223話
門の外に出た途端に辺りには、焦げた匂いや血の匂いが立ち込めます。
日月星様は、逃げる鬼さん達に攻撃を加えるのに夢中で、わたくしには気が付きません。
今の日月星様に触るのは無理そうなので、代わりに浄化の力を込めた水を造ろうと、わたくしは空に手をかざして水を頭の中に浮かべます。
(お願い。浄化の水よ出て!日月星様を正気に戻して!)
そう願いを込めながら、空に沢山の水を造ります。
そして造った水を、わたくしは日月星様、目掛けて一気に地上に落としたのです。
大量の水を、頭から被って日月星様も驚いたのか動きが止まり攻撃がやみます。
そして水を被って濡れた日月星様の体が燃えあがったのです!
「ふぁー!」
(本物の炎じゃ無いと分かっても燃え上がるのには、びっくりですよ!)
少しづつ炎が収まる頃には、日月星様は、わたくしの知っている優しい表情に戻ります。
「うぅっ!私は……」
正気に戻った日月星様は周りを見渡します。
そこには無惨に切られた遺体や生き残った鬼さん達が怯えた目しながら、恐る恐る距離を取り逃げる姿があります。
日月星様は、ただそれを辛そうな様子で見ています。
そこで、わたくしは努めて明るく声を掛日月星様の元に駆け寄ります。
「日月星様!大丈夫?怪我とかしてない?」
「セリ殿?!…大丈夫だ。この着物の血は全て返り血だ。セリ殿が、また私を正気に戻してくれたのだな…。ありがとう…。礼を言う」
そう言いながらも、日月星様の、わたくしを見る目は不安や怯えている様に見えます。
それは、嫌われるのに怯える子供の様な目をして。
だから、わたくしは安心させる様に優しいく答えましたよ。
「怪我してないなら良かった」
そう言って、わたくしは手を差し伸べますが、日月星様は、それを拒絶します。
「……私に近づいてはいけない…。貴女まで汚れてしまう」
どうやら、日月星様に距離を置かれてしまった見たいなので、わたくしは言います。
「わたくしなら、ちょっと汚れるくらい平気ですよ。それに心配しなくても大丈夫ですよ。日月星様が正気を失ったら、わたくしが何度だって浄化します。だからそんな悲しい顔をしないでください」
「私が恐ろしく無いのか?」
「全然、怖く無いですよ。わたくし、こう見えても生まれてからずっと色々と修羅場を潜り抜けて来たんですから!本当ですよ!」
そう自信を持って答えると、日月星様は笑います。
「ははは。セリ殿は随分と逞しいのだな…」
そして日月星様は、再び差し伸べた、わたくしの手を取り膝まづいて頬に当てます。
「ありがとう。セリ殿」
そう言って笑みを浮かべたのです。
◇◇◇
セリ殿が、私を心配している。
目の前ので殺戮を繰り返し、そんな私が恐ろしくなっても仕方ないのに。
怖がりもせずに笑顔で私に接してくれる。
それが私には嬉しかった。
そして、私は、一つ気がかりな事をセリ殿に尋ねた。
「セリ殿、先程、櫓の上で体が消えたとか叫んで助けを求めていたが?怪我とかしたのでは無いのか?」
「え?あ!そうなんですよ!体がねスッと消え掛けた様に見えたんですが…。でも今、思うと何か気の所為だったんですかね?今は大丈夫ですよ!」
どうやらセリ殿に何事も無かった様で一先ずは安心だ。
そんな私の心配を他所に、セリ殿は、私の心配してくる。
「それより日月星様、わたくしが造った水のせいで、ずぶ濡れになっちゃったんですから、早くお風呂に入って温まらないと風邪引きますよ?」
そう真剣な表情で言ってきた。
「風邪??」
人間の世界で育った為か、人間の血を引くからかは分からないが、人間の感覚で心配するのがセリ殿らしい。
(神は風邪など引かないが…)
それでも、セリ殿が私を気に掛けてくれる事が嬉しくて素直にその言葉に従ってしまう。
「そうだな。では直ぐに風呂に入って着替えて参ります。セリ殿もお疲れでしょう?部屋でゆっくりと休まれるが良い」
「はい。ありがとうございます」
風呂に入って乾いた着物に着替えを済ませ、部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら、そこへまた聞き覚えのある声がした。
「日月星よ。昨日ぶりだな」
昨夜に続き、また『七星』が私の前に姿を現した。
「七星か。何の用だ?」
「冷たい事よな。我が、わざわざ忠告に来てやったと言うのに…」
「忠告?」
その言葉を聞いて、私は嫌な予感がした。
「そうだ。お前、先程のエンマとの戦いで、わざと負けて捕まろうしていたな」
「ああ。その事か…。そうだ。私も未来を変える様と色々と考えが、今一つ良い案思い浮かばない。そんな時に冥界からの襲撃だ。一番手っ取り早いく簡単に未来を変えるなら、この襲撃を利用して冥界の地獄とやらに私が封じられればと思ったのだ。だがセリ殿の悲鳴が聞こえてな。冥界の者達が何かセリ殿に危害を加えたのかと思い反撃する事した。つい焦って、『黒月』を発動させた」
『黒月』、私の神器の技の一つで邪気を集めその力を神通力に変える技、だが集めた邪気が私の精神を蝕む両刃の技だ。
だがエンマ殿とその副官を手っ取り早く退けセリ殿を助ける為には強力な力が必要だった。
「だが失敗だったな。セリ殿を助けるどころか、私は気が付けば冥界の者達を意味なく大量に殺し傷付け暴れたたけだ…セリ殿が無事だったのが不幸中の幸いだな…」
「…そう。娘の悲鳴の原因はそれよ」
「は?それは、やはりセリ殿は私が恐ろしいと言う事か?」
「違う。あの娘が絡むと、途端にお前は『阿呆』になり下がるな…」
「誰が『阿呆』だ!」
「お前だ。お前がエンマに捕まり未来を変えようとした。確かに、それで未来は変わる。だが、その未来では、あの娘は生まれ無いらしい。一時的だが、未来が変わりそうだった。だから、あの娘は消えかけた…。と言う事だ」
(セリ殿の体が消え掛けたのは気のせいでは無く…事実か)
「七星!何故それを早く言わない?!そうと分かって入れば、もっと違うやり方でエンマ殿を追い払った!」
「我は言った筈だぞ。この時代こそが、未来を変える分岐点だと。お前の行動一つ。あるいは、あの娘の行動か他の第三者でも、その行動で未来は大きく変わるのだ。それこそが『未来を変える分岐点』よ」
確かに、この時代が未来を変える分岐点だとは聞いた……。
だが、そんな強い影響があるとは、まったく聞いていない。
私はその事を七星に抗議する。
「そんな大事な事は最初に言うべき事だろう」
だが私の抗議を七星は平然と聞き流した。
「だから、こうして忠告に来たのだ。では引き続き、未来を変える為に励むのだな」
そうして七星はまた消えて行った。