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盾の乙女

 光が収まるまでに、一体どれ程の時間がかかっただろうか。あまりの眩しさに手で庇うだけでなく、固く目を瞑っていた奏には知りようもないことだ。さらには恐る恐る目を開いて周囲を確認しようとした彼の瞳に映ったのは何物も見通すことのできない漆黒の闇だったのだから、混乱をするばかりでそんなことを考えている余裕はどこにもなかった。


 「・・・・・え、あれ?」


 一瞬だけ、自分が目を閉じたままだったのかと錯覚を起こしてしまうほどの暗闇。何度か瞬きをした後に先程の強烈な光だけでなくその前にも心許(こころもと)ないながらに松明(たいまつ)の灯りを頼りにしていたことを思い出し、暗過ぎる場所に目がついていっていないだけだと結論付ける。

 ゆっくりと屈んで地面の状態を確かめてから、奏は静かに腰を下ろす。しばらくそうしていれば次第に目が慣れてくるだろう、と考えてのことだったが、いつまで経っても周囲の状態に望むような変化は見られなかった。

 そこまで夜目が利くわけではなかったが、こうも何も見えないとなると、話が変わってくる。

 暗い場所にあってもぼんやりと物が見えるのは、そこに僅かなりとも光が差し込んできているからだ、とはよく聞く話だ。人間の目のメカニズムから考えればそこに例外は無く、完全な暗闇の中ではどれだけ待っていても無駄でしかない。


 「一体、何だっていうんだ・・・・・みんなは、どこに行った?」


 大声を上げて同行者たちに呼びかけようとも考えたが、すんでのところで思い留まり、ぽつりと呟く程度の音量で済ませておく。

 すぐ近くにエメラルダたちがいて助けに来てくれればいいが、それによって別の、奏にとって好ましくないものを引き寄せてしまう可能性もあったからだ。それが彼と同じ人間であればまだ良い方で、先日のように野犬の群れでもいようものなら、身を守る術を持たない奏は今度こそ腹を空かせた獣たちに食い千切られることになるだろう。命の保証がないという点では盗掘を目的とした賊でも変わらないが、灯りを持って近付いて来てくれれば出口の見当を付けられる分、マシと言える。しかし、だからといって積極的に試みることではないのも確かだ。

 そして数分後。

 やはり何の変化も無い視界に待つことを諦めた奏が立ち上がろうとした、その時。


 ―――――やっと、見つけて下さったのですね―――――


 突然に頭に響いた声に驚き、バランスを崩して後方へ尻餅をつくような格好で再び座り込んでしまう。(はた)から見れば情けないことこの上ない姿だったが、この場所では誰に見られるわけでもない。むしろ悲鳴を上げなかっただけでもたいしたものだと自身を褒めつつ、早鐘のように鳴る心臓と乱れた呼吸とを落ち着かせるべく大きく息を吐く。


 「・・・・・誰なんだ、君は?」


 やはり、何かが違う。数度の深呼吸の成果か、少しだけ平静さを取り戻した頭でそう感じ取った奏は、これまでずっと思ってきた疑問を言葉に出してみる。

 ここ数日の間彼だけに聞こえていた『声』は、ただひたすらに同じことを繰り返しているにすぎなかった。しかし先程もそうだったが、あの場所にもう一度足を運んでから聞こえてくる内容に明らかな違いが生じている。単なる呼びかけでしかなかったそれが、奏をはっきりと特定して声を掛けてくるものになっているのだ。

 もちろん、奏がそう感じているだけなのかもしれない。だが単に勘違いとして片付けてしまうには、あまりにも尚早に思えた。そう考えるのはここで会話が成立しないという事実を確認してからでも遅くはない。


 ―――――私は、ずっと此処(ここ)で貴方様がお見えになるのを待っておりました―――――


 成立しているとも、していないとも言える言葉が返されてくる。

果たしてそれに対してさらに何と返したものだろうか、と奏は考えあぐねてしまう。額面通りに受け取れば、声の主は何の悪意も持っていないことになる。しかしなぜ、何のために、というようにその真意を計ろうとすると、あまり良い答えは導き出せない。このような人気の無い暗闇の中から聞こえてくる声を軽々に信じた結果どうなるのか―――――異世界を題材にした書籍などそうそう読むことのない奏だったが、大抵の場合、その物語の登場人物に待ちうけているのは凄惨なバッドエンドだけだということは容易に想像出来た。


