覚醒
不思議な感覚だった。
周囲には何もないのに、何もかもあるように思える。
そして何より……。
「ベクト……?」
「きゅー!」
「ベクト! ベクトなのか!」
「きゅっ! きゅー!」
ベクトが生き返っていた。いや違う。正確にはそうではない。
身体はもうない。
いや違うな。身体という概念がない。その結果ベクトの姿は今、何年も、何千年もかけてたどり着くはずだっただろう成竜のものになっていた。
見上げるほど大きな体躯。いや、見上げてなお、顔しか見えないほどに、立派なものになっていた。
「ほかにも……お前たちもかっ!」
店に所狭しと並んでいた生き物たちもまた、ベクトのように成長した姿で俺の前に現れていた。
「これは……」
「きゅ、きゅー」
ベクトがなにか必死に訴えかけるように鳴いていた。その身体に不釣り合いな甲高い声で。
「どうした。何が言いたいのかわからないぞ……」
「きゅ! きゅ! きゅー!」
それでもベクトは必死に何か呼びかけてきていた。
ん……? 待てよ。
ドラゴンの成体がこんな高い声で鳴くことなどあるはずはない。ということはこれは、俺が知ってる声に合わせているだけなんじゃないか……?
もっと耳を集中させろ。何を言ってるか感じ取れ。
「ベクト……」
『ご主人……ご主人……』
ベクトの声が聞こえた。
『ごめんね。約束、守れなかった』
「約束……?」
『みんなのこと、頼まれたのに、守れなかった……』
「そんなのお前のせいなわけないだろ! 俺がついていれば……」
『ご主人、いなくてよかった。いたら一緒に、やられてた』
「やられてた……? やっぱり、あいつにか?」
勇者を思い浮かべて言う。
あの言葉を忘れることなどできなかった。
『だめ。あれは、だめ』
「だめ?」
『強すぎる。今の僕でも、勝てない。だめ』
今の僕、というのは普通に考えればこうして話している成竜のことだろう。
ドラゴン。Sランク冒険者の登竜門とも言われ、ドラゴンが倒せれば間違いなく、文句なしでSランク。
勇者たちはSランクパーティー。勝てなくて当然だ。
だがそれでも、見上げるほどの大きさになったベクトが勝てないということが、今の俺と勇者の実力差を如実に表していた。
『ご主人、復讐する。だめ』
「お見通しか」
あの勇者がこれを引き起こしたというのなら、たとえ勝てなくてもなんであっても、一矢報いるつもりだった。
『ご主人、今は、まだ、ダメ』
「いまは……?」
『もっと、強くなる……大丈夫。みんな、一緒』
「ベクト……?」
『また、会える。ご主人、生きて……できれば……』
「ベクト? だめだいくな! ベクト!」
『笑って、生きて』
その言葉を最後に急速に身体が何者かに引き上げられる感覚に襲われた。
「ライル! ねえライル!」
「シール? ここは……」
「良かった! 突然叫んで倒れちゃったんだもん……!」
シールに抱きしめられていた。
次の瞬間、不意に頭に不思議な言葉が響いた。
──【ネクロマンス】を習得しました。
──【死霊操作】を習得しました。
──【死霊念話】を習得しました。
──【魂吸収】を習得しました。
──【竜の加護】を得ました。
──【神獣の息吹】を得ました。
──【竜の威光】を得ました。
──ネクロマンスにより87体分の死霊のステータスが反映されます。
──体力上限解放。魔力上限解放。属性解放炎。属性解放水。属性解放雷。属性解放土。属性解放闇。属性解放光………………
なんだなんだこれは?!
止まらないステータスの上昇とスキルの取得を告げる声に混乱してくる。
いや待て思い出した。シールから聞いたことがある!
【剣聖】に目覚めてから頭に不思議な声が響いてくることがあるとか……これがそうなんだろうか……?
だとすれば……この力も……?
頭の中を整理して一つ一つ確認していくことにした。
次話で回想終わり