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ロイヤルミルクティーの温もり

――――マリアと初めて出逢ったあの日のこと、いまでもよく思い出す。


龍二が狩人のライセンスを得てから、半年が経っていた。長く厳しい冬が終わり、春の陽射しが増え始めた頃のことだ。

人びとの現代的な営みが過ぎ去った荒野にも、野の草花が変わることなく萌え出で始める季節のこと。

彼女を初めて見かけたのは、新宿東口を覆う廃墟と化したビルの谷間。

初めて出逢った瞬間ときから、《葬祭のマリア》というアンデッドの特異性はすでに明らかだった。

朝陽を透かした朝靄のなかで彼女の美しい銀髪は眩く輝いて、辺りに静謐な空気をもたらしている。纏った黒のロングドレスは胸に十字架が無くとも敬虔な信徒を想起させ、まさしく天の使いが舞い降りたようだ。

彼女のすぐ側には盛り上がった土。そしてあり合わせの石と木の棒で作られた、墓標のようなものが立てられていた。

自分が無惨に殺してしまったひとの骸を、不器用ながら手厚く弔って涙を流している……その姿。

多くの人が目を背けることに躊躇わない、自らの重すぎる罪過と真っ直ぐに向き合う眼差しは――――。

研究者の端くれとしてはもちろん、ひとりの人間として放っておけなかった俺は思わず声をかけることに決める。


「――――ねぇ……君!」


知的好奇心が先かといえば、たぶん嘘だ。

彼女の憂いよりも深い瞳の色に、俺はたった一瞬で染まってしまったんだと思う。

全身に血を浴びて、散々に食い散らかしたマリアを連れて帰り、俺はまずいの一番に風呂を貸した。流石に気持ち悪かったのだろう、彼女も素直に従って狭い風呂場に吸い込まれていく。

彼女がシャワーを浴びているあいだ、俺は独りであたふたしていた。

あんなに憔悴しきった女の子と対峙するのは、俺の言うほど長くはない半生では初めてのこと。彼女になにをしてやったらいいのかわからなかった俺は、ただただ情けなく狼狽えていただけ。

どうにか元気づけてやりたくて、でも会って間もない彼女の好きなものはなにひとつ知らなくて。

『女の子は甘いものが好き』なんて偏見を鵜呑みにしたのは、しかし間違いであると後に気付かされる。

なんとか彼女に元気を出してもらいたい俺は、大慌てで和洋の甘味ひと揃えとジュースを買ってきて、仄暗い表情のマリアに差し出した。

ところがマリアは、意外と甘いものが苦手で。俺が買ってきた甘味の山を見て眉間に皺を寄せ、「吐き気がする」と顔を真っ青にした。


「アナタ、女に変な偏見と妄想を持ってる童貞?」

「なんだとぉ!?」


初対面の俺に向けて散々な悪口のオンパレードで、俺も凹むより腹が立って思わず言い返した。

そこからとめどなく喧嘩がはじまって、俺たちの仲は初日から険悪。もう二度と関わるものかと、信じてやしない神に誓う始末だ。

なのに。

空回りした俺の気遣いを、たぶん優しく受け止めてくれたんだろう。

その山のなかでロイヤルミルクティーのペットボトル飲料だけは、「甘い」と文句を言いながらも飲み切ってくれた。

まだまだ冷えこむ夜に買いに走ったロイヤルミルクティーは、たぶんちょっと温め。

その温度は俺たちの心の距離を、ほんのりと温めてくれたような気がした。

我ながら単純すぎると思う。こんなことで? って、誰からも言われるだろう。

でも俺のなかではもう固く決まっていて、染まっていく絵の具は止められない。

絵の具の染みが触れたその先から。

ひとりぼっちになってから動かなくなった俺のこころが、錆すら溶かして再び動きはじめた。

少しずつ色付いたその先から、凍りついた湖を溶かす春みたいな陽だまりを感じる。止んだ雨に気づいて見上げたその先にある、太陽のように。

小さくて、でも確かな温もりを得た俺のこころが、叫んでいたんだ。


――――俺は彼女に、恋をしたんだ。



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