戦場花蓮は戦場枯れん
咲「では、まずはデートの結果報告から始めよう」
凛「当然のようにストーキングをデートと称するな」
誰もいない放課後の空き教室で咲と凛はリア充を排除するための作戦を立てていた。
咲「今回のターゲットは戦場花蓮と今田勝。戦場花蓮は北斗爆裂流という世界的に有名な道場の一人娘にして、齢わずか15歳でその師範代にまで上り詰めた格闘技の天才少女。その実力はご存知の通り、人智を超えてる」
凛「人智を超えてる件に関しては咲も人のこと言えないけどな」
咲「そしてその北斗爆裂流の師範代となった戦場花蓮を倒し、看板を破ったのが今田勝。戦場花蓮とは昔からのライバル関係らしくて、事あるごとに戦場花蓮からしょっちゅう勝負を挑まれているらしいのだけど、未だに戦場花蓮に負けたことがないらしいよ」
凛「凄えな、あの化け物相手に勝ち続けるなんて…今田って何者なんだ?」
咲「今田は…まぁ、何者ってほどでもないんだけど…。問題は史上最強を目指す戦場家は代々、もっとも強い者と子孫を残すのが決まりなのだそうで…このままだと戦場花蓮はそのしきたりに則って今田勝と結婚させられてしまうということ。…まぁ、しきたりとは言えど、本人は満更じゃない感じなんだけどね」
凛「なるほどな、戦場花蓮は今田勝に勝って看板を取り戻さないと結婚させられるわけだ。…それで、今回はどうするつもりなんだ?」
咲「今回はそんな難しいことじゃない。要は戦場花蓮を今田勝に勝たせればいいだけだからな」
凛「どうやって?。咲が戦場に修行でもつけてやるのか?」
咲「いや、そんなことしなくても、スポーツ選手のパフォーマンスを向上させるのに用いられたりする強くなるためのもっと簡単な手段がある」
凛「スポーツにも用いられるような手段?それはいったい…」
凛がそんな疑問を口にすると咲は自身の懐を漁り始め、『テッテレー』という軽快な効果音とともに白い錠剤を取り出し、こう言った。
咲「おクスリー」
凛「いや、それあかんやつ」
咲「大丈夫大丈夫、これ違法じゃないから。違法じゃないから大丈夫だから」
凛「そ、そうなのか?。違法なものじゃないなら大丈夫か…。違法じゃなくても効果の程はどうなんだ?」
咲「大丈夫大丈夫、これは私の忍びの里に代々伝わる秘伝の幻のお薬だから、そんじょそこらの薬とは比べ物にならないほど効果あるから」
凛「忍びの秘伝って…それもしかして世の中に認知されてないから法で取り締まれないだけなのでは?」
咲「大丈夫大丈夫、違法じゃないから大丈夫。ちょっと意識飛ぶくらいだから大丈夫」
凛「やっぱり危ないやつじゃねえか!!」
咲「そんなに心配しなくていいよ、身体に害はないし、中毒性も皆無だし、安心安全だから私も普段から使ってるし」
凛「普段から使ってるって…なにに?」
咲「主に拷問するときかな、痕跡が残らない自白剤として便利なんだよねぇ〜」
凛「話を聞いてる限り安全な要素皆無なんだが?」
二人がそんな会話をしていると、教室の扉が開き、誰かが入って来た。
戦場「話ってなに?」
二人にそう話しかけて来たのは話題の人物である戦場花蓮であった。
凛「え?なんで戦場がここに?」
咲「私が呼んだんだよ」
戦場「私、修行で忙しいから話なら手っ取り早くお願い」
訳もわからず呼び出された戦場は不機嫌そうにそう言った。
そんな戦場に咲は笑顔を取り繕い、戦場に向かって陽気に話しかけた。
咲「来てくれてありがとう、花蓮ちゃん。実は花蓮ちゃんに教えたいことがあって呼んだんだ」
戦場「教えたいこと?。なによ?。つまんないことだったら帰るわよ?」
今田勝に勝つために少しでも早く修行をしたいのか、話が見えない戦場はイライラしているようだった。
咲「大丈夫、花蓮ちゃんも絶対興味があることだから」
戦場「ふーん…で、なによ?」
咲「ねえ、花蓮ちゃん…今田勝に勝ちたくない?」
戦場「え?…そ、そりゃあ勝ちたいわよ」
