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15歳の俺と25歳の俺と35歳の俺と45歳の俺が1005歳の俺に召喚されて『美味しバトル!』ファイッ!

あらすじ:


1000歳を超えて神様になった、


1005歳の小見川おみがわ 耀あかる通称センゴは、


自らの過去の記憶にある美味しい食べ物を、


持ち寄らせて競わせる『美味しバトル』の為に、


15歳不良少年の自分 通称イチゴ、


25歳留学生にしてギャングの自分 通称ニイゴ、


35歳商社勤務不良社員の自分 通称サンゴ、そして、


45歳ベンチャー企業経営者の自分 通称ヨンゴを召喚する。


異世界で繰り広げられる『美味しバトル』の勝者に与えられるご褒美には、


そして敗者に科される神罰ゲームには、一体何が用意されているのか。


そして召喚された4人の運命や如何に。

●「じゃあ、オレからッスね」




ここが彼らの記憶の中の世界だからだろうか。


立川場外馬券場近くの繁華街は、どこか小綺麗で、


南口らしさが感じられなかったが、建物の配置はなるほど、


整備される前の戦後闇市場の面影残る、


あの昭和の頃の景観を見せていた。


どんよりと曇った冬空の下。


繁華街独特の濁った空気をまとい、そこに


小見川おみがわ 耀あかるを名乗る男が5人、


伝説の立川ラーメン『あじまる』の店の前に立っていた。




「ここで『あじまる』持って来ちゃうかあ!


15歳とはいえ流石は俺だ!勝ちにきてるねえ!攻めるねえ!」




「サンゴのブラザーよ、そうは言うけど、


今回のお題は『辛いもの勝負』だぜ?


イチゴボーイのこのチョイスってどうなのよ?


How do you think ヨンゴブラザー?」




「指定期間内に食べた物ってルールは守られてる、


2度出し禁止のルールにも抵触していない、


辛くして食べる為の特製粉唐辛子も店側が用意推奨している訳だし、


No problemだな」




そのヨンゴと呼ばれた、一見して仕立てが良いと解る細見のスーツを着た、


45歳の小見川 耀はそう言うと、


オールバックにしているグレーの髪を撫でながら続けた。




「逆に35歳から45歳の指定期間内に、


ここのラーメンを食べていないワタシがこのカードを切ったら、


ルール違反になるのだがな」




言ってる意味が解らないといった顔のイチゴ少年と、


右手のひらで両目を覆ってガッデムとつぶやくニイゴガイに、


デザイナーズブランドのスーツを気怠く着こなしている、


35歳の小見川 耀、サンゴが、


散髪に行けず長くなってしまった前髪をかき上げながら告げる。




「ヨンゴの旦那の言った通りサ、


『あじまる』無くなっちゃったのヨ、ジブンの時間の最近にね、


これには参ったよなあー」




灰色の空から雨がしとしとと、静かに降り始めた。


見れば1000歳を超えて神様になったという


1005歳の小見川 耀、センゴが、


長い白髪の眉毛に覆い隠された目から、涙を静かに流していた。


それは『あじまる』との再会に感動した涙なのだろうか。


もしくはなんらかの後悔のそれかもしれない。




「ッ!この!この『美味しバトル』が終わって元の世界に各々が帰ったら、


ここでのことはすべて忘れてしまうんスよね!?」




湿った空気を変えるべく、比較的高めの声が響く。


声の主は短ランにボンタン、髪型は当時流行ったターミネーター2のガキヘアー。


今回の辛いもの勝負の美味しバトルに、


青春の思い出ラーメンの札を切るという奇襲に打って出たイチゴだった。


15歳当時の本人は見た目カッコよくツッパっていたつもりな訳だが、


こうして改めて見てみるとどう見ても可愛い。


だが強い意志を宿した勝気な瞳は、他の3人と変わらなかった。




「イエース、


勝負始める前に、そこにいるジジイ交えてオレ達会議で散々話あったろ?


その取決めでライトだぜイチゴボーイ」




そう応えたのは25歳のニイゴ。


腰まで伸びた黒い長髪をポニーテールにしている。


だぼだぼに大きい紫色のチェックのネルシャツ、


灰色のXLイージーパンツを着用してなお、


華奢で骨細な体型のシルエットを浮かび上がらせていた。


「各々独自のパラレル時間で、アナザーワールドに生きてるから、


干渉したりされたりの影響は一切無し、


まあそこのミーたちをいきなり呼び出しやがった、


自称神様の言ってたことが信頼出来るんならなYou know?」


この中で一番危ないヤツ感を、彼が醸し出しているのは、


その顔中に、そしてその腕に、至る所に見える、


切り傷、擦り傷、打撲痕、が原因であろう。


留学したオーストラリアでの、荒んだギャング生活が透かして見える。




「だったらオレ!今は勝負に集中するッス!


勝ってそこの神様に叶えてもらう俺の願い事


『他の3人の助言を忘れない』ゲットするッス!」




「オッ!イーネ!そしたらジブンからは


『あじまるに後悔の無いように出来るだけ行くこと』って助言するヨ!


それとも『あじまるを守れ』の方が良いかナ?ナハハ!」




「ふぉっふおおおっ!ふぉぃ!


(いいのう!それいいのう!もっ、盛上ってきたのおおおう!


美味しバトル、開始じゃ!ファイッ!)」




「Oh, Shit!いきなり脳に直接語り掛けてくんな!


あとひとの頭ん中でシャウトすんなよファッキンジジイメーン!」




「さあ!入店しよう、御託はもう充分だ!喰らおう、トンコツ醤油の青春を!


