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地球自宅警備員  作者: ゆっくり会計士
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第7話 団地制覇

 やった!風紀委員に・・・カリスマ主婦に勝った!


雑魚キャラと思いきや想定外の強敵、汗と涙まみれの死闘を制した。


ボールが相手コートに落ちた瞬間、頭の中でかちゃりと音がして太陽が陰った。


これは団地制覇きたな。


もうこんなところに用はない。いつの間にか集まった主婦たちに拍手されながら、俺はテニス場を去ろうとした。




「あ、あのぉ!」


「はい?」


「も、も、もしよろしかったら、ここ、ここでコーチをしていただけないでしょうか?少しですがお給料も出ますけど・・・」


え?!




まわりの主婦を見ると、みんな顔を見合わせた後、にっこり笑ってうんうんとうなずいている。どうやら歓迎ムードのようだ。年末までに少しでも金が必要な俺にとってはありがたい。それにコーチになれば団地主婦と情報を共有できる。これは自宅警備員としては大きなプラスだ。うん、ここは引き受けよう。




「本当ですか?実は今わけあって無職でして、その申し出は大変助かります」


「いえ、南山様の腕前なら申し分ありません。こちらからお願いします。」


そう言って風紀委員がみんなのほうを向くと、またしても全員がうんうんとうなずいた。


それから夕方まで主婦たちにテニスの指導をした。


と言ってもこっちはプロではない。プロを育てるわけでもない。自宅警備の一環としてやるのだ。


運動が苦手な主婦たちには、どうすれば長いことボールを打ちあえるか、つまり相手のいる位置にボールを打ち返す方法を重点的に教えた。楽しめるのが第一だ。


同時に情報収集のために彼女たちから話を聞く。彼女たちのテニスをやる理由がわかれば指導方針も決まる。結果、




テニスをうまくなりたい組


体力をつけたい組


美容と健康のため組


社交場としてテニス場に来ている組




に分類した。もちろん頭の中で。


社交場組に限らず、主婦はしゃべらせれば、いくらでも話すので情報収集が容易だ。


よし、何とかやっていけそうだ。




風紀委員からすごく評判がいいと喜ばれた。二人でネットをかたずけてテニス場をあとにする。出口では北見舞がジト目で立っていた。


「なにしてんの?」


「テニスコーチ」


なぜか俺のとなりにいた風紀委員こと塩谷恭子が勝ち誇った顔になった。


「では南山コーチ、明日もよろしくお願いします」


ちーちゃんを抱いて去ってゆく。鼻歌でも歌いだしそうだ。


舞のジト目がさらに死んでいる。


俺は舞をスルーして、そのままコダマートへ歩いて行く。自動ドアをくぐり店に入った。


「いらっしゃいませえー」


ふっふっふ、店員の声が心地いい。ついてきた舞が目を見開いている。


「なんで平気なの?」


「カリスマ主婦と試合して勝ったからだよ」


これからは好きな時にコダマートで買い物ができる。コーチをするからお金も手に入るじゃないか。夢のような生活だ。素晴らしいぞお。ああっ、ゼリーこんにゃくのパイナップル味とかあったのか。お袋が桃とリンゴ味ばかり買ってくるから知らなかったよ・・・いろいろ出てるじゃないか。




 俺はご機嫌でコダマートを出ると、前から来た丸々と太った男にぶつかった。


ドアですれ違おうとしたが、そいつがでかくてよけきれなかったのだ。


体重140キロオーバーの巨漢。双眼鏡で何度か見たことのある奴だったが、近くで見ると想像以上にでかい。


「むぎゅ」ドアとデブに挟まれた。


「ふはは、失礼」


何が可笑しいんだか。そいつは体を押し込むように店に入った。


「あら、先生いらっしゃい」


店員が挨拶する。こっちは圧殺されかけたぞ。・・・先生?


この棟の一階にはクリーニングと喫茶店と病院がある。コダマートの店舗は棟から大きく南にはみ出す形だ。


デブは白衣を着ていた。コダマートの並びの診療内科には「大佐内科」とある。どうやらここの医者らしい。




 パイナップルのゼリーこんにゃくを味わいながら団地の北に向かう。


うん、行ける。問題ない。


団地北側は木々が多い。歩道の両側にイチョウやけやきが並んでいる。レンガの歩道には間隔をあけて自然石の飛び石があり、木の間には数本一組の石柱が立っている。子供のころはレンガ歩道を川や海に見立てて、石から石に跳んで遊んだもんだ。


今までは屋上から遠目に見るだけだった施設がつぎつぎと眼前に現れる。保育園。集会所。お柱公園。夕方なので保育園の運動場には誰もいない。俺が通っていた頃とはずいぶん遊具が違う。大ケガしそうな遊具はないんだな。


