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地球自宅警備員  作者: ゆっくり会計士
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第8話 筋肉痛とウェーブパンチ

 夜の散歩から家に戻ると、俺の布団で舞が寝ていた。時計を見ると夜中の1時半。起こすのも可哀想なので、押し入れから寝袋を出して布団の横に敷き、座布団をまくらに寝た。


いったいどうやって侵入しているのか明日の朝、訊こう。




 翌朝、目を覚ますと髪の毛が俺の鼻先にあった。


さらさらだ。


さらさらの髪の毛だ。


そして身動きが取れない。


これは、、、最悪にマズイ状況にある。


胸に、腹に、下半身にびったりと、少女の背中と尻が密着、、している。


しかも手が動かせない。目の前の女子児童は、俺が寝ている間に俺の寝袋に入り込んで、定員オーバの状態でファスナーを閉めたようだ。


 こんなのお袋に見られたら殺されかねない。


手が使えないので、俺は舞を腹でつついた。


「おい・・・おい、起きろ」


俺の頭に衝撃が走り、顔が座布団と何かの間でつぶれる。


「あんた、なにしてるの?」


お袋の震え声、久々に聴いたな。


何かじゃなくてお袋の足だね。横顔を踏みつけられたよ。これは初めての体験だ。


きっと俺が女子児童の背中を腹でつついているのを見て、寝袋の中で何か途方もないことをしていると勘違いしたんだろう。




 お袋に寝袋のファスナーを開けてもらい、外に出ようとすると俺の体に異変がおきた。


うわああああ、なんだこの全身の痛みは。体が動かない。畳の上にひっくり返ってじわじわ動いてると、舞に説教しようとしていたお袋がこっちを見て「なに遊んでるの?」と言う。


わからない、謎の筋肉痛が・・・


あ、わかっちゃった。


昨日、風紀委員と笑顔であんな激しいテニスをしたからだ。


団地制覇の代償が今来たんだね。


母親と舞が察して指でつんつん突っついてくる。


やめろ!舞は無表情で突っつくな!


すごく痛い。今日もテニスのコーチがあるのに。雨降ってくれ。




 天は俺の願いなど気にしない。快晴だった。


舞に朝飯を作るのは無理だからと言って寮に返す。


お袋は自分で朝飯を作って食うと、


「晴れてるんだからちゃんと洗濯しなさいよ」と言い残して出かけて行った。


洗濯するのか。


新任早々休むのはまずいよなあ。生徒の前でコーチが戦った翌日へたり込んでるとか、威厳が無さすぎる。


這いずって洗濯機をセットし、コーヒーを入れる。


この状態をなんとかしなくては。




 運動の翌日の筋肉痛は、筋肉が伸縮を繰り返した中で微細な断裂が起きたことによる。つまりその修復を早めてやることが対処法として正しい。単的に言えば修復する部分に血液を送り込んでやる。筋肉を傷めない程度の弱いマッサージとストレッチ、入浴などがをしたほうがいい。


安静にしたり、断裂部分を冷やしたりすると、血流が悪くなる。




 だから俺は手足をもみほぐす。あくまでやさしく。裂けた筋肉を修復するイメージを浮かべながら。筋肉、血管・・・ふと、軽いウェーブパンチを当ててみたらどうなるだろうかと考える。やったことないが、たぶんマッサージ器に近いのではなかろうか。クレイジー先輩もウェーブパンチのダメージを軽減すると言ってさらにウェーブパンチを放っていたから(結構失敗してたけど)なんか癒しの効果もあるのかもしれない。


 太ももに手を当て、恐る恐る対人戦用の50分の一くらいの力で放つ。あう、、、なんというか、これは、変な感じだ。ぼおわんと体の中に波動が広がる。少し暖かい。悪くない、痛みも減った気がするぞ。


再びウェーブパンチを放つと、今度は確実に足が楽になった。こんなに効果があるのは怖いな。修復がこんなスピードでできるんだろうか。もしかしたら痛みを感じる神経がマヒしたのかもしれない。寒いところで酒を飲んで温まると言うが、あれは寒さを感じる神経がマヒしてるんだと聞いたことがある。だとすると体が出す危険信号を無視しているわけだ。


 しばらく考えて、何とか動ける程度に必要最低限のウェーブパンチを自分の手足に当てた。これでやりすごそう。


 洗濯物を干すと、団地内を見回りにでる。




 昨晩の異常な出来事はどうか夢であってほしい。


ゴブリンだの政府だの変な救急車だの、あんなのが現実のわけないだろと理性が訴えてくる。


老人が倒れていた場所には何の痕跡もなかった。


よしよし。


近くの茂みをあさると棍棒が出てきた。


俺の頭がうんにょりと世界をゆがめ現実を拒否しようとする。そのまま視線を上げるとアパートの三階に足の踏み場もないほど物が置かれた部屋があった。ゴミ屋敷だ。靴下を干すピンチハンガーが無数に竿にかかっている。あのありさまでは何も干せないのに。俺は公園のベンチに行き、座って頭を抱えた。




