小稲賀咲の恋仲裂き
セキ「お、おはよう…結城さん」
なにが恥ずかしいのかはよく分からないが、微妙に顔を赤らめながら凛に朝の挨拶するセキ。
凛「お、おう…」
だが、凛にはもはやそんなものは眼中にはなく、凛の視線はセキの両肩の上で鎌を構えてあぐらをかく威圧的な姿をしたオッさんに集中していた。
話によれば、どうやらこいつはセキにかかっている死神の呪いらしいのだが…赤黒く光り、どこまでも深いその眼差しに凛は思わず恐怖を感じてしまった。
凛「おはよう…ございます」
死神から目が離せない思わず、凛はセキではなく、セキに取り付く死神に挨拶を返してしまっていた。
…だって怖いんだもん。
そんな凛をじっと見つめた後、一呼吸置いてから死神は凛に向かってぺこりと頭を下げ、軽い会釈を返して来た。
…もしかしたら意外と気さくな方なのかもしれない。
見た目とのギャップに凛は思わずそんなことを考えてしまったその時、どこからともなく一本のクナイが死神の背後から死神に向かって飛んで来た。
しかし、死神はまるで動じる様子もなく、後方から飛んでくるクナイを二本の指で挟み込むように華麗にキャッチした。
それと同時に高速で動く人影が死神の背後から飛び蹴りを仕掛けたが、死神は首をひょいと傾げてそれを躱した。
あまりの速さに凛にはその正体はよく見えなかったが、かろうじてそれが咲であることがわかった。
咲「チッ、死神めぇ…」
不意打ちに失敗し、舌打ちをする咲に死神は人差し指を立て、それを左右に振りながら余裕の表情を見せた。
咲「おのれぇ…」
そんな死神に激怒した咲はどこからともなく無数のクナイや手裏剣などの飛び道具を取り出し、その全てを死神へと投げつけた。
しかし死神はその全てを素手で掴み取り、驚くほど器用な手先でそれらを上手につなぎ合わせて花飾りのような一つの輪っかを作り、それを持ち主である咲の頭にポンッと乗せて返してあげた。
…意外と紳士的だ。
セキの真後ろで繰り広げられる戦いを見ていた凛は呑気にそんなことを考えていた。
…っていうか、神話の神に忍者に死神に…この物語の世界観ってどういうことになってるんだろ?。
セキ「今日、いい天気だね、結城さん」
凛がそんないらんことを考えていると、自分の後方で忍者と死神による激しい攻防が繰り広げられていることに気がついていないのか、同じく呑気なセキは凛との会話を続けようとしていた。
凛「え?お、おう、そうだな」
『後ろ、すごいことになってますよぉ〜』と指摘したい凛であったが、咲的には知られたくないことだろうし、黙っておくことにしたとさ。
結局、その後分身の術かなにかよく分からないが、13人くらいに分身した咲による死神への猛攻は続いたが、かすり傷一つ付けることなくその日の朝の時間は終了したとさ。
…うん、やっぱり私の親友、人間やめてるね。
咲「くそっ、あの死神めぇ…いつか殺してやる」
お昼頃、当たり前のようにゴットスレイヤー発言をする咲に凛が話しかけた。
凛「凄いねぇ、いつもあんな感じで戦ってたの?」
咲「まぁね。授業中とかよく戦ってるよ」
凛「え?なにそれ?全然気がつかなかったんだけど?」
咲「まぁ、戦闘中は教室に安眠の術をかけて眠りを誘って、みんなの注意力を抑制してるから、気がつかなくても無理はないよ」
凛「はぇ〜、授業中眠たくなるのは忍者のせいだったんですねぇ」
咲「それより、セキ君を守るために早く対策を考えなきゃ…」
凛「そうだね」
『なぜ咲が忍術を使えるの?』と、聞きたいところだが、今はセキの命の方が大事なのでひとまず置いておくことにした凛。
