異変
「楽しかった!」
「俺は明日動けないんじゃないかと思う……」
【剣聖】の運動能力に着いていくのは無理だと実感させられた。それでなくても普段から運動してるものとそうでないものの差が出たかもしれない。
「もうちょっとで街だから!」
「ああ」
明日からはシールがいないだけ。
毎日一緒にいたわけではない。そう大きく変わらない日々が始まると思っていた。
そう思っていたがこの日、人生で二度目のどん底を経験することになった。
「おい! シール急げ! お前に勇者様が来てる!」
「ええっ!」
森を抜けた俺たちを出迎えたのは、慌てた様子の大人たちだった。
知らせを聞いた俺たちも当然驚いた。
「勇者様!?」
「どうしてこんなところに?!」
「お前さん、勇者様のパーティーの誘いを受けておったであろう!?」
勇者パーティー。
王国最強のパーティであり、そこで活躍することは最高の栄誉とされる。
参加メンバーはすべてSランクの冒険者で構成されており、どんな魔物を相手にしても負けない一大戦力となっている。
「勇者が直々に……?」
「ライル! 一緒に来て……?」
シールの目があの日のような不安に揺れていた。
このときのために俺がいるのかもしれない。
俺がSランク冒険者として活躍することはなくとも、【剣聖】であるシールにはそれができる。
その第一歩を……。
「だめだ! ライルはそれどころじゃねえぞ!」
「え?」
「おめえの店が燃えてる!」
「はっ!?」
身体が勝手に動いたようだった。
気づけば俺はもう、走り出していた。
「離して! 私も行かなくちゃ!」
当然着いてくると思っていたシールは街の人間に止められていた。
「気持ちはわかるが勇者様を待たせればだめだ!」
「そうだ! 街で暴れられたらおしまいだ……」
「貴族様とおんなじなんだから待たしちゃならねえ!」
「でも……!」
みんなに止められるシールに大丈夫だと告げて走った。
「後で! 後で絶対行くから!」
「ああ!」
それだけ言って別れた。
火事と聞いて真っ先に思い浮かぶのはベクトを始めとしたあいつらの顔だ。
「頼む……」
無事でいてくれと、それだけを願って走った。
だが、俺の願いは届くことがなかった。
「そんな……」
すでに店は火の海の中。
とてもじゃないが、人間が入っていけるような状況になかった。