思い出そう、あの頃のニンニクと唐辛子が効いた、あの熱狂を!」




そう歌うように宣言すると笑顔の45歳は、


待ちきれないといった風に店に飛び込み、皆はそれに続いた。


雨はいつの間にか上がっており、雲間からは師走の日差しが差し込んでいた。




●「いただきます」と同時に、場外馬券場から、有馬記念のGIファンファーレが微かに聞こえてきた




スペシャル中華そば、そのスープの表面には油がスッと一面に薄く張られていた。


各人、その油を中央に盛り付けられているもやしと共に、


レンゲの背で奥に押しやりまずはスープを口にする。




―――嗚呼、あじまる。我が青春の友よ―――




そのトンコツ醤油スープは、あっさりとしていたがコクがあり、


そしてニンニクが香っていた。


化学調味料、上等。美味ければそれでいい。


ラーメンってそういうものじゃないのか。


そういうものだ、と五人は一斉に納得した。




ピリ辛オロチョン風にする前に、中細カタ目麺を、


今度は油をまとわせてすすり込む。


猛りどよめく魂を無理矢理抑えつけるように、一噛み二噛み、


後、五噛み六噛みすると、あの頃のラーメン屋の、


麺の味と香りが口の中に広がる。


これでいいんだよ、これで。


いや、こうじゃなきゃダメなんだよ。


これが真実のラーメンってもんさ。


カウンターに横並びの五人は、お互い顔を見合わせることなく、


しかし目の前の立川の奇跡に、釘付けの瞳で称え合った、グッジョブ俺。




「さて先輩方、取り掛かるッスよ?『まずコショーを少々』


本当はラーメン勝負で、あじまるカードを切ろうかなと考えていたんスけど、


こんな奇襲も美味しかなあって、ウス!」




「『特製唐辛子を小サジ半分程』って店の壁に案内が書いてあるけどさ、


ミーはいつも小サジ山盛で3杯は入れてるメーン!


イチゴボーイ、か・な・り・美味しな奇襲だメーン!ベリウェルカム!」




「『ゴマラー油をかるーく1周』ってか?この『かるーく』って表現、なんかいいよネ!


イチゴちゃんやるじゃない!美味しでしょう、美味しあげてやってください!」




「『ピリっと辛いオロチョン風』の出来上がりだ、ハハハ、


なんだかもう涙が出てくるな…イチゴくん、ワタシも勝負を諦めてはいないがね、


キミに美味しを捧げずにはいられない、嗚呼美味し!美味しかな我が人生!」




「ふふぉっ!ふふぉふぉっ!(美味し!美味しだもう!)


ふふぉふぉっ!ふぉっふぇー!ふぉっ!ふぉー!


(イチゴよ!あじまるのラーメンに転生する資格を得たぞよ!?


無限美味し!キエーッ!)」




真っ赤になったスープに浸されたもやし、


メンマ、


煮卵、


そしてチャーシュー。


麺を攻めながら、具材とも格闘する。


一心不乱に、狂喜乱舞しながら。


五人は食べに食べた、ザクザク美味し美味しと食べ進めた。そして―――




「ごちそうさま」「ありがとう、あじまる」




―――総立ち拍手喝采の中、宴は幕を閉じた。


店を出ると5人は降る雪を仰いだ。




●「さて、と。Ready?」




そう言うとニイゴはセンゴに目で合図を送り、右手を上げ胸の前で指をテチッと弾いた。


次の瞬間、一行はオーストラリアの記憶に移動する。


木造一軒家の、ボロシェアハウスのリビングが次の舞台だ。


ちなみに直前の勝負で得た満腹感はリセットされていた。


この美味しバトル空間ではどれだけ飲み食いしても、


ターン移行の都度リセットされるので二日酔いなどは無い。


辛いものを食べても胃や尻の穴が痛くなることも無い。




「ボブのタイレストランのチリダックかあ!


本場タイ人もこの辛さには泣くってエクストラスパイシー仕様ナ!


コイツがあったかあ!攻める!攻めるねえニイゴちゃん!」




サンゴがボロソファーに深く身体を沈めながらはしゃいでいる。


オージー野郎どもと共同生活をしていた頃を思い出しているのだろう。


リビングにはボロ長ソファが3つと粗末なテーブルがひとつあった。




そしてそのテーブルの上には、デリバリーされたばかりのチリダックと、


スチームドライスが五人分置かれている。


南半球の夏らしい生温い夜風が吹き込んでくる。


ニイゴはニルヴァーナのネバーマインドのディスクをCDラジカセにセットする、


一曲目が流れ始めた。




「イチゴボーイ、ボブってのはよ、タイ人の奥さんがいてな、


この街では珍しいタイ料理レストランのオーナーなんだ、


オールウェイズスマイルのナイスガイメーン」




「ベトナム戦争の時に出会ったんだってネ、奥さんと。


ボブ、元々はアメリカ人サ、まあもっと言うとアメリカ軍の脱走兵なんだけどネ!


あの見た目は気の良さそうなノッポのおっちゃんあれで結構修羅場くぐってるんだぜ!」




「彼はいつも貼り付けたような笑顔でねえ、目は恐ろしいほどまったく笑ってませんでした、


それでいつも店の厨房に一番近い奥の席に座っていてねえ、


何をするときも入り口の方を神経質に見ていましたよ」




イチゴは目を白黒させていた。


未来の自分が留学してここまで馴染んでいるという事実が、


ここに来てもまだ受け入れられないようだ。


他の三人はそれを気遣ってかいろいろと少年に話し掛けて落ち着かせていた。


単に懐かし話で盛り上がっているだけのようにも見えたが。




「で、ニイゴちゃんはサ、この勝負、チリカモとシロメシだけで仕掛けンの?


ン?あるンでしょ、この激辛グルメを盛り上げるブツがサ!」




「ふぉっふおおおっ!(サンゴも煽るのう!ノリノリじゃのう!)


ふぉっ!ふふぉ!ふふぇ!ホッふぇー!


(ワシも、もー我慢出来ん!早う!早うもってこんかーい!)」




オーウェル、ヒィーウィーゴー


向かって右側の口の端をあげて、ニヤけたニイゴはまず、


キッチンの冷蔵庫から茶色い小瓶を取り出し、投げてよこしてきた。


その麦酒の名はヴィクトリアビター、通称VBだ。


そしてキッチン横の自室から、


オレンジジュースのペットボトルにホースを刺してこさえた自作の水パイプと、


どんぶりにまるで飯のように盛られた『不思議なタバコ』の葉を持ってきた。




「で、出たーッ!『不思議なタバコ』ッ!やっぱ出て来るよネ!」




「まあそうなるでしょうねえ、フフフ」




「ふぉっ!ふぉっ!(期待を裏切らんのう!)」




「え?…なんなんスか、その…」




「『見るからに人生終わってる感満載の造形物は』だろ?


