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4/10

シロとクロはモノクロなままで

私の名前は白田真衣、みんなからはシロって呼ばれているどこにでもいる普通の女子高生。


強いて人と違ったところを挙げるとするなら…生まれてすぐ父が他界して、母一人に育てられたってことくらいかな。


だけど、女ひとりで子供を育てていくのは大変だから、私もバイトをしてささやかながら家計を支えてる。


母はお金のことは心配するなって言うけど、心配なものは心配なので、今も週5でバイトを続けている。


本当はみんなみたいに放課後に遊びに行きたいけど…まぁ、貧乏なので高望みはしない。


そんな私はいつものように夜遅くまで仕事して帰ってくる母に代わって朝食を作り、母と共に朝のニュースを見ながらいつもの朝を過ごしていた。


テレビ「今日の占い、今日の運勢…一位は…蟹座のあなた!!」


母「あら、蟹座が一位だって、よかったじゃない」


シロ「そうだね」


そんなに占いを信じるわけではない私は、興味無さげに相槌を打った。


テレビ「蟹座のあなた、今日1日は不思議な出来事が起きるでしょう。…具体的には男の子と体が入れ替わったりするでしょう」


母「あら、あなた入れ替わるんですって」


シロ「へぇ〜、そうなんだ」


母「どうせ入れ替わるんだったら、なるべくイケメンと入れ替わりなさいよ」


シロ「ん、努力する」


テレビ「なお、占いの結果に不満があった方はこちらの口座まで送金してください。金額によって結果を上方修正いたします。一口百万円で承っております」


母「…運勢まで拝金主義になってしまったか…」


シロ「所詮は金が全てか…嫌な時代だね」


テレビ「続いてはお天気のコーナー。昨日は記録的な豪雨に見舞われて大変でしたね」


母「そろそろ学校に行く時間じゃない?」


シロ「そうだね、そろそろ行かなきゃ…」


テレビ「豪雨の影響で路面が滑りやすくなっているのでご注意ください。…具体的には滑って転んで誰かと頭を打って、体が入れ替わらないようにご注意ください」


母「…だってさ、気をつけて行ってらっしゃいね、マイ」


シロ「そんなバカな話あるわけないでしょ。…行ってきます、お母さん」


こうして、学校へと向かった私が、滑って転んで誰かと頭を打って、体が入れ替わったことは言うまでもない。











咲「で、どうなんだ?お前の言うリア充センサーに反応はあるか?」


朝、次々と登校してくるクラスメート達を一瞥しながら咲は愛無に尋ねた。


愛無「そうだな…軽い吐き気に苛まれるほどの微弱な反応はチラホラ見受けられるが…数が多すぎてなんとも言えない」


リア充を見ると憎しみのあまり吐血してしまう愛無の体質を利用してリア充をあぶり出そうとしていた最中、先日告白を台無しにされた音鳴スムが教室に入ってきた。


スム「…おはよう、愛無」


愛無「あぁ、おはよう。…今日はナカと一緒じゃないのか?」


スム「…もう知らないよ、ナカなんて…」


咲の仕業によって乙女心をズタボロに引き裂かれたスムはどうやらあのドッキリの後からナカとの仲がよろしくないようだ。


愛無「そうか…それはよかっ……じゃなくて、早く仲直りしろよ」


心のうちに潜むガッツポーズを隠しきれず、思わず口に出てしまった愛無。その後、スムは愛無のすぐ隣でクラスメートを選別している咲へと目がいった。


スム「…友人は選んだほうがいいよ、愛無」


愛無「え?お、おう」


先日の一件ですっかりクラスの嫌われ者に成り下がってしまった咲へ向けての皮肉なのだろう。しかし、セキを守るために全てを投げ打つ覚悟を決めた咲には馬耳東風でしかなかった。