咲「本当はあの死神を倒すことができれば、それが一番話が早いんだけど…まだまだ私の腕も足りてないし、あいつを倒せるほどの力をつけるには時間がかかる」
凛「…逆に言えば、時間さえあれば神を倒せるのか…」
…忍者ってすごいね。
咲「仕方がないから、やはり当初の目的通り、周りの脅威を排除する必要があるよ」
凛「脅威っていうと…リア充か…」
咲「神話の神は…特に女神は色恋沙汰には煩いからねぇ…。セキ君にかけられた嫉妬の神の呪いはやっぱりリア充には強く反応してしまうと思うよ」
凛「確かに神話の神ってよく浮気してるって聞くし、そういう関係でリア充は憎いのかもね」
咲「そういうわけで、リア充は生まれる前に排除しないとね」
凛「でもこのクラス…やばいくらいフラグが乱立してるんだよねぇ…」
咲「そんなに乱立してるの?」
凛「うん。例えば…長内仲と音鳴清は家が隣同士の幼馴染でいい感じの関係なんだそうだ」
咲「漫画ではよく見るやつだね。…よし、じゃあ手始めにそいつらの間柄を引き裂いてやりますか」
凛「うーむ…いくら人の命がかかっているとはいえ、少し心苦しいが…仕方がないか。それで、どうやって仲を引き裂くの?」
咲「まずは情報収集だね」
凛「情報収集って…どうやって?」
咲「私に任せて。私にはデートで鍛えたストーキング技術があるからさ」
凛「…普通、デートでストーキング力は培われないんですが、それは…」
数日後…
咲「度重なるデートによって、二人の情報を集め終えました」
凛「デート(隠語)」
咲「で、このお二人なんですけどねぇ…一言で言えばコテコテのラブコメなんですわ」
凛「と、いうと?」
咲「なんか長内の両親が多忙かなんか知らないけど、長内の家に親があまりいないことをいいことに、音鳴が家に上がり込んで朝起こしに行ったり、ご飯作りに行ったり…」
凛「それは…爆発すればいいのに…」
咲「そう?私も時々セキ君にしてるよ?。バレないように起こしてあげたり、こっそりご飯作って届けてあげたり…」
凛「…座敷わらしかなにかかな?。そして家に忍び込むとか、さらりと不法侵入を犯すな」
咲「純情な乙女の私がセキ君のお家に入るなんて…そ、そんなこと…恥ずかしくてできないよぉ//」
凛「あ?」
咲「いや、実際ね、家には入ってないから。朝起こすのは公衆電話からモーニングコール鳴らしてるだけだし、ご飯は自分で作ったものを玄関先に置いておくだけだし」
凛「家の前にこっそりご飯を置いておくとか…お前はごんぎつねかなにか?」
咲「だってぇ、セキ君って一人暮らしだからぁ…栄養あるもの食べて欲しくてぇ…」
凛「まぁ、それはさておき…他になにか情報はあるの?」
咲「この二人、おそらく相思相愛だとは思うんだけど…音鳴はなかなか素直になれないツンデレヒロインで、長内は肝心なところが聞き取れない難聴系主人公っていうこともあって、未だに付き合うまで発展してないそうなんだ。それと後、この二人にはもう一人幼馴染がいるらしいんだけど…まぁ、それはどうでもいいや」
凛「ふーん。それで、それを知った上でどうやって関係をこじらせるの?」
咲「まぁ、こういうのは釘を刺しておくのが一番かな。凛は見てな」
そう言うと咲は音鳴の席の方へと歩いて行き、音鳴に話しかけた。
咲「ねぇねぇ、音鳴さん」
音鳴「小稲賀さん?どうしたの?」
咲「音鳴さんってさ、長内君と仲いいよね?もしかして…付き合ってるの?」
音鳴「え!?え!?…い!いや!違うよ!私とナカはそんな関係じゃないよ!ただの幼馴染だよ!」
