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闇の中の光

 それから間もなくして、エメラルダがベランダテラスへと姿を現す。

 どうしても彼女といえばあの厳めしい甲冑姿を思い浮かべてしまう奏だったが、何も彼女とて日がな一日、そして常に完全武装でいるわけではない。訓練や巡視の際には当然『正装』で臨んでいるが、逆にそれ以外の場合は相応の装いである。とは言え、その大半が蒼を基調としたブルメリア軍の制服であった。確かに甲冑と比べれば段違いの身軽さではあるが、おおよそカジュアルな印象からは程遠い。もっとも、それを指摘したところで『職務中だ、何が悪い』と返されるだけなのは、まだ付き合いの浅い奏であっても容易に想像出来ることだった。そんな彼女がプライベートの折にはどんな格好をしているのか興味が湧いてくるが、こちら側はとてもではないがまったくイメージが出来ない。


 「失礼致します、殿下。御歓談中のところ、申し訳ありません」


 握った右の拳を左胸に当て、カツン、と踵を合わせた後に恭しく頭を下げる。それがブルメリアにおける『騎士の礼』であると少し前に聞かされていたものの、それを目の当たりにした奏は面食らってしまう。

 もちろん彼女からすれば、当然のことをしているだけで何一つおかしなことはない。奏自身が最も理解できるように事例を当てはめるならば、警察官、あるいは自衛官が上官に敬礼をしているようなものだ。にも拘らず違和感を覚えてしまうのは、その理解できる事例でさえ彼の周辺ではそう目にすることがなかったことと、そこに中世的な色を見出してしまうからなのかもしれなかった。

 しかしそれ以外にも、この世界には奇妙なアンバランスさが感じられる。

 機工というまさに文明の利器がありながら、その生活水準は十三世紀から十四世紀程度のヨーロッパを思い起こさせるレベルしかないのだ。

 もちろんその利器を有効利用できていないせいもあるのだろうが、そもそも何故こうも活用しようと考える者が少ないのか。更に言えば真偽はともかく一万年もの時間の流れでも朽ちることのない物を作り出す文明を持った者たちが、いかに大きな戦争があったとしても果たして死に絶えてしまうものなのか。聞けば奏の立場を救ってくれたあのポンプも、好事家であった先代の国王が物珍しさだけで保管していたというのだから、まったくもって理解に苦しむことばかりだった。


 「構いません。それよりも、何かありましたか?」

 「はい。度々で申し訳ないのですが、また是非に八代殿の力をお借りしたく」


 事前に用件に関してある程度の予想は出来ていたが、奏はあえて口を挟まずに主従のやり取りを見つめていた。

 厳密に言えば、奏もまたフィアルを主とする臣下ということになる。まだほんの数日にすぎないもののこの国のために働くことで日々の糧を得ようというのだから、基本的に王太子からの命令には従わざるを得ないし、奏としても逆らうつもりなどは毛頭無い。ましてどんなに稀少な扱いを受ける機工士であっても、軍において最上の地位にあるエメラルダには部下ではなくともある程度の越権行為が認められて然るべきだろう。

 しかしフィアルが奏を『客人』として扱うスタンスを崩していないこともあり、立場的にはかなり曖昧なものである。それはほとんどの場合においてフィアルから奏への話は命令という形ではなく、依頼という形でされることから伺い知ることができた。

 さらには機工士を軍所属や政務所属ではなく、王太子の直轄、あるいは完全に独立した所属として扱う旨のニュアンスで話をすることもあり、その立場をより複雑なものにしていた。『社長直轄でプロジェクトのリーダーにします、でも部下はいません、ではなぁ』とは、一連の話を聞いたうえで奏が漏らしたぼやきであるが、それは余談である。


 「もしかして、また地下遺跡の調査・・・・・ですか」

 「御明察の通りです、殿下」

 「そう頻繁に足を運ばなくてもよいのでは?先だっての調査でも、成果が無かったと報告を受けていますが」

 「前回は途中で何処からか入り込んでいた野犬の群れと遭遇してしまい、満足な調査が出来ておりませんでしたので」


 だが奏の存在自体は、国家の上層部のみが知る機密事項とされていた。それは奏個人ではなく彼に付随する機工士としての能力が原因である。

 各地に無数残されている機工は、この世界に生きる人々にとって元々は『得体の知れないモノ』という代物でしかなく、大半が彼ら自身では簡単に破壊できないために、自分たちの生活圏の外に持ち出して捨てたりすることで距離を保ってきた。また、移動させるのが困難な大きさや重量の機工に対しては、初めからその近辺に近付かないという消極的対応を取り続けてきたのだ。中には得体が知れない、が巡り巡って勝手に神性を見出されて祀られたりという事例もあるが、それは極々一部の話だ。

