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青年と少女は需要と供給の関係  作者: 咲乃いろは
第四章 越え難い境界線
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なかったことにする方法

虚空に伸ばした手を、誰かが掴んでくれる。気の所為なんかじゃない。強く、しっかりと、離さないように。

それが誰かは分からないまま、ぼーっとした私は、あろうことかそれを薙ぎ払ったのだ。


そこに火をつけて。








「────……ズ、リズ!」


「─────っ!!」




強い何かに引き戻されるように現実が視界に広がった。酷く身体が強ばって、筋肉も骨も軋んでいるのが分かる。

寝ていただけなのに息は上がり、寝汗にしては多すぎる汗をびっしょりとかいていた。手の甲で拭おうと思うくらい意識が覚醒してくれば、眉を顰めたルーナが、こちらを見ていることに気が付いた。


「ルーナ、おはようございます」

「ああ、おはよう」


ひとまずの挨拶を済ませば、ルーナは顎と首の境界線、頸動脈辺りにそっと触れてくる。脈の確認だろうか。喋っているのだから生きているんだが。それより汗をかいているから触らないで欲しい。


「ルーナ?」

「酷く魘されてたぞ。大丈夫か」

「え?あ……はい。よく覚えてませんけど、多分大丈夫です」


覚えていないということはその程度の夢だったということだ。身体を起こせば僅かに頭が重かったが、寝起きだからだろう。他に特に問題は無い。

そういえば私は昨日ロジーナのところで寝こけたまま今までずっと寝ていたのか。外が明るくないのは雨が降っているからであるだけで、時間はしっかり昼である。………昼?


「え?昼!?」

「何だ。低血圧野郎が急に動くと倒れるぞ」

「いや、もう昼!?私ずっと寝てました!?」

「起きないから死んだのかと思った」


それで脈の確認なんてしていたのか。死んだのかと思ったんならもっと焦ってほしい。冷静に死亡確認してる場合じゃないわ。


「起こして下さいよ!今日は薬草を摘みにいくつもりだったのに」


朝一で摘んだ薬草の方が効果が強いものだってある。大抵朝に摘み、午後からは調合に勤しむのが薬の製作日の私のルーティーンなのだ。今日でなければならないということはないが、予定していただけに一日の流れが狂ってしまったのは悔やまれる。ああ、と抱える頭は鈍痛が引かない。寝すぎだろう。


「起こしても起きなかっただろうが。どちらにしろ朝から雨降ってるから、行こうにも行けないだろ」

「そ……、それはそうですけど……」


大雨というほどではないが、屋根に雨が当たる音が聞こえてくるくらいには降っている。窓から見える広がった黒い雲は、暫くこの音を止ませないだろう。頭が痛いのはこの天気の所為でもあるのかと納得した。


「魔法の練習と昨日の一件もあって疲れてたんだろ。今日はゆっくり休んでろよ」

「…………は、い……」

「?何だ?はっきりしない返事だな」

「あ、いえ……。なんか……、ルーナが変」

「何が」

「妙に優しい」

「俺優しいと変なの?」


いやだって、どんなに疲れてても鬼の猛特訓は続けていたし、魂が出てきそうだと訴えても甘えるなと言われてきたのに。今日は何故か仏心があるように見えるのだが。いつもより外からの光が入ってこないから、視界が悪いのだろうか。

目を擦ってみたり顰めてみたりしていると、ふと視界が暗くなり、額に冷たい感触が当たった。


「……?」

「顔色が悪い。少し熱もある。病人に鞭打つほど俺も鬼じゃねぇよ」

「……え」


言われてもう一度自分の身体と会話する。頭は痛い。筋肉も痛い。単に凝り固まっているだけなのだと思ったが、自覚すれば怠さからくるものだと分かった。それから、一番辛いと訴えているのは空腹状態のお腹だ。ぐう、と躊躇いのない音を響かせると、ルーナが思わず吹き出す。


「はっ…、何か食うか?作ってやるから」

「あっ、はい……」


その片眉を下げて笑う顔が堪らなく好みで、一瞬空腹を忘れてしまうところだった。もっとも、程なくして漂ってくるいい香りに、腹の虫はどんちゃん騒ぎを余儀なくされたのだが。










仕方なく今日は、前もって摘んで乾燥させていた薬草で薬の調合をすることにした。頭痛は残るが動けないほどではないし、ルーナの作ったご飯が美味しすぎて身体の怠さは吹き飛んだ。

片付けまで綺麗に終わらせてくれたルーナは、ゴリゴリと薬草を煎じる私の後ろで本を読んでいる。薬草の事が詳しく書いてある私の本だ。




「なあ」

「何ですか」

「お前それいつまでやんの?」

「この薬草を全部擦りおろすまで」

「その山のような量、夜中までやるつもり?」


戸棚をひっくり返してみれば、先日摘んだ薬草が大量に入っていた。そういえばその時豊作で、林の中と家を三往復もしたのだった。程よく乾燥して、煎じるにはいい時期になっている。


「あまりに日が経ってしまうと薬草の効果が半減します。早めに調合して処理しておかないと」

「そりゃそうだろうけど、今日は大人しくしてた方がいいんじゃねぇの?」

「別に走り回っているわけではありませんし、このくらい平気です。熱も高くないですし」

「そういうのはこれから上がるんだよ。……程々にしておけよ」


ルーナは本に目線を戻したのに、私が背中に感じる視線は止まなかった。強く止めろとは言われなかったけれど、大人の注意喚起を感じる。

でも、私はずっとこうしてきたのだ。身体が不調を訴えれば、動けるうちは他のことで気を紛らわせる。どうしようもなくなれば寝てしまうのだが、身体がきつい時に見る夢は決まって怖い。出来ればこういう時に寝なくていい逃げ方を模索している。

風邪なんかを引いた時は、人恋しくなると一般的に言うが、私はその逆だ。誰にも構って欲しくない。誰にも気付かれたくない。一人でじっと闘っていたい。ドMなのだろうか。


天井から落ちてくる雨水が桶に溜まる音を聴きながら、私はひたすらに薬草をすり潰した。自分の、ひっかかってどうしようもない夢の続きと共に。







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