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病院にて

凛とセキが観覧車から落下した事故はそれなりに大きなニュースとなって報道された。


地上50メートルから落ちた二人…だが、二人はこれといった怪我もなく、ほとんど無傷で生還した。


世間ではそれを奇跡やら運が良かったやらで片付けていたが、凛だけがその真相を知っていた。


『自分とセキを助けてくれたのは…セキに取り付く死神であった』ということを…。


そしてあの事件の後、凛とセキは念のため病院へと搬送され、2,3日経過を見るために入院を強いられ、病院のベッドで横になっていた。


事故当時、観覧車から飛び出した後、意識を失ってしまい、気がつけば病院のベッドで目覚めたセキは病院のベッドで『なぜ助かったのか』と、困惑するばかりであったが、あの事故の日以来、凛の様子はおかしかった。


入院中の凛は事あるごとに思い出したかのように何度もベッドの中に丸まってはなにやらブツブツと繰り返していた。


凛「いや、違う。これは違う。これは死の淵を彷徨った恐怖から来るもので、断じて、断じてそういうのじゃないんだ」


まるで自分に言い聞かせるように、何かから目を背けるかのように独り言を繰り返す凛の姿に心配した医者は、凛を診療室へと飛び出し、凛に体調を尋ねた。


医者「結城さん、最近、具合はいかがかな?どこか痛むところはあるかい?」


凛「実は…最近、胸が痛いんです」


優しく体調を尋ねてくる医者に、凛は深刻そうにそう打ち明けた。


医者「胸が痛いのかい?。どんな風に痛むのかな?」


凛「あの日の…あの事故のことを思い出すと、胸のドキドキが止まらなくなって、張り裂けそうになるんです」


そう言って凛はまたあの日の、あの事故の時の死神が思い浮かび、それと同時に心臓が大きく鼓動し、胸の痛みを感じた。


凛「先生、私…どうなっちゃったんですか?これは一体どういう病気なんですか?」


この胸のドキドキが病であると信じたい凛は藁にも縋るような思いで医者にそう尋ねた。


医者「結城さんの症状はおそらく…PTSD、心的外傷性ストレス障害だろうね」


凛「PTSD?」


医者「悲惨な事故や事件にあった被害者がよく陥る病気で、強い精神的衝撃を受けることが原因で心身に支障をきたす心的後遺症のことだ。かわいそうに…よっぽど怖かったんだろうね」


凛「…ですよね?。これってただのトラウマですよね!?。これって恐怖から来るものなんですよね!?。決して吊り橋効果とかそんなものじゃないですよね!?」


医者「え?お、おそらくは…」


医者の診断を聞いた凛は前のめりに、どこか嬉しそうに食いついた。


凛「やっぱりそうだよ、これは怖かったからなんだよ。だってあんな高いところから落ちたんだもん、そりゃあ怖いに決まってるよ。…ありがとうございます、先生、おかげで元気になりました」


医者「え?、そ、そうかい、それは良かった」


PTSDだと診断されて喜ぶ患者を初めて見た医者は困惑していた。


だが、そんなこと御構い無しに、医者のお墨付きをもらった凛は意気揚々と診療室から立ち去ろうとしていた。


しかしその時、再び凛の心臓が激しく鼓動し始めた。


なぜならば診療室の前の廊下で凛と同じく入院していたセキ…いや、セキの頭上に居座る死神とばったり出会ってしまったからだ。


セキ「結城さん…怪我は…」


事故以来、初めて凛と会えたセキが凛の体の具合を尋ねようとしたその時、凛が心臓辺りを抑えながらその場で蹲ってしまった。


凛「胸が…苦しい…」


セキ「結城さん!?」


凛の様子に気がついたセキが凛へと駆け寄ろうとしたその時…。


凛「来ないで!!」


凛はセキに…いや、セキに取り付く死神に向かってそう叫んだ。


いま間近であの死神の鋭い瞳に見つめられたら…そう思うと凛はおかしくなってしまいそうだったからだ。


だが、そうとは知らずに拒絶されたセキは思わずその場に固まってしまった。


やがて医者が凛を抱え、病室へと連れて行ってしまった。


しばらくしたのち、診療室へと呼び出されたセキは医者からこんなことを言われた。


医者「申し訳ないが、しばらく結城さんに近づかないでくれ」


セキ「…え?」


なぜ医者からそんなことを言われなければいけないのかわからないセキはただただ困惑していた。


医者「結城さんは体に大事はないんだが…あの事故で心に大きく傷を負ってしまったようで、あの事故のことがトラウマになってしまっているんだ。そしておそらく、あの事故当時、一緒にいた君を見ると、あの事故のことを思い出してしまうのだろう。だから…傷が癒えるまで彼女に会うのは控えてもらえないだろうか?」