まあ俺も初めてこのテの水パイプ見た時はそう思ったもんだぜイチゴボーイ」




「そーそー、それも


『自作かよ!いったいどんな顔しながらコレこさえたんだよ!』ってナ!」




「御託はもう充分だ、さあ始めよう!一服つけて、乾杯しよう!ではお先に」




トコトコ…




「じゃあジブンはヨンゴの旦那の次いかせてもらうヨ!」




トコトコ…




「ふぉっ!(この水パイプのトコトコサウンドがたまらんのう!)」




トコトコトコトコ…




「マジっスか、この人たち…」




「まあ気持ちは解るが受け入れろイチゴボーイ?」




「ウ、ウス…ではいかせてもらうッス」




トコトコトコトコトコトコトコトコ…




「ヘイ!思い切り空気と一緒に吸い込んで!


そこで息止めて!そう我慢だイチゴボーイ!」




「ケムリ吐き出すときはゆっくりとナ!ここでむせると、あとツラいゼ?」




「さあビールを飲みましょう!一服つけたあとで飲るVB、


たまりません!俺達に乾杯!」




「ふぉ!(乾ファイッ!)」





他の四人が当たり前のように一気飲みをしているのでイチゴもボトルから口を離すことが出来ない。


ケムリの吸引で酷く渇いたのどに、無理矢理ビールを詰め込む。


するとサラサラシュワシュワと冷たい液体が胃に落ちていくのが感じられた。


そして次にそれが全身を駆け巡ってゆく。


その初体験の快感がボーイを包んだ。これ、不思議なタバコのトコトコ効果だ。


気が付くと小瓶は空になっていた。


かなり長い間飲み続けていたように感じたが、実際は十秒も経っていなかった。




「エブリワン、セットアップOK?じゃあ」




「おっ始めるとしますかネ!」



「ウ、ウス!(身体が重い!周りが回ってる!あれ?まだ数分しか経ってない?時間の感覚がおかしい!)」




「イチゴくん、一服つけて頂くご飯はこれまた激烈美味しですよ!」




「ふぉっ!(オナニーも最高なんじゃ!)」




●「いただきます」それと同時に"Lithium"のイントロがCDラジカセから弾き出された




彼らは実際は半時間ほどでそのエスニック激辛料理を食べきっていたのだが、


ただ不思議なタバコのトコトコ効果によって時間の感覚が狂っていた彼らにとっては、


無限にも続くのではと思われたセルフ拷問タイムがであった。


それが今やっとで終わったのだ。


何を達成したのか解らない達成感、そしてある種の奇妙な連帯感といった、


そんな無意味で無価値でしかない、しかしやけにポジティブな感情に5人は呆然と浸っていた。


ニイゴのフラットはダウンタウンにあった、夜が更けてきたからであろう、


サイレンやクラクションノイズ、時々怒号と悲鳴、


静かなリビングの窓の外はいつも通りそこそこ騒がしかった。




「…(…よく頑張ったな、イチゴボーイ)」




「…(中三の夏合宿、思い出したッス)」




「…(あの頃のラグビー部の練習、ハードだったからネェ)」




「…(ラグビーと言えば日本代表がW杯で南アフリカ代表に勝ちますよ)」




「「「…!(なッ!!)」」」




三人はソファーに沈めていた身を乗り出す。




「ふぇぇ…(日本でW杯が開催されての、


スコットランドとアイルランドとサモアに勝ってベスト8ぞい)」




「「「マジkッ!!ガハッ!ガハゲヘッ!ゴホゴホーッ!!」」」




三人は一斉にむせはじめ、のたうちまわった。


まあ無理もないだろう。




ボブのスペシャルチリダックは食べている最中は勿論、食後もしばらくは喋ることが出来ない。


口の中にへばりついた辛味成分の刺激でむせてしまうからだ。


そしてその状態でのせき込みは、瞬時に口から体内に燃え広がり、


相乗的に全身に苦痛を与える、なんでこんなモンを食べたのか深く疑問に思う時間帯だ。


だが実際そのチリダックはある種悪魔的な魅力があり確実に中毒性があった。


少なくとも食すれば毎回未体験ゾーンに連れていってくれるというのは、歪んだ好奇心、


すなわち怖いもの見たさ、が旺盛なアカルにとって好物足り得るものであった。


トコトコ効果で感じやすくなっている身体に冷たいビールと激辛の鴨、


この肝試し快感チャレンジに背を向けるアカルはどこの世界にもいない。


そして追ってかっこむ白飯もチリカモ美味しの楽しみを盛り上げている。


白飯はどんな世界でもいい仕事をするのだ。


口の中は激辛を超えた激痛に支配されており、激辛は主に鼻や目、食道や胃で対処された。


だが舌は、そんな中で冷静に脳に美味し情報を送信する仕事をこなしているから驚きだ。


