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小幽霊

作者: 横井 竜胆

・黒森 冬炎 様の『着こなせ!制服~お仕着せ企画~』参加作品です。


・天界音楽 様の『今からファンアート』企画参加作品です。


・BGMはManu Chao演奏、Desaparecido。

挿絵(By みてみん)

「波打ち際」

作成:加純 様

https://21092.mitemin.net/i576020/


 目覚めた時、それまでの記憶がなくなっていればいいのにと思って寝たのが最後の記憶だ。

 そうして目覚めたら、お望みのとおりそれまでの記憶が全てなくなっていた。

 目覚めた場所に見覚えはなく、どのくらい寝ていたのかも思い出せない。

 唯一の記憶は、目覚めた時、それまでの記憶がなくなっていればいいのにと思って寝たこと。

 でも、それはもうとても淡く曖昧な、記憶というよりもどこか見知らぬ誰かによって書き留められた古ぼけた記録のようなものにしか感じられなくなってしまっていた。


 大きな(ウラカン)が東の海から西の海へと横切った夜の間に、私は浜辺に辿り着いたらしい。

 太陽が昇るまでの間にどうやってそこに私が辿りついたのか、私にはわからない。

 日光に肌を焼かれる痛みに耐えられず目を開ける。

 容赦なく照り付ける太陽とシーツを被った誰かが私を見下ろしている。

 シーツ頭が何か私に言う。

 でも私には言葉は何一つわからない。

 自分には理解できない言語が話されているくらいに酷く遠いところまで来てしまったことを私は知る。

 その一方で、私は自分がどこから来たのか知らなかった。

 その上、私は自分が何者なのかがわからなかった。

 

 シーツ頭は私の腕を力任せにつかんで、私の体を起こす。

 私はそれが痛くて抗議をするけれど、シーツ頭は私の言うことを何一つ理解しない。

 シーツ頭は私にペットボトルに入った水を渡す。

 透明な冷たい水だ。

 私はそれを飲み、喉の中を降りていく冷たい感覚に、これはどうも夢ではないらしいと思う。

 私は感謝の言葉を口にする。

 でも、口にしたすぐ後に、それが感謝なのかどうか疑わしくなる。

 シーツ頭に伝わらなければ、それは感謝にならないのかもしれない。

 私がそれが感謝を意味する言葉だと確信を持てなければ、それが感謝なのかどうかすらわからない。

 何しろ、私の唯一の記憶は、目覚めた時、それまでの記憶がなくなっていればいいのにと思って寝たこと、それだけなのだ。


 シーツ頭は私にシーツを渡してくれる。

 私はそれを受け取って、でもどうすればいいのかわからない。

 その様子を見かねたのか、シーツ頭は所在なく私の手の中にあったシーツを再度持ち上げ、広げる。

 海風がシーツの端を持ち上げて、白い布が波のように優しくうねる。

 その白い布のうねりが私の頭に被さる。

 塩気と砂がこびりついてごわごわした私の顔の上を柔らかい綿が、撫でるともなく撫でる。

 敵意を感じさせる、焼けつくような太陽の光が遮られる。

 視界は白いが何も見えない。

 もし暗闇が白かったらきっとこんな風なのだろう。

 平衡感覚がなくなってくる。

 私は手足をばたつかせて、明るく白い暗闇の中をもがく。

 まるで溺れているように。

 波の音が聞こえる。

 海面は上だろうか、それとも下なのか。

 私は自分がどこへ向かっているのかわからなかった。

 だがそもそも、私は自分がどこから来たのか知らなかった。


 シーツの白さに溺れてしまい、息ができなくなりそうになりながらも、白が綻んでいる場所に私は辿り着く。

 私は手足を動かして、楕円に切り取られたその断面へと向かう。

 私の二つの眼が白くない一対の穴に辿り着いて外を見る。

 そこにいるのは、ペットボトル片手に海辺に佇むシーツ頭だ。

 シーツ頭の顔にもやはり二つの楕円の穴が空いていて、そこからまだ幼さを感じさせる一対の瞳が私を見つめる。

 シーツ頭は頷く。

 まるで一仕事終えたように。

 そうして私はシーツ頭になったのだが、そのことは自分が何者なのかがわからないことを埋め合わせてはくれなかった。

 相変わらず私は自分がどこから来たのか知らなかったし、ここからどこへ行くのか、皆目見当もつかなかった。

 相変わらずシーツ頭の言うことはわからなかった。

 相変わらず、全てを忘れたいと思っていたことしか思い出せなかった。


 その日から今日に至るまで、私たちは一緒に暮らしている。

 いつからか、私たちは自分たちに小幽霊(ファンタズミータ)という呼び名をつけた。

 それは私に水をくれたシーツ頭が私のことをそう呼び始めたからで、それに倣って私も相手のことをそのように呼ぶようになった。

 相変わらずお互い相手が話している言葉は何一つわからなかったけれど。

 私も相手もお互いのことを小幽霊(ファンタズミータ)と呼んでいることを理解した時、シーツ頭はシーツに空いた一対の穴から除く幼い目を熱っぽく潤ませた。

 私も思わず涙ぐみながら、シーツの上から相手の体に腕を回して抱き寄せた。

 私たちはもう、自分が何者でもないと思わなくていいという、ただそれだけのことが、思い出せない古い記憶とは比べものにならないほど大切なことのように感じられたのだった。


 そのようにして、何者でもなかった私たちは、一対の穴の空いたシーツを被って、一対の小幽霊(ファンタズミータ)になった。

 まだ幼い泣き虫の小幽霊(ファンタズミータ)と。

 忘れてしまっていたとばかり思っていた泣き方を思い出してから、いつももらい泣きをしている小幽霊(ファンタズミータ)と。

 相変わらず私は自分がどこから来たのか知らない。

 その上、私は自分がどこへ向かっているのかわからない。

 でも、私はもう、それをそういうものだと受け入れることにした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()を、これから時間をかけてゆっくりと思い出していくのだろう。

加純 様、使用許諾ありがとうございました!


企画タグ:今からファンアート2021

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― 新着の感想 ―
[一言] レビューをお受け取りいただき、ありがとうございます。 >レビューにてご指摘くださった「あれはシーツではない」という事実 えっと、猫も詳しくなくってネットで調べたのです。 「あれの中身はど…
[一言] 企画から参りました。 白シーツ。 あの白シーツを被ったおばけは、なんというかユーモラスな感じですよね。 ふわふわしていて、不思議な愛嬌があって。 あの白シーツを捲り上げたら、中身は空っぽだ…
[一言] 企画をたどってきました。 最後の強調の入った部分が胸に迫りました。 現実を忘れていたい、忘れていることにしていたい、シーツで覆って私の形を隠していたい、わからなくなりたい、そしてそれは私だけ…
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