今田勝は未だ勝る
『咲「…凛には話しておくけど、私は二人を元に戻すことは出来ないけど、元に戻ったと錯覚させることは出来るの」』
掃除当番であった凛は空き教室を清掃しながら今朝、咲に告げられた事実を振り返っていた。
咲の言ったことが真実ならば白田真衣と黒崎誠は元に戻ってなどいない。ただ、元に戻ったと勘違いしているだけだ。
セキの呪いのために二人の因縁を断ち切る必要があったため、仕方なくこういった処置を取ったが、それでも二人を騙したことに凛は少なからず罪悪感を感じていた。
おそらく咲が二人の記憶を共有させたのは元に戻らなくても齟齬が出ないようにするためだろう。少なくとも記憶があるのならば本人として生きる上で大きな障害が出ることもないだろう。
だが、いつかボロが出る。必ずボロが出る。
そうなれば二人は元に戻るために再び親交を深めることになり、セキが呪いで死ぬリスクが上がる。
凛「どうしたもんかな…」
水橋「なんかいったか?」
凛「いや、なにも…」
たまたま二人きりで一緒に掃除することになった水橋がふと出てしまった凛の言葉に反応したが、凛はそれを水に流して再び物思いにふけり始めた。
そもそも、一番手っ取り早いのはセキの呪いをどうにかすることだ。
だが、それにはあの死神をどうにかする必要がある。…だが、私の力ではそれはどうにもできない。
だけど、セキの妬みならばどうにか出来るかもしれない。もしセキが彼女が出来てリア充になれば、少なくともリア充を淘汰する必要もなくなる。不安の種が一つなくなる。
そうだ、まずはセキに彼女を作らせればいいんだ。
セキって誰か好きなやつとかいないかなぁ…。
凛がそんなことを考え、記憶を掘り出すと、脳裏に自分に向かって照れ臭そうに、しかしどこか嬉しそうに話しかけるセキの姿が映った。
凛「いや!無い!。これは無い!!気のせいだ気のせい!!」
水橋「大丈夫か?結城。保健室行くか?」
凛「ノープロブレム!!大丈夫だ、問題ない!!」
突然一人で奇声を上げた凛を気遣って水橋が声をかけたが、凛の言葉で水橋は変な奴を見る目で凛を見つつ、掃除に戻った。
そうだ、セキには咲がいるじゃないか!!。
咲を差し置いてセキと添い遂げるべき人物など存在しない!いや、そんな奴いたら咲に殺されかねない!。
ここはみんなが幸せになるためにセキをなんと咲とくっつくように仕向けるしかない!。
うん!それが一番のハッピーエンドだ!!。
そういう結論に至った凛は一人でウンウンと頷きながら何度も同じところをホウキで掃いていると、水橋が辺りに人がいないことを確認してから掃除を続けつつ平然とこんなことを口にした。
水橋「セキのやつがさ、お前のこと好きなんだよね」
水橋の言葉を聞いた瞬間、逃れられぬカルマを察した凛は持っていたホウキをぽとりと床に落としてしまった。
そして発信源である水橋の顔をなんとも言えぬ表情を浮かべつつ無言で見つめていた。
水橋「…結城?」
凛の喜怒哀楽の読み取れない表情に水橋が困惑していると、突然凛が壊れたように叫び始めた。
凛「ああああああ!!!!!!なんで言っちゃうかなぁ!?!?!?なんで言っちゃうかなぁぁあぁ!?!?!?」
水橋「お、おい、結城?」
凛「薄々は勘付いてたけどさ、なるべく考えないようにしてたんだよ!!。まだ真実を知りたくなかったんだよぉぉぉ!!!それなのにさぁぁぁぁなあんで言っちゃうかなぁぁあぁぁ!!!!!これでもう逃げられないよおおおお!!!!」
水橋「とりあえず落ち着け。落ち着けな、結城」