人体って本当に不思議、そんな感じだ。




激辛味に紛れているがその味付けはかなり濃かった。


スプーンで鴨と辛味汁をすくい白飯にのせメシごとかっこむ。


鴨の野趣溢れる味と香りには激辛がよくあう。


肉部分も勿論美味しだが鴨はやはり脂身と皮の部分が最高に盛り上がる。


ベビーコーンや丸っこいキノコといったタイメシ定番野菜はビールのいいおつまみになる。


他にも玉ねぎや青菜といったベジがふんだんに使われており、


その食物繊維喰ってる感がわずかながらこの超罪飲超悪食の罪悪感を薄めてくれていた。


食べ進めると真っ赤で丸っこい唐辛子に遭遇する。


まるで魔界村で全身紅蓮の飛翔悪魔が登場した時のような、絶望的存在感を見せつけているが、


ここは怯んだ心をヤツに悟られる訳にはいかない、勝ち誇った余裕の笑顔を見せつけて勝負一択だ。


案外ビックバンなんてものは激辛料理から生まれたものなのかもしれないな、


などといったトコトコ思考のあれこれくだらない、


本当にしょうもないことを考えながら食べ進めるのも、


このニイゴプレゼンツのトコトコ美味しの醍醐味と言えよう。




「…サイモンの最後は、10人からの男に殴られ、蹴られ、犯されながら、


致死量の冷たく白い粉をポンプされて、だそうですねえ」




「メーン…まあそうなっちゃったかー」




「てかもう死んでるヨ、仲間が気い遣ってジブンにはナイショにしてんのヨ」




「…地獄っスね」




サイモンはニイゴが外様ながら幹部にまで昇りつめた、地元ギャングが元締めをやっている、


不思議なタバコ販売チェーンの末端の売人で、ダメな男ながらどこか憎めない所があり、


何かと気にかけていたニイゴは彼の窮地を2度救ったことがある。




「ウチらではご法度の冷たく白い粉をよそから仕入れた上に、水増ししてさばこうとして失敗した。


あれが決定打でしたねえ」




「テリーがサイモンの頭にファッキンGUN突き付けて『全部喰え!』ってな」




「流石にお人好しのジブンもアレは助けにいけネーヨ」




「…ウ、ウス(想像を絶するヤバさだコレ!)」




「サイモン泣きながら、口から粉をボロボロ落としながら、


アウアウ両手山盛り分全部残らず喰わされてましたねえ、トラウマです」




「あれでヤツは人が変わったメーン、ケツアナファックされて喜ぶ、


異常に陽気なキチガイカマ野郎になっちまった」




「ヤツがショッピングモールのルーフに全裸で登って、


うんこションベンたれ流しながら"Let it be"熱唱した事件も、


ナカナカのナカナカだったヨ!」




「あのセンパイ、ごめんッス、オレ気分悪くなっ、よ、ヨコになっていいスか?」




唐突に始まったナイトメアトークに悪酔いしてバッド入ったイチゴが脂汗を流しながらうめく。




「ほっ(気が付いたら知らぬ間にバッドホイホイの最悪セットアップになっとった!いかんいかん!)」




「ああ、いけませんねえ、ワタシとしたことが」




「ヨワヨワのイチゴボーイ可愛過ぎるメーン…思わずファックしたくなるメーン…」




「コラッ!ニイゴ!イチゴちゃんのブルブルが倍になったじゃん、ヤめんカイ!」




「ほほっ(じゃあ次に行くとするかのう)」




「楽しい時間は過ぎるのが早いですねえ、って!ま、まだ1時間経ってない!?」




「ヨンゴブラザー、ジョークは、え?いやいやブラザー1時間勘違いしてるメーン!メーン?」




「マジか、マジだ!まだCDが終わってネーヨ!」




「ほほい!(さあ!火星に出発じゃ!地球は月の裏側から監視されているからイヤなんじゃーい!)」




「ちょっ、行先は大丈夫なんですか!?サンゴさん!?」




「いやまだジブンどこ行くか告げてネーシ!」




「ってか、アーッ!このファッキンジジイ、


俺の秘蔵のKKK(Kんなに小さいのにKんなに効いちゃうKみっ切れ)1シート全部喰ってやがるメーン!?」




「ブツブツ…(オレ、解った、サイモンさんは幸せの中で逝ったんだ…)」




「ホエーッ!ホエーッ!(安心せい!独り占めはしとらん!おまえらのビールにもひとかけづつ入れておいたぞい!)」




「「「ファッキューメーン!」」」




「ブツブツ…(オレ、すべてが解ったよ、サイモンさんはやっとで地獄から解放されたんだ…


けど…彼に天国や地獄は、無い…)」


うわーっ!いったいどうなってしまうんだーっ!アカルたちの狂乱夏祭りの行く末や如何にーっ!


ごちそうさまでしたーっ!