 しかし、機工士の出現によってその存在は百八十度変わってしまった。

 危険、あるいは厄介物としてしか見られていなかった機工は、かつて自分たちの先祖が使いこなすことで様々な恩恵を与えてくれていた有用な道具であることが示されて以来、宝石よりも貴重な価値を持つようになったのだ。確かにそこに機工士の手が加わらなければ何の意味も無いとはいえ、権力者や富豪たちがこぞって大金を投じてかき集めているという話になれば、市井の人々にとってはそれだけでじゅうぶんである。争うかのように、実際には争いも起こしつつ機工は各地の権力者たちの宝物庫に収拾されるようになっていった。

 だが市井の人々とは異なり、それを集めた側からすれば実際に使うことが出来なければ意味がない。それ故に、この世界における機工士の重要性というものが必然的に高まっていったのだった。


「ですが・・・・・機工士である八代様を何度も危険な場所に伴うのは」

「無論、八代殿は我々の部隊が全力でお守り致します」


 極論してしまえば、今なお稼働する機工の数が国家としての優位性を証明するようになっていた。それは、もたらされる恩恵によってこれまでとは比較にならない速度で発展する国が実際にあるせいなのだが、同様のことを為すには多くの機工を手中にすることはもちろん、それを解析して、修理や再稼働させることが出来る機工士そのものが不可欠なのだ。

 しかし現状ではその機工士の数があまりにも少なく、国家に属すのを嫌って各地を転々とする者を含めても、百名に満たないとされている。特殊な知識や技術が必要であるのは当然として、大型の機工であればその存在目的を解析する作業でさえ何年もかかることがあり、実務作業に時間を費やす者がほとんどで新たな機工士を誕生させる試み、育成というものが遅々として進んでいないせいでもあった。

 更には多くの知識や優秀な技術を持つ者ほど国家に属していない比率が高く、報酬や栄誉を余るほど受けることが出来るとはいえ、機工士は常に人材が足りていない状態だった。

 つまり、ブルメリアが奏の存在を秘匿(ひとく)しようとする真の理由はそこにこそある。

自国に集積されている機工の修理が可能となったことは、彼らにとって歓迎すべきことだった。これまでそれらは他国の機工士に修理をしてもらうことなど当然できるはずもなく、かと言ってフリーの機工士に依頼などしようものなら、国が傾きかねないほどの金銭を要求されることにもなりかねない、文字通りに『お荷物』でしかなかった。仮に修理ができたとしても、その機工が役に立つ保証などどこにもないのだから尚更である。

しかし奏が現れたことで先代の国王の酔狂の産物でしかなく、いよいよの際には二束三文でも売り飛ばすことしか存在意義が無かったガラクタが国を富ませる契機になるかもしれないのだ。そう考えるブルメリアの上層部は他力本願にすぎるが、奏自身が自覚している以上に機工士の存在というのは大きなものだった。

 だが同時に、それを他国に知られるわけにはいかない事情もあった。早々にそれが知れ渡ってしまえば、奏を引き抜こうとする勢力や、悪くすれば身柄の引き渡しを強引な手段で求めてくる勢力が出てくる可能性がある。ブルメリアは経済面において決して裕福とは言えず、軍事面においても戦争に耐えられるほどの兵力を有していない。奏の存在を隠しつつ機工の修復を急ぎ、国を富ませ、他国と渡り合える実力を身に着ける―――――というある意味では皮算用にすぎないその壮大な計画には、奏が不可欠なのだった。


 「ふぅ・・・何を言っても無駄なようですね。ここは、八代様ご自身に決めていただきましょう」

 「御意に」


 いつ終わるともしれない主従の話をぼんやりとした様子で聞いていた奏は、その矛先が向けられたことに気付いて二人へと視線を移す。

 エメラルダの用件は予想の通りで、城の付近にある地下遺跡の探索への同行だった。もっとも、それが分かったのはここ数日のうちに十数回、彼女から話があると言われれば決まってこの件だったためであり、そう難しい話ではない。

