第九十九話 爆炎の塔
ライサンの目の前に赤球が出現。
「くっ!」
ライサンは咄嗟に後ろに飛んだ。
直後、爆発。
ライサンは両腕を体の前でクロスして、衝撃から身を守った。
直撃は免れたが、足は塔から離れた。体は空に。
浮遊感に襲われ、重力に引っ張られる。
このままでは落下してしまう。
「月輪!」
体を縦に高速回転させる。その勢いを活かして前へ。
再び塔のカドに足を付けることに成功。
その直後、また赤球が現れた。
このままでは埒が明かない。
ライサンは覚悟を決める。
両腕を前にクロス。防御姿勢を取り、雄叫びを上げる。
「あああああああッ!!」
爆音が大気を震わす。
肌が焼ける痛みに顔を歪めるが、まだ耐えれる。
だが、余力はそれ程ない。
耐えれるのは、恐らくあと二発まで。
斜め上に跳ねて、カドに足を掛ける。
女の顔が判別できる距離まで近づいた。
女と目が合った。
女の紫紺の瞳と、ライサンの灰色の瞳が交差する。
女は目を大きく見開き驚いていたが、すぐに顔を歪めた。
女は罵声を吐いた。
「そんなボロボロになってまで、私を馬鹿にしたいの!」
ライサンの目の前に赤球が出現。
ガードの姿勢を取る。
爆発が起きる。衝撃と灼熱に襲われる。歯を食いしばる。
流石にダメージを受けすぎている。
あと一発が限度。
それでも、上へ。
女は頭を掻きむしり、声を張り上げた。
「嘘でしょ! 何で! そうまでして!!」
女は考えを改めた。
自分は甘かったのだ。
理由は分からないが、この男は命を懸けている。
そうまでして、私に悪意をぶつけたいのだ。
それならば、私もちゃんとやらなければ。
ちゃんと殺さなければ。
いつも弟に注意される。
姉ちゃんは実力は凄いんやけど、手を抜くところがアカンなあ。
やるなら徹底的に、や。
「そうだよね、分かった」
ライサンは女から視線を外さない。
女は何やら叫んでいる。
ライサンは確信する
この女は正気じゃない。今、何とかしなければ不味いことになる。
これ以上、この国に混乱をもたらすな。
怒りを原動力に塔を駆け上がる。
だが、ライサンの足が止まった。
赤球が複数現れたのだ。
その数、五。
「なっ!」
考えるより先に体が動いた。
塔を蹴り、身を空中に投げ出す。
流石にあの数をまともに受ける訳にはいかない。
そう冷静に思考するが悔しさが残る。
「くそっ、あと少しだった!」
上空で爆発が発生。
五つの赤球が同時に爆発し、凄まじい爆音と衝撃が巻き起こった。
ライサンは防御を固めた姿勢のまま落下。
高所から落下し、地面に足を付けた。地面が衝撃により大きくへこむ。
それでも、強化されたライサンの体には落下のダメージはない。
地上から空を見上げる。
爆煙の隙間から女の影が見える。女は相変わらずカドに座ったまま。
「もう一度、上に行くのは……難しいか」
体はまだ動くが、もう一度爆発を受けきれる保障はない。
悔しいが、冷静にならなくてはいけない。
ここは少し様子を見る。女の思惑を見極めるため、獣の感覚を研ぎ澄ませた。
ライサンの犬耳がピクリと動いた。
なにか、氷が割れるような音が聞こえる。
その音は大きくなっていき、やがて塔の表面に大きな亀裂が走った。
女は少し心を落ち着ける。
「ふう、どうにか諦めてくれた」
獣人を下に追いやることに成功し、少しだけスカッとする。
「私を馬鹿にするからこうなるんだ。しょうがないよ」
得意げに言って、眼下を見下ろす。
そこで、嫌な音を聞いた。
氷が割れるような音が聞こえる。
足元を見ると、塔の表面に亀裂が走っている。
どうやら、爆発の衝撃で塔に亀裂を入れてしまったようだ。
それもそうか。あれだけ派手にやったのだ。
でも、しょうがないよね。やったのは私だけど、やらせたのは皆だ。
しょうがないよね。
塔の表面に幾つもの亀裂が走る。
しょうがないよね。
ガラスが砕けるような音を響かせ、塔が飛び散る。
しょうがないよね。
訪れる浮遊感。体を支える物を失い、地面へ引っ張られる。
しょうがないよね。
女は目を閉じる。抵抗は一切しない。物理法則に身を任せることにした。
私みたいなのは、ここで死んだってしょうがないよね。
数秒間の落下。
あと数秒で楽になれる。
それから数十秒、時が流れた。
自分は死んだのだろうか?
目を開ければ、そこは天国だろうか? もしくは地獄か。
天国だといいな……。
そんなことを考えながら、目を開けた。
「……何を考えているんだ、お前は」
「へ?」
女の口から間抜けな声が漏れた。
目を開けると、獣人の男がそこに居た。
背中と膝裏を男の腕に支えられ抱き上げられている。
私は、この人に助けられた?
「どう……して?」
男は深く溜息を吐いた。
「いや、それは俺の台詞だ。どうしてこんなことをしたのだ? 何を考えている?」
どうしてって、決まっているじゃないか。
貴方達が私を馬鹿にするから―――
女は気付いた。話が嚙み合わない。
どうやら、またやってしまったようだ。
弟からいつも窘められる。
姉ちゃんは思い込みが激しすぎんねん。
よく考えてから行動しいやあ。
そうか、私は馬鹿になんてされてなかったんだ。
勝手に思い込んでしまった。
女は反省する。
反省と同時に疑問が湧いた。
じゃあ、この人は何故、塔に上ってきたのだろう。
傷つきながら、命を懸けてまで。
えっ、もしかして……。
この人、私のこと好きなの?
女は男の顔を凝視する。
濁りの無い綺麗な瞳だった。
灰色の短い髪に犬耳がピンと生えている。
太い首、チラリと見える鎖骨と厚い胸筋。
男らし顔つきに、逞しい肉体。
「えっ、格好いい……」
女は顔が火照るのを感じた。
心拍数が急上昇。
これって、運命ってやつ……?
ライサンは女を抱え上げたまま、再度問いを投げ掛けた。
「おい、どうしたんだ、ボーッとして。俺の質問に答えるんだ」
「はい……」
女は、か細い声で返事をした。
ライサンは女の言葉の続きを待つ。
「結婚してください」
「…………は?」