●「じゃあヨンゴの旦那、その取決めで」「ええ、かまいませんよ」5人を除いてまったく誰もいない四谷三丁目の交差点の真ん中で紳士ワルがふたり、約束の握手をした




春先のやわらかい日差しにつつまれている昼下がりのオフィス街。


普段はそのビル二階の店舗に続く階段にサラリーマンとOLの長い行列が出来る、


巷ではちょっと有名な四川料理飯店『平羌江へいきょうこう』もここでは貸切状態だった。


店の奥のまるい中華テーブルに、上座から年齢順時計回りに座り5人はビールを飲っていた。


直前のニイゴのアプローチとはまったく違う、大人しく静かな落着いた雰囲気の開幕である。




「しかし先ほどは災難でしたねえ、イチゴくん」




「ウス、こっちに飛ばされてシラフに戻った時は、オレ死んじゃったの?って思ったっス」




4人はその初々しい反応に彼の気にさわらない程度に笑う。




「ハーイ!イチゴボーイ、サイモンだよー!?」




お道化て尻を振りながらイチゴに中指を立てるニイゴ、


こういった悪趣味なジョークを飛ばしている時の彼の目はキチガイのそれに近いものがあった。




「ウ、ウス、もうそのネタはカンベンっス…」




「ボエーッ、ボエー♪ほほっ(れりびぃー、れりびー♪なんちてー)」




「ジブンらそこらへんでOK?こっからはサンゴさんのターンだゼ?」




サンゴは右手を顔の高さまであげて、手のひらだけを前方に倒す、


そのタイミングでチャイナドレスの店員さんが5人分の定食プレートを運びこんだ。




「『平羌江へいきょうこう』名物、麻婆豆腐超激辛、


こっちゃもまあ、負けるワケにはいかないんでネ」




「ふぉぉ!ふぉぃ!(うおお!美味しバトル、ファイッ!)」




●「いただきます」ヂャーン!いかにもニイハオな銅鑼が鳴った




セットのスープはとろみのあるタマゴスープだった、これでまずは食道の通りを良くする。


今日の副菜はカボチャサラダだ、嬉しい。


よく噛んで食べる。


コイツは序盤に胃と辛味の間のクッションになってくれる。


大根の醤油漬けは箸休めの大役があるのでまだ手はつけない。


本陣に攻め込む前の猛る気持ちを抑えつけるように深呼吸ひとつ、さあ出陣だ。


花椒とニンニクと熱したラー油の強烈な香りが5人を煽ってくる、上等だ。


レンゲをスープにくぐらせてから麻婆豆腐をひとすくいしてどんぶりの白飯にのせる。


この店の辛さ段階の激辛ぐらいまではそれでも濃い赤と呼べる、


いわゆる麻婆豆腐色をしているのだが、超激辛のそれは赤黒い何かだった。


レンゲを箸に持ち替えて白飯ごとその刺激ペーストを口に運ぶ。


サンゴとヨンゴはゆっくりと確かめるように食する余裕の箸はこびだが、


一方イチゴとニイゴは食べ始めに目を見開き驚愕の表情を浮かべた後、


どんぶりを口まで持って行きメシをカシャカシャと忙しそうにかっこみだした。




「ふぉっ!(美味し!超激辛美味し!)」




センゴは口の周りの白く長い髭を真っ赤に染めながらガツガツと貪り喰うようにメシをかっこんでいた。


神様にしてはずいぶんと行儀の悪い食べ方だが、この快感に抗える者をこの世で探すのは難しい。




「ふぉっふぉ!(辛いぞい!痺れるぞい!)」




その麻婆豆腐のあんは辛味と痺味もあって猛烈な熱さだった。


口の中にマグマが流れ込む。


しかし怯むことなくそのマグマ溜りに稲妻のように歯を突き刺す。




「ふぇー!ふぇー!(これぞ美味しの爆発じゃ!)」




決して挽肉が多いという訳ではないのだが、一般的なキーマカレーよりも挽肉喰ってる感があり、


そしてそこいらの餃子よりも熱々肉汁ジューシー食感が楽しめる。




「ふぎぃ!(ご飯おかわり!)」




「あ、オレもおかわりッス」




「ミーももらうメーン」




ラー油にコーティングされた飯粒はまるでルビーのようで、一粒一粒が完成したご馳走だった。


そしておかわりにと差し出す空の白いどんぶりは、まとわりつく深紅の油の装飾で、


使用済であるにも関わらず芸術品的美しさを見せていた。




「ワタシの頃も国防省に売込みに行く時は絶対来ますよ『平羌江』」




「へえ、旦那も流石はジブンだネ!あの伏魔殿にそれでもトライし続けてンだ?」




「…サンゴさんの美味しバトル勝利のご褒美、願い事は『商売繁盛』でしたよねえ」




「…まーね、それが?」




「フッ、宗一郎技研工業の大口案件、ワタシの会社で決めましたよ」




「マジか!」




サンゴは勢いよく隣に座るヨンゴと右手でハイタッチをする。


そのクラップ音は天使のトランペットと悪魔のトロンボーンとなり、この世界中に祝福を響き渡らせた。




「サンゴブラザーもヨンゴブラザーもご活躍のよーで、てかダメだったんだ、


あんだけ必死こいて描きまくったミーのMANGA」




「そーヨ、就職活動のつもりで卒業帰国後に出版社に持込やったケドね、


売り物にならんそーだヨ」




「ベリーウェル」




「てかオレ、将来スーツ着てビジネスマンやってるんスね、なんか実感わかないッス」




「イチゴくんの人生はキミだけのものだから好きに生きてくださいね、


人間は努力する限り悩むもの、どの道に進んでも苦悩の総量は変わりありませんよ、


ねえ、サンゴさん?」




「大学を奇跡の卒業してサ」




「あれはもう一度やれと言われても、無理でしょうねえ」




「帰国後日本の商社でセールスエンジニアとして働き始めんのヨ」




飯を喰うのがひと段落、麻婆豆腐の残り三分の一をつまみにビールを飲るモードに入る。


ここの麻婆豆腐は少し冷めると表情がガラリと変わってまた美味しなのだ。




「そこがまたヒデー会社でさ、大変なメにあったけど、あれで実力がついたのも事実なんだよなあ」




ひしゃげたソフトパックのマルボロをシャツの胸ポケットから取り出すサンゴ、


それを見てイチゴはセーラムライトに、ニイゴはウィンフィールドブルーに手を伸ばす、


ヨンゴは禁煙して5年が経ったという。




「世の中は大不況でモノ売れねーし、直上の部長クラスの連中はバブル期に実績が、


開いてた口に落っこちてきたヤツらでまったく頼りになんねーしな、ジブンが一匹で頑張るしかなかったのヨ」




「その努力は報われるんですよねえ、5年かかりましたけど」




5人は他人事のように、よくそんなに耐えられたもんだよな、と思ったが同時に、


そういう頑固さというか執念深さというかあるよな自分、とも思った。