『今田勝』という言葉を聞いて、明らかに戦場の態度が変化した。
咲「実はね…今田勝に勝つための取っておきの手段があるんだ」
戦場「な、なによ?」
咲「これを飲むだけで簡単に勝てるようになっちゃうよ」
咲はそう言って先程の白い錠剤を見せた。
戦場「…え?なにこれ?薬?」
いきなり怪しげな薬を見せつけられて戦場は明らかに警戒心を強めていた。
咲「そんなに心配しなくて大丈夫だよ。変な薬じゃないから」
戦場「そ、そうなの?」
咲「本当だよ。違法なものじゃないから大丈夫だよ」
凛(法的に認められてるとは言ってないけどな)
凛は心の中でそんなことを考えていたが、咲を信用して口には出さずに見守ることにした。
戦場「そ、そうなの?。で、でもな…」
違法ではないと聞いて少し警戒心を解いたようだが、それでもまだ警戒しているのが見て取れた。
咲「大丈夫大丈夫、私も普段から使ってるしさ」
凛(拷問にだけどな)
戦場「そうなんだ、咲ちゃんも使ってるんだ…」
咲「そうそう、私だけじゃなくてみんな使ってるから大丈夫だよ」
戦場「みんな使ってるんだ。じゃあ大丈夫だね!」
凛(意外にも『みんな使ってる』のワードに弱い系女子なのか)
咲「そうだよ。都会ではこれを使ってない子は田舎者だと笑われちゃうよ」
戦場「そうなの!?じゃあ使わなきゃ!!」
戦場はそう言って慌てて薬を飲み込んだ。
凛(化け物みたいな力があるくせに流行には敏感系女子なのか)
凛がそんなことを考えているうちに、薬を飲み込んだ戦場はその場で眠り込んでしまった。
意識を失い倒れそうになる戦場を凛は慌てて支え、咲に話しかけた。
凛「急に意識をうしなったけど、戦場は大丈夫なのか?」
咲「大丈夫大丈夫、ほとんど寝てるのと変わらない状態だから」
凛「それで、本当にこれで戦場は強くなるのか?」
咲「まさか。ほとんど睡眠薬みたいなものだよ?。これだけで変わる訳ないじゃん」
凛「じゃあどうするんだよ?」
咲「いいからいいから、私に任せて」
咲はそう言うと戦場の耳元で淡々とした声でこう囁いた。
咲「お前に恋など必要ない」
凛が何事かと疑問を浮かべたのを尻目に、咲は囁きを続けた。
咲「お前に必要なのは力、ただただ他を破壊する力、力こそ全て、それ以外のものはなにも必要ない。お前は強くなるためだけに生まれた。お前はそのためだけに生まれた。勝てないお前に意味などない。誰かに負けてしまうお前に価値などない。勝利のみを求め、敗北を罪とせよ。感情など捨てよ、迷いなど捨てよ、全てを捨てて、ただただ強くなれ。なぜならば…それだけがお前の存在理由なのだから…」
その後も咲は長時間にわたって同じような内容を繰り返し繰り返し囁き続けた。
それはまるで暗示のように…呪いのように…呪縛のように…。
そして日が沈み、すっかり辺りが夜の闇に包まれた頃、戦場は眠りから目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。
そして近くにいた咲や凛にも目もくれず、教室から出て行き、どこかに行ってしまった。
咲「これだけやれば問題ないでしょ」
凛「なにをしたんだ?咲」
咲「まぁ、一種の洗脳みたいなものだよ。今田勝に負けていたのは余計な雑念が入っていたのが原因だから、それを取っ払ってやっただけだよ」
凛「洗脳って…あんな風に耳元で語り続けるくらいで出来るのか?」
咲「普通ならあれくらいじゃ無理だろうね。私が普段やってるときはもっとエグいことするし」
凛「じゃあどうして今回は囁き続けるだけでいいんだ?」
咲「今回の場合は別にゼロから植え付けた訳じゃないからね。…元々あったものを思い出させてあげただけだから」
凛「思い出させてあげただけ?」
咲「そう、それだけ。それより凛、お腹空いたよ。ご飯食べに行こう?」
咲はそう言って笑って話題を変えてしまったため、それ以上凛は言及できなかった。
