注目の視線
魔法の知識の確認はまだまだ足りないのだが、昼食を終えた時点で明日の分までの食材が足りないことに気が付いた。ということでこれから町へ買い出しに行くことになった。本来ならあと三日は持つはずだったのだが、一人分作る量が増えたことで誤算が生まれたのだ。内職と国からの援助で何とか毎日生活している状態であるため、この誤算は結構な痛手ではあったのだが、そのことを伝えるとルーナは食料代くらいは出すと言ってくれた。私の分まで含めて出してくれるらしいのだが、それはつまり、この先暫くは家に居座らせてくれということでもあった。
「ルーナは帰るところないんですか」
「ないことはないけど、旅の途中だったからなぁ。遠くて帰れない」
それで道に迷い、餓死しそうになって、辿り着いた先が探していた魔力の持ち主の私の家だったと言う事だ。偶然にしては出来すぎているというか、運が良すぎるというか。私が魔法を使いこなせないということは想定外だったのだろうが、目的に近づいたのだから、ルーナの旅は殆ど終わったといってもいいだろう。ということは何か、他にもう用はないから私が魔法を覚えてルーナの呪いを解くまで家に置いておくれということか。
何も口には出していないのだが、私の視線に気が付いたルーナは怪訝な目を返してくる。
「…何だその嫌そうな目は」
「………いえ」
私は今後の生活を想起して、かつてないほど凄まじい速さで生活費の出入を叩き出した。頭の中では算盤がスパパパパン!と軽やかな音を立てている。
「食費と雑費はお願いしますね」
「……?あ、ああ……」
私が何を考えていたか想像もできないルーナは、戸惑いながらとりあえずの返事をする。とりあえずでも言質は取った。軽い気持ちで頷かない方がいいと思う。
いつものように小さな林を抜けて丘を登っていけば、町並みが少し先に見える。この道をもう二年は歩き続けているのだが、誰かと一緒に歩くのは初めてのことだった。
「すみません、荷物持ってもらって」
「ん?ああ、別にいいけど、何なんだ?これ。大きさの割に重さはあるけど」
「薬です」
「!?」
「……その薬ではありません。病気や怪我に使う薬」
荷物から距離を取ったルーナの反応で、それに何を勘違いしたか想像に容易い。摘んできた薬草を煎じて薬にし、それを卸していると説明すればルーナは安心したように息をついた。どんな反応が起こるか分からない花の蜜を飲ませるという博打のようなことはするくせに、変なところで小心者の男である。
「それがお前の仕事?」
「まあ、仕事と言えば仕事です。こんな身の上なので働きに出るようなことは出来ませんから、内職するしかありません。幸い、教会でよく読んでいた薬草の本が役に立ちました」
「薄々気付いてたけど、お前の興味を示す本って独特だよな」
変とは言わなかったのは彼なりの気遣いだろうか。確かに当時から周りの子どもとは興味を示すところがズレているところがあった。甘いものが好きな子どもの中で一人だけ苦いものを食べてみたいと言ったり、いつの日だったか教会を襲ってきた野盗から皆が隠れる中、一人で飛び出してそいつらの股間に蹴りを入れてやったり。面白いように倒れていく屈強な男たちは見ているだけで愉快だった。
だけど特に周りに馴染めていないと思ったことはなかったし、それなりに上手くやっていたと思う。年下ばかりだったから孤児を纏める立場でもあったし、そこそこ頼られていたとも思う。あの事件があって、魔力の存在が知れ渡るまでは。
「その薬を卸しているところ、私がいた教会の元シスターなんです。私が教会を出て間もなくシスターを辞めて、実家の薬屋を継いだみたいで、国の援助しか収入がなかった私に声をかけてくれたんです」
私の唯一の理解者でもある。彼女は事件のことも知っているが、私の両親とも仲が良かったので、魔力のこともある程度聞いていた。いつかあんなことが起こるのではないかと心構えは出来ていたらしかった。
私がこんな存在になってしまった今、店を構えていることもあって、表立って関わりがあることを周りに気を使ってはいるが、人目につかないところでも会ってくれているのは有難いことである。
「今月分の薬が溜まってましたのでちょうどいいタイミングでした。いつも重くて大変なので助かります」
「そうか」
短く返事をしたルーナは、何故か私の頭に手を置いてきた。身長差の関係で置きやすいのだろうか。
そうしているうちに町に着き、中心街に向かって歩を進める。私は町に入った時からフードを目深に被り、出来るだけ存在感を消して町の人の目から隠れるようにして歩いていた。
だが、ここにも誤算は生じてきたのだ。
人の行き交いが増えてくるところまで来ると、何やらいつもとは違うざわめきが耳に届く。私に対する偏見の騒ぎではない。もっと色めき立った、だが遠慮して遠くから向けられる好意のような。
何だろうと顔が見られないように視線だけを上げれば、答えはすぐに分かった。
「あ……」
「何だ?」
「いや、何でも」
隣にいる、この無駄に顔の整ったイケメンの仕業だ。
そりゃあこんな色男が忽然と姿を現せば、女どもは黙ってないだろう。レベルの違うイケメンぶりに神々しささえ感じるのか、遠目に見ているだけで声を掛けてくるものはいない。だがやたら注目は浴びているので、同時に私が必死に存在感を消している努力はプラスマイナスマイナスだ。ルーナに視線が集まっているので私まで見えないということもあるが、やはり気が付く者もいる。
『ねぇあれ』だとか『また来たぞ』だとか『離れないと』とかいう声が敏感に聞き取れるのは、私が気にしすぎなのか、自然と培ってしまった能力なのか。
注目されてしまうということもあるが、このままではルーナまでも軽蔑の目で見られかねない。私は少しルーナから距離をとって歩くが、彼はすぐにそれを詰めてくる。
「ル、ルーナ……、少し離れて歩きましょう。ルーナまで私の関係者だと思われます」
「関係者だからいいんじゃないの?」
「え……」
「違ぇの?お前の家に泊まって、ご飯ご馳走になって、魔法指導をするってなって、お前を護るって約束して。これのどこが無関係だと?」
それは、そうだけど。
私が言いたかったのはそういうことではない。そういうことではないのだが、あっけらかんとするルーナの顔を見ていると、反論する気も失せた。もしルーナまで変な目で見られたらだとかもし彼にこの町に知り合いがいたらだとか考えたが、きっと彼のイケメン具合は、私の根深い噂をも跳ね飛ばす輝きを放っているのだろう。
躊躇いはしたが、離れてもいつの間にかすぐ後ろを歩いてくるルーナに、私は距離を取ることを諦めた。今はただ、出来ることをしようと、より深くフードを被ることしかできない。