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企画参加作品

変身願望症候群

作者: keikato

 オレの仕事は営業。

 朝早くに営業所を出て、一日の大半が得意先まわりである。

 営業所にもどったときは身も心もクタクタだ。

 忙しさに追われる日々がイヤになる。

 そうしたなか――。

 のんびりしたヤツが一人だけいる。

 所長だ。オレらにきびしいノルマを課し、尻をひっぱたくだけ。

 なんともうらやましいかぎりである。

 その日の帰宅途中。

 我が家の前で隣家の奥さんに声をかけられた。

「サトウさん、はい、これ。ちょうどお見かけしたものですから」

 手にした回覧板を差し出される。

「どうも……」

 すんなり受け取ったものの、オレは少なからずとまどっていた。

 なにしろオレはスズキという姓なのだ。

――どういうこと?

 長年、隣人同士のつき合い。おそらく単なる言いちがいなのだろう。

 あえて問い返すこともないだろうと思い、オレはそのままその場をやり過した。


「オレのこと、サトウだってよ」

 回覧板を妻に渡し、先ほどのことを話した。

「あなたこそ、なに言ってるのよ? うちはサトウじゃないの」

 妻があきれたように言う。

「冗談だろ!」

 オレはおもわず声をあげていた。

 しかし妻は、がんとして我が家はサトウだと言い張った。

――そう、免許証だ。

 ポケットからサイフを取り出し、免許証に記された名前を確かめてみた。

 なんとサトウとある。

――バカな!

 それからのオレは、自分がスズキである証拠を必死になって探した。

 けれど……。

 どれもこれもが、サトウであることを証明するものばかりだった。

 オレの頭がおかしくなったということか。


 翌日の朝一番。

 オレはその筋の病院に行った。

 すでに待合室には、患者数人が自分の診察を待っていた。

「サトウさん、診察室へどうぞ」

 オレの名前が呼ばれた。保険証もサトウになっているのだ。

 診察室に入るときだった。

 中から入れちがいに、若い男が四つんばいではって出てきた。

 まるで犬みたいだ。

――どんな病気なの?

 奇妙な患者を横目で追いながら、オレは看護師にうながされるままに医者の前のイスに座った。

 医者は怪しげな雰囲気のする女医だった。

 年がわからないほど厚化粧をしており、濃ゆいアイシャドウで縁取られた目が向けられる。

「どうなされました?」

「じつは……」

 オレは昨日のことを話した。

「おそらく変身願望症候群でしょうね」

 女医が聞いたこともない病名を告げた。

「変身?」

「人はだれも、変身願望があるんです。それが強くなりすぎると無意識のうちに、なりたいと思ってるものになりきってしまうのです」

「そういうことが……」

 よくわからないが、オレは無意識のうちにスズキになりたかったということだろう。

 オレは待合室に目を向けて聞いた。

「では、さきほどの患者さんも?」

「ええ。自分は犬、そう思いこんでるんです。今ではすっかり犬だと。最近、この病気にかかる人が多いんですよ」

 女医は肩にかかる髪を指でかき上げ、異様に赤いくちびるでオレに笑ってみせた。

「わたしの場合、どうしてスズキなんでしょう?」

「魚になりたい。近ごろ、そんなことを思ったことはありませんか?」

「いえ。でも、どうして魚なんです?」

「スズキって魚がおりますの、ご存知でしょ。変身願望の対象は、人間以外というケースが多いものですからね」

「そうでしたか。でも、これまで一度だって魚になりたいなんて」

「では身近に、スズキという人物に心当たりはありませんか?」

――スズキかあ……。

 スズキ、スズキ……心の中で連呼しながら、記憶を検索し続けた。

 そして一人の人物に行きあたった。

「います、一人だけ」

「どういうご関係ですか?」

「職場の所長なんですが」

「その人になりたいと思ったことは?」

「そういえば……」

 仕事の苛酷な現状を説明し、そんななか一人のんびりしている所長のことがうらやましく思ったことを話した。

 女医がカルテに書き記していく。

「で、よくなりますか?」

「はい。サトウさんの場合、症状がまだ軽いようですので、薬を一週間も服用すれば」

「そうですか、いやホッとしました」

「薬は食後に三度、くれぐれも飲み忘れのないようにしてくださいね」

「はい、かならず飲みます」


 診察料を払っているときだった。

 受付のカウンターの中から、事務員たちのヒソヒソ話が耳に入ってくる。

「先生の変身願望症候群、ますますひどくなったと思わない?」

「そうよね。近ごろ、完全に女になりきっちゃってるもの。ちゃんと薬を飲んでるのかしら」

 そこに……。

 さきほどの看護師が話に割って入った。

「ちがうの。あれは趣味で、ただの変態なのよ。だから薬じゃ、よくならないのよね」


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― 新着の感想 ―
[良い点]  あやしい企画から来ました。全体的にモヤっとしました。  佐藤さんが鈴木と思い込んでいるところは良かったのですが、医者が病気のまま診察をしてるのに違和感がありました。  今はこんな感じなの…
[良い点] 女医への変身願望と思いきや趣味とは…… それはそれで立派な病気かもしれませんね^^ [一言] 企画より拝読いたしました。 中々にシュールな作品でしたが、最後に笑わされました。これもある意…
[良い点] 企画から拝読しました。 テンポも良く、スラスラ読めました。 ラスト、笑いました。 先生もてっきり変身願望症候群だと思っていましたが、 趣味だったのですね。 面白かったです。
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