翌日…生徒で溢れる昼休みの食堂で、水橋とセキは昼食を取っていた。
水橋「セキって偉いよな」
セキ「え?急になに?」
水橋「いや、セキって毎日弁当作って来てて偉いなって思ってさ」
水橋がセキが食べている手作り弁当を見ながらそんなことを口にした。
セキ「いや、これは別に僕が作ったわけじゃないよ」
水橋「え?。セキっていま、一人暮らしなんだろ?。それなのにその弁当、誰に作ってもらってるんだよ?」
セキ「さあ?」
水橋「さあって…なんで誰が作ったかわかんない手作り弁当なんか持ってるんよ。しかも毎日…」
セキ「僕もよくわからないんだけど、毎朝家の前に朝食と一緒に、手作り弁当が置かれてるからさ…それを貰ってるだけだよ」
水橋「え?なにそれ?。家の前に毎日ご飯が置かれてるとか、お前ごんぎつねでも飼ってるの?」
セキ「いや、僕もよくわからないんだけど、一人暮らしを初めてから毎朝、家の前に誰かが朝ごはんとお弁当を用意してくれてる」
水橋「え?なにそれ?怖い。じゃあなんだ?お前は毎朝誰が作ったかわからない朝食を食べて、誰の手作りがわからない弁当を食べてるってことなのか?」
セキ「そうだよ」
水橋「『そうだよ』じゃねえよ!!。よく毎日しれっと謎の弁当食えるな!!。普通家の前に毎日食事が置かれてたら恐怖に恐れおののくだろ!!。被害届ものだろ!!」
セキ「いや、流石に僕も最初は警戒してたけどさ。…食べないのはもったいないと思ってさ」
水橋「…セキってときどきそういうとこあるよな」
セキ「味とか、献立とか見てたら、ちゃんと僕の栄養を気遣ってくれてるのが分かるっていうか…なんていうか、優しい味がするんだ。だから大丈夫だよ」
水橋「…まぁ、セキがそういうならそうなんだろうな」
セキ「なんだったら一口食べてみる」
水橋「それは断る。そんな弁当怖くて俺は食えねえ」
セキ「美味しいのに…」
セキはそう言って卵焼きに口へと運び入れた。
水橋「それはそうと…セキ」
突然、水橋は神妙な面持ちで話を持ち出して来た。
セキ「なに?」
しかしセキは水橋の態度を尻目に美味しそうに謎の弁当を口へと運んでいた。
そんなセキに水橋ははっきりとこう告げた。
水橋「実はこの前、結城に『セキが結城のことが好き』って話したんだよ」
生徒で溢れる昼休みの食堂で、水橋はセキに淡々とそんなことを報告した。
セキ「…ごめん、いまなんて言った?」
あまりに唐突に衝撃的な報告を受けたためか、セキは水橋の言葉を一瞬理解できるなかった。
水橋「だから、結城にお前の恋心を伝えたって言ったんだよ」
セキ「…マジで?」
水橋「マジで」
セキ「え?…なんで?」
水橋「お前がアプローチしようとする気配が全くないし、このままだと発展しなさそうだからいっそのことぶちまけてやったらどうなるかなと思って言ってみた」
セキ「いや、たしかに全然アプローチしなかったけどだからといってそれは…」
セキはそんなことをゴニョゴニョと口にした後、しばらく黙り込んだ後、いきなりガックリとうなだれて、顔面を地面に埋めて叫んだ。
セキ「ああああああ!!!!!!なんで言っちゃうかなぁ!?!?!?なんで言っちゃうかなぁぁあぁ!?!?!?」
水橋「お、おい、セキ?」
凛「僕はもっと外堀を埋めてさぁ!慎重に慎重に距離を詰めてから伝えるものであってさぁ!それをいきなり無視してただのクラスメートくらいの人が好意を伝えてもさぁ!相手も判断に困るだけじゃん!!ああああああああああ!!!!僕、今度からどんな顔して結城さんに会えばいいんだよおおおおお!!!!!」
水橋「とりあえず落ち着け。落ち着けな、セキ」
水橋に宥められ、ようやくセキは落ち着きを取り戻し始めた。しかし、恐れていた出来事によって計画が見事に破綻したセキは一人でブツブツと呟いていた。
セキ「もうダメだ、おしまいだ、死のう」
水橋「まぁまぁ、ポジティブに考えようぜ?。これで結城にとってセキはただクラスが同じなだけなモブキャラから自分に好意を持ってるモブキャラに進化したんだぜ?」
