ワクチンでもないただの採血検査でぶっ倒れてしまった話
先日、職場で健康診断がありました。
普段なら机とパイプ椅子が整然と並べられている会議室も、この日は部屋を一周するように配置され、それぞれの島ごとに医療関係者が職員の検査に当たっています。
朝一番で採取した尿の袋を受付に渡し、身長体重測定、血圧測定とブースを回ります。
「はーい、血圧測りますよ」
看護師さんの指示に従って血圧測定器を取り付けると、マジックテープ越しに空気圧カフが膨らんで、ぎゅっと腕を圧迫します。
表示されたのは最高110mmHg、最低70mmHgくらいでした。
「いつもこれくらいですか?」
確認のためでしょうか、看護師さんがこちらの顔を覗き込みます。私は元々低血圧気味で、これくらいならいつも通りの数字なので、「はい、だいたいこんなもんです」と何も気にすることもなく答えました。
「次は採血検査です、隣のブースへどうぞ」
数字を書き入れた検査記録を携え、採血検査に移ります。
正直、検査のためとはいえ血を抜かれると聞いてあまり良い気はしません。私はピュア(自称)で心優しいタイプ(こちらも自称)なので、血を見るのは得意ではありません。
ぶっちゃけ採血検査なんてザンギエフでスクリューパイルドライバー決めるくらい苦手なのですが、健康診断も職務の一部、仕方ないですね。
顔をしかめながらも、椅子に座ってシャツの袖をまくります。右利きなので、左腕を突き出してスタンバイOKです。
「今まで採血で気分が悪くなられたことはありますか?」
腕にゴム紐をくくりつけながら尋ねる看護師さんに、つい私は「実は……」と苦笑いを浮かべました。
「以前、アレルギー検査で採血した後に、気分が悪くなってしまったことがありまして」
2年前、持病のアトピー性皮膚炎が悪化して1週間ほど入院したことがありました。その後に皮膚科で改めて検査を受けた際、採血検査後に立ち眩みのような症状が起こったのでした。
あの時は入院明けで体力が戻っていなかったのでしょう。実際にその後に行われた職場での採血検査でも、何の問題もありませんでした。
「そうですか。気分が悪くなったら、すぐに言ってくださいね」
看護師さんが慣れた手つきでアルコールを塗り、氷を当てられたような冷感が全身を走ります。
そろそろだな。痛々しいシーンは苦手なので目を瞑っていると、やがて針が肌をブスっと突き破る感触が伝わりました。ああ早く終わってくれよと念じながら、痛みを堪えます。
しかし苦手と自覚していても、怖いもの見たさで粉瘤つぶしやら寄生虫除去の動画やらをついつい視聴してしまうのも人のサガ。恐る恐る目を開くと、取り付けられた小さな容器3本はすでに赤色で満たされていました。
「ありがとうございました。では、医師との診察に移動してください」
針を抜かれ、絆創膏も貼ってもらったので立ち上がります。ちょっとクラっとしましたが、長時間座っていて急に立ち上がったときと似たようなものだったので、気にせず次へと向かいました。ラッキーなことに待っている人数はゼロ、思ったよりも早く終わりそうです。
「こんにちはー」
パーテーションで仕切られた診察ブースで座っていたのは、若くてキレーな女性医師でした。むさ苦しいおっさんよりも、キレイなチャンネーに診てもらえる方が嬉しいのが男心というものですよね、ねぇ!?
「持病はありませんか?」
「アトピーが少々」
はきはきと問診に応えますが、さっきのクラッとした感覚は一向に吹き飛びません。視界がチカチカしているように見えましたが、まあ気のせいだろうと続けます。
「それはいつから?」
「学生の頃は大したことなかったのですが、就職してから急に悪化して……」
ですが視界の点滅は激しくなるばかり。さらに頭痛も感じ始め、吐き気も催してきました。
「すみません、さっき血ぃ抜いたせいで……気分悪いです」
ついに私は先生と話している真っ最中に、脇の机に突っ伏す形でダウンしてしまったのでした。
「とりあえず横になりましょうか。誰か手伝って!」
しかしさすがはお医者さん、目の前の相手がいきなりへばったにもかかわらず冷静です。幸いにも心電図検査用のベッドが空いていたので、先生と駆け付けた看護師さんに支えられながら、そこに寝かされました。
仰向けに寝そべった私の身体を一息で持ち上げて素早く引っ張るのは、さすが看護師さんといったところです。さらに手近な箱を足の下に入れてくださったおかげか、頭痛も和らぎました。
しかし今度は異様な喉の渇きを覚え、つい「すみません、カバンの中のお茶取ってくださいますか」と頼ってしまいました。室温もむしろ低いくらいなのに、額は汗びっしょりで、さらに体温もかぁっと上昇した気がします。
「血圧、測りますね」
