れる気がして、方向転換する。
「……なあ、イーリス。そろそろ話してくれ、君のことを」
少しの静寂。イーリスは口に含んだ食べ物をしっかり飲み込んでから答えた。
「分かりましたマスター。……と言っても昨日言ったことが殆どなのです。あたしは、めいんこんそーる、それ以上でも以下でもないのです」
それを聞いて、セリスが口を開いた。
「……ふむ、では例えば、この宮殿の罠を全て解除することは可能なのか?」
「可能なのです。ただし、実行にはマスターの指示が必要なのです」
イーリスはセリスの問いに答えたあと、和也の方を向く。
「イーリス、頼む」
「イエス、マスターなのです」
イーリスはそう答えて目を閉じる。
少しの間の後、イーリスはピキーンなどと自ら効果音を付けて、終わった旨を告げる。
「終わった……のか? 見た目には何も変化はないが」
「はい、残された罠は転送トラップと、隠されたシータの間だけなのです」
セリスの問いにイーリスがそう答える。
「隠された!? 気になるな!」
確かに気になる。俺も気になるが少し待ってくれ、と優斗に告げてイーリスに向き直る。
「イーリス、じゃあ本題だ。俺達の目的である夢幻の魔晶石、その在りかを教えてくれ」
再び静寂が訪れた。少し間を置いて、イーリスは口を開いた。
「……ごめんなさいマスター。その情報は、意図的に削除されているようなのです」
イーリスが申し訳なさそうに困り顔で答える。
削除されているだと? しかも意図的に。
「……ふむ。振り出しに戻ったというわけか」
セリスが冷静にそう呟く。皆一様に気を落としているが、和也には、セリスが一番ショックを受けているように見えた。
そして和也は、その顔を見るのは嫌だな、と何となくそう思った。
そして、和也がイーリスに質問した。
「そうと決まった訳じゃないだろう? ではイーリス、手掛かりが欲しい。そうだな。この世界をスキャンし検索することはできないか?」
その発言を聞き、皆驚いている。イーリスは言った。自分は世界の集合的意識だと。
であるならば、逆に世界中の意識を覗き見ることも出来るのではないか。
「流石です! マスター! 確かに世界の意識から情報を拾うことは出来るです! ……ですが、ここでは出来ないのです」
「では、どこなら出来る?」
「隠されたシータの間です!」
なるほど、そう繋がるのか。
※ ※ ※ ※ ※ ※
この天空の宮殿ウラノスは、大きく分けて四つの区画に分けられている。
まず、和也達が寝起きする部屋があるのは右翼区画だ。右翼区画は主に居住区となっており、寝泊りできる部屋はこの区画に集中している。
そして、右翼区画の反対に位置するのは左翼区画。左翼区画には武器庫、図書室等が設置されている。
最初に和也と優斗が目覚めた場所と、セリスが封印されていた場所はこの左翼区画である。
右翼と左翼の間に挟まれるのは中央区画。中央区画は食堂、調理室があり、和也達がガーディアンに追い回されたのもこの区画だ。
そして最後に、中央区画の奥の区画、聖域区画。
聖域区画にはガーディアンの制御室であるタウの間、そして礼拝堂が存在する。
この宮殿は壁画や彫刻等は存在せず、全体的に質素な作りだ。
だが逆に、それが神聖な場所であることを際立たせている。
しかし、一つだけ例外がある。それがこの礼拝堂だ。
礼拝堂の天井には壁画が描かれており、窓はステンドグラスのような色鮮やかなガラスが嵌め込まれている。
そして、この部屋を支えるいくつもの柱には、細かな模様が彫り込まれており、素人目に見ても作成者のこだわりを感じることが出来た。
隠されたシータの間は、どうやらこの礼拝堂にあるらしい。
和也達は朝食を終えた後、この礼拝堂に集合した。
イーリスはこの部屋に掲げられている魔石灯に手を伸ばし、こうかな、ちがうかな、とつぶやいている。
その瞬間、床の一部がスライドし地下に繋がる階段が現れた。
また地下か、と和也は辟易したが、罠は解除されているから大丈夫なのだとイーリスは言う。
ちなみにどんな罠なのか聞いてみたが、強烈な幻覚を見せる罠だという。
無策にも踏み込んだ愚者を狂わせ、自害、もしくは同士討ちを誘発させるのだと。
いや、恐ろしすぎだろ。偶然見つけて挑んでたとしたら、完全に詰んでるじゃねえか。
そして辿り着いた部屋は、思いのほか狭かった。俺の自室より少し広いぐらいだろうか。
和也はそんなことを考えながら部屋を見回した。
この部屋も例にもれず白かった。
この部屋には二つしか特徴がない。部屋の隅に置かれた長杖と部屋の中心に描かれた曼荼羅のような陣だけだ。
「にゃはは、では、さっそく」
イーリスはその陣の上に腕を組んで仁王立ちし、目を閉じた。
「あ、しばらく集中すると思うのです! なのでご自由にお過ごし下さいなのです」
和也達は了承しイーリスを見守る。
イーリスが集中し数舜の間、陣が輝きだした。
恐らく始まったのだろう。世界との対話が。
邪魔してはいけないと思い、和也達は地上で待つことにした。
ん? 和也はセリスが部屋の隅を見つめていることに気が付いた。
その視線の先には長杖が置かれていた。
そういえば、この世界には魔術の威力を底上げしたり、発動を早める杖があるとセリスから聞いたな。
「セリス、あれが気になるのか?」
「ん? ああ……少しな」
セリスはそう言って、踵を返しこの部屋から出て行く。
なんだ?
和也は少し気になったが、何も言わずセリスに続いて部屋を後にした。




