閑話③本当の誕生日
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今回でレイナ視点の閑話は一旦終了です。
魔獣洞窟で、大きな熊型の魔獣に食べられそうになった時にカジカワさんという男性と、アルマさんという二つ年上のお姉さんに救われた。
二人ともこの辺りじゃ珍しい真っ黒な髪で、一瞬歳の離れた兄妹のようにも見えたけど血の繋がりは無いらしい。
Lv30を超える魔獣を搦め手とはいえ無傷であっさり倒してしまった二人は、驚いたことにさっきまで同行していたパーティと同じくEランクの冒険者らしい。
同じEランクでもここまで差があるものなのかと思いそうになったけれど、さっきまで同行していたパーティが弱いわけじゃない、多分この二人がおかしいだけだ、色々と。
成人前の子供がなぜこんなところに、と聞かれて事情を話すと、しばらく自分たちと一緒に暮らして落ち着ける環境でこれからの生き方を考えてほしいと言われた。
会ったばかりの自分になんでそこまで、なにか裏があるんじゃないかと思えるほどの好条件を自分に言ってきた。
…現状、自分一人でできることには限界がある。やっとの想いで荷物持ちを任されたと思ったらあの有様だし、ひとまずお言葉に甘えさせてもらうことに。
独りでスラム暮らしをしていて、しばらく人の温かさに触れていなかったせいか泣きながら了承してしまった。……自分は、いつも泣いてばっかりだ。
二人に同行させてもらって、まず向かったのは銭湯。
お風呂に入るのはいつぶりだろうか。湯船に入る前に何度も石鹸で体を洗ってようやく垢や汚れなんかの黒ずみがとれて、姿見を見た時に自分の顔を久しぶりに見た。
一瞬、お母さんがそこに立っているように見えて、ちょっと寂しさがこみあげてきた。……いつか、強くなって必ず会いに行こう。
……アルマさんの絶妙なプロポーションの身体を見て、別の意味で悲しくなってきたのはここだけの話。
他にもお洋服を買ってもらったりして、実は自分を着飾って売り飛ばそうとしてるんじゃないかって疑いそうになるほどの好待遇。
この二人、実はお金持ちなんすかね?……いや、カジカワさんが財布を見てちょっと悲しそうな顔してるから結構無理してるみたいだ。
洋服代は気にしなくてもいい、そのうち自分でも好きなだけ稼げるように鍛えてやるって言ってるけど、……やっぱりいかがわしい店にでも売ろうとしてるのかな…?
助けてもらった恩はあるけれど、いざとなったら逃げる準備をしておいた方がいいだろうか。
宿に着くと、カジカワさんお手製の料理をごちそうしてもらうことに。
正直、古びたパンと水だけでももらえれば充分だと思っていたけど、二人と変わらない晩御飯を食べさせてもらえた。
カジカワさんは料理スキルがない、って言ってたけど多分嘘だと思う。だって、こんなに、美味しい料理を、スキル無しで作れるわけないじゃないっすか!
久々に食べた温かく味のしっかりついた料理は、思わずまた泣いてしまうほどに美味しかった。
シチューを何杯もおかわりさせてもらって、久しぶりにお腹いっぱい食べられてもうそれだけで幸せいっぱいだった。
お腹いっぱい食べれば、つらいことがあっても大体平気でいられるって院長が言ってたけど、なるほど、確かにそうかもしれない。
…院長、元気にしてるかな。
食事が済んだあとに、カジカワさんから自分の今後のことについて相談があると言われ、いったいどこに売られるのかと内心身構えていたけれど、どうもそんな様子じゃなさそうだ。
自分の将来なりたい職業について尋ねられたけど、現状選べる職業はどれも微妙なものばかりだし、正直決めかねていた。
でも、カジカワさんが言うには今持っているスキルに加えて【攻撃魔法】スキルを獲得すれば、新たに『ニンジャ』という職業の選択肢が増えると言われた。
そんな職業見たことも聞いたこともないけれど、その名前の響きを聞いた時に自分のなかで何かが電流のように走ったのを感じとれた。
『その職業になりたい』と、産まれて初めて思った。それがどんな職業なのかさっぱり分からないのに、なぜかそう思った。
今ある選択肢がどれも微妙だから、新たな可能性に賭けたいと思う気持ちもあるんだろうけど、カジカワさんが『君の将来は君のモノだ。だから強制するつもりはない』と言ってくれたことが決め手になったんだと思う。まるで、お母さんの言葉のようだったから。
その職業になるためには攻撃魔法スキルを獲得しないといけないけど、成人するまであとひと月しかない。どうやっても間に合いそうにないと思ったけど、カジカワさんが言うにはかなり荒っぽい方法になるけどまだ間に合うらしい。
いったい、どんな厳しい修業かと身構えていたけど、想定していたようなものとは違って特に肉体的につらい修業ではないらしい。
…うん。実際、肉体的な負担はほとんどなかった。なかったけれども、スキル獲得のために攻撃魔法が使えるようになる首輪を装備して、穴の中に向かって魔法を撃ちこんでいるんだけど、その穴の中からなんか変な声が聞こえるんすけど、コレ、ナニ? コワインデスケド。
来る日も来る日も単純作業で、楽だけど成果が目に見える形で出てこない修業は精神的にクるものがあった。ああ、ちなみに穴の中にいたのは自分を追いかけ回してた熊と同じ魔獣だったらしい。コワスギルンデスケド。
そんな修業の甲斐あってか、気分転換にギルドの訓練場で遊び半分に攻撃魔法を的に命中させるゲームのような訓練をしているうちに、攻撃魔法スキルを獲得することができた。
スキルを獲得した嬉しさもあるけど、もうあの成果の見えないある意味拷問のような修業が終わるかと思うと思わず涙がにじんできた。え? 感激するトコそこかって? あの修業ホントつらかったんすよ! マジで!