セキ「それって進化してるの?」
水橋「少なくとも好きか嫌いかを判断するまでもないモブキャラから付き合えるかどうかをジャッジしなきゃいけないモブキャラになったってことだろ。結果はともかく、恋愛対象として評価してもらえるまで進化してるんだから大きな前進だろ」
セキ「…たしかに今までは好きとか嫌い以前の問題だったけどさぁ。…けどさぁ、けどさぁ…例えば一言事前に僕に聞いてくれたりとかさぁ」
その後も納得が言ってないのか、セキはぐちぐちと不満を呟いていた。
水橋「お詫びと言ったらなんだけどさ…実は知り合いから遊園地のチケットをもらったから、結城を誘って一緒に行ってみないか?」
セキ「遊園地?」
水橋「そう、俺とセキと結城と…あと一人は結城に適当に見繕ってもらって、男2人、女2人のダブルデートってことだ。いきなり二人っきりとか誘えなくても、それくらいならもしかしたら誘えるかもしれないし…どうだ?」
セキ「…無理」
水橋「なんでだよ?」
セキ「俺、どんな顔して結城さんに会えばいいんだよ」
水橋「何食わぬ顔しとけよ」
セキ「そんなことができるほど面の皮厚くないよ」
水橋「じゃあこのままで終わっていいのか?」
セキ「そう言う訳じゃないけど…」
二人がそんな会話をしていると、校内放送が流れてきた。
放送「ただいまより、校庭で戦場花蓮と今田勝により決闘が行われます。校庭にいる生徒は直ちに近くの頑丈な建物内へ避難してください。繰り返します、校庭にいる生徒は直ちに近くの頑丈な建物内へ避難してください。建物内にいる生徒も、むやみに窓を開けずに机の下へ避難してください」
水橋「おいおい、また勝負するのかよ、あの二人」
戦うたびに周りに被害を出す戦場花蓮と今田勝の決闘の知らせに水橋はやれやれといった顔をした。
セキ「始まる前にトイレに行っておこうか」
そう言って二人がトイレへと行くと、渦中の人物である今田勝がトイレの水道で一人黙々と手を洗っていた。
これから戦いへと出向くクラスメートに一声かけようと水橋が今田へと近づき、背中から肩へと手をかけて口を開いた。
水橋「頑張れよ、今…田…」
手を洗い続ける今田の手がチラッと見えた水橋は驚きのあまり一瞬声が詰まり、そして大きな声を上げた。
水橋「おい!どうしたんだよ!?その手!!」
水橋の声に驚いたセキも駆け寄ると、そこにはグローブのように大きく腫れ上がり、内出血で紫色に染まった悲惨な今田の手が見えた。
セキ「な、なんだよ!?その手…」
今田「あんまり大きな声出すなよ、バレちまうだろうが…」
そういう今田の声は強がりながらも痛みを我慢しているようにも聞こえた。
水橋「どうしたんだよ?その手」
今田「どうしたもこうしたも…そりゃあ一般人に毛が生えた程度の俺が化け物みたいな花蓮の攻撃を受けたらこうもなるっての」
今田は水道で腫れ上がった手を冷やし続けながらそんなことを答えた。
セキ「攻撃って…もしかして前の決闘の時の裏拳のこと?」
セキは今田の言葉を聞いて、前の決闘で今田が戦場の裏拳を手で受け止めていたことを思い出していた。
水橋「でもお前、いっつもその化け物みたいな戦場を相手に余裕かましてたじゃねえか。それなのにどうして…」
今田「ははっ…余裕か…そんなのある訳ねえだろ。俺は花蓮みたいに特別じゃねえ、ほとんどただの一般人…いつだっていっぱいいっぱいだよ」
今田は観念したかのようにそんなことを口からこぼした。
今田「余裕ぶって結婚がどうこうだとか、上から目線で嫁がどうこうだとか、そんなのは花蓮を動揺させるための作戦でしかない。真っ向勝負じゃまず俺になんて勝ち目がない、一発でも花蓮の攻撃をまともに受けたらこの命ごとアウト…こっちは命がけなんだ、手段なんて選んでられねえよ」
水橋「じゃあ決闘中にキスしていたのも…」