水橋に宥められ、ようやく凛は落ち着きを取り戻し始めた。しかし、恐れていた出来事によって計画が見事に破綻した凛は一人でブツブツと呟いていた。
凛「どうすればいいんだ…これじゃあ計画が台無しだ。…っていうか、下手すりゃ咲に殺される」
水橋「わ、悪い…まさかここまで嫌がられるとは思ってなかったからさ…。でも、俺が言うのもなんだが、セキはいい奴だぜ?。顔もそこそこだし、優しいし一途だし…少なくとも嫌うほどではないと思うんだが…」
凛「…知ってるよ」
セキとは直接関わる機会はあまりなかったが、セキの良いところはいろんな人から嫌という程聞かされてきた。
だから、セキがいい奴っていうのは分かる。
でも…
凛「…だから困ってるんだよ」
凛の発したその言葉は、茜さす夕焼けに溶けるように消えていった。
二人が掃除を終えて教室に戻ると、そこには全身に包帯を巻いて松葉杖を脇に抱えて大量の血を吐きながら地面に横たわっている愛無の姿があった。
一見すると殺人現場といっても過言ではない状況ではあったが、愛無にはよくあることなので水橋は何事もなかったかのように『片付けとけよ』とだけ声をかけて脇を通って行った。
しかし、何かを察した凛はその場にしゃがみ、愛無にだけ聞こえるような小さな声で話しかけた。
凛「もしかして…リア充がいたのか?」
愛無が残った最後の力を振り絞り、プルプルと血にまみれた指をなぞり、地面にダイニングメッセージを残してその場で息絶えた。
凛「…戦場か…」
愛無が残したのはクラスメートである戦場花蓮という女子生徒の名前であった。
咲「そいつが次のターゲットね」
いつの間にか後ろに現れていた咲が凛にそう話しかけた。
凛「どうやらそうらしいけど…戦場って確か有名な道場の一人娘でしょ?。小さい頃から人類最強を夢見て鍛えられていて、世界の5本の指に入る格闘家だと聞いたことある」
咲「怪力女というわけか…相手は誰かな?」
凛「多分、今田勝だろうね」
凛がそんなことを口にすると同時に、校内放送が教室に鳴り響いた。
放送「ただいまより、校庭で戦場花蓮と今田勝により決闘が行われます。校庭にいる生徒は直ちに近くの頑丈な建物内へ避難してください。繰り返します、校庭にいる生徒は直ちに近くの頑丈な建物内へ避難してください。建物内にいる生徒も、むやみに窓を開けずに机の下へ避難してください」
放送と同時に校庭にいた生徒たちは青ざめた顔で我先にと校舎内へと避難を始めた。
咲「…なんだ?この騒ぎは」
凛「なにって…戦場花蓮と今田勝の決闘のアナウンスでしょ?。咲も危ないから机の下に避難したほうがいいよ」
教室にいた生徒達も次々に机の下に避難する中、咲もそれに続いて机の下に潜った頃、校庭の中心に取り残された二人の生徒が向き合っていた。
一人は道着を身に纏い、長い髪を結んで風にポニーテールをなびかせた少女、もう片方は制服のポケットに手を入れ、かったるそうにしていた猫背の少年であった。
戦場「さぁ!勝!。今日こそはあなたを倒して、北斗爆裂流の看板を頂くわ!!」
今田「やれやれ…まだ諦めて無かったのか…」
戦場「当然よ!看板取り戻さないと私…あ、あなたと結婚させらちゃうもん…」
頰を赤く染めながら戦場は恥ずかしそうにそんなことを口にした。
今田「はぁ…いい加減諦めて、俺の嫁になれよ」
戦場「な、何言ってるのよ!!だ、誰があなたのお…お嫁にだなんて…」
戦場は口ではそう取り繕うものの、お嫁という言葉に若干頰が緩んでいた。
