くたばれ!なろう小説!―――底辺ナローケーキ職人、盛大に逆ギレをぶちかます!―――
あらすじ:
ナロー王国はナローケーキ職人のメジャーリーグと呼ばれている。
そこに新規出店した主人公アカルの店は早々に閑古鳥が鳴いていた。
俺のケーキのどこがいけないのか?
200万人ものケーキ好きが通りには溢れているのに、
なぜ評価されないどころか見向きもされないのか?
流行りのケーキを作れだと?そんなのは俺は嫌だ!
戦ってやる!これは俺とナローケーキの戦争だ!
●1
「アカル、そろそろ店じまいの時間だぞ?」
「今日もお客さん、ひとりも来なかったねー」
「・・・ひとりは来ただろ、・・・すぐ帰ったけど」
ここは1ヵ月前に、夢と希望を胸に開店した、俺のナローケーキの店だ。
お客さんが全く来てくれないことで、俺の心は折れそうになっていた。
閉店前の店内にいるのは、俺の他に2人。
ひとりはナローケーキを取材している、フリーライターのサミー。
もうひとりが、自称ナローケーキ中毒の患者のアンジェだ。
「1ヵ月の来店者数が、1000人に届いて無いよな?
俺の言った通りだろ、お前は俺らとの賭けに負けたぞ?
というわけで、今日はこれから、
約束通り俺らに付き合ってもらうぞ?
いいな?」
「アカルのナローケーキはさー、
他人と違うことをやろうとしてるのは、いいんだけどさー、
サミーの言う通り、まずは多くの人に見てもらうためにさー、
今受けているものを、よく知るべきなんじゃないのかなー、
まぁ今回の賭けの結果も、いい機会だと思ってさー、
ナローケーキの人気店を楽しもうよー」
半泣きの俺は、悔し過ぎて図星過ぎて何も言い返せなかった。
店じまいをして、2人に促されるまま、
ナローケーキの、ランク付の名店が集まる、
メインストリートへ繰り出した。
●2
ここはナロー王国。
ナローケーキのメジャーリーグと呼ばれている場所だ。
ここのシステムはこうだ。
店舗と、その店舗内だけで使える魔法が、無償で貸し出される。
その魔法は、言葉をナローケーキに変える。
作り出されたナローケーキは、無料で食べ放題。
ナロー王国に訪れる人たちに、振る舞われる。
人気店には、各銀行が融資を行うことで、有料店舗へ移行する。
ナロー王国に訪れる者にしてみれば、無料でケーキが食べ放題だし、
ケーキ職人を夢見る者としては、無償で店舗が貸し出されているし、
また融資する側も、ある程度売れる算段が立った上で融資が出来るので、
いわゆるwin win winの関係が構築されていた。
つまり誰にでも、自分の作品の発表の場が平等に与えられており、
その作品の評価は、この王国を訪れる一般の参加者によって、公平に行われている。
これまでケーキを発表する機会のハードルが高かった、ケーキ職人たちにとって、
このナロー王国のシステムは、大きなチャンスに思えた。
そして多くのケーキ職人は、我先にとこぞって参加。
一部のナローケーキ職人は、その技とアイディアで栄光を掴み取っていた。
その一方で、
大多数のケーキ職人達は、作品に対しスルーという、
不人気評価の現実を突きつけられ、心折られ、挫折した。
今やナロー王国には、夢破れたナローケーキ職人の死体が積み上がっている。
またナローケーキの受け手にも、繁栄の光が創り出した影が存在した。
200万人からの、王国に押し寄せて来ているナローケーキのファン達は、
満腹飢餓の状態になっていて、
その飽和状態に陥った受け手達は、さながら麻薬中毒患者のようであった。
兎にも角にも、ナロー王国はいまのところ、ひとまずの繁栄を謳歌していた。
ナローバブルケーキ(景気)と、揶揄される程に。
ナロー王国の近隣諸国である、カキン王国やティービィー王国に比べ、
比較的道徳的な国家運用が、なされてはいるが、
このバブル景気をきな臭くしているのは、
ここでもやはり、大量生産大量消費教と言うカルト宗教だった。
追って詳しく説明するが、最も深刻な問題は、
この宗教は人間を人間としてでなく、消費単位として扱う点である。
ちなみに多くの銀行は、このカルト宗教を信仰もしくは利用していた。
●3
サミーとアンジェに連れられて、
メインストリートを久しぶりに訪れた。
ナローケーキを好んで食べていた時には、
俺も足繁く、このランク付の名店が並ぶメインストリートに足を運んでいた。
しかし、ケーキ職人を始めてからは、意識的にここに来ることを避けていた。
人気作品の影響を受けるのが嫌だ、と言っていたが、
本音は、メインストリートに集うランク付きの名店が稼ぎ出したポイントや、
その店に集まる人だかりを見て、劣等感を感じるのが嫌だったからだ。
次にこの奇妙な2人の連れの紹介をしたい。
サミーの方が、大学を卒業したばかりの俺よりも、
10年ほど社会人経験が長い。
現在、彼はフリーのライターを生業にしているが、
以前雑誌社の編集をやっていた頃には、
俺と同じように、ナローケーキ職人もやっていたそうだ。
学校にひとり位はいる、いわゆる少年期に神童と言われていたキャラクターだ。
話してみると頭の良い印象はあるのだが、
どこか冷めているというか一生懸命にならないところがあり、
俺は、彼のそこが好きになれない。
それだけナローケーキの知識や経験があるなら、
自分で書いたらいいじゃないか、と思うのだが、
彼はかたくなに、作品を見せようとしない。
ひょっとしたら、ただの作品を作らないナローケーキ職人なだけなのかもしれない。
背丈は俺より10センチほど低い160センチ後半で、髪は金髪、瞳はブルー。
薄い緑の度付きのサングラスを愛用している。
アンジェリカは17歳と言っているが、
世間話の内容や、サミーとの会話の歯車のかみ合い具合から推測するに、
アラサーと思われる。
メインストリート各店の常連で、彼女の根本姿勢は暇つぶし主義である。
もはや、ありとあらゆるナローケーキを食べ尽くしてしまった彼女は、
今は何を思ったのか、俺の店に入り浸っている。
ときには、他店のケーキを俺の店で食い始める、と言う暴挙に出たりするのだが、
店にお客さんがいれば、その姿を見て寄って来る他のお客さんがいるのではと思い、
サクラの仕事をしてもらっていると割り切り、俺はそれを容認している。
身長は160センチ前後、ブラウンの髪、緑の瞳、透き通るような白い肌に、
黒基調のゴスロリのファッションが映える。
アンジェと話をしている中で知ったことなのだが、
彼女は大量生産大量消費教の信者であった。
彼女は俺が、大量生産大量消費教に否定的であることを知っている。
●4
「このナローケーキは出来損ないだ!食えないよ!」
俺は思わず口走った。
と同時に、やっちまった!