今田「あれも花蓮に負けたと思わせるためのものだ。そもそも俺の攻撃なんぞ、花蓮に効くわけがないからな」
水橋「じゃあお前…本当にいままでずっと命をかけて紙一重の戦いを…」
セキ「どうしてそこまでして戦うの?。逃げたっていいじゃないか」
今田「…そういうわけにはいかないんだよ」
水橋「北斗爆裂流の看板のためか?強くなるためか?それとも…戦場と結婚するためか?」
今田「ははっ…そんな大それたもんじゃねえよ」
今田はそう言って笑った後、少し黙ってから淡々とその胸の内を語り始めた。
今田「花蓮が育った戦場家は強くなることが全てだ。強くなくては価値がない、強さ以外に意味はない。強さ以外の全てを捨ててただ強くなることに全てをかける。花蓮は生まれながらにそういう教えの元で育ってきた。だから花蓮は強くなること以外なにも知らねえんだ。友達も、勉強も、恋愛も、夢も…誰もが当たり前のように教授してきた日常の幸せを花蓮は知らないまま育って来たんだ。俺はただ、そんな花蓮に強くなること以外のことを教えてやりたいだけなんだ。…だって、それを俺に教えてくれたのは他でもない、花蓮だからな…」
今田は痛々しく腫れ上がり、今もなお水道で冷やされている自分の手を見つめながら話を続けた。
今田「でもな、それを教えたくても、花蓮は弱い奴の言葉なんか聞きやしない。弱いものの意見に耳を傾けない。強さこそ全て…花蓮はそういう環境で育ったんだ。花蓮より強くなきゃ、花蓮に声は届かねえ。花蓮より強くなきゃ、花蓮の視界には入れねえ。だから…俺は負けるわけにはいかないんだよ。勝って花蓮に言葉を届けるためだけに、俺は命をかけてるんだよ」
今田の鬼気迫る言葉に、セキと水橋はなにも言えずにいた。
そんな二人に今田は強がるように笑いながらこんなことを尋ねた。
今田「なぁ?バカみてえだろ?。要するに『ただ女の子に振り向いて欲しいだけ』。そんなことのためだけに、この俺、今田勝は勝ち続けなきゃいけないんだよ」
それだけ言い残してトイレから去ろうとする今田にセキは声をかけた。
セキ「絶対…絶対に届くよ!今田の声なら!」
そんなセキの言葉に、今田は腕を高く掲げ、背中で返事をした。
そして今田が去った後、セキは水橋に向かって重々しく口を開いた。
セキ「ねぇ、さっきの遊園地の件、やっぱりお願いしていいかな?」
水橋「いいのか?。どんな顔して結城に会うつもりだ?」
セキ「俺は今田のように強がりな顔は見せられないけどさ…あんなこと言われた後に、逃げてばかりじゃカッコ悪いじゃん」
水橋「それもそうだな。…よし、俺たちもさっさと教室に戻って、窓から今田の勇姿を焼き付けてやろうぜ」
セキ「うん」
そして、決闘の時間を迎え、決戦の舞台であるグラウンドにて戦場花蓮と今田勝は対峙していた。
そんな二人の様子を遠くの教室から沢山の様子が覗いていたが、その大半は『どうせ今田の勝ち試合』としか捉えておらず、その真の関心は二人の争いによる被害をどう抑えるかにあった。
しかし、そんな中にも彼らの戦いを固唾を飲んで見守っていた生徒も少なからずいた。
それは今田の男気を応援する水橋とセキ、そして二人の縁を切らんとする咲と凛であった。
今田「何回やろうがお前じゃ俺には勝てない。それはもうわかってるんだろ?。それでも俺に挑んでくるのは…もしかして俺に構って欲しいだけなんじゃないのか?花蓮」
真っ向勝負ではまず勝ち目がない今田はいつものように花蓮を動揺させるべく、そんな言葉を吐いた。
そんな今田の言葉に花蓮はいつものように赤らめながらまんざらでもない顔を浮かべるかと思いきや、一切の顔色を変えることなく、機械のような瞳で宿敵である今田をとらえていた。
今田「なんだ?強がってるのか?。ほんとは恥ずかしいんだろ?。我慢せずに素直に俺の嫁になれよ」
ちょっと囀れば面白いように赤面するチョロインなはずの花蓮がいつもとは違い、なんのリアクションも受けないことに今田は多少なりとも動揺したが、それを顔に見せることなく甘い言葉を吐き続けた。