 あ・・・舞にどうやって家に侵入しているのか訊くのを忘れた。




よくわからん現実は置いておいて、とりあえずテニスサークルだ。


ネットを張り、事務室でお茶を飲んでいると風紀委員こと塩谷恭子がやってきた。


「おはようございます、塩谷さん」


「お、はよう、ございます、南山コーチ」


ロボットのようにぎくしゃくと歩いてやってきて長椅子に座った。


そうだろう、そうだろう。


俺だけが筋肉痛なんて不公平だ。なんといっても塩谷さんは45歳で俺よりはるかに動いていたからな。


「大変そうですね。今日は休んだほうがいいのでは?」


「いえ、せっかく南山様が来てコーチしてくださるのに、でも、洗濯や洗い物はかなりきつかったです」


「その状態で家事をこなしたんですか。あなたは完璧主婦をやりすぎだと思います」


「でも、やらないわけにはいきませんし、家事がたまってしまいます」


「たまにはだらしなくしたり、不良主婦になったらどうです?」


「そ、そうですね。昔から優等生を演じてきたので、その辺のやり方がよくわかりませんの・・・」


ちらちらとこちらを見ている。ああ、きっと俺が筋肉痛もなく平気そうにしているので羨ましいんだな。


「実は僕も朝から筋肉痛でして」


「え、南山様も」


「でもいいマッサージを知ってまして、何とか回復しました。塩谷さんも試しますか?体のあちこちに触ることになるので、テニスウェアよりジャージに着替えたほうがいいと思いますが」


「え、、えと、ぜひこのままでお願いします。着替えるのも大変なので」


「いいのかなあ、じゃあその長椅子に横になってください。」


この際だ、塩谷さんで人体実験をしよう。自分だとあまり大胆になれなかったからな。


「まず痛いのは足ですよね。じゃあいきますよ。変な感じがしたり、嫌だったら言ってください」


俺は彼女の太ももに手を置いた。


「嫌とかはないですわ、む、むしろ、、おお!ほおおおおおおおお、、な、なんですかこれ?マッサージというからてっきり、揉んだり、さすったりとか、あ、あへえぇーーー、い、痛くは・・・き、気持ちいいかも。確かに変な感じです。ああ、でも続けてください。ん、んおおおおーーー」


「はいはい、初めてだと混乱しますよね。大丈夫ですか?では続けますよ」


おお、効いてるみたいだ。


なんか悶え方が気になるけど、喜んでるっぽいし、腕と肩と背中もやってあげよう。彼女をうつ伏せにして、腰にウェーブパンチを当てる。


「いひぃぃー、痛きもちいい・・・です」


もぉ、こんなのお袋じゃなくても見られたら完全に誤解されるぞ。


嫌な予感がして、事務所のドアを見ると少しだけ開けた隙間から主婦が三人覗いていた。


「えーーーと、ただのマッサージですから」


「「「はい、見てました」」」


三人のうちの一人がじっと俺の股間を見ながら言った。


「事務所の中から変な声と『初めて』とか『痛い』とか『気持ちいい』とか聞こえたんで」


なんで俺は朝と同じような誤解を受けているんだろう。まあ、その実、近所の主婦に弱めのウェーブパンチを叩き込んで人体実験しているので、あまり胸を張って無実を主張できないのだが。


「お、おおおお」


塩谷さんが目を丸くして長椅子から起き上がった。


「す、すごいです、コーチ。なんか動けます。痛みがありません」


立ち上がって元気にぴょんぴょん跳んでいる。


「いや、安静にしてください。あなたはケガ人みたいなもんですから。今日は軽い運動だけするように」


(人体実験中のモルモットなんだからな。)


「南山様は癒しもできるのですね。すごいです」


なんか目をキラキラさせて両手を合わせている。俺、宗教とか開いたら稼げるかも。


こんどは見ていた三人の主婦が目を丸くして塩谷さんを取り囲んでいる。


「え~嘘みたい、昼会ったときガタガタだったのに~」


「も~痛くないの?すごーい」


「さっきの気持ちよかった?どんな感じ」


「ええ、体の中にぼわんって何か入ってきて、最初すっごい怖いんだけど、それが気持ちよくなってぇ~」


「ホント~?いいなあー」


女同士の会話に男が入り込む余地はない。俺はまだ筋肉痛が残っているので外で軽く柔軟体操を始めた。




 テニスサークルには結構な人数があつまった。新しいコーチを見に来たメンバーもいれば、サークル以外の人も見学している。どうやら昨日の試合が呼び水になったらしい。入会希望の用紙を持って帰る人もいた。彼女たちの会費から俺の給料も支払われるのだ。ありがたい。




 スパーンスパーンと鋭い音がすると思ったら、なんか事務所を覗いていた三人と塩谷さんの四人でダブルス戦をやっていた。かなり本気だ。見物人が声援を送っている。いやいや、調子に乗るなよ塩谷さん、安静にしていろと言ったのに・・・お前の筋肉はズタボロのはずだぞ。