医者のそんな言葉を聞いたセキは頭が真っ白になってしまい、何も言えずにいた。


そして放心状態のまま病室のベッドに戻ってしばらく横になっていると、突然、弱々しく乾いた笑い声を上げ始めた。


セキ「ははは…好きな人がいるからと、木っ端微塵に振られた挙句…さらには医者から会うなとまで言われて…僕って一体…ははは…」


残酷なまでに救いようのない展開にセキはただただ笑うしか出来ず、一通り力なく笑った後、病院のベッドで一人、ひっそりと泣いた。












咲「お見舞いに来たよ、凛」


凛「おっ、ありがとう、咲。ちゃんと見舞いの品は持って来たか?」


咲「果物とかたくさん持って来たけど全部セキくんにあげた」


凛「さすが咲だな」


相変わらず一途な咲を見て、凛はいつもの日常に戻ったような感覚に陥り、どこか安心することが出来た。


咲「でも、セキくんも凛も無事で良かったよ。私も助けようとしたんだけど…さすがに間に合わなかったから…」


凛「咲が気にすることじゃない。こうして無事だったんだからいいじゃないか」


咲「ほんと…無事で良かった。二人が観覧車から落ちるのを見たときは心臓が止まるかと思ったんだよ」


凛「『二人が』、じゃなくて『セキくん』が、じゃないのか?」


咲「ううん、セキくんももちろんだけど、ちゃんと凛の心配もしたよ。100対1くらいの割合だけど」


凛「セキの1%でも心配してくれたなら、身に余る光栄だね」


咲「でも…二人を助けたのがあの死神だなんて…」


そういう咲の声には殺気がこもっていた。


咲「そもそも、死神さえいなければ二人が観覧車から落ちることもなかったんだ。あの死神さえいなければ…絶対に許さない…」


ワナワナと怒りに震える咲を前に凛は小さな声で呟いた。


凛「わ、分かんないじゃん」


咲「…なにが?」


凛「…あの死神さんのせいでこうなったかなんて分かんないじゃん」


凛は照れ臭そうに咲にそんな意見をぶつけた。


咲「…なに言ってるの?凛」


咲からすれば親の仇にも等しい宿敵を擁護するような凛の発言に咲は戸惑っていた。


そんな咲に、凛は頰を赤く染め、もじもじしながらこんなことを物申した。


凛「だ、だから…分かんないじゃん。死神さんにそんな悪意があるのかどうかなんて…」


咲「な、なに言ってるの?凛。あいつはセキくんを殺そうとしてるんだよ!?」


凛「そもそも本当にセキを殺そうとしている悪い人なのかも半信半疑だし、仮にそうだとしても本意ではなくて、仕方なくやってるのかもしれないし…」


凛はまるで友人から自分の彼氏を馬鹿にされて、それを擁護している乙女のような顔をしていた。


咲「凛!!しっかりしてよ!!凛!!。やっぱりあの事故でどこか頭ぶつけちゃったの!?」


凛が普段見せない乙女の顔をしながら死神を擁護している姿に咲は凛のことが心配になり、凛の方を掴んでガタガタ揺さぶりながらそう叫んだ。


凛「でもさ、でもさ…分かんないじゃん」


そう、凛はまだなにも知らないのだ。


あの死神のことも、セキの呪いのことも、咲のことも…自分の気持ちさえも…。


咲「どぉーしよぉー、凛がおかしくなっちゃったぁぁぁぁ!!!」


死神のことを思いながら物思いにふける凛の方をガタガタ揺らしながら咲はただひたすらに嘆いていた。











一方その頃、セキはというと…。


好きな人に拒絶され、泣くことしかできなかったセキは数時間、ベッドの中で泣いていたがやがて涙も枯れて、泣くことすら出来なくなってしまった。


泣いて感情を発散しなければ溜まっていく一方な状態であるのに、泣くことすらできないセキは一人でぼうっとしながら悲しみを抱えていた。


愛無「ようやく泣き止んだか」


そんな時、セキの隣のベッドの仕切りであるカーテンが颯爽と開き、隣のベッドで寝ていた愛無が声をかけて来た。


セキ「お前は…誰だっけ?」


愛無「いや、誰って愛無だよ」


セキ「…え?…ごめん、覚えてない」


愛無「いやいや、クラスメートの愛無だよ」


セキ「…ごめん、マジで分かんない」


愛無「だからぁ…セキのクラスメートでリア充見ると吐血する特殊体質を持ち、この前の今田勝と戦場花蓮の決闘に巻き込まれて、重症を負って、いままで入院生活を余儀なくされていた長内仲と音鳴清のもう一人の幼馴染である愛無生だよ!!」