しかし、そのどれもが花蓮の顔を歪めることはなく、花蓮は冷徹な表情を浮かべたまま、宿敵を倒すべく動き出した。
助走も予備動作もなく、たった一歩で十数メートルあったはずの距離を詰めた花蓮はその尋常ならざる脚力で今田に向かって回し蹴りを叩き込んだ。
そんな花蓮の攻撃を今田は間一髪のところで避け、今田の代わりに花蓮の攻撃を受けた地面は激しくえぐれ、その化け物じみた花蓮の火力を物語った。
セキ「余裕そうな顔して、いつもあんなふうに生死の狭間を彷徨っていただなんて…」
未だに今田の余裕が強がりでしかないことをどこか信じられないセキは教室から戦いを見守りながらそんな言葉を吐き出した。
今田「花蓮の求愛行動は過激だな。そんなの俺にしか受け止められねえぞ」
いつもの絶体絶命のピンチの中で今田は花蓮に勝つべく、花蓮に言葉をぶつけ続けた。
しかし、今日はいつもと違ってどんな言葉も花蓮に届きはしなかった。
どんな甘い言葉も花蓮の冷徹な表情を崩すには至らなかった。
流石にいつもと様子が違うと悟った今田は花蓮の身に何かが起きたことを察した。
冷徹に相手を倒すための兵器と化した花蓮を見て、今田は昔のことを思い出した。
そう、今の花蓮は今田とってはかつての、出会って間もない頃の花蓮と酷似していたのだ。
いまの花蓮に何が起きたかはわからない…だけど、いまの花蓮に言葉を届けるのなら、強がって取り繕ったものでは決して届きはしない。
そのことを悟った今田は覚悟を決めた。
今まで何度も甘い言葉を吐き続けてきた今田…だけど、そのほとんどが強がって取り繕って…ただただ相手を動揺させるための言葉。
だからそれは本心とはまた別の言葉、なにかの手段でしかない言葉。
いまの花蓮に届く言葉は、心の底から伝えたい思いを謳った言葉だけ。
そんな言葉を言うのは今田も恥ずかしいのだが、もはやそんなことを気にしている場合ではないのだ。
ただ女の子に振り向いて欲しいためだけに化け物と対峙してきた今田はいつだって精一杯で、後先のことなんて気にしちゃいられないのだ。
だから、花蓮にその言葉を伝えるために、今田は花蓮の人智を超えた重たい拳を両手で受け止めて、全身で支え、全力で争った。
花蓮の攻撃を直に受けた両の手の骨が砕け散るのが分かった、それを支えた腕も、胴の骨にも衝撃が伝染して来ているのを泣き叫びたくなるような痛みによって今田は感じさせられた。
花蓮の攻撃を受けたらこうなることは分かっていた。分かりきっていた。
きっと骨は何本も折れたし、部位によっては再生不可能なレベルまで砕けた。
今後の日常にも重大な支障を来すレベルの後遺症は免れない。
その全てを今田は承知して、この花蓮の一撃を受け止めたのだ。
後先のことなんか考えていられない、なぜなら彼はいつだっていっぱいいっぱいだからだ。
そしていつだっていっぱいいっぱいな彼の精一杯の言葉がグラウンドに響き渡った。
今田「好きだ!!花蓮!!」
それは、今田が最初に花蓮を下した言葉。
花蓮の拳を受け止めて、感覚どころかもはや痛みすらない両の手で花蓮の手を精一杯握りしめ、恥ずかしくて真っ赤になった顔で、他に何も映らない真っ直ぐな瞳で、今田は思いの丈をぶつけたのだ。
そんな今田の言葉を受け、花蓮の動きがピタリと止まった。
いつものように赤面を浮かべてあからさまなリアクションを見せているわけではないが、宿敵を写していたはずのその瞳が、いまこの時だけは今田を見つめているのが分かった。
今田の恥ずかしくなるくらいの熱い言葉が、花蓮の心の氷を溶かした…かに思えたその時、教室から脅迫するような叫びが響いた。
咲「強くなければお前に価値はない!!。勝てなければお前に意味はない!!。強さのために全てを捨てろ!!。それが出来なければ…お前に存在理由などない!!戦え!!全てを捨てて!!戦え!!戦場花蓮!!」
