第百二話 ネフェリオは語る
天空の宮殿地下。
リーラの背後から白い影が現れる。
その白い影は、やがて形を取り始め、人の形を成した。
白い影の男、ネフェリオが口を開いた。
「皆様方、お待たせしました」
障壁を挟んでネフェリオの対面に立つのは、和也、イーリス、ライサン。
指輪でネフェリオから連絡を受けた和也は、皆をこの地下に集めた。
ようやくネフェリオから話を聞くことが出来る。
今までに溜まった鬱憤をぶつけるように、和也は強い口調でネフェリオに言った。
「前置きはいい。洗いざらい話してもらうぞ」
「ええ、そのつもりですのでご安心を」
ネフェリオは笑顔でそう言ったのち、話し始めた。
「まずは、すでに理解していらっしゃると思いますが、アネモス香を巡る騒動の件です。ジェノ海洋国家連合を中心とする周辺国で問題となっていた、精神に異常をきたす者の増加。これは帝国によって仕掛けられたものでした。その真実は、ミラージュなる人物が妖精の塔と共鳴し、精神汚染をもたらす波長を広範囲に飛ばしていた、ということです」
淡々と話すネフェリオに和也は言う。
「ああ、それは理解している。それで、あんたは何処まで知っていたんだ? 最初から全部知っていて、俺達を囮に使ったのか?」
「アネモス香と妖精の塔のことについて、私には見抜けませんでした。私もまだまだです。そして、貴方達を利用したことについては―――」
そこで言葉を切り、胸に手を当て頭を下げた。
「弁解の言葉はありません。私は貴方達を利用した。ですから、貴方達には私を糾弾する権利がある」
和也は拳を強く握りしめた。
くそっ、必死こいて各地で奮闘した俺達が馬鹿みたいじゃないか。
罵声を吐いてやりたい気持ちになったが、ぐっと、その気持ちを抑える。
ライサンは和也の肩を軽く叩いた。
「ライサン……」
ライサンは和也に頷いたのち、ネフェリオに言った。
「ネフェリオよ、言いたいことは山ほどあるが、今は止めておこう。結果的に、精神汚染の被害を食い止めることが出来たのだ。今はそれで良い」
一呼吸し、真っ直ぐにネフェリオを見つめ言う。
「今はそれよりも―――、お前達の目的についてだ。それを吐いてもらおう。この期に及んで、誤魔化しは許されんぞ」
「ええ、勿論です。元より、言霊石の縛りがありますので、私は貴方達に話さなければなりません。過程はどうであれ、結果的にマカリステラは戦火を免れたのですから」
和也は懐から言霊石を取り出して握りしめる。
ネフェリオの言う通りだ。これがある限り、ネフェリオは喋らなければならない。
「皆様方、覚悟はおありですか?」
ネフェリオは尋ねた。その顔には、いつもの笑みは消えていた。
和也が尋ね返す。
「覚悟? 何のだ?」
「私が今からお話しすることは、この世界の真実についてです。それを聞いてしまったら、もう後戻りはできません。この世には知らない方が良いこともあるというもの。それでも、あえて、お聞きになりますか? 勿論、選ぶのは貴方達だ。さあ、ここが分水嶺です。くれぐれも、後悔なされぬように―――」
ネフェリオはそう言って、頭を深く下げた。
和也達は、お互いの顔を見合わせた。
言葉は要らない。もう気持ちは通じている。
イーリスが人差し指をビシッ突き出し、ネフェリへ返答した。
「あたし達は、すでに覚悟出来ているのです! あたし達を舐めるな! です!」
珍しく強気に言うイーリス。
その顔には、強い意志が示されていた。
和也は思う。
イーリス……俺の上着の袖を掴んでさえいなければ、もっと様になったんだけどな……。
イーリスは溢れ出る不安に押しつぶされぬよう、和也に縋りついていた。
和也の服の袖はイーリスの小さな手に掴まれ、くしゃくしゃになっている。
和也はイーリスの頭に手を乗せてネフェリオに言う。
「今、イーリスが言った通りだ、ネフェリオ」
「フフッ……。いいでしょう、貴方達の覚悟、しかと受け取りました」
姿勢を正しネフェリオは言う。
「不思議だとは思いませんか? 魔力についてです。その力の正体は何なのか、また、それはどこから湧き出て来るのか」