やがてスムが席へと戻った頃、咲の意中の男性にして、渦中のセキが教室へと入って来た。


それと同時に愛無の目に入って来たのは赤黒く輝く鋭い瞳に悍ましい顔だった。


そして面妖な黒い霧のようなものに包まれた人の形をしたそれはセキの両肩にあぐらをかいて座り、巨大な鎌をセキの首に突き立てていた。


セキの頭上を取り巻く異様な存在を目の当たりにした愛無は思わずセキに話しかけてしまった。


愛無「せ、セキ…お前って頭におっさん乗っける趣味あったっけ?」


セキ「え?おっさん?」


セキがキョロキョロと辺りを見渡すが、どうやらセキには頭に取り憑く死神が見えないようで、首を傾げていた。


セキ「この前さ…結城さんも僕の頭におっさんがどうこう言ってたんだけどさ…なんか関係あるのかな?」


愛無「えっと、いや、その…」


セキに事情を話すか話さないべきか迷っていたその時、教室の天井の隅の方から強烈な殺気を感じ取った愛無はそちらの方へと視線を向けた。


するとそこには天井隅に張り付いた咲が死神に負けず劣らずな悍ましい眼光を向けて愛無を睨んでいた。



言葉にはならなくても愛無は本能的に口を閉じた。


一人で慌てふためく愛無に首を傾げながらセキは自分の席へと向かって行った。


凛「おはよう、愛無」


愛無「あ、おはようございます、凛さん」


凛「セキの呪いはな、セキ自身が知ってしまうと呪いの力が強まるらしいんだ。だからあまり口外しないで欲しいんだよ」


一部始終を見ていた凛は愛無にそう言って説明した。


愛無「そっか…あれが例の呪いなんだな。なんで急に俺にも見えるようになったんだ?」


咲「恐らくは呪いの存在を知ったからだな」


天井の隅に張り付いていた咲が二人の元へと戻って来てそう説明した。


愛無「へぇ…大変だな、セキも。どうせならおっさんじゃなくて可愛い女の子の呪いなら良かったのにな」


咲「案ずるな。セキくんにはすでに私という可愛い女の子が憑いている」


凛「呪いという自負はあるんだな…」


三人がそんな会話をしていると、みんなからシロと呼ばれる白田真衣とクロと呼ばれる黒崎誠が教室へと入って来た。


それと同時に、愛無の顔色が悪くなり、突然口から血を吐き出した。


愛無「み、見つけた。あの二人だ、あの二人がこのクラスの中で今の所一番リア充している」


苦しそうに愛無が指を指すと二人は教室に入るや否や、小さな声でヒソヒソと会話を始めた。


シロ「いいか、俺たちが入れ替わってることは秘密だからな、誰にも言うなよ」


クロ「わかってるわよ。あぁ…ほんとなんで私ったらこんな奴と入れ替わっちゃってるのよ」


シロ「それは俺のセリフだ。…まさかあの日、ぶつかった拍子に入れ替わるなんて…」


クロ「ほんと不幸だわ」


やけに男勝りに会話するシロと、どこか女性らしさを感じさせるクロ。二人の会話からして二人がどういうわけか入れ替わってしまっているのは見て取れた。


咲「なるほど、入れ替わりをきっかけに仲が進展していくパターンのやつか」


愛無「どうするんだよ?。俺の吐血センサーがあの二人が危険だってアラームをあげているぞ」


苦しそうに血を吐き出す愛無。そんな彼の不安を物ともせずに、咲は口を開いた。


咲「案ずるな、まずは情報収集からだ。…さて、デートの時間だ」


凛「ストーキングをデートと呼称するんじゃない」


こうして、咲のデートが始まった。








そして、数日後…。


咲「さて、デートの結果を報告しよう」


凛「デート(隠語)」


咲と凛と愛無は人のいない放課後の空き教室に集まって作戦会議をしていた。


咲「まず、二人のプロフィールを軽く紹介しよう。まず白田真衣は早くに父親を亡くし、母の手一つで育てられた女子高校生。家計を支えるために週5でバイトをしている。次に黒崎誠は黒崎カンパニーという大きな会社の社長の一人息子でな、家も豪邸でお手伝いさんも何人もいるコテコテの金持ち坊ちゃんだ。甘やかされて育ったせいで随分とわがままに育ってしまったそうでお手伝いさんも苦言を呈していた。そんな二人がある日、足を滑らせて頭をぶつけたことをきっかけに入れ替わってしまったそうだな」


