01
国家としてある程度成熟しきった国は、その国を統べる皇帝に、統治者としての資質がなくとも国は廻るものである。
大陸の東に位置し、数百年にわたる歴史を持つ大国であるオルトマン帝国
オルトマン帝国では建国から代々女系の皇族が国を統治していた。
現皇帝 エレイン・フォン・オルトマン。
長い黒髪を髪飾りで結わえ、色鮮やかな衣を身に纏い多くの臣下を持つ美しい若き女帝である。
皇帝にのみ座ることが許される建国からの歴史を持つ玉座に腰掛け、玉座の間にいる数十人の貴族と臣下がその身に頭を下げる。
玉座のすぐ横には貼り付けた笑みを浮かべ、頭の回転が速く有能すぎてむしろ恐ろしさすら感じられる宰相である男と、エレインの身の回りの世話をする専属侍従の2名だけが立つ事を許されている。
この光景は一見しただけでは皇帝であるエレインを敬っているように見えるが、貴族や従者からのエレインの統治者としての評価は非常に低いものだった。
―――――――――――――――――――――――――――
エレインは前皇帝であるコルネリア・フォン・オルトマンの長子として生まれた。
皇帝と皇配の子供であり、その身に流れる血も、家柄もすべて申し分のない、次期皇帝となるものとして生まれた時からその地位を確立されていた。
しかしだ。
エレインは皇帝としての器も能力も持った人間ではないことは誰の目から見ても明らかであった。
国の行く末を危惧した前皇帝と国の重役たちはある大きな決断をする。
エレインの誕生から2年後に生まれた側室との子であり、妹である第二子のジルフィアが正式に皇太女とされたのはエレインが10歳を迎える年齢だった。
そして皮肉なことにジルフィアはエレインより人間性も、王としての素質も持っていた。
その周知の事実に誰も異を唱える者もおらず、今まで次期皇帝として育てられたエレインの立場は一瞬の内に地に落ちる。
今まで何をしなくてもエレインの元にはすべてが集まっていたのに、そのたった一つの出来事がエレインを取り巻く環境、人生あらゆるすべてを変えた。
今までエレインを取り巻き機嫌をとり、望むものは全て差し出した人間たちは、エレインがその立場を失って早々に消え去る。
周囲からの期待の眼差しは失望に変わり、そして蔑みとなる。
それは幼いエレインの心をひどく傷つけた。
エレインのその心の傷はやがて、その立場を奪った妹、次期皇帝とし厳しく接してきたのに、自身ではなくジルフィアを選んだ母、そして自身を傷つけた周囲の人間への憎悪へと変わる。
どうして、なんで皆んな私を傷つけるの!
全部全部嫌い!大嫌い!
私を傷つけるモノすべて消えてしまえばいいのに!
しかし皇太女ではなくなったエレインにはなんの力もない。
そのまま蔑みと失望の目を向けられたまま、エレインは22歳を迎える。
皇帝ともなれないエレインは、嫁に行くこともなく、ただただ城の片隅で過ごすその時間。
周囲の多くの人間から見向きもされないエレインは憎悪の感情だけが育っていくだけだった。
しかしそんな時、
エレインの人生を大きく変えた人物がエレインを訪ねてきた。
宰相であるシリウス・ラーム
貼り付けたような微笑みを浮かべ丁寧で物腰も柔らかいが知謀策略に長けた食えない人物である。
しかしその頭脳は誰もが疑いようがなく、智力でシリウスに太刀打ちできる人間はいなかった。
そんな男が皇帝にもなれないエレインを何のために訪ねてきたのか
疑心で迎えたエレインに対してシリウスは、
自分の力でエレインを次期皇帝にすると持ちかけてきた。
そんな都合のいい言葉を信じられるはずがなかった。
エレインは皇太女でなくなったあの日から、「他人は信用できない」という意識が心中に染みきっていた。
その言葉を受け入れることのなかったエレインだが、シリウスは一切表情を変えることもなく、むしろこれから起こることを予期し楽しそうに微笑みを浮かべるだけだった。
それから半年だ
シリウスは自身の言葉の通り、エレインをオルトマン帝国の皇帝にのし上げた。
エレインは何もしていない
すべてシリウスの描いたシナリオ通りだった。
すべての環境が整ったその日、シリウスはあの日と同じ笑みを浮かべながらエレインを迎えに来た。
当然のように起こった周囲の反発も阻止もシリウスにとってはなんの障害にはならなかった
シリウスのシナリオ通り、エレインは玉座へ上がる。
皇帝となったエレインの環境は変わったが、エレインへの評価は低いままだった
それもそうだ。
エレイン統治者としての能力は何一つ育つことはなく、誰もが認める皇帝とはなり得なかったからだ。
国の実権と統治は、皇帝であるエレインの隣に立つ宰相であるシリウスがすべて握っている。
エレインの役割はシリウスや臣下の考えに頷くことだけである。
そんなエレインに対して周囲は表面的には頭を下げ敬う姿を見せるが、お飾りの皇帝として軽んじ、見下げるその視線と評価は何一つ変わらなかった。