と激烈に後悔した。
=====
その店に入った瞬間に、すでに嫌な予感がしていた。
アンジェが親しげに、その人気店のナローケーキ職人と、
ハグして挨拶を交わしていたからだ。
サミーも、
その有名ケーキ職人、タカコ、
と言葉を交わしている。
彼も知り合いのようだ。
確かにライターをやっているのなら、
ランク上位の店の関係者と、知り合いでもおかしくない。
俺はタカコさんに紹介された。
タカコさんも自己紹介をしてきた。
ストレートの黒髪が綺麗な、優しそうなお姉さんという印象だが、
時折メガネの奥の紅蓮の瞳が、鋭く店内の他の客の動向を伺っているのが見えた。
実は俺は、このタカコさんの作品を、以前に何度か食べている。
美味しいな、と思っていて密かに憧れていたんだ。
もっと違う形で会いたかったな、というのが素直な感想だった。
違う形というのは、・・・ダメだ、
俺がチートを使ってランカーになって、カッコ良く彼女と出会う。
そんなのは俺の嫌いなナローケーキのテンプレパターンじゃないか。
・・・でも、コレ使ってケーキ作ったら、
少しは広く一般に受けるケーキが作れるだろうか。
などと考えていたのは、目の前の現実から逃避していたからなのだろう。
「良かったら私もご一緒していいかな?」
「モチロンだよー」
「是非アカルにアドバイスしてやってくださいよ」
他のケーキ職人に、それも俺が密かに憧れている女性に、
面と向かってアドバイスされる、これはある種の拷問だ。
凄く嫌なシチュエーションだが、俺はこう言う以外なかった。
「・・・よろしくお願いします」
●5
まずはサミーが選んだタカコさんのケーキを、店内で食べることになった。
アンジェがタカコさんを呼んで、4人のテーブルが出来上がった。
憧れのタカコさんとの、お茶会であるにも関わらず、
ある意味公開処刑というかリンチというか、
歯医者でガリガリチュイーン治療を受けている時のような、
早く終わってくれ、と言う気持ちしかなかった。
サミーは俺に、
タカコさんのケーキの美味しさのポイントを、的確に教えてくれた。
勿論、親切でやってくれているわけだし、
勿論、その意見が貴重なのは、頭では理解出来ているのだが、
俺の率直な感想は、
そんなの知ってるよ!
解ってんだよ!そんなこと!
だった。
そしてまた的確に、タカコさんのケーキと俺のケーキを比較し、
俺のケーキの問題点を、次々とリストアップしてくれた。
憧れの女性の前で、ダメ出しされまくるという地獄で、
俺はなんだか、俺の作ったものが、
とんでもなくダメな作品のように思えてきて、
食べていたケーキを、思わずゲロしそうになった。
現実は厳しく、真実は残酷だ。
そう改めて思い知らされた。
アンジェの口撃は、さらに辛辣なものであった。
もはやそれは批判と言うよりも、ダメ出しと言うよりも、
タカコさんのケーキを引き合いに出しながら、
俺のケーキをボロクソに貶しているだけ、と言うものであった。
アラサー女特有の、底意地の悪い、皮肉めいた俺のケーキに対する評価は、
俺の心に刺さると言うよりも、俺の心を破壊しに来ていた。
嗚呼、とてもよく解るよ。
これは、サディストなワタシカッコイイ!
とか、そんな感じの、トランス状態入ってんなって。
年下の男の子をイジメてる、ワタシってイケてるっしょ?
みたいなヤツ。
憧れのタカコさんの前で、
なんでここまでボロクソに言われなきゃならないんだ、
と言う怒りよりも、
今にも泣きだしそうになる気持ちを抑えることで、
俺の心は精一杯だった。
アンジェは特に、サディストと言うわけではない。
人の悪口を言って、気持ち良くなるような人種でもないことは、
これまでの付合いで、よく知っている。
純粋に彼女は、彼女の思ったところを、
彼女のスタイルで伝えてくれているのだ。
せめてオブラートに包んで欲しかったが。
サミーとアンジェの攻撃がひと段落つくと、
ラスボスであるタカコさんのターンが始まった。
ナローケーキ職人の先輩と言う観点から、
果ては人生の先輩と言う観点から、
より的確なアドバイスを、
俺に対して与えようという優しさが感じられた。
「まずは自分の描きたいものを書いたら良いのでは?