愛無「貧乏と金持ち…正反対の二人が入れ替わるのはお約束みたいなもんですな」


咲「初めはお互い環境の違いに四苦八苦して、お互いの価値観の違いに喧嘩ばかりしてしまっていたそうだが、最近では今の環境に慣れ始め、お互いに抱えている苦労が見えて来て、徐々に親密になりつつある段階だ」


凛「なんだかお手本のような少女漫画展開ですな」


愛無「早くあの二人をどうにかしないとな、俺の体がもたない」


入れ替わりをきっかけに徐々に親密になっていく二人の関係を追っていた愛無は精神を蝕まれ、自身の体質でかなりの血を吐き続けていた。


凛「でもどうするんだ?。入れ替わってしまった以上、二人は元に戻るために関わらざるを得なくなる。たった二人で同じ境遇に立たされたら吊り橋効果で仲も発展しやすいだろう。よほど相性が悪くない限り、二人が恋仲になるのは時間の問題だろ?」


愛無「実際、二人の仲も進展して来てるんだろ?。だったらもう時間の問題なんじゃないのか?セキのためにも、俺の精神衛生のためにも、二人をどうにかすべきだろ?」


凛「自分の体だからな、この前とは違って切っても切れるような仲じゃないぞ?。なにか策はあるのか?咲」


咲「別に難しいことじゃない。要はその入れ替わりをなんとかすればいいだけの話だ」


咲はそういって不敵に笑ってみせた。






夕暮れに染まる住宅街を食パンを口に咥えた白田真衣が走っていた。


やがて彼女が曲がり角に差し掛かった時、突然目の前に飛び出して来た男性とぶつかってしまった。


シロ「いってえええ!!」


クロ「いたたたた…」


豪快に頭をぶつけた二人は頭を抑えながら痛みを分かち合った。


クロ「…やっぱり今回もダメだった」


シロ「諦めるな!必ず元に戻るんだ!」


二人は元に戻るために入れ替わった際の状況を何度も繰り返し。何度も頭をぶつけていた。


シロ「くそ…なにがいけなかったんだ?もしかして食パンか?ヤマザキじゃなくてフジパンの食パンじゃなきゃダメなのか?」


クロ「そんなメーカーの問題なのかな?」


シロ「いや、もしかしてバターを塗ったのが悪かったのか?もしかして入れ替わりの神様はジャム派なのか?」


クロ「そんなパンにこだわってる神様、聞いたことないよ?」


シロ「それとも俺の食パンの加え方が不味かったのか?。いや、そもそも俺が食パンをくわえてもダメなのかもしれない。今度はシロが食パンを咥えてくれ」


クロ「食パンってそんな重要なのかな?」


元に戻るためにありとあらゆる試行錯誤を繰り返していた二人。初めはお互いをいがみ合っていたが、最近では同じ境遇に立たされる者同士ということもあり、すっかり親睦を深めていた。


クロ「クロ、今日はなんか必死だね」


シロ「…まあな。なんていうか…やっぱりシロのお母さんを支えられるのはシロしかいないんだ。シロじゃなきゃダメなんだよ、お前は…すごいやつだから…」


クロ「どうしたの?シロ。いつもなら『ガサツ女』とか言うくせにさ…」


シロ「そんなことはねえよ。お前はすげえ頑張ってるよ!お前のお母さんもきっとお前のそういうところに支えられてやっていけてるんだ。だから、早く戻ってやらねえと…シロがシロをやってくれないと…」