咲「え!?そうなの!?付き合ってないの!?。…でも、そんなこと言って、本当は好きなんじゃないの!?」
わざとなのかどうかは知らないが、クラスの他の人にも聞こえるくらい大きな声で咲は音鳴に質問をした。
音鳴「そ!そそそそそそんなわけないじゃん!私とナカはただの幼馴染だもん!」
咲「ふーん、そうなんだ…じゃあさ、長内君、私が貰ってもいいかな!?」
音鳴「えっ…それは…」
咲「前々からいいなぁと思ってたんだけどさ、音鳴さんがいるから無理かなって諦めてたんだ。でも音鳴さんにその気がないなら、いいよね?私が長内君を貰っちゃっても。だって、ただの幼馴染なんだよね?」
音鳴「う、うん…」
咲「ほんと!?ありがとぉ!!。これからも長内君のとのこと、相談に乗ってね!!じゃあね!!」
その後、咲は上部だけ嬉しそうな顔をしながら凛の元に戻ってきた。
凛「…えげつないことするね、咲」
咲「は?ツンデレだかなんだか知らないけど、自分の気持ちに素直になれないあの女が悪いんだよ。もっと私を見習って、やりたいことをすればいいのにさ」
凛「いや、お前はもっと取り繕うことを学べ」
こうして、二人の中に割り込んだ咲は…。
咲「え!?音鳴さんって長内君の家に上がり込んでご飯作ったりしてるの!?」
音鳴「う、うん…」
咲「それ、どうかしてるよ?。ただの幼馴染のくせにそこまでする?」
音鳴「で、でも、ナカの親は忙しいから私が代わりに…」
咲「でもただの幼馴染なのに、どう考えてもおかしいよ。それに、長内君だってきっと迷惑してるよ?。いくら幼馴染とはいえ、そんなに女の子にべったりされたら、他の女の子が近づけないじゃん?」
音鳴「そ、そうだね…今度から…控えるよ」
順調に二人の中をかき乱し…
咲「ねぇ、音鳴さん、さっき長内君と何話してたの?」
音鳴「…いや、別に…大した用事じゃないよ?」
咲「大した用事でもないのに…あんなに仲良さそうに話してたんだ?。…酷いよ、私の気持ちを知ってるはずなのに…ただの幼馴染のくせに…」
音鳴「えっ、いや…ほんとに大した事じゃなくて…」
咲「あんまり長内君に近づくのやめたほうがいいよ。音鳴さんがいると、他の女の子も長内君に近づけないし…きっと長内君も迷惑してるよ?」
音鳴「…そう…だね…」
見事に二人の間柄を引き裂いた。
咲「ふっ、ちょろいちょろい」
凛「冷静に考えてめちゃくちゃ嫌な女やってるね、咲」
咲「構わないさ。相手が誰であろうが、私はセキ君のためなら嬉々として嫌われよう」
凛「さすがは咲だな。…でもさ、こういう展開って…漫画だとよく逆に二人の仲を深める活性要素になったりしない?」
咲「大丈夫大丈夫。凛は心配しなくていいよ」
凛「…ほんとに大丈夫かなぁ」
その日の放課後、一人で下校しようとしていた音鳴スムであったが、校門である人物に話しかけられた。
長内「おう、スム。…一緒に帰るか?」
相手は音鳴の幼馴染の長内ナカであった。どうやら音鳴を待ち伏せしていたようで、長内は控えめに音鳴を誘った。
音鳴「ごめん、ナカとは一緒に帰れない」
長内「…なんで?」
音鳴「別になんでもいいでしょ?。とにかく、ナカとは一緒に帰れないの」
長内「…なぁ、なんで最近そんなに冷たいの?俺、お前になんかしたか?」
音鳴「別に、何もしてないよ?」
長内「じゃあ、なんで俺のこと避けるんだよ?」
音鳴「…ナカが何もしてくれないからでしょ」
長内「ん?なんか言った?」
音鳴「ううん、なにも言ってないよ。とにかく、悪いけどナカとは一緒にいられないの」
長内「待てよ!」
