開落
夜空に花が咲いた。その花は一瞬闇を照らしたがすぐに散っていった。あの日散った花も君の手もその温もりも全て儚いものだった。だからこそ美しかったのだろうか。
恋の初風はとても心地好かった。初めてばかりで戸惑うことも多かった。それでも君の隣にいれることが嬉しくて,幸せだった。
立場が違う恋が長続きするはずがない。今日も一人枕を濡らす少女は自分を納得させようとそう言いきかす。いつまで泣いているのだ。もう終わったことなのにいつまで引きずっているのだ。自分でも分かっている。それでも一人の夜が寂しくて,連絡がこないかと淡い期待を抱いてしまう。いつまでもこうしてはいられないことも分かっている。それでもやっぱり忘れられない。もう自分が馬鹿馬鹿しくて笑えてきたや。
駅や道,いるはずがない。そんなことは分かっている。会ったところで気まずいだけ。君が私のことをどう思っているのか,おぼえているのか,意識しているのか,何も分からない。それでも私は君も影を探してしまう。どうしても君を意識してしまう。空っぽの右手に温もりがほしくなる。君の影はないけれどあの頃の二人が見える気がする。空っぽの右手が寂しくなる。またあの時のように,ともう忘れたいおもいが心で入り交じる。通るたびにこんなおもいになるこの場所はもう嫌いになってしまったや。
連日流れるニュースを見て大きな溜息と僅かな涙が出てくる。映し出された彼女は君が好きなアーティスト。私が一人なら彼女のことなど知らなかっただろう。君が広げてくれた私の世界。君の世界を知るのが楽しく,嬉しかった。今飲んでいるこのジュースも君が教えてくれたものだったかな。
いつのまにか日常に君は入り込んでいたんだね。君が身近すぎて気が付かなかったよ。君の手が離れて,君の隣にいれなくなってずいぶん経った今,気づけたよ。こんなに辛くなるものなんだね。知らなかった,知りたくなかった。もう遅いけど。
あの時こうしていれば,あの時私は,どんなに後悔しても変わらない。無駄なだけだと分かっている。仮にそうしていても上手くいくとは限らない。それでも後悔してもしきれなくて,考えずにはいられない。たとえ君に別れを告げられても私は諦めきれない。このおもいは本物だから。私は君が好きだから。
君のどんなことでも受け入れる。その覚悟はできている。そのつもりでいた。でもいざ君に別れを告げられてみると辛い。いつまで経っても涙が止まらない。一つのおもいから始まる恋はたった一つの言葉で終わる。信じたくない。でも分かっていたことだから。私は君が好きだよ。いつまでも。
本当なら君に離れてほしくない。ずっと隣にいてほしい。君を私に縛ってしまいたい。でも好きだからこそ縛りたくない。だから笑顔で伝えたよ。
「ありがとう。さようなら」
一人になっても君とのおもいでは私にとってはかけがえのない宝物。君とつくったおもいでが,たくさんのおもいでが頭の中を駆け廻る。楽しかったこともそうでなかったこともたくさん。出会いから別れまでいろいろなことがあって,いろいろなことをした。でも今となっては過去のこと。もうこれ以上増えないんだ。今なら君の優しい嘘に気づけるよ。もう遅すぎるよね。
分かっていた。出会いがあれば別れもあることくらい。それでも聞きたくなかったな。
「もう会いたくない。疲れた」
どうして,私は私なりに,いや,それがダメだったのかもしれない。
二人の恋の炎が最も燃え盛ったあの日。闇を照らしては散る花に誓ったはずの愛,語った夢は儚く散った。無駄に遠回りをして,歩き続けた帰り道。何ということない。それでも何か楽しくて,この上なく幸せで,この時間が,この道が永遠に続けば良いのに。そう思った。このまま君と二人きりの世界に行ってしまいたかった。君もその時は永遠を口にしてくれたよね。
時折見せる君の少年の眼差しが私には眩しくて,それでもその瞳が大好きだった。いつか君が私から離れてしまいそうで,怖くて,名前を意味もなく呼んでいた。私に引き留めておきたくて。結局君は離れていってしまったけど。あの時の表情は忘れまいとおもっていたのに日を経るごとに色褪せていっている。少しかなしいかな。
もう君とは会えないのかな。私は今でも君のことが大好きだよ。君もいつかまた私のことを好きになってくれないかな。隣に戻ってきてはくれないかな。信じてもいないおまじないを試してみる。効果はないだろうけど。
人の夢と書いて儚。これはよくできた漢字だね。私が夢見た永遠はほんの一瞬の夢だった。私の恋は本当に儚いものだった。だからこそ楽しかったのかもしれないが。
あの日散った花は儚くも美しかった。君のその少年の眼差しが眩しくて,でも大好きで壊したくなかった。今が一番幸せで,この幸せが永遠に続くものだと信じていた。冷えた右手に君の温もりがほしいけど,君はもう隣にはいない。私はずっと君の幸せを願っているから。絶対に幸せになってよね。私はこの散った美しい花を,闇を照らしたこの花を心に刻み生きていくから。だからもう少しだけ涙を流していても良いかな。この儚く散った花のために。