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青年と少女は需要と供給の関係  作者: 咲乃いろは
第一章 捨てられた存在
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まあいろいろとね

男は黙々と食べ続け、盛りつけられていた三皿を綺麗に平らにすると、タイミングよく私が差し出した茶を煽ってふぅっと一息ついた。

顔を上げた男は妙に整った容姿をしていた。光が当たれば紺にも見える黒髪と、切れ長の目には紫紺の瞳が艶やかに宛がわれている。高い鼻筋と薄い唇、繊細な輪郭と男性特有の筋の入る首や鎖骨。容姿の割にあまり気遣われていない服は、滑らかな細い身体を包んでいる。幻想の中の登場人物ではないだろうかと思うほど現実的ではない姿に、ついつい目を奪われてしまう。


「イケメン…」

「あん?」

「いや、何でもないです」


つい思ったことが口に出ちゃうタイプだ。一人だった時間が長すぎて、気を付けることを忘れていた。慌てて口を噤むと、無言で差し出された空のカップに茶のおかわりを注いだ。私はあんたの妻でも召使いでもないんだけど。

男はそれを一口飲むと、ペコリと頭を下げた。


「いや、まったく助かった。感謝する」

「倒れて動けなくなるまで空腹になるってどんな生活してたんですか」

「まあいろいろとな」


人には事情っていうものがある。詮索するようなことはしたくないが、ご飯をご馳走になっておいて『いろいろとな』の一言で全てを片付けようとするのは些か不満でもある。ただ、そう言っている彼の流し目が美しすぎてどうでもよくなった。しかも、ちゃんと礼はするとか言うもんだからもっとどうでもよくなった。現金な女だと思われても構わない。


「まあ、礼と言っても飯を奢り返すくらいしか出来ないんだけどな。ああ、そういえばお前名前は?」

「……リズ=ローウェンミュラーと言いますが」


謝礼でご飯を奢れるくらいの持ち合わせがあるのなら、何故倒れるくらいの空腹になったというのか。ダイエットでもしてたのだろうか。こんなすらりとしたスタイルをしておいて。改めて上から下まで舐め回すように見ていると、彼のきょとんとした顔が目に入る。どうやらこちらを見てその表情をしているようだが、何かおかしいことでも言っただろうか。無意識の独り言でも言っていない限り、質問に答えて名乗っただけなのだが。


「……もしかして女…?」

「もしかしなくても女ですけど」

「まじで?」

「嘘だと思うなら脱ぎましょうか」

「わあ馬鹿!言いながら脱ぐな!」


何処をどう見て私を男だと思ったのか分からない。確かに鏡の前でポーズをとっても可愛らしい姿とは自分でも思わないが、男だと判断する要素が特別多いわけではないと思う。髪だって色味がない白銀だけど腰まであるし、貧弱ではあるけれど男の体つきだとは思えないスタイル。胸はこれから成長する予定だから問題ない。くびれだってこれからできるから全然問題ない。まさか十四にもなってこんな呑気な身体が原因か?

男は服の二つ目のボタンを外そうとする私の手首を掴んで動きを止めさせる。余程見たくなかったのか、その拘束力は強かった。失敬な奴である。


「あー、わ、悪かったよ。俺はどうも男女を区別するのが苦手でな…。その、子どもは特に」

「あははははは私十四ですけど」

「まじで?」

「嘘だと思うなら脱ぎましょうか」

「脱いで分かるのか!つーか脱ぐな!」


分からないと思う。分かるようになったら脱ごうと思うが、とりあえず脱がなくても私が女であることは納得してくれたみたいだ。まあ言われてみれば十四に見えなくもない成人まであと一年に見えなくもないと、目を細めて無理矢理なフィルターを通して見てくれたようだった。厚意が天然で失礼になるタイプである。気を付けた方がいい。


「ところで、私まだあなたの名前聞いてませんでした」

「ん?ああ、俺はルーナ。ルーナ=メイヴィスという」

「ルーナ=メイヴィス…。どこかで聞いた名前ですね」

「…別に珍しい名前でもないだろ。少し女っぽい名前だってだけで」


恐らくあまり気に入った名前ではないのだろう。ルーナは少しだけ不機嫌にした目を茶の水面に映す。私にはその端正な容貌によく似合った名前だと思ったのだが。


「男女の区別が苦手で良かったですね。お陰で自分の名前も気にならない!」

「根に持ってんのか」

「いえ、ルーちゃんと呼んであげようと思っていただけです」

「…悪かったよ」


そんなに謝らせるつもりはなかったのだけれど、反省をしているみたいなのでルーちゃんと呼ぶのは止めておこう。謝りながらすごく嫌な顔をされた。

空になった皿の汚れが落ちにくくなってしまわないうちに水につけておこうと立ち上がれば、そこで改めて自分の格好を見直した。そうだった。汚れっぱなしだった。一秒でも早くルーナに何か食べさせないと死んでしまうと思い、そのままで食事を用意したのであった。こっちも早くしなければ汚れが落ちなくなってしまう。


「…その格好は?」

「あ、これですか?いいでしょ、これ。お気に入りの服なんです」

「ちげぇよ。その、ペンキか?それ」


腕や背中や足に飛び散る赤や青や黄色。綺麗な色だけではない。その中には泥も混ざっているし、色素の強い木の実も混ざっている。白い部分に付けて頂いて、ああきっとこれは落ちないだろう。


「まあいろいろとね」

「あー分かった分かった。俺は道に迷ってここに辿り着いたんだこれでいいか!」

「ああ、それで飢え死にしかけたと。それはまあ何ともダサ…子どもじみた理由なんですね。言いたくなかったのも分かりますぅ」

「こんにゃろ、覚えてろよ」


ルーナの台詞を真似したら、彼は顔を赤くしながら”いろいろ”の中身を零してくれた。そんなつもりはなかったんだけど。半分しか。

まあ相手の話も聞いたのならこちらも話さなければならないだろう。今日会ったばかりの人間に話すような内容でもなかったので流すことができればそうしたかったのだけど。といっても、大した話ではない。特別珍しくもない、その辺で良くある話だ。


「町に買い物に行ったらですね。人にバレてしまって、この有様です」

「バレてって…何が」

「うーん…何て言えばいいんですかね。私は人々には近付いてはいけない存在みたいで」

「近付いては行けないそんざ、ちょっと待て何を脱いでいる」

「だって着替えなきゃ」

「お前は恥を知れ恥を!」

「人の身体を恥だなんて失礼な。そりゃあ色っぽくはないですけど」

「…そうじゃねぇよ…」


ルーナは頭を抱えてしまった。そう言われても仕方ないのだ。この家はこの部屋しかないし、別室あったとしても風呂とトイレとクローゼットくらい。そこに入ってまで隠れて着替えようとは思わない。何も裸になるわけじゃあるまいし、ちょっと薄着になるだけだ。

そうは言うけれどルーナは気を遣って後ろを向いてくれた。気にしないようにするためか、窓の外を眺めているようだった。その窓ガラスに下着姿の私が反射して映り込んでいることに彼は気付いていない。


「まあ何ですかね。詳しくは知らないですけど、私はちょっと特異な体質みたいで」

「特異な体質?腕が伸びるとか足が伸びるとか身体がすごい曲がるとか」

「そうだったら私は曲芸師にでもなって荒稼ぎしてますね」


金になる体質ならどんなによかったことか。今頃私はこんな暮らしをしていないかもしれない。別に卑屈になっているわけではないが、そうでなかったらと思ったことは一回や二回ではない。少なくとも、もう涙なんて流れないくらいには思った。










「私、触れたものの生命を奪ってしまうみたいです」











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