第十二話 虹の少女
飛び出してきた人物は、まだ幼さの残る少女だった。
年の頃は小学生と中学生の間ぐらいだろうか。
鮮やかな桃色の髪の毛はショートボブにカットされており、少女がくるくると回るたびにふわりと舞う。
その少女の服装は一言で言うと奇抜だった。ゆったりとしたチュニックの上に、黄金の刺繍が入った青いジャケットを羽織っており、さらにその上には短いマントを纏っている。
どこか中世ヨーロッパの貴族を思わせる装いだった。
その愛くるしい顔には片眼鏡が装着されており、奇抜さに拍車を掛けていた。
「……君は、誰なんだ?」
「はいマスター! あたしは、……そうですねー、イーリスとお呼びください」
イーリスと名乗るその少女は、まっすぐに和也を見て答えた。
「……分かったよ、イーリス。それで君は、誰なんだ?」
和也は先程と同じ質問を繰り返した。少女はそれを聞いて、少し困ったように首を傾げる。
「うーん、誰と言われても困りますね。あたしはあたしですし……と、そういう答えをお求めではないご様子。貴方たち風に言うとあたしは、この宮殿の、めいんこんそーる、ってやつなのです」
少女は落ち着きがなく、くるくると回りながら答えた。
少女はメインコンソールと言った。コンソールとは、コンピュータを制御する機構のことだと、和也は記憶している。
つまりは、この宮殿の制御を引き受けているということか。
この宮殿の隠された機能を、引き出すことができるかもしれない。
「つまり君は、君の意志で、この宮殿の機能を制御することができる訳だな」
「うーん、少し違うです。あたしはあくまで制御機能にすぎないです。指令を出すのはまた別なのです」
「その指令は誰が出す?」
「それは勿論、マスターです!」
「俺が? と言うか何故、俺がマスターなんだ?」
「何故ってそれは、貴方があたしの起動者だからです」
起動者……。あの虹の球体に触れ、この子を目覚めさせてしまったから俺がマスターということか。
だけど、マスターと呼ばれるのはむず痒いな。
和也がそんなことを考えている横で、セリスが発言した。
「イーリスと言ったな、私はセリス、こちらはユウトだ。君が邪悪な者ではないことは分かる。今はそれが分かれば十分。カズヤ、訊きたいことは山ほどあるが、今日はこのぐらいにしておこう。皆疲れている。イーリス、君は明日にでも消えてしまう、ということはないのだろう?」
セリスの提案を受け、賛成だと思った。恐らくイーリスはこの宮殿の重要人物だ。
きっと目的へと近づくことができるだろう。
だがすでに、心身共に疲労が大きい。頭もしっかり回らなかった。
「はい! 勿論です! あたしは受肉しました。突然消えたりなどしないのです。この体とても気に入ってます。何しろ、マスターの願望が形になってますから!」
は? とんでもない爆弾発言を聞いた。俺の願望が形になった?
つまりは俺が、この見た目の女の子を求めたってことか?
いやいやいや、まてまてまて。そんな筈ないだろう。
俺にそんな趣味はないぞ。
確かに可愛いとは思うが、それは、小動物を愛でる感覚と同じだ。
セリスと優斗の顔を覗き見ると、冷たい視線がこちらに向けられていた。
「いやいや、まってくれ! 誤解だって! 誤解だあああああッ!」
広間に和也の声だけが響き渡った。
※ ※ ※ ※ ※ ※
目覚めた時、白い天井が視界に入ってきた。和也はその光景を見て安堵する。ここは自室だ。昨日は怪物との死闘に謎の少女との邂逅。色々とあったが、今日こうして朝を迎えることが出来た。
和也は改めて部屋を見まわす。部屋に備え付けられているのは簡素な机と椅子、それから石造りのベッドのみだった。
それなりに広く、白い壁で囲まれた部屋はどこか寒々しい印象を抱かせるが、和也はこの部屋を気に入っていた。
何かと悩みの多い異世界だ。このように物が無く集中できる空間はとてもありがたかった。
「むにゃ~、マスタ~」
唐突に声が聞こえ、声の方に目を向ける。
おい。和也は心の中で突っ込みを入れた。何故、俺の部屋にイーリスがいる。
イーリスは小柄な体を丸め、和也のベッドに潜りこんで幸せそうに眠っている。
ときおり放つ寝言からは、マスターという単語が聞こえる。
「ったく、いつのまに潜り込んだんだ」
昨日はイーリスにも自室を与えたので、どうやら自室を抜け出してきたようだ。
まったく気付かなかった。それほど疲れていたということか。
「……あれ~、マスター、おはようございますです」
和也がイーリスを起こそうか迷っていると、イーリスは自ら目を覚ました。
「いや、ここは俺の部屋なんだが……。いつの間に忍び込んだ」
「はい~、マスターが恋しくてつい……。ダメでしたか?」
イーリスが眠そうに目を擦りながらそう答えた。
「うん……まあ、駄目なんじゃないか? 君は女の子なんだから、尚更気を付けた方がいいぞ。あと、マスターと呼ぶのを止めてくれないか?」
「はい、すみませんです。マスターが言うなら気を付けます。でも」
「でも?」
「マスターはマスターです。マスターがマスターでないのなら、あたしは何者でもなくなるのです」
そう言って肩を落とすイーリスを見て、和也は小さく嘆息する。
「分かった、分かった。俺が悪かった。マスターと呼んでくれ」
それを聞き、イーリスは満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる。
和也はそれを見て、犬が尻尾を千切れんばかりに振っている様子を思い浮かべた。
和也から自然と笑みがこぼれる。
「だけど、昨日の嘘の件は、少し根に持ってるからな」
「うっ」
イーリスは俺の願望が形になったと言った。そのせいで俺達のパーティーに深い溝が出来るところだったが、あまりの空気に耐えかねてイーリスが白状した。
イーリス曰く、この姿は世界の集合的意識が形になった姿だという。
よく分からなかったが、世界の人々の意識を集合し形にすると、このような少女の形になるということだろうか。
とてもそうは思えなかったが、それが本当だったとしたらこの世界の住人は、中々個性的な趣味を持っているな。
和也は覚醒しきっていない頭でぼんやりとそんなことを考える。
「そ、そんなことより、朝食にするのです! さあ食堂に行きましょう!」
「そうだな」
あからさまに誤魔化すイーリスだったが、和也はそれ以上追及することはしなかった。