 ―――――どうか、もっと此方(こちら)へ。もっとよく御尊顔を拝見させて下さいませ―――――


 その誘う声を聞きながら、今度こそ奏はゆっくりと立ち上がり、もう一度周囲を見回す。しかしどれほど目を凝らしても、変わらず何も見えはしない。

 深い闇を見ているとそこに引き込まれそうな感覚に陥ると聞いたことはあったが、既にその中にいる場合にどうしたら良いのかという話を聞いたことは無かった。逃げるという選択をしようにも、周囲の状況が掴めないのではそれも難しい。走り出したすぐ先に壁が立ちはだかっているかもしれないし、数歩先に奈落へと通じる大穴が開いているかもいるかもしれない。普通に生活する上で意識したことは無かったが、視覚というものがいかに重要なものであるか、痛感せざるを得なかった。


 ―――――ああ、この暗がりでは何もお見えになりませんね。しかし、私も今はこの場から動けぬ身・・・・・そのまま、真っ直ぐお進み下さい。途中、小さな段差がありますので、どうかお気を付けくださいませ―――――


 立ち上がったその場から動けずにいた奏に、再び声が掛けられた。しかも段差の存在まで懇切丁寧に知らせてくれる親切ぶりである。

 このまま突っ立っていても、埒が明かない。腹をくくった奏は、言われるままに足を踏み出した。完全に信用できるわけではないが、声を聞く限りでは若い女性のようだったし、いざとなれば腕力にものを言わせればまだ引けは取らないだろう。そう考えてのことだった。

 もちろん相手が本当に若い女性であり、しかも武器の(たぐい)を持っていなければ、という前提の上での話ではあるのだが。

 しかし一歩、また一歩というように少しずつ足を進めるが、その度に奇妙な感覚にとらわれる。言い得て妙な話だが、周囲の空気が体に(まと)わりついてくるように思えるのだ。あまり人が立ち入ることを想定せず、風通しの悪い部屋の作りになって淀んでいるだけなのかもしれないが、それにしても空気自体が粘性を持っているのか、はたまた水の中を歩いているのか、と言いたくなるほどだ。


 ―――――其処(そこ)で、お止まり下さい。これだけ近付いていただければ、私も『力』が使えましょう・・・・・今、些少(さしょう)ですが灯りを灯します―――――


 途中で数度、段差と呼ぶにはあまりに小さな窪みを越えた後に、『声』に制止される。

 言葉の意味を捉え損ねて困惑する奏の前で、ぼんやりとした光が灯され始めた。蝋燭(ろうそく)の灯り程度の光量でしかない明るさだったが、この完全な闇に慣れ切ってしまった目ではそれさえもやけに眩しく感じられ、少しだけ目を細める。しかし次の瞬間、その視界に入った光景にあまりにも驚いた奏は眩しさも忘れて目を見開いてしまった。

 彼の眼前にあったのは、直径にして三メートルはあろうかという透明な球体だった。そこは液体のようなもので満たされており、それ自体が淡く発光していたのだが―――――そんなことはどうでもよくなる程の事柄が別に存在した。

 その中に女性の姿があったのだ。

 彼女こそが美を司る女神である、と言われたとしても、万人が異論無く頷くだろう。それほどの美貌の持ち主がまるで眠りについているかのように静かに目を閉じ、膝を抱えるような体勢のまま球体の中央に浮かんでいた。腰の辺りよりもさらに長く伸ばされた銀色の髪はゆらゆらと揺れ、そよ風になびいているようにも見える。その肌は雪のように白く、四肢はすらりと伸びていて全体的に細身の印象ながらも、女性を象徴する胸の部分の自己主張は相当のものだ。

 そんな女性が一糸纏わぬ、生まれたままの姿で目の前にいることに比べれば、巨大な球体も発光する液体も、取るに足りない扱いを受けたところで止むを得ないだろう。


 ―――――やっと・・・・・やっとお逢いできました。私の御主人様(マイ・マスター)―――――


 ただ立ちつくすことしかできない奏の視線の先で、ゆっくりとその閉じていた目を開いた女性は、か細い声で呟く。その瞳がまるで今にも泣き出しそうなほど潤んでいたのは、光の加減のせいではないだろう。しかし彼の姿を認めて柔らかく、ふんわりと微笑んだ彼女の表情に見惚れていた奏がそれに気付くはずもなかった。


