第十一話 真名
「セリス!」
和也は叫びながら、倒れ伏しているセリスに駆け寄った。
「嘘だろ、セリス! なんで! 死ぬな!」
肉を焦がす強烈な臭い。原型を保っているのは奇跡だった。
「カズ……ヤ」
「しゃべらくなくていい! 今、手当てを! くそっ、どうすりゃいい!」
和也は、セリスの命がこぼれようとしているのが分かった。
その現実にパニックになり、何も出来ない自分に苛立つ。
「聞いて……くれ……。お前達……と……ともに……よかっ」
「セリス!」
聞かなければいけないと思った。俺にはセリスを助ける術はない。
涙がこぼれ、セリスの頬に落ちた。
「な……くな。それか……ら、頼む……父上に、すまない……と」
「自分で言えよ! 死ぬな! ……頼むよ、死なないでくれ!」
セリスは困ったような顔をして、かすかに笑った。
俺は助けられてばかりだな。この世界でも、あちらの世界でも。
心から願った、セリスを助けたい。
心の底から。
―――ドックン
その時、心臓が跳ねたような気がした。身体が熱い。全身の血が沸き立つような感覚。
目を閉じ精神集中する。今はそれどころではないのは分かっている。
だが、これを無視してはいけない、そんな予感がある。いや、それは確信だった。
深く集中し、自分の内側に心の眼を向ける。それは淡く優しい光だった。
光を見つけた。その光から意思を感じる。
……ありがとう。俺に力を貸してくれるんだな。―――アスクレピオス。
俺がセリスから授かった神意、その真名が分かった。
その真名とはアスクレピオス。その名が不意に頭に浮かぶ。理屈など分からない。
それよりも急がねばならない。
和也は横たわるセリスの手をそっと握った。微弱だが呼吸の音が聞こえる。
まだ間に合う。和也は強く願った。
和也を通じ、淡い緑の輝きがセリスに伝わる。
セリスは緑の輝きに包まれた。
再生が始まる。
出来た……。今まで出来なかった、他人への神意の行使。
「……礼を言わねばならんな。……カズヤ」
セリスがゆっくりと上体を起こし、和也に礼を言った。
そして、和也がそっと握っていた手を握り返した。
その手の力は弱々しかった。身体の傷は再生できても、体力は回復していないようだ。
「無理しなくていい、休んでてくれ」
和也はそっと優しくセリスに声を掛け、セリスの顔を見据えた。
なんだか、初めてセリスの顔をちゃんと見た気がするな。
翠色に輝く瞳、形の良い眉、高い鼻筋、薄い唇、雪のように白く、透明感のある肌。
まさに美の結晶と言っても過言ではなかった。
だけど、俺はどこか苦手意識を覚えていた。それは何故か―――。
深く考えないようにしていた。
だが、先程、自分の心と向き合い答えを得た。
眼だ。美しく、強い意志が宿る瞳に自分の弱さを、自分の矮小さを見透かされるような気がしていたからだ。
「……カ、カズヤ。そう見つめられてはな……」
そして今は違う。照れるセリスの顔を見て、笑いが込み上げてくる。
何がそんなに可笑しいのか自分でも分からない。
だけど、今は分からなくていいのかもしれない。
そう思うことにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※
優斗を神意で再生させた時、精神力が尽きるのを感じた。
流石にガス欠か。だけど、結果的には三人とも生きている。これ以上のことはない。
「和也、やったな」
「ああ」
優斗は壁に背をあずけ、片膝を立てた状態で座り込んでいた。
セリス同様、体力全快とはいかない。
優斗の突き出した拳に自分の拳を重ね、勝利を分かち合った。
「だけど、これからどうする? 流石にもう戦闘は出来ないかな。一旦、引き返そうか?」
「そうだな……」
優斗の提案に和也は賛成だった。
この先、戦闘があるのだとすれば、俺達はあっさり命を落とすだろう。
そもそも、これ以上進みようがない。
和也は周囲を見渡した。広間に変化点はない。何か隠された謎を解かねばならないのだろうか。
「二人とも、あれを!」
セリスの方に顔を向けると、黄金の粒子が漂っているのが見えた。
怪物の死体が黄金の粒子となり、空に還っていく。
それは幻想的な光景だった。白い世界に漂う黄金の粒子。強く輝き、揺蕩い、やがて消える。
三人共しばらくその光景を見ていた。
そして、怪物の体は完全に粒子と化し、その場には何もなくなった。
すると、部屋の中央に突如として球体が現れた。
半径1mほどのサイズで、虹色に輝いている。
三人はそれぞれ顔を見合わせた。これは罠か、それとも―――。
「一先ず、逃走経路を確保した方が良いかもしれない」
和也のその意見に他の二人は賛成し、この部屋に入ってきた扉に近づいた。
和也と優斗で重い石の扉を押す。
だが、開かなかった。全体重を乗せ、必死に押してもビクともしない。
「これって閉じ込められた?」
優斗が不安な声を漏らした。
帰れないということか。やはり、アレは無視できないのだろう。
和也は虹色に輝く球体に向き直る。
「一番の功労者はカズヤだ。お前の判断に従おう」
「僕もさ」
二人からお墨付きを貰い、和也は覚悟を決めた。
これがもし罠ならば俺達は全滅するだろう。和也は自分の足が少し震えていことに気が付いた。
二人の顔を再び見る。不思議と足の震えが止まった。
大丈夫だ、こいつらとなら必ず切り抜けられる。
和也は虹色の球体に手を伸ばした。その表面は柔らかく弾力に富んでいた。
さしずめ、割れないシャボン玉と言ったところだろうか。
「俺達は怪物を討伐した勝利者だ。俺達に力を貸せ!」
反応はない。和也は眉を顰め、虹色の球体を凝視する。
「―――にゃは」
「は?」
その瞬間、虹色の球体が破裂し、ふざけた掛け声と共に中から人が飛び出してきた。
「にゃはははは! こんぐらっちゅれーしょん! あなたが、あたしの起動者、マスターですね!」




