第九話 覇者
どれだけ歩いただろうか。おそらく二十分近くは階段を下っているだろう。
セリスの魔術、浮遊する光で俺たちの周囲は照らし出されている。
浮遊する光は光の粒子が発動者に付き従い、闇を照らす魔術だ。
道の先は闇が続いており、どこまで進めばよいの分からない状況は不安を掻き立てる。
罠が仕組まれている可能性があるため、慎重に進まざるを得ない。
この状況は精神力を擦り減らす。
そんな心の不安を鎮めようと、もはや相棒と化した、刀身の長い剣の柄を握りしめる圧力が強まる。
「……行き止まりだ」
突如として、前方に壁が立ちふさがる。まさか徒労に終わるのか。
いや、そんな筈はない。
「これは……扉だ」
それは石の扉だった。かなりの重量だが、押せば開くようだ。
優斗と顔を見合わせ、二人で扉を押す。
さあ、鬼が出るか蛇が出るか―――。
それは広大な空間だった。和也達の周囲以外は闇が広がっていることから、その広さが予想できる。
―――何だ……。何か獣臭い。
獣の匂いが鼻を刺激する。
ゴ……ゴゴッ。鈍い音を立て、先ほど通過した扉が自動で閉まった。
「あ! もしかして罠?」
「どの道、ここまで来て引き返す選択肢はない。覚悟を決めろ!」
動揺した優斗に、セリスが活を入れた。
その瞬間、突如として闇が晴れる。広間に掲げられた無数の明かりが、独りでに灯ったのだ。
そして、その現象を気にする余裕はなかった。
何故なら、目の前に見たこともない程の、巨大な怪物が眠っていたからだ。
その怪物の体は強靭な筋肉で覆われていた。四肢は人間の胴体の何倍も太く、鋭く凶悪な爪を備えている。
顔は牛に似ているが、禍々しいツノと、閉じた口から覗かせる牙は、弱肉強食の頂点である証左だ。
「セリス、こいつが何か分かるか?」
質問と同時にセリスの顔を覗き見る。
セリスは目を見開き、怪物を凝視していた。
「セリス? ……セリス!」
「―――! ああ……すまない。カズヤ、ユウト……こいつは……」
セリスは眠る怪物に注意を払いながら続ける。
「聞いたことがある。太古の昔、地上で暴れまわり、ついには国を滅ぼした怪物がいたという」
息を吸い、また言葉を放った。
「その怪物の名は――― 地上の覇者『アステリオス』」
その瞬間、怪物の双眸が開かれ、巨体がゆっくりと起き上がる。
怪物は四足で立ち上がり、周囲をゆっくりと見回す。
「グッ……グッ……グッアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
雄叫びで大気が揺れる。怪物は、絶対強者の威を示した。
そして、その雄叫びが戦闘の合図だった。
「カズヤ! ユウト! 絶対に死ぬな! 生きて帰るぞ!!」
「「勿論だ!!」」
和也と優斗は同時に返事した。恐らく、この世界に来て最大の死地となるだろう。
※ ※ ※ ※ ※ ※
その巨体からは想像できない程の速度で繰り出される突進。
まともに受ければ確実に死に至る、凶悪な質量だ。
迎えるは鉄壁の盾。優斗が黄金の障壁を展開し前線に陣取る。
何てプレッシャーだ。
巨体が近づくほどに増すプレッシャー。この世界に来て最大の死の気配。
だが、止めてやる。僕が止めなければ総崩れだ。
巨体が目前に迫る。
「さあ―――、こい!」
怪物と障壁が衝突する。すさまじい衝撃波が周囲に広がる。
巻き起こる衝撃波だけでも、死人が出る程の威力。
優斗が笑う。
「止めたぞ、止めてやった!」
和也はすでに動いていた。
優斗が盾となり和也が剣となる、いつもの戦術。
俺は優斗を信じ、俺の仕事をやるだけだ!