評価は気にしないでね?」
「小さくまとまったナローケーキを、
種類と数を沢山作って発表したらどうかな?」
「他人と違うことをやろうとする姿勢は、
とても大事だから応援しているよ!」
だが俺にとって、
3人の口撃の中で、最も心を掻き乱されたのは、タカコさんのものだった。
決してタカコさんは、同情していたわけでは無いのだろうが、
俺の傷だらけの自尊心は、タカコさんの優しさにとどめを刺された。
そしてついに、
俺の涙腺は決壊し、大泣きしながらこう叫んでいた。
「このナローケーキは出来損ないだ!食えないよ!」
●6
「このナローケーキは出来損ないだ!食えないよ!」
俺はいつの間にか立ち上がり、大声で叫んでいた。
その叫び声はメインストリートに響き渡り、瞬間、静寂を生んだ。
涙でにじむ視界の向こうでは、
アンジェが腹を抱えて大爆笑していた。
サミーはメガネの位置を直しながら、ため息をついていた。
タカコさんは何か言いたそうな顔をして、心配そうに俺のことを見ていた。
俺の叫び声に、店内の客が一斉に視線をこちらに向けた。
俺は涙が流れたと同時に、心の堤防も決壊していて、
心に溜め込んでいたものを、続けザマに叫び続けた。
「実際の成功経験がないから!安直な成功描写を受け入れるんだ!」
「もしくは成功までの過程が省かれていても、違和感すら覚えない!」
「こんなケーキあるか!」
「それと恋愛要素!ありえない程に甘過ぎだろ!」
「実際の恋愛経験が無いから!出会いや付き合いの苦労を知らないんだ!」
「必然的に最初からモテモテ状態だ!何と言うグロテスクな構図だ!」
「平たく言ってこのナローケーキは現実逃避の塊だ!」
そこまで叫んだところで、
俺はタカコさんの店の関係者と思われる男たちに、取り押さえられていた。
「お客さん困りますな、騒ぎを起こされても」
アンジェが腹を抱えてヒーヒー笑っているその横で、
サミーが店の関係者たちに、申し訳ありません、と謝っていた。
タカコさんが、ハンカチを俺に差し出す。
受け取る俺は、タカコさんと目を合わせる事が出来なかった。
涙と鼻水で、みっともなく、ぐしゃぐしゃになった顔を拭いて、鼻をかんだ。
どうやらその男たちは、
タカコさんの有料店に融資している、銀行の関係者だったようだ。
「お客さん、ここはみんなが、ナローケーキを楽しむために来る場所なんですよ?」
「あまりとんでもないことを吹聴されると、こちらも法的手段に訴えますよ?」
すると、ニヤリと悪そうに笑いながら、アンジェが男たちに向かってこう言った。
「でもさー、このコの言ってたことってホントじゃなーい?
本当のことを言って気分が悪くなるのなら、
気分が悪くなる方にも問題があるんじゃないのかにゃー?」
男たちは、スーツの襟をわざとらしく直ながら、少し考えてからこう言い放った。
「ですがお客様、このナロー王国では、
無償で供給されているケーキに、与えられた評価が全てです。
売れるもの、それが正義なのです。
ウケるものでなければ、存在の価値がないのです。
自分の作品の未熟さを棚に上げて、逆ギレするようなナローケーキ職人は、
早々にこの国から出て行った方がよろしいでしょうねえ、フフフ」
ひょっとしたらアンジェは、
相手の失敗を最初から引き出そうとしていたのかもしれない。
アンジェは再びニヤリと笑う。
彼女は、ことの成り行きを見守っている、
店に集っていた多くの他の客に向かってこう言い放った。
「だってさー、みんなはどー思うかにゃー?」
場の雰囲気を察した銀行の男たちも、やっとで失言に気がついたようだ。
ナロー王国の住人は、食べるのが専門の者だけでない。
多くの者がナローケーキ職人なのだ。
そしてごく1部の売れている者を除いて、大半は売れないケーキ職人だ。
場の流れは完全に、アンジェにコントロールされていた。
そしてまたタカコの店のお客の多くは、
この男たちの銀行が融資した、有料ケーキ店のお客でもある。
ちょっとしたことで商売が立ち行かなくなる、このご時世だ。
この騒動に落としどころをつけたいのは、
騒ぎを起こした俺たちよりも、今となっては銀行屋さんたちの方であった。
それを察してタカコさんが、ポン、と手を叩いてこういった。
「でしたら私と、そこの彼で、
ナローケーキ勝負をしてみる、というのはどうでしょう?」
ナローケーキ勝負っ、だとッ!?
