亡骸
「待って! 触ったら熱いって!」
「でも!」
「私に任せて!」
そう言うとシールが剣を抜いた。
「信じて」
「ああ」
シールの剣がブレる。俺に見えたのはそれだけだ。
次の瞬間にはバラバラとベクトの上にあったものだけが崩れておちた。さすが【剣聖】だと再確認させられた。
だが今はそれに注目している場合ではなかった。
「ベクト!」
障害物がなくなり真っ直ぐベクトの元に向かう。
いつもは俺が近くに行けばすぐに応えてくれたベクトは、触っても揺すっても、動く気配はなかった。
「……ベクト?」
すでにわかってたはずだった。もう意識などとうにないことは。
「ライル……」
うつ伏せに倒れたベクトはもう、息をしていない。
それでも生きているんじゃないかと、わずかな希望を持って頭を撫でる。
元々体温のないベクトの頭は、生きて寝ている時と全く変わらない触り心地だった……。
「なんで……おまえは逃げられたんじゃないのか?」
今も頭の中ではきゅーきゅー返事をするベクトの姿を鮮明に思い出せる。
「何かを守ったのかな?」
シールの言葉にはっとする。たしかに不自然な体勢だった。
「ごめんな」
声をかけながらベクトの亡骸を動かす。
「待って。私も手伝う」
「ありがとう」
まだ子どもだったとはいえ大きなベクトの身体は俺一人ではほとんど動かなかったが、シールの力を借りて持ち上げることができた。
そこにあったのはベクトの守ろうとしたものではなく、信じられないものだった。
「これ……」
「誰かに斬られた傷……」
剣に親しんだシールが言うのだから間違いない。そしてさっきの斬撃の中でシールがやったわけではないのも当然、明らかだ。
真っ白だった頭に一つの可能性が入り込んでくる。
「この火事も、何もかも、全部……」
「ライル……?」
シールの声が耳に入らないほど、俺の頭はその考えに支配されていた。
「誰かが……やったのか?」
俺の家族を、俺のすべてを、誰かが意図的に奪ったのか……?
「シール。何をしている」
声をかけてきたのはさっきシールと一緒にいた勇者だった。
「勇者様……」
「やはり……王家の命を受けながらもいつまでも合流しなかった理由は、これか……」
全身銀白の鎧に身を包んだ勇者は言葉を続けた。
「良かったではないか。これで心置きなく離れられるな」
耳を疑う言葉だった。
「今、なんて……?」
「剣聖の天職を与えられていながらいつまでもこんな街に張り付くことは許されない。わかるだろう?」
「それは……」
勇者の言うことは確かにそうだが、今はそういう話ではないはずだ。
「お前のせいでこの娘はいつまでもこんなところに閉じ込められていたんだろう。こうして全て失って心置きなくお前の元を離れられるのが唯一、お前にできたことじゃないのか?」
その瞬間、俺の中の何かが切れた音がした。
「ぐああああああああああああああ」
「ライルっ!? 大丈夫!?」
「気でも狂ったか……」
シールが心配してくれている。
勇者がこちらをみて鼻で笑っているのが霞んで見えた。
次の瞬間、俺は光に包まれた空間にいた。