戦場「と、とにかく…しきたりで結婚なんて…わ、私は認めないんだからね!!」
今田「面倒くせえなぁ…いい加減素直になれよ、花蓮」
戦場「うるさいうるさいうるさい!!いざ尋常に…勝負!!」
戦場がそう叫ぶと同時に、硬い地面にくっきりと足跡が残るほど地面を強く踏みつけ、今田まで10メートル近くあった距離を瞬く間に詰めた。
そのまま今田に向かって容赦無く拳を振り下ろした。
しかし、振り落とされた拳はスルリと今田に交わされ、そのまま行くあてを失った拳は硬い地面へと叩きつけられた。
華奢な戦場の身体にはあるまじき力で振り落とされたその一撃で地面は割れ、あまりの衝撃で教室の窓ガラスが音を立てて吹き飛んだ。
今田「相変わらず力だけは一人前だな」
いつの間にか後ろに回り込んだ今田は戦場の肩を叩きながら余裕そうにそう語りかけた。
戦場「こ、この!!」
戦場は後ろに回り込んだ今田に向かって回し蹴りを試みたが、今田はそれを紙一重でひらりと交わした。
空振りに終わり、エネルギーをぶつける先がいなくなった代わりに回し蹴りによって巻き起された突風が嵐となって木々を吹き飛ばしながら校庭全体と校舎内を襲った。
教室も人を吹き飛ばすほどの突風にまみれたが、ほとんどの生徒達は建物にしがみつき、それをやり過ごした。
しかし、教室に横たわっていた愛無は突風に吹き飛ばされ教室のいたるところに激しい音を立てながら身体をぶつけていた。
戦場「これで…どうだああああああ!!!!」
戦場の渾身の一撃を込めたかかと落としが今田を襲った。
しかし、今田はそれを華麗にかわす。
地面へと踏み下ろされたその一撃は地震となり、地球を揺らした。
校舎も激しい揺れに襲われ、多くのものが倒壊し、床へと倒れた。
多くの生徒は机の下に避難していたため、事なきを得たが、地面に突っ伏し、風に弄ばれ、体がボロボロに引き裂かれた愛無は不運にも倒壊した物の下敷きとなってしまった。
今田「花蓮は攻撃が大振りすぎる。相手を射止めるのなんてほんの僅かな力でいいんだ」
戦場の後ろへと回り込み、戦場の耳元にそう囁いた今田に向かって戦場は右手で裏拳を打ち込んだ。
しかし、その裏拳は今田の左手にキャッチされ、今田はキャッチした裏拳のエネルギーを利用して左手を強く引っ張り、戦場を無理やり自分の方へ振り向かせた。
今田「これで黙らせてやるよ」
隙を見せた戦場が覚悟を決めて目を閉じたその時、今田は戦場の唇へと口付けした。
少しの間その体勢のまま二人が動かないでいると、戦場が全身の力が抜けたかのようにぺたりとその場に座り込んだ。
戦場「な、なななななななななな…」
顔を信号のように真っ赤に染めて戦場が吃ると、そのまま今田に背を向けて走り去ってしまった。
戦場「しょ、勝負はお預けよ!!」
最後にそんな捨て台詞を吐いて戦場はあっという間に夕日の彼方へと消えて行った。
水橋「…今回も今田の勝ちか」
机の下に避難していた水橋が机の下からモゾモゾと這い出ながらそんなことを口にした。
咲「…いや、なにこれ?」
突然現れて、学校を荒らすだけ荒らして嵐のように去って行った二人の決闘を呆然と見守っていた咲がそんなことを口にした。
凛「なにって…いつものことじゃん」
咲「え!?いつもこんな物騒なことやってたっけ!?」
凛「いや、前はしょっちゅうやってたじゃん。…そういえば最近はご無沙汰してたけど」
咲「へぇ…。まぁ、いいや。なんにしてもあの二人の関係を引き裂けばいいわけだ」
こうして、再びリア充を爆発させる旅路が幕を開けた。