逃げ、集う場所
私のような人。
十四歳で老人のような白銀の髪、灰色が混ざる青い瞳は濁ったようにも見え、陸に上げられた魚のよう。血が通っていないかのような肌の色に、もうすぐ成人とは思えぬ凹凸のない身体。家の傍の林に立つ樹木によく似ている。
周りを見回してもそんな人物は見当たらなくて、むしろボンキュッボンのお姉さんと、親はどこに行ったのかと探したくなる小さな子どもならいる。後はお爺さんかお婆さんか分からなぬ老人、私と同じくらいの年齢の少年。
年齢層は実に幅広いが、その中に私に似ている人などいない。
キョロキョロと視線をさ迷わせる私が何をしているのか分かったのか、ルーナに違ぇよとこめかみを小突かれた。
「リズのような人。つまり、異質な力を持つ者、または過去に持っていた者」
ルーナの低い声に、周りの空気が一瞬ピリッと痺れる。気付いていないわけないのに、ルーナは気にする素振りも見せず、グラスの中の氷をカランと鳴らして、視線を私に滑らせた。反応を見られているような紫紺の瞳を、私は分かっていながら拒絶することができないでいる。
「異質な力を…」
ルーナの言葉と周りの空気に身を固まらせる私に、ファビアンは宥めるように飲み物を差し出した。今度はオレンジジュースである。百パーセントじゃないと飲まないぞ。
「世の中にはいろんな事情を抱えた人たちがいる。お前が一番分かっていると思うが、自分の望まない力を持った人間というのは、その力に人生を狂わされてきた。今上手く付き合っているとしても、過去の傷を癒せない者も多くいる。そんな奴らが集まっている場所なんだよ、ここは」
気怠い表情を辺りに這わせるが、その瞳の奥には、表面には見えない思いを秘めているようだった。そこで説明を止めてしまったルーナに代わり、ファビアンが後を続ける。
「こういう人達は、時には自分の家の中でさえも心休まらない時がある。そういう時に逃げる場所を一つ増やしてあげられたらと思って、この店を作ったんだ。…まあ、ただの自己満だし、自分の逃げ場所にしたかっただけだけど」
「逃げる、場所…」
眉を下げて笑うファビアンは、先程までルーナに冷たい仕打ちを受けていた時とはまた別の顔をしていた。心をどこか遠く、見えない場所に置いているような、郷愁に満ちた横顔。彼もまた、何か過去に負った傷を今もまだ膿ませてしまっているのだろうか。だとしたら、人のことなんて気にしている場合ではないというのに。
「だから安心しろ。ここでは誰も干渉しないし、誰も放任しない。一応ファビアンの作る飯も美味いから、良ければここで勘弁してくれ」
本当はせっかくの機会だからもっと高級店でも連れて行ってやりたいが、とルーナは目尻を下げた。高級店どころかここは料理を提供する場所ではないとか、ファビアンの料理は淀みなく旨いと褒めるんだとか、言いたいことはあったけれど、少し申し訳なさそうにするルーナの顔に何も言えなくなった。それどころか、仲良く喧嘩するイケメン二人の会話を聞いていると何だか得した気分になり、下手な飲食店に行くよりも余程いい所につれてきてもらったとさえ思った。
「へいおまち」
居酒屋のようなテンションでテーブルに置かれた料理は、ここがレストランではないことがもったいないくらいの仕上がりだった。そもそも料理を提供していないこのバーにはメニューなどなく、ファビアンに何が作れるか訊けば何でも大丈夫だというのだ。それならシェフの気まぐれフルコースでと頼み、最初に出てきたのがオイルが輝くこのカルパッチョだ。魚介の旨味とオリーブのコクが際立ったこの手造りオイルが味の決め手だとファビアンは豪語した。
「たんと味わっ」
「いただきまーうっま!」
挨拶と同時に皿に盛り付けられている半分の量を口に入れると、私はあまりの美味しさに目を剥いた。ルーナの話しぶりからするとまあまあ旨いぐらいの評価だったので油断していた。ファビアンの料理の腕は高級料理店のシェフのそれである。高級料理店の料理なんて食べたことなどないが。
「ふーは、ほへほいひいへふ!はべべみへふははい!」
「同じもの食ってるから分かるよ。よく噛んで食え」
「ほひ!」
「…何で会話成立してるの?」
ファビアンは苦笑いを浮かべながらも、目を輝かせて自分の料理を貪り食う私を見て喜んでいた。こんなに喜んでくれたのは初めてだと言うが、ファビアンは作った料理を銅像にでも備えていたのだろうか。口に含めば唸ること必須のこの美味しさを黙っておくなんてそうとしか思えない。
「いや、そんなに喜んでもらうと作った甲斐があるよ。ルーナは無言で食べることが多いし、何か言ったとしてもぼそっと『美味い』しか言わないからさぁ」
「そうだったか?もっと言っただろ。おかわりくれとか量が足りないとか」
「それ感想じゃないからな?」
おかわりくれも量が足りないも言い方が違うだけでほぼ同じ意味だ。
そういえばファビアンは気付いてないのだろうか。むぐむぐと口を動かし中の物を飲み下した私は、あの、と顔を見合わせる二人におずおずと話しかけた。
「ルーナがそんなこと言うって、すごく美味しいってことじゃないんですか?」
「「え?」」
同時に振り向いた二人は、声まで重なった。
「だってルーナ、いつも言葉足りないけど、ただほら、陰キャだからものすごく美味しいってことを何て伝えたらいいか迷ってただけで」
「おい待て、誰が陰キャだ」
「私なんて買ってきたパンと林檎が美味いって言われたんですよ」
「うっわ、さいってールーナ」
まじかよ、と向けられたファビアンの軽蔑の目に、ルーナはうっと顔を引き攣らせた。初めてルーナがファビアンに言い淀んだ瞬間だ。
「リズお前っ、余計な事言うなよ!」
「本当のことですもん。でも、そんなルーナがそれでも言葉にして美味いっていうんだから、ファビアンの料理は本当に美味しいんですよ!」
「リズちゃん…」
何だかファビアンが涙ぐんでしまった。そうだったのね…、と何故かオカマっぽい目線を投げられたルーナは非常に迷惑そうに表情を歪めたあと、私に恨みがましい目を向けてきた。私は本当のことを言ったまでだ。そんな顔をされる謂われはない。
「ルーナは嘘は言わない。いつも人に正直にあってくれます」
何となく漏れた気持ちを、ルーナとファビアンが目を丸くさせて聞いていた。最後の一口を堪能していた私は知らないでいた。