 ―――――どうか、御手を―――――


 球体の中で少しだけ緩慢に、それでも器用に体勢を入れ替えた彼女は、外の世界との境目に手を当てる。そのせいで自らの脚によって隠され、押し潰されていた胸が露となり、奏の視線はそちらに一瞬だけ奪われる。何とかなけなしの理性を総動員させて、数秒後には視線を彼女の顔に移すことに成功したのだが―――――その瞬間に思考が停止してしまう。

 奏の意識は、彼女の瞳に囚われてしまった。海のように深い青ではなく、空のように淡く薄い青色。そこから目を離すことが出来なくなり、考えるよりも先に言われるがまま、内側に添えられた彼女の手と重ねるような形で外側から球体に触れる。

 そして、その直後。

 突然抵抗も無く球体の内部に沈み込んだ奏の手は、その反対側にあった女性にしっかりと握られる。


 「え!?」


 想像していたよりも遙かに強い力で、驚く暇もそこそこに球体の内部へと引きずり込まれてしまったのだった。



 あっと言う間の出来事に困惑し通しの奏だったが、気が付くとその胸の中に女性の姿があり、彼の右手は彼女の左手と指を絡ませて繋がれた、所謂『恋人繋ぎ』状態になっていた。シチュエーションだけで考えれば恋人か、それに近い関係の女性と仲睦(なかむつ)まじくしているだけのようにも思えてくるが、場所が場所であるし状況が状況である。さすがにそこまで脳が天気な思考のままには落ち着けなかったが、さりとて平静を保てるほど強心臓でもなかった。


 「え、ちょっ・・・・・ここ、どこだよ!?ってか、君は誰なんだ!?」


 結果、慌てふためきつつも現状を把握する努力をするが、しどろもどろになって語彙力(ごいりょく)が低下して単純な問い掛けしかできないという(てい)たらくである。


 「・・・・・驚かれましたよね、申し訳御座いません」


 それに対して女性の側は沈着そのものだった。声音自体には神妙な面持ちがするだけに悪かったと思っていることは確かなのだろうが、それと触れ合うことは彼女の中では別の物なのかもしれない。謝罪はしつつも繋いだ左手を強く握ってみたり緩めたりを繰り返し、空いていた右腕を奏の腰に回してより密着度を高めてみたりと、奏の側からすればあまり謝意があるようには感じられなかった。


 「此処は、『閉ざされた世界』で御座います」

 「閉ざされたって・・・・・どういう意味だ?」

 「言葉のまま、です。本来の世界から完全に隔離された場所、と申し上げればお分かりになっていただけますでしょうか」


 ようやく顔を上げた女性が奏をじっと見つめながら彼の疑問に答えるように話をしてくるが、そうすると今度は奏が微妙に視線を逸らすという構図になっていた。元々他人に注視されることに慣れていない上に、相手が彼女のように絶世とも言える美女である。まともに目を合わせて話をしろというのは、奏にとっては到底至難の業だった。


 「それと、私はカティア、と申します。君、ではなく名前で呼んでいただきたく存じます」


 意外にもちょっと拗ねたような響きを言葉の内に感じて思わず奏が視線を向けると、目が合った瞬間に女性は、カティアはにこりと満面の笑みを浮かべる。


 「カティアさん、ね。それはいいとして―――――」

 「私に対して『さん』などお付けになる必要は御座いません、御主人様(マスター)


 とにかく、今のこの状況を何とかしなくてはいけない。差し当たって自分に危害を加えるつもりが無いように見える目の前の女性の態度が変わる前に話を進めようとした奏の言葉は、意外な部分でばっさりと切られてしまう。


 「初対面の相手を、いきなり呼び捨てになんてできないって・・・・・それに何だい、その『御主人様』って?」

 「御主人様というのは、私がお仕えするべき御方のことです。つまりは、貴方様です」

 「別に俺は君の雇い主でも何でもないし・・・・・自分のことを名前で呼べって言うなら、俺のことも名前で呼んでくれ。八代奏だ、よろしく」


 主人、などという単語は結婚した女性が配偶者を第三者に語る時か、使用人が雇用者に向けて話をする際しか使われる場面の想像が出来ない。奏の人生の中では前者の方が圧倒的に耳にする機会が多く後者に至っては一度も無いのだが、それでも後者の方を例として引き合いに出したのは、ここ最近の生活の中で旦那を()(ざま)に語る井戸端会議よりも、多くの人間に(かしず)かれるフィアルの姿を見慣れていたせいだったかもしれない。