「審査は両方のケーキを食べた人たち全員、
これまで未発表のオリジナルケーキを数点用意して、
審査をした人たちの入れた、ポイントの多さで決めましょう」
「ウケるケーキが評価されるか、媚びないケーキが評価されるか、
とりあえず結果を出してみる、
こんな落としどころで皆さんどうでしょうか?」
わあっ、
と観衆から歓喜の声が上がった。
タカコさんの提案は好意的に受入れられた。
男たちも、少し相談した後、
「ではそれでいきましょう」
と言う話になった。
全く俺の意向は無視されているわけだが、
俺は先ほどまでの、弱々しい気持ちはすでに吹っ飛んでいた。
切り替わっていた。
千載一遇のチャンスが巡ってきたのだ。
今の俺の表情を見て、サミーとアンジェは、
何か、おおっ!と言うような、
驚いたような、楽しそうな顔をしていた。
「では勝負は3日後の、この時間、この場所で」
タカコさんがそう言うと、観客から歓声と拍手が沸き上がった。
高揚する気持ちにふるえる俺の心の中、
賽が投げられたのが見えた。
その賽は何かを暗示するかのように暴れまわり、
そして砕け散った。
●7
タカコさんから飲みの誘いの連絡が来た。
ナローケーキ決戦の前日夕方のことだ。
俺としては、対決の準備は万端であったし、
また心のどこかで、
今この状態でタカコさんは何を考えているんだろう、
と漠然と思いをはせたとき、
この勝負をより楽しむために、
俺に事前にコンタクトしてくるのではないか、
と心のどこかで予感していた。
それは見事に的中した訳だが、
ケーキ作りの作業で神経が研ぎ澄まされていて、
やけに感覚が冴えていた俺にとっては、
やっぱりな、
だった。
指定された場所は、ナロー王国最大の繁華街のBARだった。
一見すると、何屋さんだかわからないその扉を開けると、
地下に続く階段が出迎える。
その階段を降りていくと、
バーカウンターでロングカクテルを飲んでいる、
タカコさんがいた。
俺はタカコさんの隣に座り、ギムレットハイボールを注文した。
自分とタカコさんが、この場で初めて交わした言葉が
「「乾杯」」
だった。
タカコさんはまず、自分自身の事について語りだした。
もともとはテヅカ王国で、懐石料理の職人をやっていたそうだ。
そこで調理のいろはを叩き込まれたと言う。
ただ、ずいぶん昔の話だから、あまり君には参考にならないかもね
と笑いながら語ってくれた。
俺はそんなタカコさんに見とれてしまい、心奪われていた。
タカコさんが笑う時には、待ってましたとばかりに大げさに笑った。
こうでもしないと、この緊張を、この胸の高鳴りを、
上手く抑えつけることが出来なかったのだ。
その話の内容は、ジャンルは違えど、
お客様に美味しいものを食べてもらい、喜んで頂くと言う、
そういう仕事についている者にとっては、この上ないアドバイスであった。
タカコさんの修業時代の終わりは、あっけなく訪れたという。
ある時、その懐石料理店に出資している銀行が、
タカコさんを、人気の懐石料理店に連れて行き、
ここの料理を丸ごとパクれ、と言われたそうだ。
もう、ここで働けないなって、思ったのよ
タカコさんは、遠い瞳で寂しげに笑った。
辞めるにあたっても、色々と面倒なことがあったそうだが、
その辺は、あまり詳しく教えてくれなかった。
色々な表情のタカコさんを、見ることが出来たのが嬉しかった。
俺は今いったいどんな顔をしているのだろうか。
思い出したかのようにBARを出たのは、
流石にこれ以上飲んだら、明日に支障が出ると思われたからだ。
相変わらずの繁華街だったが、どこか別の場所のように感じた。
俺はタカコさんと並んで歩いていた。
ほどなくして時計が真夜中を回ると、世界の空気が変わった。
虚栄や強欲といったような、
失敗作人間どもの悲劇が、
このナロー王国から一掃されたような、そんな感じだった。
メインストリートには、
さっきまで無かった屋台のケーキ屋が、品良く立ち並んでいた。
そのケーキたちは、すべてが媚びることもなく、
それでいて優しかった。
こんなナローケーキもいいわよね
先を歩くタカコさんが、振り返り、俺だけに微笑みかけてくれた。
―――その時の彼女の微笑みが、俺の人生の最高の瞬間だった
俺は、そんなタカコさんを、
途轍もなく愛おしく感じてしまっていて、
俺史上最大の、疾風怒濤な狼狽をかましていた。
俺はそこで何を思ったのか、
今回の対決で、こちらが勝負をかけたい核心について、
熱弁していた、早口で。
俺はビビッて、ヘタレて、逃げている訳だが、
真面目な話をすれば、この脳みそ流出状態が落ち着くだろうとか、
タカコさんは俺に、惚れてくれるんじゃないかとか、
その他諸々下衆なあれこれを考えていた。
屋台のケーキ屋さんたちと、そこに集う人たちの、純粋な笑顔が、
嫌らしく打算的で、矮小な俺を、非難しているように感じられた。
●8
俺とタカコさんの問答は、要約すると以下の通りだった。
「俺には承認欲求がある
自分が正しいと思う方法で、
世の中に認められたい
けれどここは、特に商業店舗は、
詐欺師の絵空事に、
夢見る人たちが集まっているだけのように見える」
「私欲に忠実なのは尊敬に値するけど、
真実は人の数だけあるものよ?
自分が努力した分の努力を、
他人に求めるのは大きなお世話よ?」
「大量生産大量消費教の信者は、
白痴か、それでないなら悪人か詐欺師だ」
「アンジェはどう?
彼女もまた素直に欲望に従っているだけよ?
人間の本能では?」
「評価が審査されることが無い
つまりここの評価は無責任に出しっ放しである」
「何か問題でも?
世の中の評価はすべて、無責任に出しっ放しじゃないの?」
「間違っているときは、なぜ間違ってるかわからない」
「自分の間違いを許せないのは勝手だけれど、
他人の間違いを指摘するのは大きなお世話よ?」
「誰もが心の奥底で、世の終末を待ち望んでいる、
といったバカげた考察が成されるのは、
それだけアタマお粗末な連中が、溢れ返っているのだろう」
「不健康な生活をしているのに、
長生きしたいと考えている人たちは、
別に世の終末を望んでいる訳ではないわ」
「このビジネスは、人の本質を狂わせる
大量生産大量消費教は、人間を消費単位として扱っている」
「あなたは成功経験がある
努力もしてきた
けどそういう人は圧倒的に少ないの
特にこのナロー王国の住人にはね
そういった義憤はお門違いよ?」
「別に他人の倍努力してきたとか、ありません
当たり前のことを、当たり前にやってきただけです
あと運が良かっただけです」
「あなたもまた、自分自身の実像を把握出来ていないのよ
あなたの批判する人たちと同じになってるわよ?