音鳴「付いて来ないで!!…私達、ただの幼馴染じゃん」
音鳴はそう言って足早に長内の元から去っていった。
長内はそんな音鳴を追いかけることもできず、ただじっと見つめるしかできなかった。
そのまましばらく長内が道端でぼうっと突っ立っていると、後ろから声をかける人物が現れた。
水橋「…大丈夫か?長内」
セキ「こんな道端で…なにしてるの?」
話しかけてきたのはクラスメイトの水橋とセキであった。
長内「…水橋とセキか」
水橋「通行人の邪魔になるからこんなところで突っ立ってんなよ?。男が突っ立っていいのは失恋した時とションベンの時だけって法律で決まってんだぞ?」
セキ「…いや、さすがにそれは男の肩身が狭すぎない?」
長内「失恋か…そうなのかもなぁ…」
長内のぼやきを聞いた水橋とセキは一瞬、顔を見合わせ、その後水橋が口を開いた。
水橋「ちょっと話を聞かせろよ、長内」
長内を引き連れて近くの公園に訪れた水橋とセキはそこで少し長内を一人で待たせた後、手にコンビニの袋をぶら下げて戻ってきた。
水橋「肉まん食うか?」
長内「いいのか?」
水橋「構わんよ、男と半分こでいいならな」
自虐的な事をぼやきながら水橋は肉まんを半分に割って、片方を長内に渡した。
セキ「一度でいいから女の子と半分こしてみたいよね。…あ、僕からはあんまんをどうぞ」
そう言ってセキは長内に半分のあんまんを手渡した。
長内「…半分ことか、あんまりいいもんじゃないけどなぁ」
水橋「え?なに?お前はすでに肉まん半分こ童貞を卒業してると言うのか?」
セキ「チッ、これだからリア充は…。あ、蕁麻疹出たよ」
長内「え?蕁麻疹?」
水橋「いや、なんかこいつさ、最近リア充を見るとなにかしら異常が出るらしいんだよね」
長内「なにそれ?アレルギー?。あと別に俺はリア充ではないぞ」
セキ「なんだ、そうなんだ…心なしか、蕁麻疹が軽くなった気がする」
水橋「で、さっきの話だけど、誰に初めての肉まん半分こを捧げたんだよ?」
長内「誰って…ス…音鳴だけど?」
水橋「ああ、そういえばお前ら幼馴染らしいな。…いいなぁ、俺も幼馴染に肉まん半分を捧げたかったなぁ…」
長内「だから別にいいもんじゃないって。昔から俺は肉まんが好きなんだけど、向こうはあんまんが好きでさ、でも買えるのは一つだけだったからどっちかは譲らなきゃいけなかったんだよ」
セキ「…ごめん、好きでもないあんまんを押し付けて…」
長内「いや、別に嫌いなわけじゃないから…。まぁ、でも結局いつも折れるのは俺の方で、俺は好きな肉まんをずっと食べ逃してしまったんだよ」
水橋「それがどうしたんだよ?。好きな肉まんよりも好きな女の子と食べるあんまんの方が美味しいに決まってるだろ?」
セキ「完全に同意」
水橋「それにだ、あんまんを食べる事でまた一つ、その子のこと知れるんだぜ?」
セキ「そうだね。どんなものが好きなのかわかるもんね」
水橋「自分の好きなものもいいけど、その子が好きなものも加えることで、また新たな発見に繋がるかもしれないしな」
長内「新たな発見、か…」
長内は自分の手に持っている肉まんとあんまんをしばらく見つめ、そして、その二つを同時に口に運んだ。
水橋「…お味はいかが?」
長内「…クソまずい」
セキ「だろうね」
長内「好きな子が好きなものを知れるのはいいことだけど…俺は、あいつに肉まんの旨さを知って欲しかったな」
セキ「それはわかる。好きな人に自分の好きなもの知ってもらいたいよね」
水橋「それじゃあ、今度はその子に肉まんを食わせてやれよ。お前の気持ちを、知ってもらえよ。じゃなきゃ、伝わらないぞ?」