「当時取扱ってたUKのソフトが大手新規に売れまくってさ、


会社ん中に別の会社があるなんて言われてたナ、


あんときゃ好き勝手やってたなー」




「出世の目が無いと知ってからは確かに無茶苦茶でしたねえ」




「え?なんでお金稼いでるのに出世できないんスか?」




「オトナのジジョーよ、イチゴちゃん?」




「会議あるときぐらいしか出社しなかったわ、毎日昼過ぎから会社の金で酒飲んでた、


あとプロ野球も観に行ったなー、年間70試合とか」




「名古屋大阪広島、出張はベイスターズの移動に合わせて、ですか、懐かしい」




程よく酔いがまわってきたこともあり饒舌な2人、若い観客が2人もいるのが嬉しいようだ。


彼らに視線をやり何かを思い出したかのようにサンゴの語りべは続く。




「頑張って後輩育てようとしたんだけど、ジブンについた若手の営業がどんどん辞めてってサ、


みんな最後には『ついていけません、ソレ出来るの小見川さんだけです』ってな、


けど周りからは『小見川は手柄を独り占めする為に後輩潰してる』とか言われてサ、あれは堪えたなー」


彼の目が少しうるんでいるようにも見えた。




「…サテ、ごちそうさまにしますかね」




「…ウス!けどオレ、もうちょっとサンゴ先輩の話聞きたいッス!」




「ミートゥーメーン」




「サンゴさん、モテモテですねえ、羨ましいフフフ」




「けどもうジブンの美味しカードの麻婆豆腐食べ終わったしお開きじゃネ?」




「サンゴさんがここで『待った』をかけて『麻婆豆腐を平羌江に変更』すれば、


ここのもうひとつの名物、担々麺超激辛でビールが飲れますよ?」




「それでいいんですかい旦那?マーボはジブン、


タンタンは旦那で次回以降ってさっきの取決め無しにして」




「いいでしょう、センゴさん、これルールに違反していませんよね?」




「ふぉ(しとらんぞい)」




「じゃ、お言葉に甘えさせて頂きますかネ」




「おかわりもあるんスか!」




「流石はブラザーズだぜ!ファッキンクールメーン!」




「ふぉ、ふぉい!(改めて…ファイッ!)」




担々麺超激辛ミニチャーハン付きと新規の瓶ビールが配膳されると、


そのタイミングで5人はテーブルと共に店のすぐそばの、


満開の桜がハラハラと散り始めた新宿御苑にセンゴの神様パワーで移動した。


そのお花見は次々と運ばれてくる平羌江の美味四川料理を食べ進めながら、


酒を酌み交わし春の夜がほのぼのと明けるころまで続いた。


そして5人は昇りゆく旭日に向かって手を合わせて、


ごちそうさまでしたをしたのだった。







●「さて、真打登場ですか」




秋の学園通りはイチョウの黄色に染まる。


どこまでも高い青空を見上げれば、現実であれば視界のどこかに必ず不愉快に引っ掛かる


『迷惑地所のオッ勃起てたタワーリングシットマンション』なぞは綺麗にその存在が削除されており、


この上なく気持ちが良い景観がひろがる、あの頃の美しい学園都市のままだった。


落ち葉の黄色い波を蹴るようにして歩く5人、ヨンゴは少し歩きますよと告げると、


That's what I wantとニイゴが即答する。


各々思い出が多々あることもあるがこの大通りは歩いていて飽きない。


勝負はヨンゴのペースでいつの間にか開幕していた。




多摩地区の至宝であるイタリアンレストラン『アウローラ』までたっぷり歩かされた一同は、


到着と同時に生ビールを注文した。


ここの生はレーベンブロイで体調によっては、


飲み始めると同時にガツンと酔いがくることがあるので注意が必要だ。


ヨンゴは店主とワインの相談をしていた。


その店は夫婦のみで切り盛りしているので、広さはあまりないが清潔感のある白を基調とした店内は、


ゆったりとくつろげる雰囲気で、美味しにうるさいお客を優しく出迎えてくれる。


ヨンゴだけでなくサンゴも常連の店だった。


アラカルトが充実しているのが嬉しい。


普通この規模のレストランではコース料理決め打ちでもおかしくないところだ。


都心では大手の有名店であってもそうしている所は少なくない。




「季節のコースも素晴らしいですし、手の込んだアラカルトも絶品揃いですが―――」




そこでヨンゴは両手を広げ




「―――Willkommen!(ヴィルコッメン!)ワタシはこの『青唐辛子のパスタ』で辛いもの勝負に挑みます!」




もう勝ったも同然と言わんばかりにドヤ顔で高らかに宣言した。


それもイタリアンレストランなのに何故かドイツ語で。


いくつになってもこういう所は変わらないようだ、と他の四人は思った。




「ふぉ!(ファイッ!)」




●「いただきます」ヨンゴは店内BGM『イルモンド』のサビの部分にこのいただきますを合わせてきた




それは拍子抜けするぐらい至ってシンプルな見た目オリーブオイル塩味のパスタだった。


恐らく乾麺のスパゲッティが使われている、火が通りオリーブオイルをまとった青唐辛子の鮮やかな緑と、


炒められてオレンジになったニンニクが美しい一皿だった。


これまでに勝負に登場した辛いものは序盤のアプローチ、例えば香り、


から刺激や興奮を感じさせたが、このパスタからはそういったものがまったく無い。


固目に調理されたと香りでわかる乾麺の香りがわかりやすい第一印象だ。


正直これだけなのかと若手2人は思わずにはいられなかった。


その空気を感じたサンゴが促す。




「まあ喰ってみろヨ、ヨンゴの旦那、攻めてるからサ」




じゃあまあとカチャカチャとフォークで麺にとりかかる5人。


そのカチャカチャ音はまるでオーケストラが演奏前に行う音程調整の響きのようにも感じられた。


全員が一口目を噛みしめる、噛みしめ続けるといつしか世界はスローモーションになった。


ヨンゴがゆっくりと口のはじを吊り上げるのが視界の片隅に見える。




「ふぉぉ…(美味し…イルモンド=世界美味し…)」




どうやら神様はその異世界との遭遇のあまりの衝撃に、


こっちの世界のコントロールに干渉を許してしまったようであった。




ヨンゴにすすめられるままにシチリア産の白ワインを口にする、


料理と合うとかマリアージュとかそんなレベルではなかった、


それはお互いを極限まで高め合っていた。


シンプルゆえに誤魔化しが効かないとかそういうどこにでもあるお話はここで軽く吹っ飛んだ。


すぐさませかせかと第二波にとりかかる。