・・・
最後にこれだけは言っておくわ
タイムマシンが欲しい願望と言うのは、
誰にでもあると思うけど、
ナローケーキの愛好家のほとんどは、
タイムマシンに乗って過去に戻ったところで、
もう一度同じような退屈な人生を過ごすことがわかっているの
だからナローケーキがお金をここまで産むのではないかしら?」
「あなたと出会えて
勝負出来て
俺は光栄です」
「あら嬉しいわね
私もよ」
そして決戦当日の朝を迎えた。
●9
会場は、地獄絵図の様相を呈していた。
そこいら中で、俺のケーキを食べた者たちが、苦しみ悶えている。
ゲロを吐くもの、
血反吐を吐くもの、
そして泡を吹くもの。
中には顔を紫色にして、白目をむくもの。
中には目鼻口耳など、全ての穴という穴から、
血を吹き出しながら、笑っているもの。
「どうです頭取、俺のケーキ、気に入ってもらえましたか?」
その地獄絵図の中、
ステージの上の俺は、
目の前で倒れている特別審査員サマに、問い掛ける。
「毒かッ、貴様ケーキに毒をッ・・・!」
=====
俺とタカコさんのケーキ対決、当日、会場。
俺の率直な感想としては、もっと観客が集まるかなと思っていたが、
「それほど沢山集まると言う訳ではないんだね」
まばらな客入りに、若干肩透かしを食らったような気分だった。
タカコさんは、そんな俺の気持ちを察してくれたのか、
「評判を聞きつけて、日を追うごとに、
興味を持ってくれる人が増えるものよ」
と声を掛けてくれた。
「アカルー、応援しに来たよー
あんたひょっとして緊張してたりするー?」
「アカル、頑張って勝てよ、と言いたいところだがな、
俺からすると、正直お前の負けは目に見えている。
だから思い切って負けて自分の気持ちに区切りをつけるんだ。
そしてウケるナローケーキを作る切欠にするんだ、
少なくともこの勝負を見に来ている人たちは、
今後しばらくの間、お前の作品を気にしてくれるだろうから、
って、おい!
ひとの話はちゃんと聞け!」
アンジェとサミーが、舞台袖の俺を訪ねてくれた。
タカコの店に、簡易的に設営された設営されたステージの上では今、
タカコの店に出資をしている銀行の宣伝と、
その銀行が融資する、他のナローケーキの店の新製品の宣伝が行われていた。
しかもなんとその銀行の頭取が、自ら舞台の上でプレゼンをしている。
なるほど先日の下っ端融資係と違い、見事な話術だ。
ナローケーキ愛好家と、ナローケーキ職人の、
明るい未来を語り終えたところで、
そこそこの拍手とともにマイクは司会者に渡った。
いよいよ時間だ、やっとで開戦だ。
●10
銀行の頭取が、ステージ上の特別審査員席についた。
司会者が、改めて銀行と頭取の紹介を始めると、
観客席からブーイングの声が上がり、多くの観客がそれを聞いて大笑いした。
ブーイングして、ヤジってるの、アンジェだろこれ。
間抜けな司会のせいで、上々の出来のプレゼンが、
台無しにされたにもかかわらず、頭取笑顔を貼り付けたままである。
司会者が、ケーキ対決のルールを説明する。
いたってシンプルな、今さら説明するまでもないような、
そんな事を大げさな身振り手振りを交えて、シャウトし始めた。
要はタカコさんのケーキと、俺のケーキを、
会場の全員で食べ比べて、美味しいと思う方に1票入れる、
そして得票の多い方が勝ちということである。
ちなみに特別審査員である大銀行のお頭取サマは、
ひとりで100票入れることが出来るそうだ。
タカコさんが、ステージに呼ばれる。
割れんばかりの拍手で迎えられるタカコさんは、笑顔でそれに応えている。
凛とした、とても爽やかな立ち姿だった。
姿勢が良過ぎるのは、緊張しているからかな。
次に俺が、ステージに呼ばれる。
パラパラとした拍手、
そしてアンジェのからかいのブーイング。
今再びのブーイングに対してウケている人たちの、笑い声が聞こえた。
いいね、これで少し緊張がほぐれたよ、グッジョブ、アンジェ。
俺とタカコさんは握手をした。
タカコさんは自信に満ち溢れたいい表情していた。
対して俺は、どんな顔をしていたのだろう。
おそらくひきつった笑いを、顔に貼り付けていたに違いない。
というのもその時俺は、俺の心が、すべて目の前の彼女に、
見透かされているのではないかと、強く感じていたからだ。
まず運ばれてきたのは、タカコさんのケーキだ。
会場のスクリーンに、美しい二品盛りのプレートが写し出される。
司会者に促され、タカコさんがケーキの解説を始める。
その説明の間に、観客たちにケーキが配膳された。
全員に行き渡ったところで、一斉に食べ始めるのがルールだ。
「本日ご用意したのは、当店人気のケーキの最新作、
悪役令嬢ケーキと異世界転生ケーキの二品盛りです。」
会場から大歓声が上がる。
同時に会場のナローケーキファンたちが、
よく知った類のケーキが出てきたことに、
安堵しているのが肌で感じ取れた。
会場に詰めかけた観客全員にケーキが行き渡った。
タカコさんは力のこもった美声で火ぶたを切った。
●11
「ではどうぞ!お召し上がりください!」
会場のあちらこちらで、いただきますの声に続き、
タカコさんのケーキに対する称賛の声が、
まるで打上げ花火のように炸裂した。
「この悪役令嬢ケーキすごい!」
「最初に苦味やエグ味が来て、
それが後から押し寄せる甘さを際立たせるの!」
「わぁ、ウケける要素をこんなに贅沢に使っている!
