220話
私が出現させた流星群を何度も綺麗だと言いながら、セリ殿は楽しそうに、いつまでも夜空を眺めていた。
そして、はしゃぎ疲れたのか、段々と静かになり終いには、私により掛かる様に眠ってしまった。
神でありながら神らしく無い。そんな無邪気なセリ殿を私は愛らしく思う。
そして完全に眠ってしまったセリ殿を、このまま放置は出来ないので、抱き上げて部屋へと向かおうとした時、見知った者の声がした。
「久しぶりだな。日月星よ」
声の主は『時の神 七星』だ。
時を司る神。七星は時の流れを見守り、また彼自身が好きな時代、気に入った場所に自由行き来する能力を持つ。
その能力は利用価値も高く下心を持って近づく者も多い。
だから滅多に同族の前にも姿を現さない。
それ故、七星の存在さえ知らぬ神の方が多いだろう。
最も七星は飄々としていて掴み所が無い性格で簡単に利用出来る様な神では無いが…。
そんな七星が、久しぶりに私の前に姿を現した。
きっと時空を超えて、この時代に迷い込んだ異邦神のセリ殿の存在に気が付き、元の時代に帰すべく私を訪ねて来たのだろう。
セリ殿には、私が元の時代に帰すと約束したが時空を超える呪術等、例えどんなに呪術が優れた神でも簡単には行使は出来ない。
だが時の神七星ならば、セリ殿を安全かつ簡単に元の時代、元の場所に帰すことが出来るはずだ。
「七星。丁度、良かった。実は時空を超えて過去の世界に来た者がいてな。私の力では、元の時代に帰すのは簡単では無いのだ。すまぬが、そなたの力で帰してやってくれぬか?そなたも、それに気が付いて、私を訪ねて来たのだろう?」
だが七星はアッサリと私の頼みを断った。
「…断る」
「何故だ?セリ殿はこの時代の者では無い。この時代にいるべき者では無い。このままセリ殿が、この世界に居続けるれば、未来にどんな影響を及ぼすか分からないのだぞ!時の流れを正常に保つのが、そなたの役割であろう。それを放棄するのか?!」
そう詰め寄れば思いも寄らない答えが返ってくる。
「その娘を、この時代に連れ来たのは、我よ」
その答えに自分でも驚きの余り間抜けな声が出たと思う。
「は?セリ殿は白梅とエンマ殿の子息の神通力で時代を超えたのでは無いのか?」
私がそう尋ねれば七星は悪怯れる事も無く、私にセリ殿が過去の時代にやって来た真相を話だした。
「その娘の話を信じていたとは、感の良い、お前にしては間抜けだな。本当に我れ以外の者に時空を超えて、別の時代、別場所に送る力を持つ者が居ると思うか?」
確かに冷静になって考えれば、白梅殿も、そしてエンマ殿の子息が、どれ程優れた呪術の使い手でも、やはり時を超える呪術を行うのは不可能なのだろう。
そんな当たり前の事実を指摘されて私は返す言葉を失しなった。
「それは…。では七星。改めて聞こう。何故、セリ殿をこの時代に連れてきたのだ?」
「我は未来を知っている。そして思った。こんな未来は気に入らぬ…と。
だから未来を変えるべく、お前の元にその娘を連れて来た。今この時代こそが未来を変える分岐点だからだ。そして未来を変える為には、先ずは、お前を正気に戻さなければならない。その力を持っていたのが、その娘だった。だからこの時代に連れてきた。時を正常に保つのも我の役目なら、気に入らぬ未来を好きに変えるのも時の神たる我の特権よ」
「未来が気に入らない?それは私が消える未来か?アマテル殿が三界を支配する未来か?」
「それもある。…それもな。だが、そのずっと先きの未来だ。お前は一度セトに消される。
だが再び蘇る。最凶の禍津神としな…。そして地上は再び血で血を洗う修羅場になる…。そのあり様は、この時代より酷い。我は、そんな未来を回避したのよ」
七星は、顔色一つ変えずに、この先の悲惨な未来を私に告げた。
「そんな事が…」
七星の言う事が事実ならば、私とて未来を変える協力は惜しむまい。
そう思い七星に、どうすれば未来が変わるのかを尋ねた。
「…わかった。で?具体的に私はどうしたら良いのだ?どんな協力でもしよう」
だが七星の答えは斜め上を行く。
「知らん。お前が考えて変えろ」
「は?それは余りに無責任では無いか?」
「災厄の未来を変えようと一生懸命に頑張ってしている、我を非難するとは無礼が過ぎよう」
「その一生懸命の頑張りが、私に全てを丸投げと幼女誘拐か…。最早、呆れて何も言えん」
「フフフ。そう言う、お前は幼女趣味で、その上、その娘に入れあげるとは、我も思わなかったぞ……」
「…誰が幼女趣味だ?」
「お前だ。その娘に側にいて欲しいと懇願していたでははないか…。先ほども一緒に星を見て楽しそうにしていた。この娘が言った戯言を叶える為に、力を使い流星群を出現させた。更にはお前も熱心に星に願い事していたではないか。この娘と一緒いたとでも願ったか?…お前が今まで、誰かに、そんな行動を取った事があるか?我の知る限り一度もないぞ」
七星とは、同じ星々の力から誕生した共通点がある為か、何故か昔から一方的に私に絡んでくるが…。
私の行動を逐一把握をするのは、止めて貰たたいものだな。
「……何とでも言え…。例え罵られ様と、別に私は痛くも痒くも無い」
「ほう。開き直って幼女趣味を認めた…か。それほど、その娘が気に入ったか?ならば、やはりお前はその娘の為にも未来を変えねばなるまい」
「どう言う事だ?」
「その娘の浄化の力は恐ろしく強力だ。そして天界の支配する、アマテルに近いセトの娘。蘇えったお前との闘いに、この娘が無関係でいられる訳がなかろう。お前が蘇る前ですら、既にお前の作った『四星』との闘いに巻き込まれている。お前が蘇る返った未来では、セト、アシア、そして、その娘が中心となってお前と闘う。だがその闘いは、今とは違い戦力が拮抗していてな。
終る事の無い闘いが、ずっと続いていのだ。未来のその娘も、そんな呑気な性格では無かった。表情も暗く、笑顔一つ見せない娘だった。お前との長い闘ですっかり性格も変わってしまったのだろ。まったくもって哀れな事よな」
そう煽られれば、私も未来を変える為に腹を括らねばなるまい。
「…分かった。セリ殿の為にも未来を変えよう……」
「それでいい。我が望む様な未来に変わったなら、その時は我が責任を持って、その娘を元の時代、元の場所に帰そう。お前の言う通り、我ならば、その娘を帰す事など雑作もない。その時まで、その娘との時間を楽しむが良い。ではお邪魔虫は、これで消えるとしよう」
そう言って、七星は、再び何処かへと消えてしまった。
セリ殿から聞いて知った未来より、更に先の災厄の未来を知り、それをどうやったら変えられるかを考えただけで、私は頭痛を覚えるのだった。
今週もありがとうございました。
今回はセリの視点では無くて、日月星の視点で書いています。
『神の娘』はセリが主人公なので、セリの視点を中心に書いていますが、ストーリーの進行上、どうしても必要で書きました。
そして今編は、『神の娘』では珍しく必要に応じて、また日月星の視点を書く事になると思います。
では、また来週も日曜日に更新予定です。
よろしくお願い致します。