 「八代・・・・・奏、様」

 「いや、『様』は要らないから」

 「奏様・・・・・奏様、ですね」

 「おーい、カティアさん?まず俺の話に聞く耳を持とうか」

 「御名前、しっかりと承りました。御主人様の御名前は魂に刻み込んでおき、この身が潰える時がこようとも決して忘れは致しません」


 この時点で奏がこの件に関する会話を放棄する選択をしたのは、言うまでも無い。キャッチボールを行おうにも相手が投げ返してくれないどころか、こちらが投げたボールを受け取ってくれないのでは成立しようがないからだ。

 ましてや、おそらくこの異常な空間に奏を引き込んだのは彼の目の前で意味不明とも言える意気込みを語る女性である。ともかくはこの場から抜け出すにあたって彼女の機嫌を損ねない方がいいだろう、という打算もそこにはあった。


 「えっと・・・・・この場所から出ることっていうのは、出来るのか?」


 外から見た時には直径三メートルほどの球体だったそれは、内に身を置いてみると無限に広がっているような錯覚さえ覚えさせられるものだった。端が見えないことに加えて、自分が今いる位置さえはっきりと分からない。

 更に言えば球体を満たしていたものは液体のように見えたのだが、こうして中に入ってみても問題無く呼吸が出来ていた。このままここに居るからといって、それが即座に命の危険に繋がるかどうかは現時点では謎である。

 だが、しかし。

 今が大丈夫だからといって、ずっとそうだとは限らない。目の前にいるような美女と誰にも邪魔をされず二人きりというのは状況として悪くないかもしれないが、そう思うのは最初のうちだけだろう。少なくとも、この場所には奏が生きて行くために必要なものが致命的に足りなさすぎた。


 「はい、勿論です。ですがその前に―――――」


 意外にもすんなりと外に出られることを告げたカティアだったが、そこで少しだけ躊躇するように言い淀む。奏の背中に回していた手がぎゅっ、と握り締められている様子から、言いづらいことを言おうとしているというより、これから口に出そうとしている言葉に対する奏の反応を怖がっているように見えた。


 「私を・・・・・受け入れては下さいませんでしょうか」


 意を決したように、それでもようやく絞り出すような声で告げられたその言葉を、初めは意味を掴み損ねてぽかんとした様子で聞いていた奏だったが―――――やがてみるみるうちに顔を赤くし、誰もいないはずの辺りをきょろきょろと見回し始めた。


 「受け入れるって・・・・・え、ちょっと待って!?こんな場所で!?」


 どんな意味で捉えたのかは、推して測るべきである。

 しかし、奏が『爆弾発言』として捉えたその言葉を発した当のカティアの表情は強張ったままだった。少しだけ眉を(しか)め、きゅっと唇を噛みしめる様子は真剣そのもので、彼女にとってそれほど大きな決断をした上での発言であることはすぐに分かった。だが返答を待つ間小刻みに体を震わせる姿から、奏が妄想するような艶っぽい色事(いろごと)の話ではなく、もっと別の何事かであると次第に理解でき、申し訳なさでいっぱいになりながらも続きを促す。


 「私と、『誓約(せいやく)』を交わしていただきたいのです」

 「『誓約』って・・・・・何なんだ?」


 聞き慣れない単語に対して何気なく言葉を返す奏だったが、その度にカティアの体は微かにびくりと反応する。


 「私が奏様に対して行う、主従の『誓いの約束』で御座います」

 「ずいぶん大仰(おおぎょう)だなぁ・・・・・それで、俺は何かしないといけないのか?この世界に来たばかりで、給料とか言われても出せないぞ?」


 半分冗談で半分本気の奏の発言だったが、そこに自分を拒絶する響きが含まれていなかったことに安堵したカティアは、ようやく笑顔を見せる。先程までの不安とは別の意味で目の端に涙が浮かんできていたが、それを振り払うように少しだけ頭を振った。


 「何も。奏様は、ただこれから私がすることを受け入れて下さればじゅうぶんです」


 そう言ってカティアは背中に回していた手をそっと奏の頬に添えると、じっと瞳を見つめる。何度も優しく、愛おしげにその頬を撫でることに意味があるのかどうかは分からなかったが、とりあえず奏はされるがままの状態だった。