体が軽い。魔力操作は日に日に上達している。大地を蹴った瞬間、体が消える。
次の瞬間、怪物の脇腹に剣先が触れ、そのまま尾の付け根まで駆け抜ける。
「斬った! 手応えあり!」
かつてない手応えを感じ、高揚する。
だが、怪物は動じなかった。普通なら致命傷であるその傷を気にも留めず、煩いハエを長い尾で振り払った。
「くっそ!!」
和也はそれをギリギリで躱す。だが、無理な態勢で躱した為、体のバランスを失う。
怪物はそれを見逃さない。和也に狙いを変え、突進を繰り出す。
「まずい―――」
鉄壁の盾はそれを許さない。優斗は地を蹴り、和也の前に飛び出した。
怪物の突進を再び受ける構えだ。
流石だ、優斗。もう一度、隙を見て斬り付けてやる。
ガラスが砕けるような音が響いた。
和也は目を疑った。怪物の突進を受け、黄金の障壁が砕けたのだ。
「うそ、だろ……」
優斗の障壁が破られるのは初めてじゃない。
だがそれは、精神力が擦り減っている時の話だ。
今日、初めて障壁を展開したのだから、余力はあった筈だ。
他ならぬ優斗が最も驚いていた。あまりの出来事に数舜、動きが鈍くなる。
怪物の瞳が妖しく光った。
凶悪な爪が優斗に襲い掛かる。
ヤバイかも。
優斗が心の中でそう呟いた。
「大気の刃」
セリスが発動した魔術が怪物を襲う。見えない大気の刃だ。
狙いは目。怪物の視界を潰せば勝機はある。
しかし、恐るべき怪物は、異常な反応速度と獣の勘で、顔を反らし躱す。
だが、一瞬の隙が出来た。その隙に、優斗は怪物の間合いから抜け出すことに成功。
ビシッ! と優斗がセリスに向かって、無言でサムズアップする。
「私の攻撃魔術ではダメージにならん! 二人とも気を引き締めろ! ユウト! もう一度障壁を発動することは可能か!?」
優斗はふるふる、と首を振って意思を示した。
まずいな。俺たちは盾を失った。これは大幅な戦力低下。
再び繰り出される怪物の爪が優斗に迫る。
それを優斗は身を捻り躱す。続けざまに繰り出される爪もヒラリと躱す。
爪の乱舞を曲芸じみた動きで躱す。
「―――あいつ、マジか」
この土壇場で、優斗の底知れなさを思い知らされる。
「優斗! 少し時間を稼げるか! セリス! 優斗の援護を頼む!」
優斗がまたサムズアップし、セリスは頷く。
和也はこの時すでに、この怪物の特性を見抜いていた。
こいつとマトモにやりあってはダメだ。あれほどの傷をモノともせず暴れまわっている。
無尽蔵のタフネス。それがお前のウリなんだろ?
ならば、チマチマやっていてはいけない。
和也は精神を集中する。魔術―――、魔力を力に変え奇跡を顕現する技法。
和也はその取っ掛かりを見つけれずにいた。
だが、ここに来て掴めそうな感覚がある。
セリスの精神を守る壁。
あれをこの身に受けて感じた、確かな慈愛の心。
あの魔術のお陰で掴めてきた。魔術とは、詰まるところ心の形だ。
心の眼でイメージを描かなければならない。俺にはそれが足りてなかった。
だが、今なら―――。
槍だ、すべてを貫く槍をイメージしろ。
セリスの大気の刃を受けた時、あいつは異常なまでの敏感な反応だった。
あれは、目を潰されるのが嫌だったんじゃない。ツノだ。弱点なんだろ? そのツノが。
恐らくだが、あのツノは攻撃に用いられるものではない。ツノは、怪物の力のリソース源。そう感じた。
和也の右手に巨大な槍が顕現する。
―――出来た。
その槍は聖なる輝きを放ち、今か今かと射出のタイミングを待ち侘びている。
「自慢のツノを砕いてやる!」
聖なる投擲槍!!
槍は射出され、輝く軌跡を描いた。
優斗と怪物の攻防は、紙一重の均衡を保っていた。怪物の攻撃を躱し、隙を見せれば剣で反撃を見舞う。
それは、さながら死と隣り合わせの舞踏。
だが、紙一重で均衡を保っていられるのは、セリスの助けによるところが大きい。
セリスの攻撃魔術でのカバーは絶妙だった。
確かにダメージにはならないかもしれない。だが、一瞬の隙が出来れば十分。
セリスは、十全にサポーターとして役目を果たしていた。
僕たちは時間を稼いでいれば良い。和也がやってくれる。―――ほら。
光り輝く軌跡が見えた。それは音速を超え、寸分たがわず標的を射止める。
聖なる槍は怪物の左ツノを貫通し、ツノが砕け散る。
「グアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
怪物が痛みに耐えきれず、咆哮を上げる。
怪物の動きが止まった。強靭な四肢がその身を支えきれず、顎が地面に激突する。
振動で地面が揺れ、周囲に衝撃が走る。
そして、ついに怪物は白目をむき、動かなくなった。