麗しの隣国の王子様、やんちゃ系の騎士団長家の三男、
妖艶な魅力爆発の魔王様!」
「どれもありきたりな材料なのに、みんな丁寧に仕事がされているのね!
この素材にこんな美味しさがあったなんて驚きだわ!」
もふっ・・・
「な、なにこの食感!とってもモフモフ、癒されるわぁ!
なんだか作り手に親近感がわいてきたわ!」
「化粧水、香水、整髪料、前世の知識で無双する展開最高!
こんなふうに楽に金儲けしたいわね!」
「冗長な展開と言う人もいるけれど、私は長く楽しめるの好きよ?
暇つぶしにはもってこいだもの!」
「ラストはスパイシーなざまあでハッピーエンド!な王道展開かぁ、
うん、やっぱりいいね!」
「ハッピーエンドタグの効果も出てるのね?
この安定感が心地良いんだぁ」
「こっちの異世界転生ケーキも凄いゾ!」
「開幕チートだお!初っ端からガンガン攻めてくるお!」
「早々に!俺やっちゃいました!
これを惜しげもなく贅沢に使ってくるんだ!気持ちイイィィ!」
「このフルーツの砂糖漬けも凄い!
種類が沢山、まるでハーレムだよ!どれもこれもガチ甘い!」
「大ぶりのピーチ、未成熟なぶどう、よりどりみどり、
どれも女性にはありえない味付けだけど、
野郎にはたまらない仕事がされているでゴザル!」
「ははっ!金に困らない展開最高!
奴隷だとか貧民だとか助けて気分良し!
上から目線ここに極まるナリ!」
「冗長な展開と言う人もいるけれど、
この売り方で良くね?誰だって長く稼ぎたいっしょ!」
「ラストはラスボス倒してハッピーエンド!
王道だけどいいね!あんまりその後の生活に触れていない、
後味あっさりもグー!」
会場の人々は皆、タカコさんのナローケーキに舌鼓を打ち、
そしてその甘さに脳みそを溶かした。
さすがはナロー王国屈指のランカーだ、女心だけでなく男心、
オタク心に子供心、すべて心得ている。
ステージに改めて目を向けてみると、
どうやら司会者もナローケーキを食べていたようだ。
フラフラとした足取りと、うつろな目つきで、
それでいてハイテンションな声が響き渡る。
大丈夫かこの司会者のおっさん。
「皆さんどうでしたか!素晴らしい!
素晴らしいナローケーキだったではありませんか!
頭取、タカコ先生のナローケーキについて、
一言お願いします!」
「うむ、もはや言うまでもないだろう、流石の一言だ、
よくぞここまで技を磨いた、尊敬に値する」
頭取閣下の偉そうなコメントが飛び出す。
ナローケーキを作ったことなど無いのだろうに、
技を磨いたときましたか。
ナローケーキに興奮している観衆は、
拍手でそのコメントを受け入れていた。
俺はふと見えた気がした。
ナローケーキ中毒患者たちが、
道化のような恰好の頭取が吹く笛に、
集団でふらふらとついていく光景が。
基本的になんであっても、中毒患者というものは、
懐疑的思考能力が、不足している者が多い。
だから例えば、食べる必要の無いものを、
すすめられるままに食べ続ける。
それどころか、食べなくてはいけないものだと思い込んでいる。
いや、思い込まされている。
なんでもそうだと思うが、楽しいと思うことによって発生する、
アドレナリンやエンドルフィンといった、脳内麻薬は、
必ずしも日常生活の中の判断に、良い影響を与えている訳ではない。
ティービィー王国やコンチパ王国は、それらの悪用を心得ている。
最良のものの悪用が最悪の結果を生むことを承知の上で、
なお開き直って悪用を悪意をもって続けているのだ。
ティービィー王国の国民やコンチパ王国の国民がそうであるように、
最近俺はナロー王国の国民もまた、
彼らと同じような集中力や決断力が著しく低下した、
麻薬中毒患者になっているように、俺は思えてならないのだ。
●12
続いて俺のケーキが、運ばれてきた。
会場の観客全員に、俺のケーキが行き渡る。
会場にはあからさまな嘲笑と、溜息が波紋のように広がる。
タカコさんのナローケーキを食べる、
という目標を達成している者たちにとって、
俺のナローケーキの試食は、余計な抱き合わせ商品でしかない。
そんな評価は、俺にしてみればどうでもいい、
まずは食べてもらわなくては、いけないのだ。
ひと口でいいから、食べてもらえる状況にたどり着けなくては、
何も始まらないのだ。
会場の観客たちは、やれやれといった感じで、
ほぼ一斉に俺のケーキを食べ始めた。
誰もが皆、頭の上に?を浮かべながら、食べ進めている。
手探りで不可解な味の解釈を、見つけようとしている。
いいぞ。
そして今!
そのインパクトは突然に訪れる!
俺の仕掛けた花火が、脳みその中で炸裂する!
誰かが大声で叫んだ!
「みんな食べるのやめろ!これは毒だ!」
その声をスタートガンにして、会場はカオス。
そう、これは予定調和の地獄絵図。
そこいら中で俺のケーキを食べた者たちが、苦しみ悶えている。
ゲロを吐くもの、
血反吐を吐くもの、
そして泡を吹くもの。
中には顔を紫色にして、白目をむくもの。
中には目鼻口耳など、全ての穴という穴から、
血を吹き出しながら、笑っているもの。
「どうです頭取、俺のケーキ、気に入ってもらえましたか?」
その地獄絵図の中、
ステージの上の俺は、
目の前で倒れている特別審査員サマに、問い掛ける。
「毒かッ、貴様ケーキに毒をッ・・・!」
●13
大半の観客は、
俺がケーキに仕込んだ毒に犯されて、もがき苦しんでいる。
そんな中、幾らかの例外がいたので、観察させてもらった。
まずステージ上のタカコさん。
タカコさんは、特に狼狽することなく、
俺のケーキを食べ進め、先ほど完食した。
その上で何か、ぶつぶつとつぶやいている。
スマホに、感想のボイスメモを取っているようだった。
よほどその作業に集中しているのか、
それとも無視を決め込んでいるの解らないが、
その間、タカコさんは俺と目を合わそうとしなかった。
会場を見れば、アンジェが俺のケーキを食べながら、
何やら身悶えている。
俺と目が合うと、俺に向かってこう言い放った。
「なんだか私の昔の黒歴史ノートを音読されてるみたいで、
これはこれで私に大ダメージだよー!