 その様子を見てますます嬉しそうに目を細めたカティアは、(たかぶ)った感情を抑えるかのように少しだけ息を吸い込み、だが今度こそ止めることが出来ずに溢れ出した涙を流したまま、静かに言葉を紡ぎ出し始めた。


 「私、カティア・フェンリローズ・カガリは―――――今後何時(いつ)如何(いか)なる時も八代奏様のお(そば)に在ることを誓います。すべてを捧げ、総身(そうしん)を以て、ありとあらゆる艱難辛苦(かんなんしんく)より奏様を御護りする盾となりましょう。この生が終わるその時まで、永遠に」


 ゆっくりと、しかしはっきりとそう口に出した彼女は―――――それに対して奏が言葉を発する前に、その口をおもむろに自らの唇で塞いだ。


 「むぐっ・・・・・!」


 それに対して奏の方は当然驚き、反射的に離れようとする。

 しかしいくらしっかりと頭を押さえられているとはいっても、相手は女性であるカティアだ。無理やりに力ずくで離れようとすれば出来ないことはなかったはずだが、彼女の様子を見て記憶のフラッシュバックを起こした奏は気が済むまでしたいようにさせることにした。

 いつだったか、姪の瑞希がショッピングモールで迷子になった時を思い出したのだ。時間にしてみれば三十分足らずだったと思うが、まだ子供だった頃の彼女にしてみればその何倍もの時間に感じていたようで、捜し回っていた奏を見つけた瞬間に飛びついて来て大声で泣き始めたのだが、その時に大人の奏でも痛みを感じるほどの強い力でしがみついてきていた。さすがに瑞希はキスをしてきたわけではないが、カティアが奏の頭を掴んでいる様子がその時に『どこにも行かないで、もう一人にしないで』と泣きながら言っていた姿に重なってしまったのだ。


 「ん・・・・・ちゅ、んむ・・・・・」


 少しだけ考えてから、奏はカティアの背中に手を回して軽くとん、とん、と落ち着かせるように叩きながらもう片方の手で髪を撫でた。それが功を奏したのか頭からは手が離れたが、同時に逆の効果もあったようでしっかりと抱きつかれる。しばらくの間、長い時間離れ離れになっていた恋人同士の蜜月のような時間が流れていたが、やがて名残惜しそうにしながらもカティアの側から唇を離した。


 「『誓約』の儀は、これで終了です・・・・・」

 「え・・・・・ああ、うん。お疲れ様」


 キスを終えた後もそこまで離れることがなく、まだお互いの鼻が触れ合うほどの距離を保ったままでカティアは恥じらうように、はにかみながら告げる。行為を求めてきたのは彼女だというのに、そんな可愛らしい仕草は卑怯なのではないか。そう心中でぼやいた奏は思わずそれを言葉にして出しそうになるが、最終的に口をついて出たのは何とも意味の無い、場違いとしか言えない言葉だった。カティアのあまりにも幸せそうな表情を見ていて、そんなことはどうでもいいように思えてしまったのだ。


 「これで、間もなく外へと出られましょう。奏様、どうか私から離れないで下さいませ」

 「大丈夫だよ、どこにも行きやしないから」

 「有難うございます・・・・・ですが私が奏様と繋がりを持ったことで、この世界を形成していた膨大な魔力が一気に拡散致します。今の私の『力』では、それを押さえ込むことが出来ないのです」


 とにかく、外に出られる。その事実に安堵した奏だったが、どうにもカティアの様子にただならぬ気配を感じてしまう。『離れるな』とわざわざ言ってみたり、より密着しようと脚を絡ませてきたりと、何やらこの後に起きる出来事を知っているかのような口ぶりである。


 「えっと、つまり・・・・・それは、どういうことだい?」


 嫌な予感がするどころか、カティアの言葉尻(ことばじり)を捉えればおおよその見当がつく。魔力云々に関しては素人だが、凝縮、あるいは圧縮されていたものが一度に解放されればどうなるのか。奏の問い掛けは、自分の想像が誤りであることを誰かに言ってもらうことで安心を得ようという現実逃避でしかなかった。


 「この部屋が吹き飛ぶ、ということです。それも、おそらくは跡形も無く」

 「やっぱりかぁぁぁ!!」


 情けない声を上げて、さらに情けないことにカティアにしがみつくように抱きついた奏であったが―――――そうされたカティアは嬉しそうに微笑み、その体を強く抱き返すのであった。


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