まず香るのは香ばしいニンニク、そして清涼感溢れる青唐辛子だ。


噛み進めるとアルデンテの乾麺の香りがくる。


香りの後に口に広がるのは麺そのものの圧倒的美味さだ。


麺のまとったオリーブオイルがジューシーな食感を楽しませてくれる。


この時点で相当辛味を感じているが辛いとか美味しとか、


そういうリアクションをするのは無粋と思えるほどの、


ある種の尊厳がそこにあった。


よく欧州の有名な大聖堂では緊張のあまり気を失う信者が出ると聞くが、


それに近い、ちょっとでも気を抜いたら『持っていかれる』というやつだ。


しかも、しかもだ。


この料理、食べ進める程に美味しが上昇してゆく。


二口目より三口目、食べ始めより最後の一口、そこにあるのは純粋な美味しのみである。


しばしば都心のレストランのコースや旅館の懐石料理でありがちな、


終盤を惰性で食べ終えるというあの行為は何だったのかと頭を抱えずにはいられない気持ちになる。




そして悪魔が囁く。




「この料理はおかわりがまた、美味しなんですよねえ」




それもそのはずだ、最後の一口に続く次の最初の一口が美味しでないワケがない。


天使は都合が悪くなるとそれは試練ですとか言い訳するが悪魔はいつでもどこでもどこまでも正直だ。


そして終わりが始まりであることをもって人はそれを幸せと呼ぶが、そこに悪魔が介在してこないはずがないのだ。


おかわりを大盛で頼む5人、しばしの静寂を破ったのはサンゴだった。




「へっ、旦那もヒトがワルいネ!」




何よりの称賛の言葉だろう、ニイゴが続く。




「メーン、これにどうやって勝てってのよ、ヨンゴブラザーにはハンデが必要なんじゃねーの?」




称賛の洪水だ。




「ヨンゴ先輩、どこかの勝負でオレが勝てたら


『ここの店のこのパスタを喰え』を助言として教えて欲しいッス」




全員思い出したかのように白ワインを手にする。




「はぇー…(ワシ、思うんじゃがの、この快感ってちょっと失礼かもしれんが、


ジャンクフードの与えてくれる興奮に似とると思うぞい…)」




「かなり乱暴な表現ですが…言い得て妙ですねえ、


案外人間の美味しの根底は初めて駄菓子や祭屋台の食べ物に出会った時のそれなのかもしれませんねえ」




「ある意味オレがこれまで出してきた懐かし美味しより懐古ポイント高いかもしれないんスね」




「メーン、それよりブラザーズ、なんかこう、腹減ってきてね?食べる前より」




「多分旦那はそこいらの先まで考えてんゾ、見ろよ旦那がワルいこと考えてる顔してんゼ?」




「さあ二皿目です!ここのお店特製の激辛チリオイルをかけて味を変えていきましょうか!」




「で、出たーッ!うちの父親がそのあまりの美味さに


『チリオイルかけフォカッチャ』だけで満腹になってしまったヤツーッ!」




「うめ!うめ!これいくらでも喰えるッスよ!」




「ヨンゴブラザーの企みってコレかあ」




「『無限喰いハイ』とでもいうんかネ、ましてやこの美味し空間サ、


限界超えて喰い続けちゃうでしょう!」




「皆さん、おかわりはいかがです?」




「ふっ!(くっ、抗えん!)」




「三皿目はアンチョビとキャベツをこれに追加してもらいましょうねえ!」




「くあ!そうきたか!そうきちゃいましたか!攻める、攻めるねえ!」




辛味を洗い流すキンキンに冷えた白ワイン美味し。


ある意味天国であり、またある意味地獄のようでもあったが、


生きるということはその両方を行ったり来たりすることなのかもしれない。


5人は食べた、食べ続けた。




「食欲の秋ってカ!」




「サンゴブラザー、これもう食欲ってレベルじゃねーよ、


暴食で強欲だよ、七つの大罪ダブル役満メーン!」




三日目まではカウントしていた、恐らくその狂宴は七日ほどは続いたと思う。




「へっ、へへへ…」




5人は力なく薄笑いを浮かべていた。




「ふへへ…(そろそろ移動せんと本物のバカになってしまうぞい…)」




いやもう充分本物のバカですよ、と誰もが思いつつ、


秋夜の満月に向かって一斉に手を合わせた。




「「「「「ごちそうさまでした」」」」」




●「ほっほー!(結果発表じゃ!)」




なんだか久しぶりに戻って来たような感覚だ、このスタート地点である神様空間に。


ちなみに美味しバトルの間、元の世界の時間は進んでいないので、


浦島太郎になることはない、あーよかった。


完全に蛇足でしかない勝敗の判定だがこれも決まりだ、


消化しなくてはならないイベントだろう。


最高点の勝者に与えられるご褒美はまあどうでもいいとアカルたちは考えている。


神様とやらが与えてくれるチート設定なんて興味が無いし、


受け入れるのはカッコ悪いと思っているからだ。


平たく言って彼のポリシーに反するのだ。


結局己の力で戦い勝ち取ったものにしか意味が無いのだから。


問題は最下位に与えられる神罰ゲームだ。


それはそれぞれの世界に戻った後『外出先でウンコを漏らしそうになる』こと、


そしてマイナス点の最下位に至っては『外出先でウンコを漏らす』ことという狂悪なものであった。




「しっかしさあ、なんでここにきてウンコの話するかねーこのファッキンジジイは」




「ふふぉふぉ!(やはり人間は食べなくて死んでしまう、


同じように排泄しなくては死んでしまうものだからの、


食べる行為について触れる時は同様に排泄する行為についても―――)」




「「「「いらねぇー!」」」」




「いや、いいから、そういうのホンットどーでもいいカラ」




「美しいものだけでなくコインの裏表である汚いものについても、


同時に語るべきという謎の使命感があるのは理解しましょう。


問題はそれをここでやるのかという話ですよ、それになぜ漏らさなくてはならないのですかねえ、


それも外出先でとかありあえないでしょう、下手したら人生終わりますよこれ」




「うほほーい!(第一位の発表ぞい!)」




ダララララララララララララ…どこからかドラムロールが聞こえてくるが、


場の雰囲気はまったく盛り上がらず、むしろ白けに白けていた。




「ほえ!?(ムッ、これは…!)」




「とっとと発表しろッス!」




「ホエー!ホエー!(おめでとう!全員100点満点の1位じゃーい!)」




4人は力無く笑い、そして力無く拍手をした、パチパチパチ…




「ホッフェー!イギー!イギーッ!