クロ「クロだってそうだよ。クロはなんでもできるって思われてるから、そんなみんなの期待に応えるべく、影でこっそり頑張ってたんだって私は知ってるよ?。そんな期待に応えるなんて私には無理だよ、クロがクロをやってくれないと…みんなの期待には答えられないよ」


入れ替わりをきっかけにお互いを認め合った二人はそのままなにをいうでもなく見つめ合っていた。


茜さす夕日が二人を包み込み、二人だけの世界を形成していた。


やがて、抑えていた気持ちが我慢できなくなったシロが口を開いた。


シロ「シロ…もし俺たちが元に戻れたら…戻れたらさ…」


クロ「…なに?」


シロ「いや、やっぱり戻ったら言うよ」


クロ「なに?気になるよ」


シロ「大したことじゃない、気にするな」


二人がそんな会話をしていたその時、とある人物が二人に声をかけて来た。


凛「おやおや、こんなところに魂を取り違えた迷い子がいるとは…」


意味深な言葉に二人が顔を上げるとそこには同じクラスの凛の姿があった。


シロ「…今の、どう言う意味だ?」


凛「言葉通りの意味さ」


クロ「もしかして…私たちが入れ替わってるのを知ってるの?」


凛「知ってるもなにも…見ればわかるさ」


意味深に立ち振る舞う彼女に二人は畏怖の念を抱きながらも、期待を込めて尋ねた。


シロ「もしかして…俺たちを元に戻す方法を知っているのか?」


その言葉を聞いた凛は振り返り、一言だけこう語った。


凛「ついてきな、二人とも」


後光のような西日に照らされた背中に希望を見出した二人は急いで凛のあとを追いかけた。


咲「さすがは凛、うまく二人をおびき寄せてくれたね」


凛たちのやりとりを近くの電柱の上から見下ろしていた咲は小さくそう呟いた。


愛無「あの…なんで俺まで電柱登らされてるんですかね?」


電柱のてっぺん付近であまりの高さに体をガタガタ震わせながら必死に電柱にしがみつく愛無は血を吐きながらそう悪態をついていた。


咲「彼らに私の姿を見られるわけにはいかないからね。監視するのに電柱はいい場所さ」


愛無「いや、もっと色々あるよね?もっと安全な場所あるよね?。っていうか、なんであの役を凛さんに託したんだ?戻すのが咲なら咲がやればいいんじゃないのか?」


咲「私はクラスの嫌われ者だからね、こういう役目は凛の方がふさわしいのさ」


愛無「本当にそれでいいのか?それはつまり…美味しいところは全部凛さんにあげるってことだろ?咲はそれで報われるのか?」


咲「報われるさ…すべからずね」


愛無「それならいいのだがさ…やっぱり、わざわざ電柱に登る必要はなかったよな?」


咲「だったらついて来なけりゃ良かったのに…」


愛無「そういうわけにはいかないだろ?だって……ここからなら咲のパンツが丸見えだしな!!」


ドヤ顔でそう語った愛無がその後、電柱から蹴り落とされたのは言うまでもない。








シロ「本当に俺たちを元に戻してくれるのか?」


すっかり日も沈み、星が空で瞬き出した頃、凛に連れられて二人は人気のない潰れた廃工場にやって来た。


凛「案ずるな、なんとかしてやる。だがそれには準備が必要だ」


クロ「準備って?」


凛「記憶の共有だ。記憶を頼りに漂う魂をあるべき場所に返すためにはできる限り多くの記憶を共有することが求められる」


クロ「えっと…どういうこと?」


凛「要するに…生まれてから今までの記憶をなるべく共有する必要がある。つまりは思い出をありのまま全部吐き出せというわけだ」


シロ「…そんなことでいいのか?」


凛「ああ。…だけど、共有するのは全てだ。記憶はもちろん、感情も言葉も気持ちも…全てを共有するんだ。…明日の朝、再び迎えに来る。今夜はじっくりと二人で思い出話に花をさかせるんだな」