セキ「…あー、そういえばそんな奴いたかも」


愛無「ここまで言って『そんな奴いたかも』って…お前…」


今田「愛無だけじゃない、俺もいるぞ」


愛無がそんな風に嘆いていると、今度は愛無の逆の方向のセキの隣のベッドの仕切りのカーテンがシャッと開き、そこから今田の姿が現れた。


セキ「今田!?どうしてここに…」


今田「花蓮の攻撃をまともに受けて、ここに入院してたんだよ」


セキ「そっか、心配してたんだ、元気そうで何よりだ」


愛無「…俺との扱いの差は一体…」


セキ「でも今田が隣にいたなんて、今まで気がつかなかったよ。…っていうか、うちのクラス入院患者多いね」


今田「ずっと辛気臭い顔してたからな。話しかけ辛かったんだよ」


セキ「そっか…ごめん」


愛無「それはそうと、セキよ…さてはお前、失恋したな?」


セキ「…え?どうしてそれを?」


愛無「リア充センサーを持つ俺は、リア充を見ると吐血するほど体調が悪くなるが、失恋したやつを見るとみるみる体調が良くなるのだよ」


今田「なんちゅう嫌味な体質だ」


愛無「そして今のセキを見ていると、みるみる体調が良くなるのが分かる。全治3ヶ月と言われたこの全身の折れた骨がみるみる再生して行ってるのが分かるからな。そんな俺の体が物語ってる、お前が大失恋をしたとな」


今田「お前、人間やめてね?」


失恋をした奴を見るのが余程心地良いのか、愛無はテンションアゲアゲでそんなことを口走っていた。


愛無「そういうわけで、セキの話を聞いてやろうじゃないか。今のセキの話を聞けば明日には退院出来るかもしれないからな!!」


セキ「…え?やだよ」


愛無「WHY!?なぜだ!?この俺様が話を聞いてやるって言ってるんだぞ!?」


今田「いや、順当な回答だろ。誰がこんな嬉しそうに人の失恋話聞いてくるやつに話すか」


愛無「だって仕方ないだろう!?。人の傷だけが俺を癒してくれるのだから!!」


今田「よし、とりあえず愛無は黙っとけ。さもないと癒えた分だけ俺がお前をボコボコにする」


今田に言われて愛無は仕方なく黙った。


今田「セキ、別に無理にとは言わないが…話を聞かせてくれないか?」


セキ「今田にならむしろ聞いて欲しいくらいだ」


セキは遊園地での出来事の大まかを今田に話し、事故のことを思い出させるからという理由で拒絶されたことも話した。


今田「それは…災難だったな」


愛無「ねえ?今どんな気持ち?」


今田「好きな人に振られて、さらには拒絶されるとか…辛いわな」


愛無「ねえ?今どんな気持ち?」


今田「なんとかセキの力になってやりてえところだが…今の俺に出来ることはねえ」


愛無「ねえねえ?今どんな気持ち?どんな気持ち?」


今田「それでも俺に出来ることがあったら言ってくれ、セキ。力になるからよ」


愛無「それはそうと、今どんな気持ち?どんな気持ち?」


今田「お前はちょっとは黙っとけや!!ぶっ飛ばすぞ!?ボケェェ!!!」


脇で一人、嬉しそうに煽り続ける愛無の胸ぐらを掴み、今田は愛無にメンチを切りながらそう叫んだ。


愛無「くっくっく、出来るものならやってみろよ?。非リアパワーに満たされた今の俺の回復に今のお前の拳が付いて来れるならよ?」


今田「やってやろうじゃねえか!!」


そう叫んで今田は愛無を殴り続けるが、愛無はそれを笑いながら受け止めた。


愛無「ハッハッハッハ!!!!無駄無駄無駄無駄!!!!その程度の攻撃じゃ、今の俺の回復を上回ることは不可能だ!!!!!」


今田「こ、こいつ…」


今田は負けじと殴り続けるが、愛無はその全てを受け止めながら笑い続けていた。


愛無「ハッハッハッハ!!!無駄だということが分からんのか!?。これが非リアパワーに満たされた俺の力だ。ハッハッハッハ!!………でも痛いのは変わらないので、そろそろ勘弁してくれませんか?」