 彼女の言うところによれば今現在ブルメリアにある機工のほとんどが、かつて先代国王の命令の下にこの地下遺跡から持ち出された物であるらしい。既にある機工の解析や修理も重要だが、新しい機工の発見や搬出も疎かには出来ない、というのが再三再四、奏を伴って遺跡へ赴こうとするエメラルダの主張だった。

 それに対するフィアルの主張は単純明快で、複数ある入口のどこかから入り込んでいる野生の動物、そして時には盗掘目的の賊がいるような場所へ非戦闘員とも言える奏を連れて行くのは危険極まりない、というものだ。

 エメラルダは国の行く末を、フィアルは奏の身を案じているだけであって、どちらか一方が正しく、もう一方が間違っているという話ではない。そうなると後は奏の考え一つ、ということになる。


 「ええと。もし戦闘になったら、俺は役に立たないどころか足手まといですよ?それでも一緒に来いと?」

 「ああ。我々には解けない仕掛けも、貴公ならば解けるものがあるかもしれないからな」

 「・・・・・分かりました。期待に添えるかどうか、分かりませんけど」


 心配してくれるフィアルには申し訳ない、と思いつつも、奏は地下遺跡へ同行する旨の言葉を返す。

 というのも、確かに危険な場所であることは理解していたが、何度も足を運んでいるうちに幾つか気になる個所を見つけてしまっていたせいだった。これまではエメラルダに言われるままに調査をしてきていたが、前回思わぬ戦闘行為があったことから探索場所の見直しが提案されており、良い機会なのでその辺りに向かってもらおうという考えでいたからだ。


 「済まないな―――――よし。では準備が出来次第、出発しよう」


 とはいえ即断即決のその言葉には、さすがに苦笑を禁じ得なかった。



 そしてその後、間もなくして。

 薄暗い通路に足音を響かせながら、複数の人影が地下遺跡の内部を進んでいた。

 下手をすれば地上にある城の廊下よりも広さや高さがあるかもしれないその場所で、光源となっているのは原始的な松明の灯りだけというのだから非常に頼りない、と言わざるを得ない。ましてやそれらよりもさらに明るい光に慣れ切っている者からすれば、その感覚はより一層強いものだろう。


 「そこには段差がある。(つまづ)くなよ、八代殿」

 「え、あ・・・・・っと、済みません」


 予め注意を受けていたにも関わらず小さな段差に躓いて転びそうになった奏の体を、すぐ隣を歩いていた壮年の騎士が手を伸ばして支える。万が一の事態に備えて彼の両脇とすぐ後ろには常に三人の騎士が付いてくれていたが、まさか戦闘行為以外でお世話になることがあるとは想像もしていなかった。


 「ははは、機工士殿は体の鍛え方が足りないのでは?」

 「良かったら訓練所に来て下さい。いつでも、お付き合いしますよ」


 慌てて謝罪をした奏だったが、すぐに左隣と背後から気さくに声を掛けられる。片方は奏と同年代の、もう片方はまだ若い感じの騎士だったが、どちらも彼の持つ『軍人』のイメージに当てはまるタイプではない。もっとも、そのイメージは漫画や映画の影響を強く受けてのものなのだから、当然かもしれない。強いて言えば右隣を歩く年上の騎士が最もそれらしい、と思っていたのだが―――――


 「ボルゲン、八代殿に怪我をさせるなよ。殿下からお叱りを受けてしまうからな」

 「お任せを。私たち以外で団長に付き合おうという物好きですからね、深窓の令嬢よりも厳重にお守りしてみせますよ」


 様子に気が付いて振り返りながら声を掛けてくるエメラルダに、軽口を返す始末である。しかし、およそ厳格さからは程遠いものかもしれないその雰囲気は、奏からしてみれば逆に好感が持てるものだ。兵士の絶対数が少ないことに対して軍司令官は常日頃から愚痴をこぼしていたが、そんな事情だからこそ親近感さえ湧いてきていた。

 そもそもブルメリア王国は、この世界において最も大きな大陸のほぼ中央に位置していた。額面だけで捉えれば交通の要衝にも成り得る立地であり、大国や強国に食指を伸ばされても何ら不思議は無い。それが建国以来自治を失ったことが無いというのだから、驚きを通り越して不可思議な話である。