それは全てのフラグをへし折らんとする咲の言葉であった。
生まれた時から魂に刻み込まれ続けてきた呪いの言葉によって、花蓮の心が再び凍りついたのがわかった。
やがて今田を見つめていた瞳は輝きを失い、今はただ目の前の宿敵だけが映っていた。
そして止まっていた敵意が動き出し、今田に強く握られていた拳を力強く振り回し、その拳を握りしめていた今田を空高く吹き飛ばした。
逃げ場のない上空に飛ばされた今田に向かって、花蓮は容赦のない正拳突きをかました。
花蓮の人智を超えた怪力から放たれる正拳突きは衝撃波となって、逃げ場のない今田へと襲いかかった。
為すすべのない今田はすでにボロボロな身体でその衝撃波を受けてしまい、グラウンドの隅まで吹き飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられた。
セキ 水橋「いまだああああああああ!!!!!」
友の完全敗北を目の当たりにした二人は教室を飛び出して、地面にひれ伏している今田の元へと駆けつけた。
水橋「今田!!大丈夫か!?今田!!」
今田「…ははっ、負けちゃったよ」
そう言い残したあと、今田の意識は失ってしまった。
セキ「今田!しっかりしろ!今田!」
水橋とセキが必死に呼びかけるのを尻目に、今田が動かなくなったことを確認した花蓮は今田興味を無くした化のように背を向け、どこかへと去ってしまった。
そしてその後、救急車が駆けつけ、今田は事なきを得た。
しかし、今田が救急車に搬送される途中、様子を見にきた凛と咲がセキとすれ違った時、セキは嫌悪感の混ざった声で咲へとこんなことを尋ねた。
セキ「ねぇ、小稲賀さん。どうしてあの時、戦場さんにあんなこと言ったの?」
セキがそんなことを尋ねるのは、今田の秘めたる思いを知っていたセキからすれば、あの戦いの中で戦場の心を閉じ込めるような咲の言葉はただの悪意のように見えたからだ。
しかし、咲はそんなセキを一瞥することもなく、無言のままその場を立ち去った。
水橋「無視かよ…」
そんな咲の横暴な態度を見て、水橋が呆れたようにそんな言葉を吐いた。
そしてなにも答えない咲の背中を、セキはどこかやるせない瞳で見つめていた。
そんな咲とセキの一部始終を少し遠くから見ていた凛は咲を心配し、咲の元へと駆け寄った。
凛「咲、やっぱり咲が嫌われてばかりじゃ…」
咲の傍目からは悪意のあるような行動は全て愛するセキのため、それなのに咲がセキに嫌われるような展開は見ていられない。
そう思って声をかけた凛だが、咲の顔を見て言葉に詰まってしまった。
凛「咲…なんで顔真っ赤なの?」
咲「だって…セキ君が急に声をかけてくるんだもん。困るよ、セキ君。私に話しかけてくれる時は最低でも3日前に告知しておいてもらわないと心の準備が出来ないし、頭が真っ白になってなんてお返事したらいいのか分かんなくなっちゃうよ」
凛「…頭真っ白になったからなにも答えなかったのかよ。でもそれじゃあ向こうからしたら無視されたと思ってセキからの心象が悪くなるぞ?」
咲「そ、そうだよね、セキ君の言葉という神の啓示を前に無視だなんて世紀の大罪だよね?。どうにかしてお返事しなきゃ…でも直接口頭で伝えるなんて罰当たりが過ぎるし…こうなったら手紙で返事をするしかないね。あまり長いとセキ君のお手を煩わせることにもなっちゃうし、返事は短く、文庫本3000冊程度にまとめて…」
凛「今の返事が文庫本3000冊って…返事読みきる前に下手すりゃ人生終わるぞ?」
咲「あぁ、でもセキ君に呪いのことを伝えるわけにもいかないよね?。呪いのことは省いて返事しなきゃいけないから…だいたい文庫本2999冊程度で済みそうだね」
凛「そんだけ文量があって本題である呪いのことが1冊分かよ。他2999冊にはなにが書いてあるんだよ?」
結局、咲が気にしていないようなので、凛は『まぁ、いいか』と思ってしまったとさ。