そういう意味では毒としての効果を、発揮してるよー!
シビれるー!」
隣のサミーも、俺に対して毒を吐きながら、俺の毒ケーキを喰っている。
ある意味器用なひとだよな。
「アカル・・・こういう事はあまり褒められたものではないぞ?
ただ、ここではあえてアカルのことを擁護するとだな・・・オエッ、
これはギリギリ毒と薬の境界にあるんじゃないかな、ってことだ。」
サミーが一瞬、白目になる、も、気合いで戻ってくる、怖いよ白目。
「アカル、くどいようだが次にケーキを作る時は、
タカコさんが作っているような、
ここの会場にいる人たちの多くが喜ぶような、
そんなケーキを、作るんだ、ぞェェェエロエロエロォォォ」
そこまで言ったところで、サミーは盛大に吐いて倒れた。
毒アウト、毒イン、からの毒アウト。
俺が仕込んだ毒の調合の、どこかが彼の心の暗部にハマったようだ。
恋愛関係のとこかな?
ぶっ倒れて痙攣しながらも、彼はスマホを取り出し、
うわごとのように俺のケーキの感想を、ボイスメモに記録していた。
このあたりは、見事なライター根性だと言えるのではないだろうか。
後日、サミーは、俺の毒ケーキの成分を解析して、
成分言葉を読解し、書き出し、
彼のブログにアップロードして、業界で波紋を呼んだ。
以下は、彼のブログから抜粋した、ポイントをリストしたものである。
タイトル:毒入りナローケーキ事件の毒は本当に毒だったのか?
―――それは食べた者の舌から甘味の感覚を奪う魔法であった
―――読者にとって都合の悪い現実の記述がそれにあたる
―――このケーキを食べた後しばらくは
―――それまで食べていたケーキが大変不味く感じることになるだろう
判明した主な成分言葉:
・成功体験がないから、安直な成功描写を受け入れる
もしくは成功までの過程が省かれていても、違和感を覚えない
・現実社会の学校時代には、チート集団仲間どころか、
友達がいなかったので、それを満たしたい願望があるが、
集団行動や友達付き合いが、どういうものか理解出来ないので、
最初から都合のいい人形に囲まれる展開しか、受け入れられない
・クラブ活動や学園祭等イベントの、充実した学校生活を渇望するが、
それを如何にして勝ち取るかを知らないので、
これもまた一方的に与えられたものでなくてはならない
・実際の恋愛経験が無いので、出会いや付き合いの苦労を知らない
恋愛経験不足から、ファンタジー交際描写しか受け入れられない
もしくは恋愛に関して痛い経験が多すぎて、踏み込んだ描写に耐えられない
・ご都合主義でなく現実逃避主義
暇つぶしをして何かをやった気になる
何も成し得ていないのに、既に何者かになったような錯覚を受け入れる
・やること全て成功する状況に対して、違和感を覚えない
仕事の経験が不必要な不快体験でしかない場合が多く、
まともに働いた経験が乏しいので、仕事における責任の観念が曖昧
・リスクバランスが極端に低く、
何かをすることに対して、リスクが生じるという観念が欠如している
・総じて成長が無い、成長を促さない、それどころか、むしろ退化させる
これらの成分を、必要以上に大量に摂取していることに対して、
懐疑の目を向けない
・何をしようが個人の自由だ!
だから俺が逆ギレするのも俺の自由だ!
だが今のお前は大量生産大量消費社会の奴隷だ!
現実のお前は不自由してんだよ!
その鎖を断ち切って己の自由の為に立ち上がれ!
自らの行動が普遍的法則となるように行動せよ!
そんな阿鼻叫喚の会場を見渡しながら、俺は一応の満足感を得ていた。
いずれにしろ俺がケーキに仕込んだ毒は、効力がすぐ消える者ならば、
ものの数時間で消えてしまうようなものだ。
どれだけ持ったとしても俺の仕込んだ毒ごときでは、
1日以上効力が続くとは思えない。
この毒が効いている間は、
どんな甘いナローケーキを食べても、全く甘さを感じないはずだ。
俺は事後ではあるが、一応会場でその説明をしたし、
頭取も今しがたそんなことを叫んでいたし、
会場の中のいくらかの観客が、甘味を感じなくなったことに気づき、
なんてことをしてくれたんだ!
と発狂して、絶叫して、周知に協力してくれていた。
もうこの会場に用は無い、立ち去ろうとした時、足元から声がした。
銀行屋の糞頭取が、震える指で俺を指差しながら、こう呻いてくれた。
「この・・・このケーキ、このケーキの名前は、なんだッ?」
「このケーキの名前は、
『くたばれ!なろう小説!』
ですよ」ドヤァァァ!!!