 当然、それには明確な理由があった。

 国土は確かに大陸の中央にあるのだが、その七割ほどが世界最大の湖と言われるウィジャール湖で占められているのだ。更には国境線に沿うように周囲が険しい山で囲まれているため、荷を積んだ商隊がブルメリアを経由して移動しようとすると、かえって労力が増してしまう。水産資源に多少恵まれ、近隣の山地からは鉱石も採掘できるものの、それすら目を見張るほどの量ではない。

 結局のところは自治を勝ち取っていたわけではなく、近隣諸国から『旨みがない』と放置されているにすぎなかった。


 「それで、八代殿?貴公が気になっていた場所というのは、この先か?」

 「はい。もう少し行くと、行き止まりがあったと思うんですが」


 しかし、そういうブルメリアだからこそ自分のできる精一杯の協力をしよう、と奏は決めていた。国の内情やそこで働く兵士をはじめとした様々な人々のことが―――――ほんの二か月前の自らの境遇と重なり合っていたからだった。

 日本の中心である東京にありながら、周囲からは目もくれられなかった小さな会社。大企業であれば一つの部署程度の人数の社員しかいなかったが、全員が協力して、必死になって働いていた日々。この世界での一つ一つの出来事が、その時の記憶に結びついて思い起こさせてくるのだ。


 「あ・・・・・ここです。間違いありません」


 遺跡に入ってから一時間ほど経った頃、目的の場所に到着したことを奏が告げる。

 そこは取り立てて変わった様子は無く、同行してきたエメラルダたちは顔を見合わせたり、首を傾げたりしていたが、他ならぬ奏にはその場所に明らかな異変を感じ取っていた。

 というのも、先だっての王太子との談話の際に彼自身が口にしていた『何処からか呼びかけてくる声』がはっきり聞こえるようになったのは、一度この場を訪れて以来だったからだ。その時には何も見当たらないからと急かされてここを離れたのだが、ずっと頭の片隅に残っていたことがあり、それを確かめようと思っていたのだ。

 騎士から松明を借り受けて突き当りまで足を進めると、次第にその異変の兆候が大きくなってくる。これまで不定期に聞こえてきていたあの『声』が、突如として聞こえ始めてきていた。


 ―――――扉は、目の前に―――――


 しかも、これまでとは違った内容で、だ。

 導かれるままに注意深く壁面に触れてみると、奏の目線よりもやや高い位置に模様のようなものが刻まれていた。積もった埃を払うと、その模様に囲まれるようにして文字が彫られていることに気付く。

 今では遺跡と言われるこの建造物が、どれほど以前に造られた物なのか知る由もない。しかしそこにあるのは間違いなく『今』ではない時代の文字なのは誰の目にも明らかだった。


 「えっと、なになに。『此処に・・・・・』」


 その、はずだった。

 そこにいる誰もが理解出来ないその文字を、他ならぬ奏が読んでいた。


 「『此処に、我が最愛の盾を封じる。願わくば心清き者がその罪を赦さんことを』・・・・・って、何だこれ?」


 言葉の意味が掴めずに首を傾げるが、他の者からすれば不思議がるどころの話ではない。

 そもそも、奏は『共有化』の魔法によってこの国の人間と会話をすることが出来るのだ。残念ながらこの魔法は万能ではなく、異なる言語で発せられた言葉の意味をお互いが認識できるようにすることだけを目的に開発されたもので、その効果は『言語が発せられた時』以外には発現しない。

 つまり、そこには『読めない文字を読めるようになる』効果は存在しないのだ。


 「なっ・・・・・その場から離れろ、八代殿!!」


 いち早く異常を察知したエメラルダが警告を飛ばすが、一体何のことか理解できず、ましてや訓練を受けていない奏が俊敏に動けるはずもなかった。

 まず文字が、次にそれを囲む模様が。順を追うように光を放ち始め、奏が気付く頃には壁一面にそれが広がっていた。


 「こ、これって一体何が・・・・・うわぁぁぁぁ!!」


 その場の全員があまりの眩しさに目を庇い、それが収まった幾ばくかの時間の後。先程まで彼らの前に立っていたはずの奏は、忽然と姿を消していた。


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