確かに。魔力とは、この世界に溢れている力。空気のように身近でありふれたものであり、そして、なくてはならない存在。あまり深く考えてこなかったが、魔力の正体は謎に包まれている。
和也はネフェリオに頷いた。
「ああ、確かに不思議だ。それで、何が言いたい?」
「魔力とは何なのか、その原理、成り立ちは神にしか分からぬでしょう。ですが、私は、一部の真実を解き明かしました」
ライサンが問う。
「その一部の真実……とは?」
「異世界からの余剰エネルギー。それが、魔力の正体です」
怪訝な顔でライサンが尋ねる。
「……どういうことだ?」
「異世界で生成されるエネルギーの余剰分が、次元の隙間を通って、この世界に流れ込んできている。そのエネルギーこそが、魔力の正体、ということです」
ネフェリオが告げる真実を聞いて、和也が反応した。
「異世界……つまり、俺が元いた世界の……?」
「ええ、そうです。ですがこの場合、複数の異世界と言った方が正確でしょう。カズヤさんが元いた世界を含めた、複数の異世界です」
異世界が複数あると伝えられ、和也はまた驚くが、一先ずそれは置いておくことにした。
「それで……そのエネルギーとは具体的には何だ?」
「それは難しい質問です。確証はありませんが、私はこう考えます。それは、あやふやで不確かなもの。人の意志、思念、精神、気力、そのようなものだと」
和也はライサンとイーリスの様子をチラッと窺う。
二人とも難しい顔をしていた。
きっと自分も同じような顔をしていることだろう。
和也は一旦、自分を納得させてネフェリに言う。
「……とりあえずは分かった。話を進めてくれ」
「はい。そして私は、長い期間の観測で気付いたのです。次元の隙間が塞がりつつあることに」
和也達三人は息を呑んだ。
その反応を確認し、ネフェリオは続ける。
「次元の隙間が完全に塞がれば、当然、異世界からのエネルギーの供給はなくなります。この世界の魔力は枯渇し、未曾有の危機を迎えるでしょう」
告げられる真実に和也達は衝撃を受ける。
和也が尋ねた。
「つまり、お前の目的は……魔力の枯渇を防ぐこと……?」
「その通りです」
「で、では! 夢幻の魔晶石はそのために必要、ということなのですね!」
イーリスが右手を上げて声を張り上げた。
「その通りです」
間髪入れずライサンが尋ねる。
「夢幻の魔晶石を使って、次元の隙間が塞がるのを止めるということか?」
「いえ。確かに夢幻の魔晶石を使えば、隙間が塞がるのを止められるかもしれません。しかし、それは一時しのぎにしかならない可能性があります。塞がる原因が分からないのですから、一旦は止められても、再び塞がろうとするかもしれません」
眉間に皺を寄せ、和也が尋ねた。
「じゃあ、どうするっていうんだ?」
「世界を創り変える」
「なに?」
「世界を創り変えるのです。永遠に魔力が枯渇することのない、一つで完結した世界に」
「そんなことが……」
「可能でしょう。夢幻の魔晶石ならば」
「……だったら、何でそれをやらない? 夢幻の魔晶石は手に入れているんだろう?」
「足りないのです。夢幻の魔晶石の魔力充足率は八割程度。残り二割足りないのです」
残り二割……。
和也は理解した。
「その二割はもしかして……」
「ええ、その二割はソルランド王国で回収出来る筈でした」
ソルランド王国という単語を聞いて、ライサンも気付く。
「では、ソルランド王国で仕掛けられていた大規模な術式というのは……」
「そうです。術式は魔力の収集を目的としたものです」
ライサンが続けて尋ねる。
「具体的には、どうやって魔力を収集する?」
「はい。大気中に漂う魔力を集めるのはとても難しい。そしてその方法は効率が悪すぎる。そこで私は見つけました。ある方法を」
和也が尋ねる。
「それは?」
「血です」
「血?」
「仕掛けた術式で、血液に含まれる魔力を吸い上げるのです。それは、私が長い時をかけて創り上げた術式でした。ですから―――」
和也がネフェリオの言葉を引き継ぐ。
「大きな争いを起こして、人と獣人に多くの血を流させる必要があった」
「……その通りです」
セラフの言葉が和也の頭によぎった。
この世に混じりけのない悪などない。ある視点から見れば、悪も善に変わる