凛はそう言って外へと出て行った。残された二人は戸惑いながらも記憶を共有するため、長い思い出話を話し始めた。


外に出た凛はそこで待っていた咲に声をかけた。


凛「言われた通りにやったけど。これで良かったのに?咲」


咲「うん、ばっちりだよ、凛」


凛「でも大丈夫かな?いい歳した男女が二人っきりで一夜過ごすとか…」


咲「まぁ、入れ替わってるし、その辺は複雑なところでしょ。なんにしても私が見張ってるから大丈夫だよ。もう夜も遅いし、凛ももう帰ってもいいよ」


凛「咲が残るなら私も残るよ。私にできることは少ないけどさ、咲の暇つぶしくらいなら力になれるよ」


咲「さすがは凛、そういうところ大好きだよ………いやになるくらい」


凛「なんか言ったか?」


咲「いや、じゃあお話でもしようか。テーマはなにがいいかなぁ…じゃあ『セキくんが昔から愛用しているシャーペン』について話そうか!」


凛「テーマがマニアックすぎんだろ!!オイ!!」


こうして、咲が大好きな人の話で私たちは月夜をやり過ごした。とは言っても、咲が延々と好きな人のことについて語るばかりで私は相槌を打つしかできなかった。それでも私達は時を忘れ、空が白むことも気がつかないほど夢中になっていた。


本当に咲はセキのことが好きなんだな…


一晩中、途切れることなく話し続ける咲を見ていればそんなことは十分すぎるほど伝わっていた。


だけどね、咲。少しは自分のことを話してよ。言ってくれなきゃ伝わらないこともあるんだよ。私達は親友だけど、咲のこと全然知らなかったんだよ。咲が話してくれなかったから、知らないってことすら気付けなかったんだよ?。