そのあと、カグルアータさんという人の攻撃魔法の訓練を見学させてもらって、自分もいつかこんな風に魔法が使えるようになるのかと思っていたけど、職業が決まった時点であんなに苦労して獲得した攻撃魔法スキルが消えてしまうことをこの時はまだ知らなかった。自分の苦労はいったい…。
成人するまで、あと十日という時に、そいつは私の前に現れた。
昼間から酒を飲んで酔っ払い、ストレスのせいか真っ白になった髪をだらしなく伸ばし、そして魔獣に喰われた左手を見せながら、かつて父だった人が、私を今度こそ売り飛ばそうとやってきた。
まだ、自分の娘を売ろうとしているのか。まだ、自分だけ幸せになろうとしているのか。これまで一生懸命支えてくれた、お母さんへの、感謝のカケラもないのか。
こい、つ、こいつの、せいで、自分、私、わたしが、お母さんが、どれだけ………っ!
もう言葉にできないほどの憎悪が腹の底から満ちてくるのが感じとれる、許さない、お前だけは絶対に許さない!!
怒りのままにこいつの顔をぶん殴ったけど、まるで効いていない。むしろ痛むのはこちらの拳の方だ。
お返しとばかりにお腹を殴られると、息もまともにできないほどの激痛が襲ってきた。
これが、レベルの差。ステータスという越えがたい壁。こっちは傷一つ付けられないのに、相手はこちらを殴り放題。
くそ、くそっ、くそぉっ! 畜生ちくしょうチクショウ!! こんなに憤ってるのに、こんなに憎いのに、まるで敵わない。こんなに悔しいのは産まれて初めてだ。
お腹に走る痛みよりも、悔しさのあまりまた涙がでてきた。泣いたって、なにも解決しないのはもう十二分に分かっているはずなのに。
今、こいつを倒せるのなら、悪魔とだって契約してでもこいつをボコボコにしてやるのにっ!!
その時、カジカワさんから、まるで悪魔との契約さながらの提案を突きつけられた。
「今すぐあいつに一矢報いたいなら力を貸してやる。だが覚悟しろ。今、俺に頼るつもりならお前は成人した後、俺とアルマのパーティに入ってもらう。ソロで活動したり、他のパーティに入ったりすることは許さない。それでもいいなら今すぐお前に『強さ』を貸してやるが、どうだ?」
この提案を受け入れたら最後。自分はもうカジカワさんとアルマさんから離れることはできなくなる。
一時の感情で決めていいことじゃない。怒りで沸騰しそうな頭を無理やり冷まして、本当にこの提案に乗るべきなのか真剣に考えなければ。
もしも、受け入れてしまったら、衣食住には困らないし、カジカワさんとアルマさんにいつか恩返しできるし、パーティを組んでるってことはレベリングもスムーズにできるだろうし、手早く強くなれれば院長やお母さんにすぐに会いに行ける。
………………………あれ? デメリット無くないっすか? むしろいいことずくめじゃないっすか。迷う必要皆無じゃないっすか。
そうと決まれば即了承。力を下さい。アイニードモアパワーっす。
その後、自分でも引くぐらい強化された能力値で、アルマさん直伝の護身キックで父だったクソ野郎を不能になるまで夢中になって蹴り続けた。
強化された影響か、変なテンションで喚き散らしながら思いっきり蹴ってやった。それを見ていたカジカワさんが顔を引きつらせていたけど。
そういえば、強化された時にカジカワさん変なこと言ってたような。俺はスキルが使えないとかなんとか。
まあいいや、今は一発でも多く蹴ろう。
涙や鼻水を垂らしながら気絶するまで蹴り続けて、ようやく怒りがおさまった。
やりすぎた、なんて全然思わない。むしろあと1ダースくらい蹴ってやりたいくらいだけど、もういい。こんな奴にかける時間がもったいない。
単なる自己満足だけど、もう、恨みや憎しみはほとんど晴れた。あとはお母さんや院長への、そしてカジカワさんとアルマさんへの恩を返すために前を向いて生きていこう。
その後、自分とカジカワさんとアルマさんの互いのこれまでの経緯を打ち明け合うことに。