長内「…そうだな。いつかは自然に分かってくれると思ってた。それが当たり前のことなんだって思ってた。だけど、伝える努力をしなきゃ、やっぱり伝わらないよな」
セキ「そうだね。…ちゃんと伝えなきゃ、分かんないよね」
長内「…ありがとう、二人とも。おかげで告白する決心がついたよ」
水橋「そっか、頑張れよ」
セキ「…応援してる、心から」
そうして、水橋とセキは去りゆく長内の背中を見送った。
その後、セキはぼそりと呟いた。
セキ「…肉まんの件、必要だったかな?。正直、無理やり感が強かった気がする」
水橋「ほっとけ。…それより、お前はいつ告白するんだ?」
セキ「僕は…もうちょい待って。…まだ告白する勇気が出ない」
水橋「…今のところライバルはいなさそうだから、そんなに焦る必要はないが…相手は待ってくれないからな?」
セキ「…わかってる」
そして翌日…。
凛「噂で聞いたんだけど…なんか長内が音鳴に告白するって聞いたんだけど?」
咲「らしいね」
凛「らしいねって…それは大丈夫なのか?」
咲「大丈夫大丈夫、秘策があるからさ。…だから、凛は心配しなくていいよ」
凛「咲…」
そして、時は放課後を迎え…長内はメールで音鳴を屋上に呼び出していた。
音鳴「…なに?大事な話って」
長内「…いままでずっと伝えようか迷ってた。こんなこと、わざわざ口にしなくてもお前なら分かってくれるかなって勝手にそう考えてたから、伝えなくても大丈夫だと思ってたんだ。でも、やっぱりちゃんと声に出して伝えなきゃ、伝わらないこともあるんだって分かったんだ」
音鳴「…うん。私も、ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」
長内「うん、だから…今日は俺の気持ちをお前に伝えに来たんだ」
音鳴「教えて…ナカの気持ち…」
長内「俺、長内仲は…ずっとずっと昔から…いや、初めてあったその時から、お前が…音鳴清が…大好きなんだ!!」
積年の思いをようやく口に出して伝えた長内。そしてその言葉をずっと待っていた音鳴。
そんな二人の間を一陣の風が吹き抜け、桜の花びらを舞い散らせた。
それはまるで…二人を祝福するかのように…。
恥ずかしさと照れですぐさまどこかに逃げ出したいと思いつつも、それを上回る喜びが清の体を満たし、それは涙となって瞳から溢れた。
音鳴「私も…」
長い歳月をかけ、ようやく二人は結ばれる…
音鳴「私も、ナカのことが…好…」
はずだった。
音鳴が自分の気持ちを伝えようとしたその時、どこからともなくそれは鳴り響いた。
甘酸っぱいの全てをぶち壊すかのごとく、それは残酷に…そして軽快な音楽を響かせた。
それと同時に、いつの間にか屋上に姿を現していたのは…愛する人のために二人の仲を引き裂かんとする小稲賀咲であった。
彼女はなにやらポップな文字が描かれた身の丈ほどの大きなプラカードをこれ見よがしに大きく掲げ、そして大きな声でこう宣言した。
咲「テッテレ〜♪ドッキリ、大成功!!!!」
音鳴「…え?」
あまりに唐突な出来事に音鳴は呆然としていた。
そして、咲の掲げたプラカードに書かれている『ドッキリ、大成功!!』という文字を認識した瞬間、音鳴は悟ってしまったのだ。
自分は弄ばれていたのだと…。
長内「お、おい!これは一体…」
音鳴と同じく、事情が把握できない長内が口を開こうとしたが、それを遮るように咲は音鳴に激流のごとく声をかけた。