看護師さんが血圧計を持ってきて、私の腕に機器を取り付けます。ペットボトルのお茶をぐびぐび飲んでいた私の片腕が、再びぎゅっと圧迫されました。
「あ、低い。80切ってる」
看護師さんの呟きに、私自身も驚くしかありませんでした。ほんの5分前には100mmHgを超えていた血圧が、がくんと落ちているではありませんか。
「こういうことって珍しいですか?」
「いいえ、たまにあります。しばらく横になっていれば治りますよ」
尋ねる私に、お医者さんはさらりと答えます。
そこから10分ほど、私はベッドに寝かされたまま目を瞑って安静にしていました。
職場での健康診断という何気ないシーンでぶっ倒れるなんて、出勤前には想像もつきませんでした。しかしいきなり襲い掛かってきたこの症状、決して初めての感覚ではありません。
満員電車で肥満体のおっさんとドアとに挟まれていたあの時、合唱の練習中ずっと起立していたあの時、ひどい下痢になって便器からようやく立ち上がったあの時。いずれも頭痛に視界の点滅にと、今回と酷似した症状に苛まれた記憶が蘇ります。
おそらくは血管迷走神経反射、いわゆる脳貧血と呼ばれる症状でしょう。
貧血と聞いて体の血が抜かれたことが原因と思われた方もいるかもしれませんが、採血検査に必要なのはほんの15ccで、一般的に献血で200~400ccが抜かれるのと比べれば、ごく微量であることがわかります。医学的にも貧血は血中ヘモグロビン濃度が低い状態のことを指すらしく今回の件とは無関係なのですが、名前が似ているので勘違いしちゃいそうです。
血管迷走神経反射(脳貧血)はストレスや疲労が原因で自律神経のバランスが崩れ、脳の血液が一時的に不足した時に起こるそうです。小中学生の頃、朝礼でグラウンドに立って並んでいる最中、時々気分が悪くなって倒れてしまう子がいたかと思いますが、要するにあれと同じですね。
そしてこの血管迷走神経反射、厄介なことに注射を打った後にも起こり得るのです。私自身、過去にアレルギー検査のため採血した時にも同様の症状が出たことから、その可能性は身を以て知っていました。
前日なかなか寝付けず、寝床でスマホタプタプいたのが良くなかったのでしょうか。寝不足で疲労がたまっていたところに、採血の痛みと緊張がトリガーになったのではないかと考えられます。
また後で調べて分かったのですが、血管迷走神経反射を起こす人には総じて虚弱体質の方が多いそうです。高校生の頃は中山というヒョロガリ野郎を「なかやまひんじゃ君」だの「なかやまぜいじゃ君」だのと呼んでいた私が、まさか大人になって虚弱疑惑が浮上するとは。これはもう中山のことを笑えません。
先生の言うとおりしばらく休んでいると、症状もだいぶ落ち着いてきました。血圧も正常値に戻ったようで、上体を起こしてもさっきのようなふらつきはありません。
「お茶だけじゃなくて糖分も取ってくださいね。スポーツドリンクが良いですよ」
「すみません、ありがとうございました」
よっこいしょとベッドから立ち上がりながら、職場の自販機にポ〇リス〇ット売っていたっけなぁ、とラインナップを思い出します。
その後しばらくは腕に力が入りにくかったのですが、幸いにも以降の業務に影響はありませんでした。今はすっかりいつもの調子に戻っておりますので、読者の皆様どうかご安心ください。
翌日、絆創膏を剥がしてみたら10円玉大の内出血の痕がありましたけど……まあいっか!
さてさて、職場の採血検査でぶっ倒れるという情けなくも思える経験をした私ですが、同様の事例は決して珍しいものではないそうです。体質的に血管迷走神経反射を繰り返してしまう方もいらっしゃるようなので、もし皆さんも注射を打った後に気分を悪そうにしている人を見かけた時には、「虚弱www」とか「なかやまひんじゃ君wwww」とか笑わないで、優しく接してあげてください。
特に最近は新型コロナワクチンを接種される方も増えていますので、今後皆さんもワクチン接種直後に今回の私と同じような症状が出たとしても、薬液による副反応とは無関係の一時的なものですので、落ち着いて周りの人に介助を求めるなり、横になれる場所で休むなりして凌いでください。
そしてここからが一番大事なのですが、皆さんは明日仕事や学校があるっていうのに、夜遅くまでウマ娘やってちゃダメですよ!
スタミナがもったいないとか、スピード星3因子出るまで育成周回するぞとか、マヤノちゃんにはもうギュッとされてるよとか気持ちはわかりますが、健康のためにはちゃんと睡眠時間を確保しましょう。
ところで次のヴァルゴ杯は芝1600mでしたね。今度こそ憎き中山をケチョンケチョンにしてやるために、もっと強いマイラーを育成しなくては!
待ってろよ中山、俺のオグリキャップ、ウオッカ、マルゼンスキーのマイラー三人衆で、ぐうの音も出てこないくらいフルボッコにしてやる!(現在3戦3敗)