第百一話 普通とは違う者達
ライサンは、斜め右向かいに座るドラコをしげしげと見つめる。
視線を落とし、無言を貫いていたドラコはライサンの視線に気づき口を開いた。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「あ、いや、あの、広場での件ですけど……」
「ああ、君はやるべきことをやったんだろうが、無関係の者を巻き込むのは良くない。次からは、気を付けるべきだ」
「あ……はい……」
そう返事をして、ドラコはまた視線を下に落とした。
そして、また沈黙が流れる。
ライサンは先程と同じようにドラコを見つめた。
また視線が気になってドラコは口を開く。
「あ、あの……」
「ん?」
「わ、私、何か……変……ですか?」
ライサンは理解した。
悪気があった訳ではない。
無意識にドラコを観察していたことに気付く。
「ああ、すまない。いや、君の真意を測り兼ねていてな……」
「真意?」
「君は言ったな。結婚してください、と」
「あっ!?」
ドラコは慌てた様子で顔の前で両手を振る。
「あ、あれは、忘れてください! わ、私、また勘違いしちゃったみたいで!」
ドラコは自分を戒める。
この思い込みが激しい性格のせいで、また勘違いしてしまった。
目の前の彼が私を求めているのだと思い込んでしまった。
少し冷静になって考えれば分かることだ。
そんな筈はないと。
「ほ、ほんまに! ごめんなさい!」
顔を赤くして謝るドラコ。
その後、ドラコは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
しまった。つい訛りが出てしまった。
常日頃、訛りが出ないように気を付けているのだが、ふとした拍子に出てしまうことがある。
弟のコルバスは全く気にしていなさそうだが、ドラコは他人から訛りを指摘されるのが嫌だった。
何が問題なんや? と弟は不思議そうな顔をするが、ドラコには堪らなく嫌なことだった。
異質な存在だと言われているような気がしたから。
私は別に、普通なんだから。どこにでもいる普通の女。
少し根暗だけど、少し自分に自信はないけど、普通の女なんだから。
ドラコは、そう自分に言い聞かせた。
ライサンが顎に手を添えて呟いた。
「ふむ、勘違いか……」
続けてライサンは言う。
「時に、一つ訊いても良いだろうか?」
「……何でしょうか?」
「君は何をそんなに恐れているんだ?」
「……はい?」
「いや、すまない、そう感じたので……な」
ドラコは考える。
私は何かを恐れているのだろうか?
まあ……恐れているといえばそうなのかもしれない。
ドラコにとっては、あらゆることが怖かった。
他者から向けられる奇異の視線も、他者の口から吐かれる罵声も、他者から向けられる悪意も。
何故だろう。普通にしているつもりなのに、いつも他人とのズレを感じる。
だからドラコは怖かった。理解できないから。理解できないものは怖いのだ。
ドラコはライサンに返事をしようとした。
そんなことはない、と。自分は皆と一緒だと。何も変わらない、普通の女だと。
顔を上げ、ライサンの灰色の瞳と視線を合わせた。
灰色の瞳がこちらを見ていた。強い意志が宿る透き通った瞳が。
ドラコは全てを見透かされているような気がした。
口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
飲み込んだ言葉とは別の言葉が自然と口から出ていた。
「私は……おかしいのでしょうか?」
「おかしい?」
「はい、普通にしているつもりなのですが、他人からはそうじゃないみたいで……」
「ふむ……」
ライサンは数秒間思案した後、意見を述べた。
「おかしいかどうかは俺には分からない。どうやら、俺は普通ではないようだからな。普通じゃない俺には、判断できないさ」
「……あなたも?」
「ああ、実は俺も他人から正されることが多くてな。自分では普通にしているつもりなのだが……ハハッ、普通とは難しいものだな」
そう言ってライサンは破顔する。
ドラコは少し安堵感を覚える。
こんなに強くて恰好いい人でも、私と同じ悩みを抱えているんだ、と。
そう思うと自然と笑顔がこぼれた。
「わ、私も同じです」
控えめだが、確かに微笑を浮かべてライサンに言った。
ドラコの笑みを見て、ライサンも笑顔を浮かべる。
「普通とは何か、それは俺には分からん。だけど、君はそうやって笑っていた方が良いな」
「……へ?」
ドラコはライサンの言葉に瞠目する。
そして、見る見るうちに顔と耳が赤くなっていく。
それ以上ライサンの顔を直視できず、顔を俯けた。
それでも気になって、薄紫の髪の隙間からチラッとライサンの様子を窺う。
ライサンが、こちらを見つめている。
また観察されている……。
ドラコは思った。
確かに、この人は普通じゃないかも。私から見ても、変わっている人だと思う。
だけど……。
この人が普通の人だったら、私はこんな気持ちになっていただろうか。
普通じゃない。
ひょっとしたら、それも悪くないのかもしれない。
ドラコはそんな風に、珍しく前向きに考えた。