咲「いやぁ!残念でしたねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!ドッキリです!!ドッキリどぅぇぇぇす!!!!ねえねえねえねえ!?!?マジの告白かと思った!?マジで信じちゃった!?残念残念!!嘘嘘嘘嘘嘘!!ずぅぇぇぇぇぇんぶ嘘!!ねえ、いまどんな気持ち?どんな気持ち!?もしかして…ガッカリした!?ガッカリしちゃった!?傷ついちゃった感じ!?乙女の純朴壊れちゃった感じ!?ウケるんですけどぉぉぉぉ!!!!!マジウケるんですけどぉぉぉぉ!!!!」
喜びの涙が一瞬で枯れ果て、代わりに出どころの違う涙で音鳴の瞳は濡れていた。
そして、悲しみと憎しみ…それら全てを集約した表情で長内を一瞥した後、音鳴は逃げ出すように走り去ってしまった。
長内「お、おい!スム!」
そんな音鳴を追いかけて、長内もその場を去ってしまった。
屋上に一人残された咲…そんな咲にある人物が声をかけて来た。
水橋「…ねぇ、さすがにやり過ぎなんじゃない?。そりゃこんなことされたら誰でも傷つくよ」
クラスメートが告白するという勇姿を焼き付けようと隠れてこっそり見ていた水橋が咲にそう声をかけて来た。
心なしか、その声には咲へと嫌悪感が含まれていた。…まぁ、当然といえば当然だが…。
咲「え?なに?私に説教でもしに来たの?。ウケるんですけど?。…っていうか、お前関係無いじゃん」
水橋「確かに俺は当事者じゃ無いから関係無いけどさ…っていうか、なんでこんなことしたの?」
咲「なんでって…」
もちろん、全ては愛するセキのため…。
だが、それを言っても信じてくれないだろうし、なにより、誰かに話してしまったことで、もしその呪いの存在がセキに伝わってしまったら、セキの呪いの力は強くなってしまう。
それだけは絶対に避けたい咲の出した結論は…
咲「面白いからに決まってるじゃん」
水橋「…は?」
咲「だってさ、ウケるじゃん?あの上げて上げて、その後に地の底まで突き落とすあの感じ?…ほんとたまらないよね?告白ごときに必死になってる馬鹿どもの計画をぶち壊すのって、チョーウケるし…」
水橋「はぁ…救えないやつだな」
咲の自分勝手な回答に水橋が呆れていたその時、水橋の背後からとある一人の人物が姿を現した。
セキ「…ウケないよ」
心なしか、その声は震えていた。
セキ「そんなの全然、面白くないよ」
多分、その震えは…怒りによるものなのだろう。
セキ「人の告白を台無しにするとか!そんなの全然面白くないよ!!」
水橋「…セキ」
セキ「告白ごときってなんなのさ!?告白するのってすごい勇気がいるんだよ!?好きな人に気持ちを知られるのってすごい怖いんだよ!?失敗したら、もう後戻りは出来ないし…相手が大切な人ならそれだけ、臆病にもなるし、慎重にもなるし、だから成功させようと必死に考えるし…。そんな人が必死で頑張ってる姿を馬鹿にしたり、笑ったりとか…最低だよ!!」
普段、口数が決して多いわけではないセキから、こんなにも熱のこもった言葉を聞いたのは付き合いのある水橋でも初めてだった。
それだけ、セキは咲に対して怒っているのだ。
セキ「最低だよ、小稲賀さん。だって…だってさ…僕だったら…告白なんて怖くて出来ないもん…」
言いたいことだけ言い切ったセキは咲に背を向けて屋上から立ち去っていった。
水橋も後を追うようにその場を後にした。
代わりに屋上に現れたのは…。
凛「咲…」
唯一咲の事情を知っている凛だった。
どこで告白が行われるかも知らなかった凛は、咲がなにやら良からぬことをやらかしそうな気がしていたので、咲を探して先ほどまで校舎を駆け回っていて、つい先ほど、ようやく屋上に辿り着いたのであった。