(そして同時にオヌシら全員0点の最下位じゃー!美味し!美味しだもう!)」




「「「「ふざけんなーッ!あと『オヌシ』言うな!」」」」




「ま、まあ『漏らしそうになる』で止まってるわけですし、ここは大人しく受け入れておきませんか?」




「まあ旦那がそう言うなら、けどこれって元の世界に戻ったら忘れてるワケよね?」




「ファック!漏らしそうになる恐怖はこれまでも結構あったのに更に上乗せかよシーッット!」




「これまでウンコ漏らしそうになったのって、オレらの知らないどこかでもらっちゃった、


神罰ゲームのせいって言われてもなんか納得出来るッスね」




それは生命を頂いて生きる業深い人間という生き物に与えられた、試練のそのひとつなのかもしれない。




「とにかくマイナスを出さないように美味しバトルを進めていくしかないでしょうねえ」




「この中で漏らしたコトあるヤツはいるン?」




「メーン、いつもギリギリセーフメーン」




「ありがたいことにオレもまだ無いッス」




まあ漏らしたことがあってもその申告をここで正直にする者はいないだろう。




さて、スーパーご褒美タイムである。「







ひっほ(イチゴからいくかの)」




「じゃあオレは『他の3人の助言を忘れない』でいくッス、けどこれってどーなるんスかね、お告げみたいのが聞こえるんスか?」




「ほふぇ(なんかこうしないといけないみたいな気持ちになるだけじゃ、お告げとか聞こえたら怖いじゃろ)」




「じゃあイチゴボーイ、ミーからのアドバイスは『オグリキャップ引退試合の有馬記念で勝つ』でどーよ、


単勝を全力で買うだけでなく馬券購入代行も出来る限りやるんだメーン」




「ウ、ウス、サンキューッス」




ニイゴからの過剰なスキンシップに身の危険を感じ始めたイチゴボーイであった。


今も後ろから抱きしめられるようにニイゴの膝の上に座らされていた。




「じゃあジブンからはさっき出てきた『あじまるを守れ』にしますかネ」




「ウス、ありがとうございます」




「あとニイゴちゃん、イチゴちゃん怯えてるヨ、放してあげな」




「チッ、いーじゃん減るモンじゃねーし、自分なんだしメーン」




解放されるイチゴ、ホッとひといきである。




「ワタシからは、そうですねえ『学園祭後夜祭の大トリのバンドのボーカルをピンでやれ』


でいきましょうか、レストランの件はまた後ほど」




「旦那、ドラマーが取り合いになるから早めに抑えとけも追加で」




「ウス、頑張るッス、ありがとうございます」







「ふっほ(ニイゴはどうじゃ?)」




「ミーはシンプルさ『すべての友達としあわせになるために生きたい』これで」




ギャングの荒んだ生活の中にいるからだろうかピュアな部分はどこまでもピュアなニイゴだった。




「勿論ここにいるブラザーズも友達に含んでるメーン」




「ホエホエ?(ワシは?ワシは?)」




「しょーがねーなファッキンジジイも仲間に入れてやるメーン」




「プシッ!プシシ!(ワシ知っとるぞい!コレ、ツンデレというんじゃろ?)」




「うっせーなファックすんぞジジイ!」




えっ?ファックする?その言葉になぜかビクッと反応するイチゴボーイだった。




「オーストラリア時代の友人ブラザーたち、みんな元気ですよ」




「ミックのバンドがメジャーデビューしてネ、アメリカにツアー行ったりしてんのヨ」




「…そっかー、負けられねーな、勿論ユーガイズにも負けねーぜメーン」




「鳳凰学園時代の友人たちも元気に活躍していますよ」




「たまに集まって酒飲んでるヨ」




「そーなんだ、へっ、今から楽しみだメーン」




「オレ、随分とダチに恵まれてるんスね、オレも頑張るッス!」








「みっほ(サンゴは?)」




「迷うナー、コレ、最初は『商売繁盛』でいこうかと思ってたケド、


なんかそれを神頼みにするのって違う気がしてきたんだよネ」




マルボロに火をつけるサンゴ、言葉の割にはそんなに悩んでいるふうではなかった。




「旦那ぁ、旦那の願い事って何?参考までに」




「『歴代の好きだった女の子たちに過去にさかのぼって告白しにいく』ですが?」




うわあ、こりゃまたとんでもなく痛いお願い事が飛び出してきたなと発言した本人を除く全員が思った。


イチゴやニイゴは恥ずかしさで暴れ出したくなったと同時に気を失いそうになった。




「…それだと代わりにその願い事をかなえてもらっても意味無いナ、


ちなみに旦那まずは誰ちゃんのトコにイクつもりで?」




「小6夏休み、学校宿泊、肝試しの時のタカコ」




ああーっ、何が彼をそうさせるのか。


イチゴとニイゴは言葉に出来ないざわつく気持ちを誤魔化すかのように髪を掻き毟ったり、


両頬を両手で叩いたりし始めた、動いていないと気が狂いそうになるのだ。




「(イチゴとニイゴがヤバいな…)コホン、えーっと、じゃあジブンは


『この先この美味しバトルでマイナス点が出ない』でヨロシク頼むヨ!」




「…お、おーイイッスねーっ!」




「…ハハッ!イエス!グッジョブ!サンゴブラザー!」




「見事なもんです」




「ふぇぇ…(緊張感が無くなるのう…)」




「「「「いらねーよ!そんなモン!」」」」







「よっほ(ヨンゴは?)ほぁぁ(サンゴの願い事取り下げとかどうかの?)」




「あるわけ無しですねえ、とは言えさっきの皆さんのリアクションで目が醒めましたよ、願い事は改めることにしましょう」




よかったにゃー。




「では『1000歳まで生きて神様になり、1005歳で美味しバトルを開催する』でいきましょうかねえ」




「へえ、旦那は面白いこと考えるネェ」




「クールじゃないのアイライキッメーン」




続くイチゴのつぶやきはこの空間ではよく響き、思っていたより音量が大きかった。




「ドン引きのお願い事じゃなくてよかったッス、ちょっと見直したッス」




「うん?なんだか失礼な発言が聞こえてきましたねえ、イチゴ少年の乳首、開発しちゃいましょうかねえ」




「ケツアナもイッちゃいますカァ!」




「まあ自分同士だしオナニーみたいなモンだメーン!レッツファック!」




「いやちょっと、すみませんでしたって、レッツファック本気カンベンッス!ヒッ!ヒィィ!」




「ふぉっふぇ!ホエー!ホエールズ!


(盛り上がってきたのう!では次の美味しバトルを開始するぞい!


『甘いもの勝負』ファイッ!)」




「じゃ、じゃあオレから―――


(なんとか雰囲気をかえないと!先輩たちのオレを見る目が怖い!特にニイゴの目がヤバい!)


―――コイツで勝負するッス!


『中3の時に小5のナオちゃんからもらった手作りバレンタインチョコ』


これでどうスか!?先輩がた、切り替えましょうよ!新しい勝負の開始ッスよ!…よ?」




イチゴの切ったカードに何か4人を壊滅的に絶望させる要素があったのだろう、


その瞬間、4人の動きは止まり、各人の両目と口は穴っぽこのようなまっ黒い空洞になった。


そしていくらかの時間が経つと固まったままのその4体はサラサラと砂のように崩れて消えた。


イチゴはひとりきり、神様空間で千年近くの時を過ごして神様になった。


そして神様パワーで過去の自分を召喚するが、ずっとこの虚無以外何もない真っ白な神様空間にいたので、


当然ながら元の世界の記憶は15歳までしかなく、召喚された過去のイチゴたちとのやり取りは酷く退屈なものであった。


イチゴはは青春時代の思い出という牢獄に囚われ、今もひとりそこでなろう小説を読んだりたまに書いたりを続けているのだった。







●「おっほぉぉ…(これでおしまいじゃ…)」そう、ここがしるべ無き旅の、旅路の果ての果てだったのだ


おしまい







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