約束
まず第一に、魔力とは人間が持つエネルギーである。色に種類があるように、魔力にも多種多様の特徴があるのだが、基本的に魔力単体では何も起こることはないので、大事なのはその特徴を生かした魔法構築を出来るかどうかである。
そして魔法とは、魔力を事象として生じさせる構築をすることだ。自然の中に存在する物質に働きかけ、エネルギー構築を自身の魔力で変化させるという事象干渉であって、無から有を生み出すような、神の力ではない。
だが稀に、魔法構築をしなくても魔法として事象を起こしてしまう魔力が存在する。それらは一見秀でた才能として見られがちではあるが、魔力のコントロールを失えば己の与り知らぬ所で望みもしないことが起こってしまうという、非常に危ういバランスの上に立つ力である。大抵そういう者は古来から受け継がれている力であるので、代々子孫に魔力のコントロール術を叩き込んでいく。謂わば英才教育である。そして、それが出来なくなった家系が、そのうち血筋を絶たされていくのだ。その力に脅えた、臆病な人間達によって。
「成程」
「え?分かったの!?今の!頭いいなお前!」
朝の騒動から一旦休憩して、昼食を終えた私とルーナは、魔法指導の一環として座学を学んでいる。といっても、ルーナが先生、私が生徒として理解の確認をしているだけだが。
一通りルーナの説明を聞いた私は、特に質問もなく納得すると、何故か驚かれた。先生はよく分からないという生徒の要求がご所望だったらしい。生憎私は無駄に丁寧な本の知識があるために、ルーナの言ったことは大体知っていた。私の理解と相違がないか確かめたかったから黙って聞いていただけで、特に質問するようなことはない。本の知識がなければ、恐らくちんぷんかんぷんだったであろう。自慢じゃないが、教会で受けていた一般教養の座学は、教会の中で一番穏和だと言われるシスターを苛立たせるくらいの有様だった。それを知れば決して頭がいいわけではないとお分かりだろう。
「では一つだけ質問を」
「はいリズくん」
生徒一人の授業は、非常に円滑に進められていく。しかもその生徒は授業内容を理解しているという前提の元で行われているのだから、質問をするという方が難しいというものだ。可哀想だから必死に捻り出してやった。
「話の流れから察するに、私はその絶たれた血筋が持っていた魔力を有しているということですよね?」
「まあ、そういうことだな。大昔に危険因子として取り除かれた魔力だ」
「それが何故、今私に備わっているんでしょう?両親はそんな魔力持っていなかったと記憶していますが」
もし両親が私に隠し事をしていなかったのであれば、私は血筋でこの魔力を受け継いだ訳ではなさそうだ。ルーナもその事についてはあまり確証はないようで、うーんと唸ってからとりあえずの答えを出す。
「今の所、突然変異としか言いようがないな。俺はお前の両親を知っているわけでもないし、ちゃんと調べたら分かるかもしれないけど……。……敵わないんだろ?」
「……はい。両親は何年も前に亡くなりました」
血筋で受け継がれた魔力であったら、両親が生きていたら、今頃私は英才教育を受けているのだろうか。それが愛と表現できるものかどうかは分からないけれど、少なくとも一人で苦しむことはなかったのだろうか。
「両親は知ってたのか?お前のその魔力のことを」
「知ってた、と思います。小さい頃からずっとこの力を人に見せてはならないと言われ続けてきました。素晴らしいものを持っている、とも」
「素晴らしいもの、ねぇ」
「自分に課せられた運命を卑下しないように思わせる両親の心遣いだったと思います。……ただ、それならば何故今も同じようにその心遣いを与えてくれないの?」
「リズ」
どくりと心臓が血液を送り出し、指の先まで熱くさせていく。今ここに両親がいないのは、彼らの所為ではない。誰の所為でもないのは分かっているのに、あの日交わしてくれた約束に、私は今でもしつこくしがみついている。でなければ、一人になった現実を受け入れることが出来なくて。
宥めるようなルーナの声も、虚しく耳から零れ落ちた。
「私はまだ、この荷を背負っていけるほど強い人間でもない。隠しきれなくなったら、護ってくれると言った……のに……!」
どうして。
どうして。
答えなど誰も知らない。分からない。この答えを求め続けることが、私の生きる理由だったかもしれない。
「なん、で………?」
「リズ」
ルーナの手が、柔らかく肩にかかる。それにも気付かないくらい、私は私の気持ちを整理しきれないでいた。
子どもだと思われるだろうか。魔力の制御が出来ないなら、自分の感情くらい自分で制御しろと。だって仕方ない。まだ子どもなんだから。
「護ってくれるなんて、嘘だっ───」
「リズ」
「!」
溢れた感情を封じ込めるように、私の身体は甘い香りに包まれた。それから、背中を辿って後頭部から旋毛に回された手が、ぽんぽんと髪を撫でる。心臓の鼓動をそれに合わせろとでもいうように、私はその手に、額に押し付けられた胸に、身を任せた。
「両親だって人間だ。約束を守れないことだってあるさ」
「……はい」
「でも、裏切ったわけじゃないだろ」
「……はい」
両親は、最期まで私を気にかけてくれていた。
「俺なんか見てみろ。これまでに一体どれだけ裏切ってきたか」
「……ルーナのことはまだよく知りませんから分からないけど…………裏切ってきたんですね…」
「よせ。軽蔑の目は!」
見もしないのに、ルーナは私がどんな目をしているか分かったようだ。
「……私はこれから、何に縋って生きればいいんでしょう」
みっともない生き方かもしれないが、そうでもしなければすぐに生きることをやめてしまいそうだった。大好きだった両親が与えてくれたものを、傷つけてしまいそうだった。
「俺に縋ればいい」
頭の上から降ってくる声は、冗談には聞こえない。
「俺が護ってやるから」
だから泣くな、と身を離して私の目尻を拭い、彼の妖艶な瞳は、私をそこへ誘っていく。
意識まで吸い取られるようなその色も、麻薬のような声も、頬を掠める冷たい体温も、陽の高い今の時間にはあまりにも不釣り合いだった。
「裏切りまくった過去がある人に言われましても……」
「お前雰囲気っていう言葉知ってる?」