そのせいで、状況はイマイチ把握できなかったが、咲の大好きなセキが咲に向けた『最低だよ』という言葉だけは聞こえていた。
そこから咲の持っていたプラカードや、状況を見て、何が起こったのかはなんとなく察していた。
そんな咲は凛に話しかけられたにもかかわらず、凛に背を向けてただその場に突っ立っていた。
凛「咲、そのさ…」
凛には、もはや咲になんと声をかければいいのかが分からなかった。
咲がずっと憧れていたセキ、全てはその彼を守るためにやったことなのだ…。
そしてその結果、咲は大好きなセキに嫌われることとなったのだ…。
咲がどれだけセキのことが好きなのかは凛には分かっていた。
親友なのだから、その気持ちは痛いほど分かっていた。
そんな咲に…どんな顔して、どんな言葉をかければいいのか…。
そう考えた凛が言葉を詰まらせていたその時…
咲「凛、私さっきさ…」
咲が口を開き、凛の方を振り返り、そして…
咲「セキ君といっぱいお話し出来たんだ!!」
満面の笑みを見せた。
凛「…は?」
咲「快挙だよ!!こんなにセキ君といっぱいお話しできるなんて夢のようだよ!!だってさ、恥ずかしくて『おはよう』の一言も言えなかった私が、あんなにいっぱいセキ君とお話し出来たんだよ!?もう嬉しくて胸が爆発しそうだよ!!」
凛「ちょ、ちょい、落ち着け、咲」
予想外の反応に言葉を無くした凛を他所に、咲は幸せそうな顔をしていた。
咲「あぁ、神様仏様、今日という日をありがとう。私、小稲賀咲は今日この日を記念日として、未来永劫に語り継いで行きとうございます」
凛「ま、待てよ、咲。嫌われたんだぞ?大好きなセキに嫌われたんだぞ?それでもいいのか?」
咲「凛、好きの反対は嫌いじゃないよ?。好きの反対は無関心だよ?セキ君にとって今までの私はその無関心、つまりはどうでもいい人だったんだよ?。それが今回のおかげで『どうでもいい人』から『嫌いな人』にランクアップしたんだよ!?これを喜ばずにいられますか!?」
凛「た、確かにそうかもしれないけど…」
咲「あぁ、この調子で言ったら来月には付き合うまで発展してるかもしれないよぉ〜。今は四月だから、5月には付き合って、6月には結婚しちゃうかもしれない!!。やーん♡、今年のジューンブライドに間に合っちゃうよぉ〜」
まるで乙女のように顔を赤く染めながら嬉しそうにそう語る咲。
咲「これは素晴らしいことなんだよ!?大きな一歩なんだよ!?こんなに素敵なことは他にないんだよ!?…だから凛、そんな顔しないで、一緒に喜んでよ」
凛「ねぇ、咲は本当にこれでいいの?」
咲「もちろん。初めから、覚悟の上だよ?」
凛「…わかった。咲がそれでいいって言うなら私は止めない。だけど、咲が一人で悪役になるのは見てられない。だから今度から私も一緒に…」
咲「バカ、二人して嫌われる必要はないでしょ」
凛「そうだけど…」
咲「それにね…凛はダメなんだよ。凛だけは…絶対ダメなんだよ」
凛「…どうして」
咲「とにかく、凛は良い子でいてもらわないとダメなの。それにね、多分今後は悪者の私だけじゃあどうしようもないケースが起こるもしれない。その時のためにも、凛には良い子でいて欲しい」
凛「…わかった、咲がそこまで言うならそうするよ。でも、それでも私は咲の味方だからな?」
咲「うん、ありがとう」
その時、屋上に佇む障害物の影から何かの気配を感じた咲は、即座に戦闘モードに入り、高速でその正体を追い詰め、力技で捕らえた。