●14
最後にごく簡単に、あのろくでもないケーキ対決ごっこから、
3ヶ月経った今の状況を書き記しておく。
サミーは、カキン王国に引っ越した。
カキン王国で、その実態と問題を、
持前のライター根性で取材していると言う。
カキン王国は、カキンラーメンのメジャーリーグだ。
麺とスープ、これはどこの店でも、無料で提供される。
しかしコショウの一振りから、追加料金が請求される仕組みだ。
トッピングを追加料金で購入する訳だが、
巻き上げられるお金額は青天井だ。
そしていつしか、カキン王国の中でのみ存在している、
独自の価値観が受け手の世界観にすり替わるのだ。
より多くトッピングを盛った者が、王国内でのハイステータスを得られると言う、
馬鹿げている共通認識が、まかり通っているのである。
ここでもやはり、大量生産大量消費教の暗躍があちらこちらで見られるそうだ。
カキン王国にとって、隣国であるコンチパ王国との戦争勝利の方が、
至上命題であり、王国内の大量生産大量消費教信者達が発生させている、
システム不備に基づく事件の数々は、放置されている、とのことだ。
サミーはいったいどんな記事を書くのだろうか、
それにどんな毒を仕込むのだろうか、今からちょっと楽しみだ。
アンジェは、ティービィー王国に引っ越した。
この王国の歴史は比較的に古く、
一時期から、大量生産大量消費教を国教にしている。
相変わらずの暇つぶし至上主義の彼女は、原点に帰ったと言っていた。
ティービィー王国は、ティービィー寿司のメジャーリーグだ。
長椅子に座っているだけで、次から次へと回転寿司が、
口の中に入っていくという、そういった仕組みになっている。
基本的に全く追加料金が必要無いシステムだが、
実はそこに落とし穴がある。
長い間そのティービィー寿司の椅子に座っていると、
結果的に買う必要のない物を、次々と買ってしまう、
と言うカラクリがあるのだ。
特に子供や老人といった弱者をターゲットにした、
卑劣な押し売りがまかり通っているのが、現状である。
当然のことながら、大量生産大量消費教の寿司が次々と運ばれてくる。
人はいつしかこの宗教や、その思想や、あんな黒い思惑に洗脳される。
「なんかもー早くもイヤになってきちゃってさー」
なんでも頼んでもいない、食べたくもない、
唐辛子と化学調味料にまみれた白菜の漬け物が、
異常なほど頻繁に流れてくるのが、ファックだからだそうだ。
知らねーよ。
洗脳の結果、その白菜の漬物を追加注文する、子供もいるという。
洗脳の結果、その白菜の漬物の原産地に旅行する、若者もいるという。
洗脳の結果、その白菜の漬物の原産地に謝罪と賠償をするべきだと主張する、
老人もいるという。
ティービィー王国は、最早終わった王国である。
にも関わらず、その断末魔はいまだに続いている、というのがアンジェの見解だ。
俺は個人的にはアンジェの次の身の振りが、気になっている。
余談だが、あのろくでもないケーキ対決をやって、俺のケーキを賞賛し、
心から楽しんだと言ってくれたのは、アンジェリカただひとりだった。
街でゴスロリ女を見かける度に、俺は彼女を思い出す。
べっ、別に好きとかそんなんじゃないからな!
タカコさんは、あのケーキ対決があった翌日に、姿を消した。
しばらくは、人気のランカーがエタったことに関して話題になったが、
1ヵ月もすれば、もう人々の心の片隅から綺麗に忘れ去られた。
先日、そのタカコさんから手紙ケーキが届いた。
彼女の発した言葉をケーキに変えて、手紙として送っているところから、
彼女はまだ、このナロー王国のどこかにいると推測される。
俺は、相変わらずこのナロー王国で、ケーキを作っている。
今の俺はタカコさんに言われたことを、
サミーに言われたことを、そしてアンジェに言われたことを忠実に守り、
多くの人が喜んでくれるような甘い甘いナローケーキを作っている。
新作ケーキの発表も、なるべく頻繁に行うようにした。
だがやはり俺の中で曲げることが出来ない部分があり、
水増ししたかのような冗長なテイストは絶対に避けた。
そして常に、少なくともひとつまみの毒を、加えずにはいられなかった。
閉店後。
日中の喧騒が静けさの中に感じ取れる、誰もいない店内。
俺は今夜も、未練がましくタカコさんの手紙ケーキの残りを、
チビリチビリと食べながら、ウイスキーをあおっていた。
=====
アカル君
君の勝ちよ
客を煽って、コントロールする
炎上まがいの手を、迷うこと無く使う
理想に燃える純粋な少年を演じて、狡猾に目的を達成する
事実、多くの人が今回の件を切っ掛けに、君の作品に触れたはずよ?
キミにやられちゃう自分の力不足を感じたので、修行の旅に出ます
いま手掛けているシリーズは、エタることにします
またどこかで会えたらいいね
P.S.
あの夜、BARの後で、君は私とやれたんだよ?
キミって童貞?
でも童貞力って、この創作の世界では結構武器になるから、
それを磨いてみるのもいいかもよ?
目指せ!宮澤賢治!
タカコ
=====
俺は、ナロー小説における、ひとまずの目的は、達成した。
にも関わらず、俺の心は虚無感と喪失感に支配されていた。
いつも考えるのは、タカコさんのことだけだ。
手を伸ばせば届いた彼女。
もう少し勇気があれば、抱きしめることが出来た彼女。
今あるのは、恋愛に、傷つくことに、
臆病だった自分の行動に対する、
後悔の念だけだ。
ひょっとしたら、
どうにかしたくても、いまさらどうにもならない、
その後悔に対する、やり場の無い怒りを、
何かにぶつけずにはいられない、
その行為こそが、
俺がナロー小説を書くこと、
俺が創作をすること、
そんなふうに考えずにはいられないのだ。
くたばれ!なろう小説!―――底辺ナローケーキ職人、盛大に逆ギレをぶちかます!―――
おしまい