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青年と少女は需要と供給の関係  作者: 咲乃いろは
第二章 呼び起こす力
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指導とは

何コレ、嫌がらせ?

これなら町でペンキ砲投げつけられる方がまだマシのような気がするのだが。


「さ、始めろ」


さも当然のような顔をし、ルーナは転がっている大きめの石に座ってそう言い放った。彼と立ちっぱなしの私の間にあるのは何を隠そう私の嫌いなイニシャルB。ただ、私が逃げずに漫然とそれを見下ろすことが出来ているのは、こいつがここで息絶えているからだ。優雅な模様の羽を見せびらかすことも出来ず、落ち葉のように、動きもせずそこに横たわっている。


「始めろとは?」

「言っただろ。実践だ」

「実践とは?」

「魔法」

「はい?」


先程言われたのは今日は実践に則した練習をする、ということだけだ。まずは魔力を自由に引き出したり収めたりするところから、魔法構築の仕方、そのコツ、そこに魔力をどのように使っていくのか。段階を踏んで徐々にやっていくものだと思っていたのだが。


「いや、だから私魔法構築も出来ませんってば」

「ああ?だからお前の魔力は魔法構築は必要ないだろ。魔力を使えば勝手に魔力が魔法構築してくれる。魔法として事象干渉する為の予備動作は必要ないんだから、覚える必要もない。教える必要もない。よってお前はもう魔法を使える。さあ!」


こいつは一体何を教える為にここに居座っているのか。これで私が呆気なく魔法を使えるのなら、今までの苦労は多分幻だし、ルーナも多分幻だ。こいつの雑な指導も幻であってくれればいい。


「さあ!と言われましても。何をどうすればいいのか……。そしてコイツを一体どうしろと?」


もしや出来が悪かったらコイツの鱗粉擦り付けるぞという脅し道具だろうか。まじで厄介な弱味を握られた。


「その蝶、俺がさっき叩いて殺した」

「……!人でなし!」

「さっきまで早く殺せと喚いていた奴はどこのどいつだ」


あれは私の(テリトリー)に侵入してきたからであって、外で自由に舞っている分は別に勝手にしてもらえればいい。近くに寄って来なければ死ねとは思わない。そんな尖った思春期みたいなこと考えない。




「それを、生き還らせろ」


「……え?」





平坦に告げられた課題は、声色の割に重々しかった。

ルーナの顔はいつも通り引き締まらない緩いものだが、冗談を言っているわけではないとは分かる。からかっている訳でもない。魔法を使う標的に蝶を選んだのは昨日の買い物の時の仕返しだろうが。


「生き…還らせるって……」

「そのまんまの意味だ。お前の魔力は物質の魔力を操作し、その生死までをも操れるもの。人間より昆虫や植物の魔力は少なくて扱いやすい。手始めに練習するならちょうどいいだろ」

「……ちょうど、いいって……」


確かに蝶は嫌いだ。大っ嫌いだ。

けれど、だからといってどうでもいいと思っているわけではない。好きの反対は無関心だとは良く言ったものだと思う。嫌いだと思う分、そこにも存在を認めているのだ。それが蝶でなくとも一緒だ。存在を認知した以上、無関心でいられるわけがない。




「……この蝶は、私が魔法を練習するために殺されたんですか?」

「そうだ」




片足を立てて、そこに頬杖をつくルーナの瞳が、長い指の隙間から冷淡にこちらを見定めているようだった。試されているような、だがそんなことどうでもいいと思っているような。

無関心を表現したかのような視線だった。




「……私が魔法を使えれば、この蝶は道具として殺されたことをなかったことにできますか?」

「…………できるさ。昆虫には感情はない」




死をなかったことにできるなんて、神にでもなったつもりだろうか。私は何を驕り昂っているのだろうか。勘違いしてはいけない。私はただの人間で、素晴らしいものなど持ってはいない。

だが、それを証明するためにも魔力をコントロールしなければならないし、このルーナの挑戦的な空気に打ち勝たなければならない。


「……でも、どうしたら……」


やろうとしたところで、意識的に魔力など使ったことがないからイメージすら出来ない。他人が魔法を使っているところもあまり見たことがないから、雰囲気も分からないのだ。

うんうんと唸っていると、一つ息をついたルーナが石から下りて私の横まで来る。


「手貸せ」

「?」


手首を一周してしまう大きな手が後ろから回って私の腕を掴む。それをそのまま蝶の上に翳し、『ちょっと触るぞ』と短く掛けられた声と共に、もう片方のルーナの手は私の胸の辺りに置かれる。


「最初だけ特別だ。俺の魔力をお前に流し、お前自身の魔力として魔法を構築する。魔力の流れを感じろ。感覚を覚えるんだ」

「……は、はい」


最初だけはふわりと甘い香りが鼻を掠めたが、すぐにそんなこと考えられないくらい緊張が走る。胸に置かれたルーナの手を中心に、どくりと何かが脈打ったような感覚が全身に広がった。そしてそれはやがて掴まれている手に集まっていき、温かく熱を帯びていった。


「……っ、」


温かい、というよりも熱い。

光を灯している電球でも触っているかのような熱さと光が、手のひらを覆って思わず目を細めた。


それが最大まで引き上げられると、その後はすうっと和らいでいく。熱も光も感じ取れないくらいになった頃、ルーナの体温も離れていった。



「手を退けてみろ」

「!」



いつの間にか覆うようにしてしまっていた手を開くと、籠から解放されたかのように蝶は宙に舞っていった。何事も無かったかのように。きっと殺される前はこんな風に飛んでいたのだろう。








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