咲の華麗な関節技で完全に動きを封じられたその男子生徒は痛みのあまり声を発した。
男子生徒「痛たたたた!!痛い痛い!!ありがとうございます!!」
痛みを訴えながらもなぜか感謝の言葉を述べるその男子生徒はよく見るとクラスメートの一人である愛無生であった。
凛「お前は…愛無?」
愛無「痛い痛い!!なんで急に女子から関節技きめられなきゃいけないんだよ!?ほんっと…ありがとうございます!!」
咲「なぜお前がここにいる?」
愛無「別俺は古い馴染みの長内が告白するって聞いたから屋上に先回りして盗み聞きしてただけだよ!!で、そしたらなんかいろいろあって…いままで出てくるタイミングを失って 、今に至るってわけ!!」
咲「そういえば、お前は長内と音鳴のもう一人の幼馴染だったな」
愛無「…まぁ、幼馴染って言っても、俺は途中参加だからあの二人ほどの仲じゃないけどな」
咲「で、肝心な事を聞くが、お前にはさっきの私達の会話が聞こえていたか?」
一女子高生とは思えないほど、威圧的な声で訪ねてくる咲の殺気が一般人の愛無にも伝わったのか、震えた声で愛無は答えた。
愛無「…イイエ、ワタシナニモシラナイ、キコエテナイ」
咲「…よし、殺そう」
愛無「ノンノンノンノン!!!!待って!!殺すのは待って!!せめて俺に彼女ができるまで待って!!」
凛「そうだぞ、さすがに殺すのはやり過ぎだろ?」
咲「だが、こいつは私達の秘密を知ってしまった。…このままではセキ君の命に関わる。ここで始末するのが一番手っ取り早い」
凛「いや、始末するって…確実にそっちの方がめんどくさいだろ?」
咲「私には事故に見せかけて人を殺める術はいくつかあるが?」
凛「いや、過激すぎるよ、咲。愛無、お前は私達の話はどこまで聞こえた?」
愛無「えっと…まぁ、よく分からないけど、セキのためにリア充を淘汰しようとしているのはわかったけど…」
凛「私達のやってることはさ、これでも人の命がかかってることなんだ。だからお前に言いふらさせると犠牲者が出るかもしれないんだ。…詳しいことは話せないけど、お願いだからこのことは誰にも話さないで欲しいんだ」
咲「…ってか、喋ったら殺す」
愛無「わかった!わかったから待って!殺すのは待って!せめて俺が童貞を卒業するまで待って!」
凛「本当に分かってくれたか?」
愛無「遊び半分でここまで脅すとは思えないし、とりあえず二人の話は信じるし、誰にも話さないよ。…っていうか、なんだったら協力してもいい」
咲「協力?」
愛無「目的は分からないけど、二人はリア充を玉砕させようとしてるんだろ?俺もそれに協力してもいい。…というか、協力させてください!!」
凛「どうしてそこまで、私たちに協力しようとするんだ?」
愛無「人の命がかかってるんだろ?だったら、その人を守るために協力したいと思うのは当然だ…という大義名分の元、憎きリア充に目にもの見せてやりたい」
凛「うわぁ…ゲスいなぁ…」
愛無「俺は役に立つと思うぜ?。なんせ俺はリア充が近くにいると身体が拒否反応を起こして吐血しちまう体質だからな」
咲「…なんだ?その体質」
愛無「まぁ、俺にもいろいろあるんだよ。で、その体質のおかげで、俺ならリア充になりそうな奴が吐血で分かるってわけだ」
咲「なるほど、リア充センサーというわけか…」
凛「反応するたび口から血を吐くって…嫌なセンサーだな」
愛無「どうだろうか?俺は殺すには惜しい人材だと思わないか?」
凛「…どうするの?咲」
咲「とりあえず、様子見ということで…」
こうして、リア充の撲滅を望む、新たな仲間が加わったとさ。