「静かだな」


「あたしはこのへんが好き」


「でもだいぶ寂しいとこだぞ」


答えがないので振り返ると舞がいない。あれ?見回してもいない。


立ちすくんでいると不意に手を掴まれた。


「友樹がいるから問題ない」


うわ、この子は気配を消しすぎだ。まるで忍者でござるよ。




 とりあえず今はこのくらいにしておこう。シャワーで汗を流して晩飯の用意もしなきゃ。舞を寮に返して自宅に戻った。まあ、すでに団地全体が自宅という認識なんだけど。




 お袋が帰ると、テニスのコーチをやることになったと伝えた。さんざん仕事に就けと言われたので、喜ぶと思いきや、説教をされた。


不倫はいけない。


よそ様の家庭を壊してはいけない。


誰が不倫するんだ。テニスを教えるだけだ。お袋にはテニスサークルはみんな「やりサー」に見えてるんだろうか。馬鹿ばかしい。




 午前0時、俺は夜の散歩としゃれこんだ。


・・・しゃれこむってどんな意味なんだろう。意味なんか知らなくても、みんな使うんだよなあ。


などと考えつつ街灯の明かりのつく団地歩道をうろつく。


なんか団地北側って暗いなあ。


街灯の間隔が南に比べて広いのかな。


団地のすべての歩道を歩き、夜の公園散策をする。


うん、これでどうやら団地で行けない場所はなくなったようだ。


自然と笑みがこぼれる。


俺は団地を手に入れたぞおおおお。




 夜のしじまを破って突然暗闇のむこうから「ぐえっ」と悲鳴が聞こえた。


なんだ?・・・そしてしじまってどんな意味だろう。


声のした方向にダッシュすると、街路灯のない暗がりに人が倒れている。


そばにもう一人、誰か立っている。


用心しながら近づくと、見憶えのある禿げ頭が暗闇に浮かんだ。こっちを見て(やばい、見られちゃった)というわかりやすい表情をしている。図書館の鳥男だ。


鳥男の手には太い木の枝。5月にイチョウの枝を業者が電動ノコで落としていた、その取りこぼしだろう。


倒れているのは老人で頭から血を流している。


鳥男に用心しながら老人の状態を調べる。息はしている、死んではいないな。


「え~と、歩いているとこのジジイが倒れていたんですよ・・・病気かな」


鳥男が弁明を始めた。いや、悲鳴が聞こえたんだが。


俺はじっと彼が持っている枝、というか棍棒を見つめる。


「ここに落ちてたんで拾ったんです」


と言って男は棒を茂みに放り捨てた。


疑惑のデパートみたいな男だな。まあいい、警察が調べるだろう。


俺が救急車と警察を呼ぼうとスマホを取り出すと、急に鳥男は


「ちょっちょっちょっ」


と制止した。


「こんなジジイ、助けなくていいですよ。図書館ですげー迷惑してるんです。くさいし、椅子を占領して寝るし、他の閲覧者に話しかけるし、しかも声がでかくて、内容が日本語なのに、わけわかんないし。こいつのせいでみんな困ってます。このまま病死させましょう」


はい、動機の自供いただきましたー。


しかもまだ病死とか言い張ってる。


無視して電話をかけようとすると、鳥男がスマホを取り上げようとする。


ええい、うっとおしい、ウェーブパンチ!


男の腰がクネッと曲がって、腹に当たるはずのウェーブパンチをかわした。


え、うそ。この至近距離で。


もう一度ウェーブパンチ!


クネッ


「やめてくださいよ」


男が不満そうに口をとがらせて言う。


今度は連打でウェーブパンチを叩き込もうとするが、やはり男は体をくねらせて全部よけた。うわあ、気持ち悪い動き。


妖怪クネクネっていう、白くて細長いのが田んぼで踊る、、、のがいるらしいけどこんな動きなんだろうな。もしかして拳法の達人か?


 いや、早く救急車を呼ばないと。


再び電話をかけようとすると、また男が手を出す。


今度はその手をつかんでひねり上げた。


「あいたたた、ギブギブ」


あ、弱い。多分その辺のおばさんのほうがもっと腕力があるぞ。よけるのがうまいだけだった。


「くそぉ、銃が欲しい!」


なに物騒なこと言ってるんだ、この人。




その時、巨大な人影がこちらに近づいてきた。


「ふはは、どうしました?」


コダマートでぶつかった巨漢だ。たしか大佐内科の医者。


「この人が老人を殴ったんです。倒れてるので診てください」


「病死ですよ」


「まだ言うか」


「ほほう、どれどれ」


老人の上にかがみこむ巨漢。首筋で脈を診た後、なぜか爺さんの靴を脱がせた。


「あーこりゃたいしたことないです。うちの救急車を呼びましょう」


うちの救急車?どういうこと?