だから…話して欲しかった。咲のこと、もっと話して欲しかった。


そうすれば…こうして手遅れになることもなかったのにさ…。










すっかり日が昇り、街に活気が戻り、慌ただしくなってから、ようやく私達は日が明けていたことに気がついた。


凛「咲!もうこんな時間だよ!」


咲「ほんとだ!!まだセキくんについて全然語れてないのに…やっぱりセキくんは時空を歪めるほど魅力的なんだね!!」


凛「知らぬところで神格化されてるセキってどんな気持ちなんだろうな…」


咲「じゃあ凛、手筈通りお願いね」


咲に託された凛は気持ちを入れ替えて二人が待つ廃工場へと入っていった。


一晩中話し続けて疲れているのか、二人は徹夜明けテイションでぐったりしていた。


同じ徹夜明けなはずなのにこんなにも違うのはセキが本当に時空を歪めたのかもな、などと考えた凛はクスリと笑いを浮かべたが使命を全うすべく、気持ちを切り替えた。


クロ「そういうば…クロ…あのとき元に戻ったら私に言いたかったことってなに?」


シロ「それは……別に大したことじゃねえよ。元に戻ったら必ず伝える…だから今は…」


クロ「わかった。必ず教えてね」


凛「記憶の共有は終わったかな?」


シロ「やっと来たか…」


クロ「話せることは話したよ。どうすればいいの?」


凛「じゃあ、二人で向き合って目を閉じてくれ」


ふたりは凛に言われた通り、目を閉じて向き合った。


それを見ていた咲が天井から突然姿を現し、音もなく二人の元に近付き、囁くように呪文のような言葉を吐き出した。


やがてどこからともかく霧が立ち込め始め、二人を包み込んだ。


咲はそれでも呪文を唱え続け、しばらくすると霧の中に飛び込んだ。


そのうち霧が晴れると、咲の傍らで並んで倒れているシロとクロが姿を現した。


咲「終わったよ、すぐ目覚めると思うから。目覚めたら不具合があったら報告するように伝えておいて」


凛「…わかった」


軽く人智を超えたことをしているが、もう慣れて来たのか、凛は特にツッコミを入れなかった。


咲がその場を離れると同時にふたりは目が覚めた。


ふたりはぼんやりした目でお互いを見つめ合わせ、確かめるように口を開いた。


シロ「元に…戻った?」


クロ「戻ってる…よな?」


それだけ口にするとふたりはしばらく黙りこくっていた。


元の体に戻るという念願を果たしたはずなのにあまり嬉しそうに見えない二人に疑問をいだきながらも凛は使命を全うすべく、二人に語りかけた。


凛「元には戻ったが、体が馴染まず、なにか不具合が起きるかもしれない。その時は私に言ってくれ。それと、今後ふたりはなるべく接触を避けるように。一度器になっていた体が近付けば魂にどんな影響がでるか分からないからね」


アドリブでふたりの今後の接触を避けるためにデタラメを吹き込んだ凛。


元に戻ったことで二人を繋げる因縁が無くなり、どこかお互いに距離を感じてしまっているのか、ふたりはどこかぎこちなかった。


このまま別れてしまえば何もかもなかったかのように感じてしまう。だけど、これ以上一緒にいれば悪影響が出るかもしれない。


一緒にいたくても一緒にいる理由を失ってしまったふたりは惜しみながらも別れを告げることを強いられた。


クロ「その…元気でな、シロ」


シロ「クロこそ…元気でね」


本当は…離れたくなんてない。


だけど、これ以上相手の人生を無茶苦茶にするわけにはいかない。


ふたりは背を向けて、お互い別々の帰り道を歩き始めた。


だけど、我慢できなくなったシロは一度クロの方へと振り返った。


しかし、自分に背を向けて歩くクロにシロは声をかけられなかった。


シロ「なにか…伝えなきゃいけないことがあったような…」


元に戻ったばかりで記憶が混沌しているのか、思い出そうとしても思い出せず、シロは前を向いてトボトボと歩き始めた。


それと同時にクロが振り返り、シロの去りゆく背中を見つめた。


クロ「なにか…聞き忘れたことがあったような…」


しかし、思い出せないクロは仕方なく、シロに背を向けて歩き出した。


元に戻ったはずなのに素直に喜べない二人に凛は少々罪悪感に苛まれたが、人の命がかかっているんだと割り切って二人を見送った。


咲「さすがは凛、ナイスアドリブだね」


凛「まぁ、こんなことくらいしか出来ないけどね。それよりも凄いのは咲の方さ。まさか入れ替えることもできるなんて…忍術っていうのはなんでもありだね」


咲「…そんなことないよ。どんな優れた忍術だって、できないことは沢山あるよ」


凛「またまたぁ…人を入れ替える忍術があるなら他にも沢山…」


咲「無いよ」


凛の言葉を食い気味に遮って咲はそう告げた。


咲「人を入れ替える忍術なんて無いよ」


凛「…どういうこと?。入れ替えるのと元に戻すって別物ってこと?元に戻すのが可能なだけで、入れ替えるのは無理とかそういう…」


咲「ううん、入れ替える忍術も元に戻す忍術も無いよ」


凛「え…じゃあ…一体…」


咲「…凛には話しておくけど、私は二人を元に戻すことは出来ないけど、元に戻ったと錯覚させることは出来るの」


凛「それじゃあ…まさか…」


咲「それじゃあ凛、そろそろ私達も帰った方がいいよ。学校に遅刻しちゃうよ」


凛「お、おい!!咲!!」


咲「それじゃあ、また後でね、凛」


凛の呼び止めも聞くことなく、咲はどこかへ消えてしまった。


残された凛はあまりの事実に頭が真っ白になり、しばらくその場で立ち往生していたとさ。

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