これまでお互い深いところまで踏み込まないようにしていたけれど、カジカワさんとアルマさんも相当複雑な事情があるみたいだった。
特にカジカワさん、異世界から来たって意味分からないんすけど。しかも魔力や気力をスキルなしで直接操って、空まで飛べるとかもうなにがなんだか。目の前で宙に浮いてるところを見ていなければ到底信じられなかっただろうけど、本当のことみたいだ。
自分はこれまでスキルがないものを努力してもあまり意味がないと思っていたけど、カジカワさんを見ているとそんな価値観が空しく思えた。
自分も、諦めずに毎日料理の練習をしていたら、スキルが無くても料理とかできるようになるのかな。
それから成人するまでの数日間、気力操作と魔力操作の修行をして最低限の自衛くらいはできるようになった。
カジカワさんは指一本で石を粉々にできるくらい気力操作を使いこなしてたけど、あれを頭にくらったら多分死ぬ。コワイ。
自分にはそんな芸当は無理なので、瞬間的に能力値を大きく増強してスタミナ消費を最小限に抑えつつ、最大限の効果を発揮できるように努めた。
そして、あと数分で私の誕生日になる。ついに成人する時が来た。
これまでの苦労が報われるのかどうか、今決まる。
本当にニンジャなんて職業が存在するのか、選択肢が浮かぶまで半信半疑だったけど、成人した瞬間に頭の中に浮かんだ選択肢の中に、確かに存在していた。
迷わず見習い忍者を選択した直後、せっかく獲得した攻撃魔法スキルが消滅したのを感じとって一瞬焦ったけど、それと入れ替わるように新たなスキルを獲得した感覚があった。
それが、【忍術】スキル。忍者だけが使える特別なスキルだ。どんなことができるようになるのか、ワクワクする気持ちが抑えられない。攻撃魔法スキルが無くなったことすら最早気にならなかった。
その日の朝、目を覚ますと緊急避難警報のけたたましい音が街中に響き渡っていた。
ギルマスのイヴランミィさんが言うには、魔獣洞窟に眠るバケモノの封印が解かれようとしていて、このままだと街中の人がそのバケモノに食べられてしまうかもしれないらしい。
…せっかく成人して、立派な職業になることができたのに、その日のうちに喰われたら死んでも死にきれない。
バケモノを再封印するための合言葉を、カジカワさんは意識を失っている神父様から聞き出せたわずかな手がかりから推測して、バケモノが侵入しようとしている方へ再封印するために飛び立っていった。
「すぐに戻る。それまでレイナは念のため隠れてろ。戻るまで絶対に外に出るな」
飛び立つ直前に聞いた言葉が、何故か耳から離れない。
まるで、なぜか今生の別れのように聞こえたから。
このまま、自分は隠れたままでいいのか?
もしも、カジカワさんになにかあったら、自分はどうすればいい?
自分は、……私は、なんのために立派な職業になろうとしたんだ。なんのために強くなろうとしたんだ。
自分の身を、守るため? ……違う、それだけじゃ駄目だ。
私は、私を今日まで育んでくれたお母さんや院長、そして、カジカワさんとアルマさんの助けにならなきゃいけない!
いてもたってもいられなくなった時に、無意識に忍術スキルを使って影の中にその身を溶かし、気がつけば文字通り影伝いにカジカワさんのもとに移動していた。
カジカワさんは、化け物の放った魔法に身を焼かれて墜落していた。このままじゃ、無防備に地面と激突する! 間に合えぇっ!!
辛うじて、地面に落ちる前にカジカワさんの身体を影に溶かして実体をなくしてダメージを無効化できた。
やっと、……やっと、自分は誰かを助けることができた。やっと自分は誰かに恩を返すことができた。
これまで、無力を言い訳に自分は逃げて、泣いてばかりだった。けど、これからは違う。
これまで出会った全ての人にもらった強さで、もらったもの以上のものを返していこう。
今日が、本当の私の誕生日だ!
お読み頂きありがとうございます。




