(11) 計画の瓦解
BASE-9の最後の砲台は、ハテナの放ったビーム砲によって粉々に撃ち砕かれました。それと同時に、BASE-9の船内では、配電盤から激しい火花が飛び散り、コンピューターの操船システムが、完全にダウンするという事態に陥りました。照明が落ちて、やがて、非常灯のほの暗い明かりが灯ると、船長は乗員達に機器の状態を確認させましたが、BASE-9のコンピューターは、酸素の供給と、通信回線以外、ほとんど機能しない状態になっていました。
ハテナは、BASE-9に構えていた砲筒をBIRDに格納すると、しばらく、目の中のモニターに映った文の顔を、じっと見つめていました。そして、慰めるような、穏やかな声で、
「文、こんな事に巻き込んでしまって、ごめんね。」
と言いました。
文が、唇を震わせながら、泣きそうな顔になったので、ハテナはまた、朗らかに微笑むと、両腕を広げてみせて、
「僕は、星の王子さまになったよ。」
と言いました。
「宇宙に来た時から、ずっとそうなんだ。星が、僕に語りかけて来るのを感じた。その星は、文だったんだよ。」
文は、ハテナの言葉にうなずくと、涙目をぬぐって、
「ハテナは、女の子でしょう。星の、王女さまよ。」
と言いました。
「ほんとだ。僕、女の子だったよ。」
ハテナが、あらためて、セーラー服を着た自分の姿を見まわしたので、文は、怖いこともすっかり忘れて、クスクス笑ってしまいました。
ハテナも、文の笑顔を見て、安心したように笑いました。
すると、文の見ているモニター画面の隅に、小さな映像が映りました。それは、ハテナが見ているはずの、BASE-9のはんぺん形の船体でした。
「これは、BASE-9と言って、二年前から稼働している、宇宙ごみを回収するための宇宙船なんだ。トアルが建造して、各国の依頼を受けながら、ロケット打ち上げの際のはがれた部品や、故障した人工衛星の撤去などを行っている。」
ハテナは、BASE-9の画像を指さすように、文に説明を始めました。テッペン大佐は、ハテナが破壊行為を思いとどまったと知って安堵すると、彼女が完全に制御できると分かるまでは、ひとまず文との対話を続けさせることにしました。
ハテナは言いました。
「でもね、本当の目的は、デブリの回収なんかじゃないんだ。これは、地上を攻撃するための、核ミサイルを搭載する、発射基地なんだよ。」
テッペン大佐は、トアル軍の最高機密を、ハテナが知っていて、文に打ち明けはじめたことを、驚くと同時に、大そう苦々しく思いました。ハテナの思考回路は、やはり、軍事機密も守れないほど、混乱しているようです。けれど、やがて、血相を変えた兵士が、部屋に入って来て耳打ちすると、ハテナが何をしようとしているのか、テッペン大佐にもようやくはっきりと分かって、愕然となりました。
「映像が、インターネット上に流れています!」
ハテナは、現在自分が見ている光景を、インターネットや、衛星テレビを通じて、世界中の国や地域に配信していたのです。
音声は、それぞれの言語に変換されていましたし、映像も、BASE-9から撮影されたものを含めて、無人戦闘機との交戦場面まで、織り交ぜながら放映されていたので、人々は、ハテナがどんなに恐ろしい事態について話しているのかを、即座に理解する事ができました。
ハテナは続けました。
「二月には、補給物資にまぎれて、最初の核弾頭が搬入される予定なんだ。そうなったら、世界中の人々が、頭の上の爆弾を気にしながら暮らさなければならなくなる。でも、もう大丈夫なんだ。この船は、すっかり壊れてしまったから。今は、酸素の供給と、照明と、通信回線くらいしか機能していない。」
世界中に配信された映像には、テッペン大佐や、文の姿も映し出されていました。映像の重要性に気が付いた人々は、これが作り話ではなく、真実なのかどうかを確かめるために、映像に映った人物が誰なのかを、いっせいに探り始めました。
それらの中には、報道関係者や、各国政府の諜報機関も含まれていました。そして、その動きは、驚くほど早く、さらに多くの人々の間に伝わって行きました。
ハテナは、全てを語り終えると、あらためて文を見つめました。文も、心配そうに、ハテナを見つめ返しました。
そこで、ハテナは言いました。
「文、僕は何にも分からなくて、泣かせてしまったね。文が優しくしてくれたとき、僕は何にも、考えられなかったんだ。」
文は、頭を横に振りました。目にはまた、大粒の涙が溜まりました。ハテナは、切なそうに笑いました。
「でも、今なら分かるよ。文は、僕のこと、本当の友達だと思っていたんだ。文は、僕のことが大好きだったんだ。だから……、僕も……、僕も……。」
突然、ハテナは、口をつぐむと、うつむき加減になって、両手を広げたまま、宇宙空間に浮かんでいるだけになりました。
BASE-9の破壊命令が達成されたことで、トアル軍の送った、『自らの全機能の停止』命令が、実行されたのでした。
BIRDの両翼が、地球からの淡い光を浴びて、本物の青い鳥の翼のようにきらきらと輝きました……。
トアル軍の一室では、テッペン大佐が、ぼう然とたたずんでいました。ヒューマノイド計画と、BASE-9のミサイル基地計画が、同時に世界中の人々の知るところとなったのです。そして、二つの計画は、ハテナの手によって、今や完全に破たんさせられていました。
文は、ハテナの名前を、繰り返し呼びましたが、ハテナは人形のように浮かんで、BIRDと一緒にゆっくり暗闇の中を回転しているだけでした。文は、モニター画面に額を押しつけて、祈るように呻きました。そして、立ちつくしたテッペン大佐を振り返ると、震える声で、懇願するように言いました。
「ハテナを助けてあげて。ハテナは何にも悪くない……。」