サークル活動が終わって塩谷さんに説教をする。


「激しい運動はダメだって言ったでしょう。まだマッサージの効果がよくわからないんですから」


「そんな、私なんかのからだの心配をしていただいて、、ありがとうございます」


ダメだこりゃ。


本気のダブルスをやっていた残り三人がネットをかたずけ終わるとやってきた。


「それで~、あたしたちも明日筋肉痛になると思うんです。できればあのマッサージをしていただけないでしょうか」


そういえば四人ともジャージに着替えている。


「なるほど、激しい運動のアフターケアは大事ですからね。では軽く整理体操をして順番に長椅子に寝てください」


ひとり5分として20分か。いや、待たせるの悪いし、面倒くさいので一人3分でいこう。短時間にいっぱい打ち込んでどうなるか試してみよう。


「はうわあ」


「ほおお」


「こ、これはぁ」


「しゅ、しゅごいいぃ」


「効くぅう」


ついでに足の裏や手のひらなど、神経の集まっているツボも刺激しとこう。


「ね、言ったとおりでしょ」


なんか四人できゃあきゃあ言いながら元気に帰って行った。




 テニスコートに鍵をかけてると、横に舞が立っている。


あいかわらずのジト目。


「事務所で女の人に変なことしてた」


え、見てたのか?窓から??テニス場にいたの全然気がつかなかった。


「ただのマッサージだから」


「変なマッサージしてた。友樹のお母さんに言う」


「絶対誤解されるような言い方はやめて。ゼリーこんにゃくやるから。新しい味が出てたんだ」


「抹茶味?」


舞が包装を剥いでちゅるんと口に入れる。緑の抹茶味を他人が食っているのを見ると、なんかスライムを食ってるみたいでキモいな。


「おいしい」


「じゃあ俺も食おう」


「あたしを実験台にした?」


「うん、たしかにうまい。そういえば、おまえどうやって毎晩うちに忍び込んでるんだ?」


「・・・内緒」


「自宅警備員としてすごく困るんだが」


「友樹が困るからいけない。友樹が困らなければ誰も困らない」


すごい!まるで禅問答だ。


俺が世界をあるがまま受け入れれば、世界は何事もなく平和なことになる。


顔を踏まれても、俺が困らなければいい。


塩屋さんに教えてあげたら泣いてありがたがるぞ。教祖になろう。


「舞ちゃんは学校に友達はいるのかな?」


「・・・いない」


「小学生と話、合わなさそうだもんね」


「二人組みつくるとき、相手がいなくて困る」


お前も困っとるじゃないか!


こんな不思議系少女に二人組みつくれとか教師も無茶をいう。


「友達をつくりたかったら笑うといいぞ。笑顔だと人が寄ってくるからな。俺はこないだ死にそうになってテニスをしたけど、笑顔で乗り切った。そしたら今日は入会希望者がきた」


にっこり笑って話す。


「その笑顔で・・・スケこまし」


「いいから笑ってみろ。チャップリンも言っていた『苦しいときに笑え』と」


舞が笑ったが、やはり楽しくもないのに笑うのは無理があるようだ。


「なんか笑顔がこわい」


「だから友達ができない」


「前言撤回。無理はよくなかった」


「笑顔の才能も友達を作る才能もない」


「笑顔のまま悲しいことをいうのはやめてくれ」


舞が無表情に戻った。こっちのほうが舞らしい。


「そうだ、お前には気配を消す才能があるじゃないか」


「うん」


「それでクラスメートを驚かせるといい。気配を消せると言えば、『やって見せて』と言われるだろうから、そこでうまくやれば忍者キャラがつくぞ。忍者なら喜怒哀楽が薄いのもなんとなくマッチする」


「忍者には友達ができるの?」


「一種の記号化だからな。無口、陰気キャラより忍者キャラのほうが親しまれるだろう」


「ふうん」


「ところで、俺は図書館に行く」


「勉強するの?」


「うん、昨夜、図書館の職員を倒したんだ。腕をひねり上げたら『ギブ、ギブ』と言った。だから入れるかもしれない」


「その人、図書館の偉い人?」


「いや、たぶんヒラの職員だと思う」


「じゃあ無理」


「決めつけるな」


結論を言うと無理だった。


図書館の裏口にさえたどり着けなかった。図書館の敷地に入った瞬間パニックが襲ってきたからだ。


「大丈夫?」


「昨夜散歩中にいろいろあってな、図書館で調べたら何かわかるかもと思ったんだが」


「それで夜いなかったんだ。今夜はあたしもついていく」


「日が暮れたら子供は家にいろ。ほらもう暮れそうだ」


夕陽を見て俺は「あ」と声を上げる。


「洗濯物を干してた。急いで帰る」


速足になろうとするが、筋肉痛で変な動きになる。


「友樹は真面目な主夫」


「主夫じゃない。なんでもする自宅警備員だ」


俺は笑顔でそう言いたかったが、筋肉痛で顔が引きつっていた。

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