(6) UM-02
ハテナに下された指令の内容を解読した研究者達は、ハテナが今後、どのような行動をとるのかについての、シュミレーションを開始していました。トアル国民を攻撃せよという命令については、ハテナにインプットされた司令官の序列の混乱が、実行を阻んでいるという分析結果が出ました。スペースデブリ回収船、『BASE-9』の破壊命令についても、ハテナの翼、通称『BIRD』に、大気圏離脱の能力がないことから、こちらも実現不可能なのではないかという意見が大半でした。
テッペン大佐は、ハテナが世間を騒がせる前に、回収できるのではないか、という期待を持ち始めていました。研究所長のシレットも、遠からずそうなるでしょうと、安堵の表情で太鼓判を押しました。
翌朝、文は、いつもの通り、家を出ると、通学路の途中にある、ハテナの家に向かいました。ハテナと一緒に登校するのが、文の日常であり、また毎日の楽しみでもありました。
「この前、泣いちゃって、ハテナを戸惑わせただろうな。謝らなくちゃ。」
文は、ハテナの家に着くと、呼び鈴を押して、いつものように、ハテナがきょとんとした顔で、玄関の引き戸をあけるのを待ちました。ところが、いつまで待っても、家の中はしんとして、誰も居ないようでした。
鍵がかかっていない引き戸を開けて、中の様子をうかがいましたが、やっぱり室内は静かで、人の気配はありません。
文は、どうしたんだろうと思いながら、ハテナの家を出て、通学路を学校に向けて歩き出しました。
通りの角を曲がったところで、文は数人の男に行く手を阻まれました。男の一人は、拳銃を握って文に構えていました。
「永井 文だな。話がある。来てもらおう。」
文は、なぜか、落ち着いていました。男達に案内されて、文は路肩に止まったバンの後部座席に乗せられました。
そこには、仏頂面をした、A・Iの姿がありました。A・Iは、文にとって、『ハテナのお父さん』でした。ハテナがアンドロイドだと知ったとき、文はA・Iにその事を尋ねました。A・Iは、隠そうとはせずに、話せるだけのことを、話してくれました。
だから、文はA・Iのことを信頼していました。
文はA・Iの隣に座って、バンが動き出すのを、悲しみと覚悟を持って受け止めました。
軍施設に移送されたA・Iの尋問は、テッペン大佐とシレット所長立会いの下で行われました。
A・Iがまず問い質されたのは、ハテナの記憶領域が、設計図とは別の、複雑な階層を隠し持っている、という点でした。
「この構造は、UM-02(ハテナの前身となる機体)を破棄するときに、不採用にすると言ったはずだ。なぜ、UM-03に転用したんだ。」
シレットの問いかけに、A・Iが答えます。
「記憶領域の潜在化は、人工知能の発達にとって極めて重要な要素です。サトーの設計は天才的でした。UM-02を破棄したことは、間違いだったのです。」
サトーというのは、このヒューマノイド計画に初期から参加していた、人工知能を専門に担当する技術者でした。
彼は、計画参加後、ジャムという名のシステムエンジニアと恋に落ちましたが、トアルの諜報部員がひそかに調査した結果、ジャムはトアルの敵対国であるボロスカの諜報機関に所属するすご腕のハッカーだと分かりました。
サトーはジャムを通じて、ボロスカに情報を流出させた罪で逮捕され、強制労働キャンプ送りになりました。彼はそこで、過酷な労働と虐待の末に亡くなっていました。
A・Iは、サトーの部下でしたが、人工知能の設計を引き継ぐことになり、あらためてUM-02の記憶構造の分析を行いました。ある時、偶然から、A・IはUM-02のメモリー内に、まだ誰も見たことのないデータを発見しました。
それは映像で、サトーとジャムが、UM-02に語りかけている様子でした。二人とも、仲睦まじく微笑んで、とても楽しそうでした。
「お前も、彼らが好きだったんだな。」
A・Iは、無機質なモニターに、語りかけました。
UM-02の破棄が正式に決まった時、A・Iはひそかに記憶回路の設計図を複製して、ハテナの人工知能の設計に組み込む事を決めました。
「機械的に命令を処理するだけなら、簡単にできるでしょう。だが、情緒を理解した時、ハテナは、無用な過ちを犯さずに済むようになるのです。」
A・Iはそう言って、強い眼差しでテッペン大佐を見上げました。
『シランの人工衛星打ち上げ』のニュースが、テッペン大佐達の元に届いたのは、ちょうどその時でした。