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青年と少女は需要と供給の関係  作者: 咲乃いろは
第二章 呼び起こす力
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ママの本業

とりあえず不調の原因は分かった。貧血だ。

だからレバーとか赤身の肉を欲していたのかは不明だが、眩暈のようなふらつきも、睡魔も納得がいく。だが何故貧血になったのかということが問題だ。そしてその原因に気付いたのが私本人ではなくて、ルーナだったということが一番の問題だ。




「な、なんかすみません、いろいろ」

「まったくだ。おめでとうと言えばいいのか俺は」

「ええ、まあ、出来れば」


そうでもしなければ私のこの羞恥に塗れた気まずさといたたまれなさは誤魔化しきれない。

つまりは私はこんなタイミングで初潮を迎えてしまったのだ。思い起こせば最近やたら眠かったり感情が揺らぐことが多かったり、噂に聞く予兆はあった。だがまさか、自分で気付く前に他人に、しかも異性であるルーナに指摘されることになろうとは。症状を詳しく聞いたルーナが、お前まさかと疑われ、自分で確かめたら大当たりだった。

ベッドで寝ておく程でもなかったので、とりあえずは食卓に座って珍しくルーナが淹れてくれたお茶を飲んでいる。ここのところ暑いので冷たいお茶を冷やしてあるのだが、ルーナはわざわざお湯を沸かして温かいお茶を淹れてくれたようだった。ずくんずくんと痛む下腹部と腰には染み渡る温かさだった。


「ほら、これでいいんだろ?痛み止めの薬」

「あ。ありがとうございます。至れり尽くせりすみません」


ロジーナの所に持っていく分とは別に、自分用で作っている薬が戸棚の中にしまってある。自分で探そうとしたが、いいから座ってろとルーナから何故か鋭い目を向けられ、大人しくルーナをこき使っている。ついでに簡単なご飯も作ってくれたし、ついでにマッサージしてよと言ったら殴られた。体調不良なのに。


「今日はもう魔法の指導はしないから、暖かくしてゆっくり休んでろ」

「はい……。…………、なんかルーナ慣れてますね?」

「そうか……?」


私より先にこの不調の原因に気付いたことといい、その後の対応といい、戸惑いはしていたが的確に動いてくれた。私よりも良く知っている。


「……ルーナまさか……」

「な、んだよ……」


詰問しようとする私に、ルーナは僅かに仰け反る。疚しいことがあるからか。




「元は女だったんですか……?」




そしてルーナの顔色は急激に冷めていく。


「…………何言ってんのお前」

「だ、だって!妙に詳しいし、慣れてるし!顔だって女の人みたいに綺麗だし!」

「だからって何でそうなるんだよアホか!」


至って真面目に言ったつもりなのだが、腹立たれるくらい大ハズレだったようだ。必死に言い訳するとまたフラリと視界が揺れる。


「……孤児院で一緒に育って、出た後も割と関わっていた奴がいて、そいつがそういうの大分辛そうにしてて。世話してたら詳しくなったんだよ」


ルーナは目頭を押さえた私の隣に腰掛け、優しく背中を摩ってくれた。

彼は何故か、自分が捨て子だったと話す時よりも言いにくそうに、言葉を慎重に選ぶように言う。内容が内容だけであることもあるが、その人のこと、好きだったのだろうか。


「……そう、だったんですか。じゃあこれからこういうのはルーナに訊けばいいですね!」

「……勘弁してくれ」





***






翌日になると、少しは調子も戻るかと思ったのだが、良くなるどころか悪化。世の女性は二日目が大体そんなもんだとルーナは教えを説いてくれた。お腹は痛いし気持ちが悪いし、何度か戻してしまった状態でも、ルーナは甲斐甲斐しく世話をしてくれる。何だ、もう私のお母さんか。


「ほら、身体を冷やすな。布団を被れ。白湯を飲め」

「うう、ルーナママ……」

「誰がママか」


一人だったらどうなっていたことだろう。ママがいてくれて本当に良かった。

私が生理痛で臥せっている間、家事全般はルーナが引き受けてくれたのだが、普段物を取ったり置いたり混ぜたり持ち上げたり、手伝いレベルのことしかやらない癖に、彼は私よりも手際よくこなしていた。料理とか超美味しい。悔しい。美味しい。八歳までは孤児院で育ってきたのだから、一通りのことはやっているのだろう。ルーナにはあまり生活感を感じなくて、家事をしている姿は貴重にも思えた。




「何だよ」

「はい?」

「はい?じゃねぇわ。さっきから人の顔ジロジロ見てきて」

「あーいえ。綺麗な顔だなーと思って」

「ああそう」


ルーナは興味なさげに返事をして、読んでいた本に視線を戻した。昨日の夜は呻いていた私に付き合って起きてくれていたのだから、少し寝ててもいいのに、こうして傍らについていてくれる。欠伸を連発しているのに。


「ルーナは先生の他に護衛みたいなお仕事も出来そうですね」

「は?」


一旦は逸らした目線をまたルーナに戻すと、紫色の光が本から私に移った。なんて妖艶で、冷たくて、美しい色をしているのだろう。あの中はきっと恐怖が蔓延る世界が広がっているのだと思いながらも、怖いもの見たさで吸い込まれたくもなってくる。


「助けて欲しいと思った時にそばにいて、何も言わなくても的確に護ってくれる。戦っても強いんでしょ?きっと」

「俺をいいように扱うのはお前くらいだよ。どーせすぐに音を上げると思ってたが、まさかこっちがこんなに疲弊することになるとは思わなかったよ」

「え?どういう……」


ルーナは本当にいつも素直な反応をくれる。だから一緒にいて疲れないし、気を遣うこともない。いいように扱うと言うが、それはルーナがなんだかんだ私の我儘をきいてくれているからだ。全てルーナだからこそのことなのに、私以外はそうではないということだろうか。私がルーナを下僕扱いし過ぎたということだろうか。




「俺は生まれた時から世界から嫌われていたからな」




変わらない声色でそう呟くように言った彼は、言葉とは相反する微笑みを静かに浮かべている。




「え……?」

「ごめんな。お前は自分といると俺が悪く思われると気遣ってくれたが、多分俺といるお前の方が世間の目は厳しいと思う。俺は名前さえ出さなければ、そうそうバレることはないけど」

「ちょっ……、ちょっと待ってくださいルーナ。よく意味が分からな」

「紫閻の魔法士、ルーナ=メイヴィス。お前が内容を奪ってしまったという本にも書いてあったろ」








一族狩りを専門にするという、暗殺の魔法士。










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