巨漢がどこかに電話をかけている。


「ふはは、ダイスケです。例のあれが出た。気を失ってるから車をよこしてくれ。お柱公園の東だ」


今ので通じたのか?古平団地とすら言ってなかったぞ。それに今ダイスケって言った。もしかして(大佐)と書いて(だいすけ)と読むのか?


「警察も呼んでください」


「必要ないです」


「え?」


「その人も離して大丈夫です。確か図書館の大杉さんでしたな」


「はあ」と鳥男が気の抜けた返事をした。


いいのかな?なんかこの場をこのダイスケというデブが仕切ってるけど。


俺は鳥男から手を放した。


「自治会でお顔は拝見しましたが、話すのは初めてでしたな。私はこの団地で医師をしとるダイスケです。大佐たいさという字を書くので、みんなからはタイサと呼ばれているのでそれで結構」


「僕はA15棟の南山といいます。無職ですが個人活動で団地の警備員をしてます」


「B13棟の大杉です」


「それで、今、事件が起こってると思うんですが、なんで警察を呼ばないんです?」


「警察の管轄じゃないからです」


そう言うと大佐と名乗った男は白衣のポケットから注射器を取り出し倒れている老人に無造作に打った。


「なんです?」


「麻酔です。運んでいる途中で目を覚ますとうるさいですからな」


「ええっ?そんな勝手に、いいんですか?」


「かまいません、こいつらは人間じゃないので」


いやいやいや。


どうやら頭の狂った医者と図書館員に挟まれたらしいぞ。俺は身構えた。


「ご存じないのは当然です。まあこれを見てください」


大佐が倒れている老人の靴下を脱がす。


老人の足は親指がだいぶかかと寄りについていた。手のような形をした足・・・俺が五階から落としたおっさんと同じだ。


「あなたは前にも見たことがあるんじゃないですかな?先日あなたが殺した男は私が検死解剖したんです。ふはは。」


大杉がのぞき込んで尋ねる。


「なんですか、これは?」


「政府はなにやら長ったらしい名前を付けていますがね、我々はゴブリンと呼んでいます」


「「われわれ?」」


「政府、警察の一部から調査を委託された医師やその他の業者です。このことが広く世間に知られないように秘密裏に処理する手伝いをしています。あなたが殺した男の事件でマスコミはあまり騒がなかったでしょう。圧力がかかったんですよ。人間になかにゴブリンが紛れ込んでるとか知れ渡ると魔女狩りが始まりますからな」


「いや、ただの足が奇形な人でしょう」


「よく(人間とチンパンジーのDNAが98%同じだ)と言うでしょう。これは比較できないゲノム部分を切り捨てた結果であって、ちょっと言いすぎです。同じことをやると人間とバナナのDNAも50%くらい同じになる。で、私はこのゴブリンのDNAも調べたんですが」


「何%でした?」


「ほとんどありませんでした。我々人間とこいつらの関係はバナナより遠いってことです」


「「は?」」


「一応ちんこはついてるんですが・・・そもそも牝のゴブリンを見たことない。どうやって繁殖するのかなあ」


 「この爺さんは、この団地の住人ですか?」


俺の質問に大佐が答えた。


「ええ、その棟の3階です。ベランダが物であふれているのが見えますか?暗くて見えづらいですが。ゴミ屋敷で自治会に苦情が来てました。ゴブリンは馬鹿でよく自宅をゴミ屋敷にすることがあります。それで目をつけてました。昔はまともな人だったそうなので、どこかの時点でゴブリンが本物を殺して入れ替わったんでしょう」


 いや昔はまともでどこかで心を病んだのだろう。ゴブリンが入れ替わるとかホラー映画かよ。


「よし、殺しましょう」


大杉がまたあぶないことを言ってる。




一番近くの侵入口から救急車が赤いライトもサイレンもなくやってきた。車体に多血川病院とある。中から隊員が二人出てきて大佐に軽く挨拶をすると、老人をストレッチャーに乗せて運び去った。


 え?なにこれ、こわい。




「さあ終わりました。帰りましょう」と大佐。


嘘でしょう??


これで終わり?


「・・・あのゴブリンは多血川病院に運ばれたので?」


さすがにちょっと引き気味の大杉の質問に大佐が答える。


「ええ、私は多血川病院の院長も兼任しとるもんで、そこの研究施設に送りました」


マジか?!


多血川病院といえば大総合病院じゃないか。


なんなの?この人。

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