今田「く、くそぉ!!!」


無駄だと分かっていても、今田は殴ることを辞めなかった。


愛無「ハッハッハッハ!!そもそも非リアパワーの元である失恋を味わっている真っ最中の今田が、非リア特効のスキルを持つ俺に勝てるわけないだろ!!リア充になってから出直してきな!!」


そんな愛無の言葉を受けた今田は悔しそうに振り上げた拳をゆっくりと下げてしまった。


今田「…クソっ!!」


セキ「大丈夫か?今田」


今田「こんな奴にすら勝てないんじゃ…花蓮に勝てるわけがねえのに…」


セキ「…今田は、諦めてないのか?」


今田「何がだ?」


セキ「あれだけ木っ端微塵に戦場に負けたのに…それでも今田はまだ振り向いてもらうことを諦めてないのか?」


今田「俺にとっては諦めるとか、諦めないとかの問題じゃない。そもそも選択肢なんてねえんだよ…どうしようもなく好きなんだから…。だったら前に進むしかねえだろ」


セキ「すごいな、今田は…。それに比べて僕は…」


自分を情けなく思ったセキはそう言って俯いてしまった。


それと同時に、自分のベッドの脇に豪勢な果物の盛り合わせが添えられていることに気がついた。


セキ「…あれ?この果物はなに?」


愛無「え?セキへのお見舞い品じゃないのか?」


今田「気がつけば置いてあったぞ。誰かがセキがいない間に持ってきたんだろ」


セキ「そっか…誰が持ってきてくれたんだろ…」


今田「セキの親とかじゃないのか?」


セキ「いや、それはないよ。僕、家族いないし」


今田「え?…それはすまない、知らなかったから…」


セキ「いや、いいよ、気にしないで」


結局、見舞い品の主人が分からぬまま、凛とセキは退院することとなった。


そして、久しぶりに学校に登校するその日の朝、六畳一間の安アパートの一室で一人、セキは目を覚ました。


今日からまた学校が始まる…セキはそう考えると憂鬱で仕方がなかった


それは教室で凛に会うのが嫌だったからだ。


ただでさえ木っ端微塵に振られて、おまけに事故のことを想起させるからと拒絶されて…いっそのこと空気になって消え去りたいくらいセキは気分が落ち込んでいたのだ。


それでもセキが目を覚ますのは…いつもの美味しそうな朝食の匂いにつられたから。


眠い目をこすりながら玄関のドアを開けると、そこにはいつものように誰が作ったか分からないセキの朝食とお弁当が用意されていた。


セキ「…やった、今日は卵焼きだ」


セキは小さくそんなことを呟いた後、朝食とお弁当を家の中へと持っていき、『いただきます』と一言述べてから、朝食に手をつけた。


一体誰が作ったのか、なんのために作ったのか…それは全くわからない。


だけど、それでもセキが安心して食べることが出来たのは、自分のことを考えて作ってくれていると自分好みの味付けと、しっかりとした健康的な栄養バランスが物語っていたからだ。


毎朝、こんなにも自分のために手間暇をかけて作ってくれている人が、決して悪い人だとはセキには到底思えなかったのだ。


セキの好みの甘めに味付けされた卵焼きを口へ運び、よく噛み締めて味わった。


愛のこもった優しい味付けが、セキの心を癒した。


食べ終わる頃にはすっかり胃も心も満たされて、先程まで感じていた憂鬱は消え去っていた。


セキ「…よし!行くか!」


誰が作ってくれたかもわからない朝食で元気付けられたセキは気持ちを新たに立ち上がった。


本当ならこの朝食の主人に直接会ってお礼を言いたいのだが、向こうにも姿を隠している理由があるのだと思い、セキは予定な詮索をしようとはしなかった。


ただそのかわり、洗った食器を、玄関先に置いておいた…『いつもありがとう、あなたのおかげで元気が出ました』という、一言書かれた手紙を添えて…。


こうして、セキは力強い歩みで、登校することが出来たのだった。


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